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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
29/118

第四章 流れに逆らう意思 Ⅰ

 

 現実世界。

 並行する世界の存在を理解した今では、どちらの世界をそう呼べばいいのか。ユウキには分からなくなっていた。

 ユウキにしてみれば、今いる世界は並行世界だが、今いる世界の住人にしてみれば、現実世界ということになる。同じ世界でも、捉え方一つで大きく変わってくる。自分がいた世界のことしか知らなかったユウキは、そのこと改めて理解する。

 そして、どっちか断言しにくくなった世界の片方に、ユウキはいた。



 太陽が西の空に沈もうとしている今は放課後である。

 学校での授業を終えたユウキは帰宅の途についていた。

 その隣には吉田拓矢(たくや)、飯山(あおい)の二人がいる。

 ユウキの隣を歩いている二人は顔や身体――遺伝子レベルでユウキが知っているタクヤ、アオイと同じだが、厳密には別人である。

 ユウキが知っているタクヤとアオイは向こうの世界――こちらの世界から見た並行世界に今もいるはずであり、拓矢と葵はこちらの世界の住人である。

「そういえば()()は?」

 登校は三人一緒だったことを思い出して、ユウキは隣を歩く二人に尋ねた。

「あの子は、今日は部活だってさ。夏休みになったら大会があるらしいよ」

「部活?」

 葵の言葉に、ユウキはさらに尋ねた。

「あれ、上村(かみむら)くんは知らなかったっけ? あの子、陸上部に入ったのよ」

「そ、そうなんだ。全く知らなかったよ」

「ま、入ったのは最近だし、知らなくて当然だろ」

 葵の隣を歩いている拓矢が補足してくる。気だるそうに両手を頭の後ろに回している拓矢は続けて、

「それに、そういうの自分から周りに言うタイプでもないし」

「それもそうね。私だって、陸上部の友達から聞くまで知らなかったし」

 拓矢が言った真希の性格に葵も頷く。

 彼女は自分から率先して何かをするや何かを言うということが少ない消極的な性格をしている。陸上部に入ったのも、その葵の友達に誘われたから、である。

「そっか。どうせなら一緒に家に行ければよかったんだけど……」

「家に? どういうこと?」

 おもむろに呟いたユウキの言葉に、敏感に反応した拓矢が尋ねてくる。

「服を借りたから、返しに行こうと思ってて――」

「服を!? なんでまた服借りてんの?」

「あ~……。一日入院してて服を借りたんだよ」

 返答に困ったユウキは一瞬、なんて言おうか、と悩むが、ありのままを打ち明けた。

 それを聞いた拓弥は思い出したように、

「昨日休んだのはそれが原因か。何、病気?」

「いや、ちょっと怪我して――。なんとか歩けるようにはなったから、今日は学校に行ったんだよ」

「ふ~ん。ま、気をつけろよ」

「あ、あぁ」

 尋ねてきた拓矢はそれ以上の興味を示さない。敏感に反応したのは、真希の家に行かななければ、という部分だけだった。

 ユウキは、心配の言葉をかけられたことに頷く。しかし、急に拓矢の興味が失われたことには疑問を感じた。

(ま、まぁ服がどうのこうのって話は興味惹くような話じゃないし――)

 と、拓矢が興味示さなくなったことに対して、ユウキは勝手に結論づける。

「でも何で今のタイミングで、真希は部活に入ったんだ?」

 ユウキが抱く疑問は当然のものである。

 普通、部活に入るというのは入学後の体験入部期間を終えてから、どの部に入部するかを決める。無論例外も多数あるが、陸上をやっていた転校生でもない真希が二年生の夏休み前に入部したのには、それなりの理由があってしかるべきだろう。

「さぁ? 彼女なりの理由があるんじゃない?」

 それらの疑問があることも葵は理解しているが、分からない彼女はそう答えるしかなかった。

「理由……」

悠生(ゆうき)は気になるのか?」

「ま、まぁ。家が病院だって言うし、その手伝いもしてるみたいだし……」

「手伝い!? 真希って手伝いもやってんの?」

「それは私も初耳。そうなの?」

 なんとなく言っただけの言葉に、拓矢も葵も過剰な反応を見せる。

「あれ、違うの? 俺の包帯取り換えてくれたから、てっきりそうなのかと――」

 二人の反応を見て、ユウキは自分が言った言葉が間違いだったと思い言い直す。すると、さらに発言した言葉にも拓矢と葵は、

「「包帯を取り換えてくれた――っ!!?」」

 と、声を合わせて驚いた。

「な、なにそんな驚いて……?」

 二人の大袈裟とも言える反応に、ユウキは茫然(ぼうぜん)とする。

 そのユウキを放っておいて、二人はこそこそと話をし始めた。

(どう思う?)

(どうって、あの真希が、だよ? やった!って思ってるに決まってんじゃん)

(だよな。包帯を取り換えた――か)

(ねぇねぇ。ってことは上村くんの裸を見たってことだよね?)

(まぁ、そういうことだろうな)

(きゃ―っ)

(ば、ばか声が大きいって!)

(無理だって! 抑えらんないよ。今すぐ叫びたいもんっ)

(その気持ちは分かるけどよ。ほら悠生がこっち見てんじゃん)

(……分かったわよ。とりあえず帰ったら真希にメールしてみるわ)

(だな。明日真希にも話をきいてみようぜっ)

 完全にハイテンションになっている二人を見て、ユウキは目をパチクリとさせている。学校でこの二人がこれほどまでに興奮して話をしているのは見ていない。今日一日接しただけだが、ユウキは二人をもっと冷静なタイプだと思っていたのだ。

「あ~、で何の話だったんだ?」

「悪い。それは悠生にも教えられないんだ」

「ごめんね……」

 胡散臭(うさんくさ)そうな表情をしているユウキに、二人はしれっと謝る。そして、はてなマークを頭に浮かべているユウキを置いて、再び帰宅の途を歩きだす。その顔は傍から見たら気持ち悪いほどにニヤニヤとしていた。

 その後をユウキは慌てて追いかける。

「お、おい待てよ――」

「悪い悪い。ちょっと良いことがあったもんだから」

「良いこと?」

 拓矢の言う良いことがユウキには分からない。しかし、その表情を見れば、拓矢が相当浮かれていることは分かった。

「まぁ、悠生は知らなくてもいいよ」

「なんだよ、それ」

 完全に部外者扱いされていることにユウキは腹を立てるが、それ以上の追求はしない。というよりも深く接しないように、しっかりと一線を引いているような感じだ。表面上、会話を合わせようと体裁を整えているだけである。

(……こいつらは悠生の友達であって、俺の友達じゃない)

 そこには、ユウキのそういう考えがあるからだ。

 もしユウキが向こうの世界へ帰ることが出来たら、二人と関わることはなくなる。それを迎えた時に、余計な感情を抱かないように、と注意をしているのだ。それが何時訪れるかも分からないのに――。

 それまでの盛り上がりは次第に失われていき、気がつくと下校している三人の会話は内容の薄いものへと変わっていっていた。

 その会話に必要性や有意義な時間を感じていないユウキは、相槌を打つことや会話を合わせることだけに集中している。つまり話を深く聞いていないのだ。

「……でさ。昨日のドラマがさ――」

「へぇ~。私お風呂入ってたから見逃しちゃってた」

「悠生は?」

「ううん、見てない」

「そっか。おもしろかったのにな~」

「へぇ~。でもドラマとかって途中からとか、一話見逃すとどうも見続ける気なくなるんだよね~」

「それでも見るべきだって! 来週は超展開みたいだし」

 それほど惹かれていない二人に、拓矢は必死に訴えている。今見ているドラマで語り合える知り合いが欲しいようで、その弁はそのドラマを全く見ていないユウキや葵には少し引くレベルである。

 それでも、

「じゃ、じゃあ覚えてたら見てみようかな」

 と葵は友達としての最低限の返事をする。

 一方のユウキはやはり興味がなく、また二人との関係をこれ以上なるべく深いものにしようにと「ドラマはあんまり見ないんだ」という返事をした。それには間違いはないのだろうが、言われた拓矢は少なからずショックだったようで「そ、そっか」と小さく呟いていた。

 歩いていても、周囲の景色が大きく変わることはない。

 それは彼らが通う『市立基橋(もとはし)高校』が住宅街の中にあるという一番の理由があるが、強く周囲の景色を意識していないからでもある。

 こちらの世界へ来たばかりの――昨日のユウキは周囲の景色にも、自分がいた世界では見られないモノを見られたことでそれなりの興味や関心を示していた。しかし、それぞれの世界の違いを自分なりに結論づけた今では、それ以上にじっくりと見ようとする意思がなかったのだ。

 そのような意識を持っているユウキは、そそくさと悠生の家まで歩いている。その歩く速度は次第に速くなっていっており、隣を歩いている拓矢や葵を振り返って待たねばならないことが数回あった。

「それじゃ、俺らこっちだから」

 そう言われて拓矢と葵の二人と別れたのは、それから数分後のことだった。

 二人の姿が十字路の左側に消えていき、そのまま見えなくなるまで見ていたユウキは自然に思う。

(俺は関係を深くしたいとは思っていない。それはあいつらが俺の友達じゃなくて悠生の友達だから。けど、悠生がこっちの世界へ戻ってきた時に、それが原因でその関係が壊れていたら、俺はやっぱり恨まれるんだろうか……)

 と。



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