第三章 家 ~ルーム~ Ⅳ
翌日。
悠生が起きたのは昼前の一○時三〇分過ぎだった。
悠生が起きて『ルーム』のリビングに行くと、そこにはすでにミユキとミホ、カツユキの姿があった。
相変わらずぼさぼさ茶髪のカツユキはテーブルの端に座り、火がついている煙草を手にしている。一方のミホはテレビに近いほうのテーブルの席に座って、一心不乱に朝の情報番組を見ていた。
「おはよう……」
三人の姿を確認した悠生は、小さく挨拶をした。
「ん~、おはよう」
「おはよ、悠生お兄ちゃん!」
まだぎこちなく、居心地が悪そうな悠生の挨拶にも、カツユキとミホはそれぞれの口調で親しみ良く返事してきた。そのことに、悠生はほっとする。
もう一人残っていたミユキはキッチンに立っているようで、悠生の挨拶に返事はしなかった。
「他の人は?」
広いリビングにたった三人しかいないことに気付いて、悠生は尋ねた。
「マサキとアオイは、トモミに連れられてどっかに出掛けてったな。タクヤは起きたら、もういなかったよ」
「そうですか――」
二名ほど悠生が知らない名前が出たが、タクヤがすでにいないということに悠生は視線を俯かせる。昨日のいざこざが記憶に残ったままで、顔を合わせるのが気まずいという気持ちもあったが、ずっとこのままでいいとも思えなかった。
悠生の気持ちを察してか、カツユキは口に咥えた煙草をふかしながら、
「そのうち戻ってくるだろうよ。そんな気にすることはないさ」
「そう……でしょうか?」
「あぁ。俺たちが帰る家は、ここ以外にはないからな~」
カツユキの言葉を聞いて、悠生は昨日トモユキから聞いた話を自然と思い出す。
「……どうして、あなたたちはここで集まって暮らしてるんですか?」
「ん? そうだな……、俺たち『覚醒者』は便利とはっきり言っていいものか分からないが、特異な力を有してるために疎まれやすいし、抗争に巻き込まれやすい。ここにいるのはみんな身よりをなくした奴らだよ。それをトモユキさんが面倒見てくれてんだ」
悠生の質問にも、カツユキはなんてことないというように答えた。
しかし、あっさりと言われたそれは、悠生にはとても「そうなんですか」という一言とともに終わらせられる話じゃなかった。
「トモユキさんが?」
「あぁ。あの人は『覚醒者』専門の研究者なんだよ。俺たちはそこの研究所に養ってもらってるってとこだな」
研究所に養ってもらっている。
その一言が示す意味を悠生は理解する。『覚醒者』という存在はとても貴重なモノなのだろう。その研究対象になるかわりに、生活を保障されているのかもしれない。
「そう……なんですか」
カツユキの話を聞いた悠生は、歯切れの悪い返事しか返せなった。
「それよりもミユキ、朝ご飯はまだか~?」
話を聞いた悠生が何とも言えない気持ちを抱いているのに気付かないカツユキは、まだキッチンにいるミユキに声を掛けた。
カツユキとミホが座っているテーブルには、テレビのリモコンと申し訳程度に置かれているお菓子しかない。どうやら朝ご飯はまだのようだ。
「ちょっと待ってください! だいたい起きるの遅いのがいけないんですよ? トモユキさんたちはとっくに朝ご飯済ましてるのに――」
尋ねてきたカツユキに、ミユキはキッチンから顔をひょっこり出しながら言った。
「朝は弱いんだから仕方ないだろ~? それに俺はいつでも構わないが、ミホはもう限界みたいだぞ?」
見ると、それまでテレビ番組に夢中になっていたミホはたしかにお腹空いているのが限界のようで、ツインテールの長い髪がだらんとなったままテーブルに突っ伏している。誰も見ていないテレビは、虚しく最新のトレンドグッズを紹介していた。
同じく何も食べていない悠生もかなりの空腹を感じている。これから朝ご飯なのだろうと思った悠生も、テーブルに座る。すると、キッチンの方からおいしそうな匂いが漂ってきた。
「そういえば悠生は、ミユキの料理食べるの初めてだったな?」
テーブルについた悠生に、カツユキは思い出したように尋ねてきた。
「え、えぇ」
「良かったな! ミユキの料理は旨いぞ~。他の女とは比べもんになんないほどだからな」
お前はツイてるぞ、というような感じでカツユキは言った。
おいしい料理を食べられるのならば、何でもいいというほど空腹を感じている今の悠生は、それほど味に拘っていないが、ミユキの料理には惹かれる。
「そんなに旨いんですか?」
「基本的にご飯作ってるのはミユキだからな~。ユウキだってミユキの料理が好きだって言ってたんだ。悠生もきっと気にいるさ」
カツユキがそれほどまでに言っていることもあり、悠生は自然と期待してしまう。悠生にとってこの朝ご飯が、こちらの世界に来てから初めての食事になる。
そこに、
「ちょっと! 料理並べる前からハードル上げないでくださいよっ!」
両手にお皿を持ってキッチンから現れたミユキが、カツユキにくぎを刺した。
ミユキの手に乗せられているお皿からは温かい湯気が立ちのぼっている。ほんのり漂ってくる匂いからシチューだと気付いた。
「朝から豪勢なんだな」
ミユキがテーブルにシチューが入ったお皿を並べているのを見ながら、悠生は感想を漏らした。
「あなたたちが起きてくるのが遅かったから、お昼も兼ねてるけどね」
次々と並べられる料理の豪華さに驚いている悠生に、ミユキはそう説明した。
テーブルに並べられた料理はシチューの他にポテトサラダ、ナン、フルーツの盛り合わせであり、とても朝ご飯で食べるような量の料理ではなかった。並べられた料理はそれぞれ四人分ある。
「なんだ、そういうことか――」
ミユキの説明を聞いて、悠生は納得する。
これまで両親が家にいないことが多く一人でご飯を食べることが多かった悠生には、一食分にしてはとても量が多いミユキの量に驚いた。お昼ご飯も兼ねているのならば、十分な量だと言えるだろう。
並べられた料理を見て、すでに空腹が限界に達していたミホも、目を輝かせてスプーンを手にしている。
「いただきます!!」
そのミホは、ミユキがテーブルにつくのを待たずに、合掌をして目の前に並べられた料理を食べ始めた。
「……いいんですか?」
ミユキが座るまでは待とう、と客人としての行為を行っていた悠生は、くわえていたタバコの火を消しているカツユキに聞いた。
「ま、いいんじゃない? ここは学校じゃないんだし。悠生も腹減ってるだろ、先に食べてていいんだぞ?」
尋ねられたカツユキは答えた後に、自身もお昼を兼ねた朝ご飯を食べ始める。
二人が食べ始めたのを見て、悠生も目の前に置かれたスプーンを手に取りたくなるが、ミユキがテーブルにつくまでは我慢しようと改めてキッチンのほうへ視線を向ける。
ミユキはちょうどキッチンからエプロンを脱いで出てきたところで、悠生が向けた視線と重なる。
「どうかした?」
「え!? い、いや、何でもない――」
突然声を掛けられた悠生はしどろもどろになるが、ミユキは不思議そうな表情をしただけで対して気にしていない。
「あとで少し話できる? あなたにちゃんと謝りたいし、いろいろ話さないといけないこともあるから――」
ちょうどいい、と思ったミユキは視線を向けている悠生にそう聞いた。
「? あ、あぁ。構わないけど……」
(話ってなんだ?)
謝罪するという以外の話を悠生は気になったが、後で話してくれるのならば、今追求しなくてもいいか、とやっとスプーンを手に取る。そして、ミユキがテーブルについたのを確認して言った。
「いただきます」