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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
28/118

第三章 家 ~ルーム~ Ⅵ

 

 昼前の街には、人の通りが多い。

 しかし、これがピークというわけではないだろう。これからさらに街を行き交う人の数は増えてくるはずだ。

 それらの人の頭に、太陽は容赦(ようしゃ)なく強い光を浴びせている。

 そのような街を歩いているトモミは日射しを浴びないようにしっかりと日傘をさしていた。トモミが肩から提げているバッグはそれほど大きいものではなく、そのバッグのどこに日傘を入れていたのだろうか、とマサキは不思議に思う。

「最初はどこ行くの?」

 トモミとアオイの後ろを歩いているマサキはそのようなことを思いながら、前を歩くトモミに尋ねた。

「そ、そうね……。悠生くんの着替えを買いに行きましょうか?」

 尋ねられたトモミは、行き先を考えていなかったかのように答えた。それを聞いたマサキは疑問に思って、

「在庫が残り一品って調べておきながら、後回しにするの?」

「だ、だって……。悠生くんの必要品を買いに行くのがメインなのに、私の買い物を先に済ますのは、な、なんだか申し訳ないじゃない」

「ここにいない人間にそんな感情抱いてもね~」

 と、マサキはトモミの苦しい言い訳を軽く受け流した。

「そ、そんな風に言わなくてもいいじゃない。ほんとに申し訳なく思ってるんだから……」

「あ~、はいはい。たんに僕の機嫌が悪くならないようにでしょ? それくらい分かるし、そんなことで機嫌悪くしたりしないよ」

「本当に?」

 目の前の信号が赤に変わったことで三人は歩を止める。

 周囲には同様に信号待ちの人が多く、じっと信号が変わるのを立って待っていると、太陽の暑さや人の多さによる熱気でさらに汗をかいてしまう。

 マサキは、その汗を右手の甲で拭いながら、

「ほんとだって。だから、まずはトモ姉の買い物済まそうよ」

「そ、そうよね。在庫一品しかなかったんだし、早く行かないと売り切れになっちゃうわよね。じゃあ私、お店行ってくるから、二人は先に百貨店に行ってて」

 そう言って、トモミは今来た道を引き返していく。

「え? ちょ、ちょっと――」

 いきなり引き返し始めたトモミに、マサキは慌てて声をかける。しかし、走って引き返しているトモミには届かなかった。

 見る見るうちにトモミの姿は信号待ちの人の集団から離れていき、次第にその後ろ姿が見えなくなる。

「はぁ……。……ったく、トモ姉も自分のことになると抜けるんだから」

「仕方ないよ、そういう人だもん。トモ姉が言ったように、先に百貨店に行ってようよ」

「そうするか――」

 トモミに取り残された二人は信号が青に変わったのを見て、再び歩き始めた。

 同様に周囲を歩く人の数は先ほどよりも確実に増えており、多くの人が昼前の時間から活発に動きだしていることを表している。

 目的の百貨店は街にある大きな商店街の先にあるため、人通りがさらに多い商店街の中を通らなければならなかった。

 商店街は全長一キロを超える市内屈指の商店街であり、平日でも多くの人が行き交うことで有名である。休日の今日はさらに人の通りが多かった。

 その商店街を歩きながらマサキは、

「着替えっていっても、どんな服買えばいいんだろう」

「たしかに……。マサ兄の趣味でいいんじゃない?」

 男物の服が分からないアオイはそう言うが、

「それを素直に着てくれればいいけどね。最悪『ルーム』に電話して、彼に聞くか」

「無駄な電話は止したほうがいいよ。誰に回線拾われてるか分からないんだし」

「……仕方ない、か。彼には僕のセンスで我慢してもらおう」

 諦めたように言ったマサキは、そのまま商店街の中を人の群れをかわしながら、ずいずいと歩いていく。マサキが人の波をかわして出来た通路を、後ろを歩いているアオイも歩いていく。

(……! この鼻につくような焦げた匂い……)

 商店街を歩いているアオイは、一度嗅いだことがある臭いがすることに気付く。それは間違いようもないとある『覚醒者』が放っていた臭いだ。

「……あいつ――っ!?」

 臭いの正体に気付いたアオイは前を歩くマサキの服を掴んで、立ち止まらせる。

「どうかした――。……っ!?」

 不意に服を掴まれたマサキは後ろを振り返って、アオイの表情が先ほどよりも強張っていることに気付く。そして、その片目は閉じられていた。

(力を使ってる?)

 アオイの片目が閉じられている意味を、マサキは直感で理解する。

(ユウキを狙ってた奴ら――か!)

 片目を閉じているアオイは次から次へと周囲の人と視界共有を行い、焦げた臭いを放っている人物を探す。

「見つかったか?」

「ううん――」

「そっか……。アオイは顔がばれてるはずだ、ここから離れよう!」

 焦ったマサキはアオイの手を取って、一目散に商店街から離れようと走りだす。そして、ズボンのポケットから携帯電話を取り出して、『ルーム』にいるだろうミユキへと電話をかける。

 その間もアオイは『覚醒者』としての力を行使して、焦げた臭いを放っている人物を探している。





 ミユキたちの部屋にいた悠生(ゆうき)は、ミユキの言った言葉を頭の中で繰り返していた。

 その悠生に対面になるように座っているミユキは、じっとカーペットの上に座っているままである。

(ま、まぁ、ここから出るなってのは危険だからっていう理由があるから分かる)

 それは受け容れよう。

 しかし、帰る方法がないと言われたことは簡単には受け容れられなかった。

「ど、どうすればいいんだよ、俺は……?」

「……ごめんなさい。そればかりは今、私には何も言えない……」

 悠生の途方もない気持ちを吐露した質問に、ミユキは実直に答えた。

 事実を告げるだけ告げて後は知りません、というのもひどいと悠生は思うが、それ以上に帰る方法がないという言葉が頭を強く揺さぶっている。そのインパクトから、悠生はそれ以上の言葉も出なかった。

「……本当に、ごめんなさい」

 同じ言葉を、ミユキは繰り返す。

 強く動揺している悠生を少しでも落ち着かせよう、と。

 しかし、いくら謝られてもすぐに落ち着くわけではない。言葉を発せないでいる悠生は口を開けてままで、視線をミユキから床に敷かれているカーペットへと移している。

 ミユキも、悠生の動揺が治まっていないことにはすぐに気付く。しかし、それ以上かける言葉が見つからない。何を言っても、悠生の混乱を強くするだけのような気がした。

「…………」

(な、何か言わないと――)

 数秒間の沈黙に気まずさを感じるミユキは、顔を俯かせている悠生に言葉をかけなければ、と焦る。

 その時、突然ミユキの携帯電話が震えだした。

「……こんな時に――っ」

(……マサ兄から?)

 急に来た着信に少しいらだちを見せるミユキだが、携帯電話の画面に映し出された名前を見て疑問を浮かべる。

 マサキは今、トモミやアオイたちと買い物に出掛けているはずだ。まだ昼前で、買い物が終わったにしては早すぎる時間だった。

(悠生に聞きたいことでもあるんだろうか?)

 と、深い意味も考えずに、ミユキは携帯電話を取る。

「ちょっといい?」

「……あ、あぁ、構わない」

 先ほど告げられた事実に動転している悠生に確認を取って、通話ボタンを押した。

「もしもし?」

『……はぁはぁ、やっと繋がった!』

 携帯電話のスピーカーを介して聞こえてきたマサキの声は途切れ途切れで、さらに聞こえてくる向こうの周囲の音もブツ切りになっている。

「マサ兄? どうしたの?」

『アオイの話だと奴が街に現れた、とかで――』

「奴……? どういうこと? 話が見えないんだけど?」

 聞こえてくるマサキの声は大きく、携帯電話から離れたところにいる悠生にも、相当焦っているような声が聞こえる。

 そのマサキと電話しているミユキは、マサキの言っていることが上手に理解できない。

『……はぁはぁ……奴だっ! ユウキを追ってた『覚醒者』が近くに――』

「『覚醒者』!?」

 その一言で、ミユキも全てを理解する。

 悠生――いや、ユウキを追っていた『覚醒者』はミユキが知るのは一人しかいない。あの『炎』系の『覚醒者』トモヤだけだ。

 マサキの極度に焦っている話の内容からもトモヤに追われていることが分かる。

「マサ兄! そこはどこなの!?」

『市内の商店街だよ! 奴が今も追ってきてる……っ』

「市内の商店街……」

 マサキの話を聞いたミユキはおもむろに立ち上がる。

 いきなり立ち上がったミユキを見て、悠生は自身のことは放っておいて驚く。そして、ミユキの携帯電話を持っていない左手が震えていることに気付いた。

「ど、どこか行くのか?」

 ミユキの表情が次第に険しいものへ変わっていっているのを見て、悠生は短く尋ねた。

「ちょっと出掛けてくる。あなたは『ルーム』から出ないでね!」

 早口にまくしたてたミユキは急いで部屋から出ていく。

 昨日負った怪我もまだ治っていないのに、走っていくミユキの横顔はその痛さを全く感じさせない。

 部屋に残された悠生は、ミユキが去っていった部屋のドアを静かに見つめていることしか出来なかった。

 一方、部屋から急いで出たミユキは、服もそのままに慌てて『ルーム』から出ていく。

「マサ兄! まだ、そこにいる?」

『……あ、あぁ! 人が多くてなかなか場所を変えられない――』

『マサ兄、あいつが追い付いてきてる!』

 携帯電話の通話から別の声も微かに聞こえてきた。アオイの声である。

 アオイもマサキと同様にかなり焦っているようで、息切れの音も聞こえた。緊迫した状況であることは容易に想像がつく。

『人混みもおかまいなし……か。なんて奴だ』

 マサキの言葉に続いて、携帯電話からドォン、という大きな音が聞こえてくる。次いで、人の悲鳴が聞こえてきた。

「大丈夫? 爆発とか聞こえるんだけど……」

『僕たちは大丈夫。ただ、あいつが力を使って……』

 その先は、新しい爆発音に掻き消されてしまう。

「マサ兄!? 大丈夫――っ!?」

 マサキの言葉がはっきりと聞こえなかったことに、ミユキは焦りを覚える。やられたのではないか、という恐怖を感じるが、

『……はぁはぁ、大丈夫だよ。爆発はなんとかかわした』

「良かった……。待ってて! 今、急いでそっち向かってるから!」

『……わかった。なんとか持ちこた――』

『マサ兄、後ろ――!!』

 マサキの言葉が終わる前に、通話が途切れる。

 ツーツー、という通話終了後の独特の機械音が聞こえてきて、ミユキの焦りはさらに大きくなる。

(マサ兄たちがやられた!?)

 急に通話が切れたことに、ミユキは最悪の結果を想像してしまう。

 その光景を想像したことで、恐怖から身体が震えてしまった。

 しかし、とも思う。

(あいつらは『ルーム』がどこにあるのかも知らない。悠生がどこにいるのかも知らない。ってことは――)

 つまり、マサキとアオイをすぐ殺すことはないだろう。必ず悠生の居場所を吐かせようとするはずだ。あるいは悠生をおびき出す人質にするかもしれない。

 なら、二人はまだ生きている、と瞳に力を戻して、ミユキは街を駆け抜けていく。

 一分一秒でも早く。

 その分だけ、二人が助かる可能性が大きくなる。


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