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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
32/118

第四章 流れに逆らう意思 Ⅳ

 

 太陽がようやく頂点へ昇ろうとしている街を、ミユキは駆け抜ける。

 その速度は常人のそれよりもはるかに速い。

 ビュン、ビュンという音だけを残して、ミユキは人通りの多い街の中を走っている。その音を聞いた通行人たちは、ミユキが走り去った後を見て、風が吹いたのだ、と勘違いするほどだ。

 しかし、それは間違いではない。

 街中を全速力で走っているミユキは、自身の身体だけで走っているわけではない。『覚醒者』としての力で風を操り、その速度を常人の倍以上に上げているのである。自身の身体の周囲に薄い空気の幕を作り、受ける空気抵抗を少なくしている。さらに背中へと流れた空気を、自身を押す風へと変換させているのだ。

 自身が穿()いているフレアスカートがめくれていることも気にしない。

(一刻も早く行かなきゃ――)

 身体が軋むほどの速度で走っているミユキだが、その溢れ出る気力は連絡をもらったマサキたちを救うこと。そして、奪われた『時空扉(タイム・ドア)』を奪い返すことからきている。その目にはそれらの強い意志が宿っていた。

 ミユキはマサキの電話から聞いた市内の商店街へ向けて、さらに速度を上げる。

 風の後押しを受けていたが、さらに上昇気流を作り上げ、自身を建物の屋上へと瞬く間に押し上げる。そのまま上昇する風に乗り、建物の屋上から屋上へと跳んで移動する。

 突然人が空へと舞い上がっていったことに周囲を歩いていた人々は驚くが、すぐに『覚醒者』なのだと気付く。そして、気付いたらその後は注意を向けることもしなかった。

 建物の屋上から屋上へと跳ぶミユキは、すぐに目的の場所を視認する。

 そこは商店街のアーケードが設けられており、空からは商店街の中の様子を窺うことが出来ないようになっている。しかし、アーケードのすき間から煙が上がっているのを見る限り、すでに騒ぎは大きくなっていることは容易に想像できた。

(マサ兄たちが捕まったとしたら、何処に――)

 朝から街に買い物に出掛けているマサキたちの心配をするミユキだが、その安否は分からない。『ルーム』から出掛けた後も電話をかけてみたが、繋がらないのである。

 その二人を心配するように、ミユキの速度がさらに上がる。

 建物の屋上から屋上へと跳んで移動していたミユキは、商店街の入り口が近くなったところで、地上の路地裏へと降りる。このまま屋上を移動していれば、目立つからだ。

 商店街の入り口はかなりの人で混雑していた。

「何があったのかしら?」

「……グループ間の抗争みたいよ」

「また『覚醒者』たちね。もうほんといい加減にしてほしいわ」

 商店街の入り口に佇んでいる主婦たちが口々に言っている。

 その会話を聞いたミユキはここで間違いないと確信を深め、人だかりができている商店街の入り口を()き分けて、中へ進んでいく。

「お、おい、君――っ!」

 人混みを掻き分けて、商店街を突き進んで行こうとすると、後ろから誰かに声がかけられた。しかし、ミユキは止まろうとしない。さらに聞こえてくる「危ないよ!」という注意の言葉も無視して、商店街の奥へと進んで行く。

 全長一キロを超える商店街は、『覚醒者』たちの争いがあったためか、昼過ぎであるというのに、人が一人もいない。それまで買い物を楽しんでいた人々は、争いが始まるとすぐに逃げ去ったみたいだ。その内の何人かが今も主婦のように取り巻きとなって、状況を確認しているのである。あるいはやじ馬となっておもしろがっているのである。

 人がいない商店街を、ミユキは歩いている。

 そこは普段は人の往来が激しく騒がしい場所なのだが、今は異様なまでの静けさになっていた。

(空気が()げたような臭いね……)

 周囲のお店をちらりと見ながら、ミユキは漂っている空気が商店街の外と違うことに気付いた。

 そして、そのまま歩いていると臭いの発端に出会った。

「……やっぱり、あなたなのね」

 商店街を歩いていたミユキの目の前には、一人の少年がいた。

 昨日の逃走劇で、敗れた『覚醒者』――トモヤだ。

「それは期待していた、ということか?」

 トモヤは商店街のアーケードを支える柱に寄り掛かって、ミユキを待っていた。

「今、私たちに関わっている『覚醒者』もグループも他にはいない。あなた以外をどう想像しろっていうのよ?」

「そちらの状況を俺は知らない。ただ命令されたことを為すだけだ」

「……何が目的?」

「それは知らない。知っていたとして教える義理もない――な」

 その答えから、トモヤは本当に知らないのだろう、とミユキは考える。

 ユウキを追いかけていた男たちの目的を知るためには、ここでトモヤを叩き、男たちに直接聞くほかないようだ。

「じゃあ、あなたを雇ったやつに聞くわ」

「それを俺が黙認すると思うとでも?」

「しないのなら、あなたをここで倒す」

「さて、できるかなァ?」

「やってやるわ! マサ兄たちはどこにやった!?」

「……知らねえなァ」

 トモヤの言葉を聞いて、ミユキの目がトモヤに負けず劣らず鋭くなっている。

「……っ。マサ兄たちを返してもらうわ!」

「はい、そうですかって言うと思うなよォ!」

 それ以上の問答はなしに、その言葉を合図にして二人の『覚醒者』はぶつかる。

 トモヤは右手に火球を、ミユキは右手に風の槍を作りだし、即座にそれを放つ。放たれたそれぞれの攻撃は空中で衝突し、大きな音を響かせながら周囲へ凄まじい衝撃波を放つ。その衝撃波は商店街のアーケードの一部を吹き飛ばし、お店の立て看板を十数メートルも吹き飛ばす。けれど、トモヤとミユキはその場から動かない。二人ともじっと踏ん張って、次の攻撃に移っているのだ。

 風の槍が火球と衝突して消滅したのを見て、ミユキは先ほどの移動方法と同じ――周囲の風を自身の背中へぶつけて、トモヤへ加速した突撃を行う。

(直線的な加速なら恐くもねェ)

 ミユキが人の走りを超えた速度で迫ってきているのを見てもトモヤは対して驚かない。自身もアフターバーナーによる高推力を得て、容易にミユキの突撃をかわす。尚且つ、そのまま反撃へ転じた。

 アフターバーナーによる高速移動で商店街の柱を回るように移動したトモヤは、ミユキの死角からひざ蹴りを見舞う。

 風の後押しを受けていたミユキの身体はそう簡単には止まることも、方向転換することもできない。そのままトモヤのひざ蹴りを脇腹へ受ける。

「が……っ!?」

 トモヤのひざ蹴りを受けたミユキは、そのまま近くのお店の中まで吹き飛ばされてしまう。

 パリィンというガラスのショウウィンドウが割れる音が響いて、ガラスの破片が吹き飛ばされたミユキの服と肌を切り裂いていく。

「ぐぅううううっ!」

 吹き飛ばされたミユキの身体は、お店の棚にぶつかることでようやく止まった。

 ミユキが吹き飛んできたことで、お店の中は悲惨な光景に変わっている。雑貨店だったようだが、お店の棚はその衝撃でほとんどが倒ており、陳列されていた商品もそのほとんどが粉々に砕け散っている。

 倒れた棚の上に仰向けに横たわっているミユキに、さらにトモヤの追撃が襲いかかってくる。

 それは、それまでの火球とは比べ物にならないほど大きな火柱だった。

 直径一メートルはあるだろうか、という火柱は周囲へけたたましい音を響かせながら、ミユキがいるショップごと焼きつくそうと迫る。

 その火柱がお店の中に到達する前に、上半身を起こしたミユキは目の前に迫っている火柱を見て、目を見開く。

「……まず――っ!?」

 一瞬判断が遅れるミユキだが、周囲から集めた風を自身の身体にあてて、お店の天井を突き破るように回避する。

(かわしただと!?)

 狭い空間であるお店から脱出されるとは思ってもなかったトモヤは、建物の二階へと移ったミユキを視線だけで追う。そして、二階へと移ったミユキへ、追撃の火球を連続で放つ。

 ボッ、ボッ、という音とともにトモヤの手の平に作りだされる火球は、すさまじい速度で建物の二階の窓や壁にぶつかり、爆発を起こす。

 小規模の爆発とは言え、連続で起こるために建物の壁は容易く剥がされていき、二階にいるミユキの姿が露わになる。

「隠れてないで出てこいよォ。最初の威勢はどこ行ったんだァ?」

 相手の神経を逆撫でするような声で、トモヤは声をかける。

 その声は隠れているミユキにもしっかりと届いていた。

(……くそ――っ! 身体が痛くて上手く動けない……。やられっぱなしじゃいられないのに)

 建物の二階に隠れているミユキは、剥がれた壁とは反対の壁に背を預けている。その右手は左の脇腹を押えていた。

 昨日の戦闘で、ミユキはトモヤの突撃をくらった後、高さ十数メートルから地上へ落下するという甚大な衝撃を身体に受けている。その衝撃の影響で、身体に大きな怪我を負っているのだ。

(これじゃマサ兄を助けるのも……)

 このままではトモヤを倒すどころか、マサキたちを救うこともできない、とミユキは焦る。

 ミユキが隠れている建物の二階は一階の雑貨店の倉庫になっているようで、ガムテープで閉められたダンボールが山積みにされていた。その山積みにされているダンボールを見つめながら、

(あいつは私の言葉を否定してない。ってことは、やっぱりマサ兄たちは捕まってるんだ。問題はどこにいるかなんだけど――)

 と考える。

 未だに挑発してきているトモヤの言葉は無視して、さらに思考を進める。

 ミユキが商店街にやってきたのは、マサキからの連絡を受けた二〇分ほど経ったあとである。トモヤ自身には高速移動の手段があるようだが、その他の――防護スーツに身を包んでいた男たちは装甲車で移動していたことを見ると、高速移動の手段を持っていないようだ。

 そして、この場にその男たちはいない。

 捕まえたマサキたちとともに、すでに移動していると考えるのが妥当だろう。その行き先は分からないが、この商店街は自動車の通行が禁じられており、通行人の数も桁違いに多い。装甲車で乗り込んだということは考えられないため、一般道に出るまでは徒歩で移動したはずであり、まだそれほど遠くには行っていないだろう。

 あるいは商店街から離れた建物にいるかだが、どちらにしても、ここで戦っている意味はミユキにはなかった。

 そう判断すると、ミユキは一気に『覚醒者』としての力を解放する。

「ぁああああああああああああああ――っ!!」

 力の解放とともに、ミユキは絶叫する。

「な、なんだァ!?」

 突然聞こえてきたミユキの絶叫に、トモヤは怪訝(けげん)な顔をする。何が起こっているのかトモヤには分からなかった。

 ミユキの絶叫とともに、トモヤの火球によって壊れた建物の壁がさらに破壊されていく。その破壊は風の収束によって行われていた。集められた風はさらに大きく渦巻いていく。その風の渦は建物の中から壊した壁の外へと伸びていく。そして、その渦の中に、ミユキの姿があった。

 ミユキの周囲に収束し渦巻いている風を見て、トモヤは気付く。

「……竜巻……」

 そう。

 その風は竜巻だった。

 ミユキの力で集められた風はミユキの身体を中心にして渦巻き、空へと高く伸びている竜巻と形を変えている。

 圧倒的な風力を誇る竜巻は周囲の物をまきこみながら、さらに空へと伸びていこうとしている。

(このまま空へと逃げるつもりか!?)

 ミユキの身体が、竜巻が大きくなっていくに従って空へと昇っていっていることに気付いたトモヤは、そう判断する。

「逃げるつもりかァ?」

 そのミユキへ吠えるが、声は届かない。

 ミユキの周囲に発生した竜巻はそのまま大きくなり、商店街のアーケードを吹き飛ばして、さらに空高くへとその勢力を拡大していく。商店街のアーケードから抜けたときには、地上のトモヤからミユキの姿を見ることはできなかった。

 商店街のアーケードを突き抜けて、さらに空高くへ上がったミユキは、周囲に目を凝らす。どこかにマサキたちを運んでいる男たちはいないか、と探しているのだ。

(どこかにいるはず――)

 ミユキは首を動かして、数分間周囲へと視線を配る。

 そこから見えるのは、視界の端まで広がっている街の景色であり、あまりにも小さい人の姿ばかりである。その人の群れから、タクヤたちを見つけるのは難しい。人の顔すらも識別できないほどの高度にミユキはいた。

(……それでも怪しい行動をしてる奴らは分かる)

  視線をあちこちへと向けるミユキは周囲の建物の中で、一際大きい百貨店へ目を向ける。不意に声が聞こえたからである。

「……っ!」

  聞こえてきた声を方へ視線を向けると、百貨店の屋上に防護スーツに身を包んだ男がいるのが見えた。

(あそこね)

 見えた男が黒い防護スーツに身を包んでいることから、百貨店の屋上にマサキたちが囚われていると判断する。

 すると、次の行動は早かった。

 発生させた竜巻の中にいるミユキは、そのまま竜巻を百貨店のほうへ移動させる。

 ゴォオオオオオオオオオッ、という地響きにも似た音を周囲へ響かせながら移動していく竜巻を見て、それまで商店街の入り口にいた取り巻きたちも慌てて四方へ逃げだす。

 商店街のアーケードの下にいるトモヤも吹き荒れる風に、思わず手で顔を防ぐほどだ。しかし、相変わらずその視線は全長が見えない竜巻の中心部分へ向けられている。

「待ってて、マサ兄! 今から助けにいくから――っ!!」

 竜巻の中にいるミユキはキッとした視線を、百貨店の屋上の端にいる男へ向ける。

 その視線には男たちを殺してでも、捕らわれているマサキたちを助けるという強い意志があった。

 その後を、トモヤもアフターバーナーによる移動ですぐさま追いかける。

「逃がすわけねえだろうがァ!!」

 自分の獲物は奪わせない、とでも言うように。

 その獰猛を表しているような犬歯をちらりと覗かせて。


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