第二章 時空を越えて Ⅵ
『市立基橋高校』の校舎は生徒数の増大に合わせて、何度か増築されている。そのため教室数も開校当初よりも増え、一日の間でほとんど使用されないという部屋もいくつか存在している。
その部屋の一つに、一人の小柄な男子生徒がいた。
小柄な男子生徒がいる部屋は、数年前までは頻繁に使用されていた教室の準備室で、今は物置同然に使用されている部屋だ。部屋全体に埃が充満して汚れており、ずっと取り換えられていないようなカーテンは元の色を忘れたかのようにくすんでいる。
小柄な男子生徒の前には、何年も使われていないようなオフィス机に座っている女がいた。女の顔は陰になっていて、見えない。
「計画は失敗したんですかね?」
小柄な男子生徒は、埃だらけの棚に置かれている大量の小瓶から二つほど手にとって、手でくるくると弄び始める。
「どうかしらね。私の所には何の報告も入ってないわ」
「でも、ユウキがこちらの世界に時空を越えて来たという情報は入ってきてるんですよね?」
小柄な男子生徒はお手玉をするかのように、小瓶を両手で弄んでいる。その声はどことなく幼かった。
「えぇ。それがどのように転ぶからはまだ分からないわ」
聞かれた女は表情も変えずに答えている。声まで平淡で抑揚がほとんどない。
「本当にそう思ってるんですか? あなたなら結果も予想出来てると思ってましたよ」
そんな女にも、小柄な男子生徒は怖気づかずに話を続ける。女を挑発しているようにも見えた。
しかし、やはり女は動じない。机に置かれたコーヒーを一口飲んで、さっと椅子の向きを変える。
「だとしても、今は何もできないわ」
「それは僕も理解してますよ。僕らの命令はまだまだずっと先ですからね」
小柄な男子生徒も女の言葉に同調した。
「あなたは、ひとまずユウキを監視してなさい。私も時が経てば、行動に移すわ」
女は小柄な男子生徒にそのように指示をした。
「わかりました。あなたの手を煩わせることのないように尽力しますよ」
「えぇ、そうしてちょうだい」
「それでは」
小柄な男子生徒は女の指示を聞いて、埃だらけの薄汚れた部屋から出ていこうとする。ドアを開ける間際に女の言葉が聞こえてくる。
「一波乱ありそうな展開ね……」
その一言を聞いた小柄な男子生徒は、女のほうへ振り返る。
するとそこには、女が不気味な微笑を浮かべていた。これからの展開を楽しみにしている、というような期待感の表れからくる微笑だ。
その顔を見て、男子生徒は初めてぞっとした。




