第四章 流れに逆らう意思 Ⅲ
ユウキがいる世界とは、別の世界。
その世界に悠生はいた。
彼がいる場所は『ルーム』と呼ばれるファミリータイプの四LDKのルームマンション二部屋を壁を壊して改装した大きな家である。その『ルーム』は昨日、こちらの世界へ時空移動した後に助けられたミユキたちによって連れてこられた。
悠生は先ほどミユキが言ったことを思い出す。
(戻る方法がない……)
その事実は、悠生に強いダメージを与えていた。
元の世界に帰る方法がなければ、ずっとこちらの世界にいるしかない。ユウキを守るためにこちらの世界へ連れてこられた悠生はこちらの世界ではあまりに危険であり、そのことは悠生も身をもって理解している。だから『ルーム』から出るな、とミユキも言ったのだ。
そのミユキはすでに『ルーム』にはいない。
先ほどかかってきた電話をとってから、すぐに部屋を出ていった。
ミユキたちの部屋に残っている悠生は取り残されたという感情を抱きながら、じっと部屋のドアを見つめる。
「…………」
(また、戦いに行ったんだろうか……)
携帯電話のスピーカーから微かに聞こえてきた男の声はとても慌てているように感じた。しかし、その話を聞いたミユキの慌てようも悠生には同じ程度に見えた。
電話での会話の内容を悠生が知る術はない。
携帯電話のスピーカーから聞こえてきた男の慌てようとそれを聞いたミユキの慌てようから会話の内容を推測するしかなかった。
(……ミユキは『覚醒者』って聞き返してた。そして、奴とも言ってた――)
あの慌て方と悠生に『ルーム』から出ないように、と最後に確認したこと。それらから、会話の内容が、少なからず自身に関わることだと悠生は考える。そして、悠生がこちらの世界で関わっていることは一つだけ。
(普通に考えたら、あいつらがまた現れたってことだけど)
あいつら。
その一言で、悠生は昨日の逃走劇を思い出す。
こちらの世界へ時空移動した後、悠生は何者かに追われるという状況に陥った。厳密にはその以前から追われていたユウキが、『時空扉』を使用した代替としてこちらの世界に来たため、ユウキとDNAレベルで同じ身体をしている悠生が追われるのは自然な流れなのだが。
それでも、追われていたことに対する理解も恐怖も簡単には割り切れない。
ミユキたちには自分が置かれている状況を理解した、という態度を見せている。それも間違いではない。時空移動したことも、元の世界へ戻れないことも理解している。
しかし、全てをそのまま納得したわけではない。
ユウキが『時空扉』を使用したことも別の手段があったのではないか、と思っている。また『時空扉』を使用した後に自分がこちらの世界へ来る必要が本当にあったのか、とも思っている。それらは悠生には結論を出すことができないが、何もすることがないと自然とそう考えてしまうのである。
ミユキたちに理解したと言っているのは、ミユキたちをこれ以上心配させない、あるいは説明などの余計な手を煩わせないためでもある。
もう一度言うが、悠生は心から納得しているわけではなかった。
(それでも……)
と、悠生は思う。
(ミユキは全力で俺を守るって言ってくれた。それはトモユキさんたちもだ。あの人たちは本気なんだろう)
そして。
ただ守られているだけでいいのか、と悠生は自問自答する。
理不尽な結果でこちらの世界に飛んできて、指示されるあるいは命令されるままに行動しているだけでいいのか、と。
自分には何もできないのか、と。
そう考え始めると、思考は止まらない。
受け身のままでいいとは到底思えず、自分にも流れに抗う力を、流れに逆らうだけの意思が欲しい、と悠生は思う。
そして。
それは、他人に与えられるものではない。自分から得るものだと考えた時には、悠生はすでに立ち上がっていた。




