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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
18/118

第二章 時空を越えて Ⅱ

 

 ユウキがベッドで眠っていた部屋を出たら、白い壁紙が印象的な廊下だった。

(診療所ってのは嘘じゃないんだな――)

 その壁を見て、ユウキは単純な感想を抱いた。

 どうやら、ここはこの家兼診療所の建物の三階のようだ。さきほど()()が「下に行く」と行っていたので、居住区は二階とこの三階になっているのだろう。

 階段はどっちにあるのだろうとユウキは一瞬迷うが、

「部屋から出て右だからねーっ」

 という真希の声が聞こえてきて、廊下を右に歩く。

 白い壁紙が貼られている廊下を歩いていると、階段の前に部屋が一つあった。その部屋のドアには『マキの部屋』と書かれた札がぶら下げられている。

 その札を見て、ユウキは先ほど自分がいた部屋のドアを振り返る。しかし、そのドアには何も掛けられていなかった。

(これは……?)

 ユウキは疑問に思ったが真希が下の階から呼んでいる声がまだするので、深く追求することはしないで階段を下りていく。

 二階まで階段を下りるとそこは三階のように廊下があるわけではなく、すぐにドアがあった。

「……?」

 建物の構造がよく分からないユウキだがとりあえずそのドアを開けて、中へと入っていく。

 すると、そこはリビングとダイニングが合わさった大きな部屋だった。

 部屋の中央にはテレビ台と大きなデジタルハイビジョンのテレビが置かれており、そのテレビを家族で見られるようにL字のソファがかなりの面積を取っていた。そして、そのソファの横に家族三人が容易に座れる大きなテーブルが並べられている。

「あ、きた!」

 ドアが開いた音を聞きつけて、キッチンにいただろう真希が姿を現す。

「もうちょっと待ってね! 今並べてるとこだから」

 そう言った真希は、持っていたお皿をテーブルに置く。そのテーブルにはすでに様々な料理が運ばれていた。そのどれもがユウキにはおいしそうに見える。

「…………」

「どうしたのかしら?」

 そのままじっと突っ立っていると真希から遅れて、真希の母親がキッチンから顔を出してきた。

「い、いえ……。こんなにおいしそうな料理久しぶりに見たので……」

 いきなり尋ねられたユウキは、真希の母親の顔を直視することもできずにもじもじと答えた。

「あら、そう? そう言ってくれるとうれしいわ」

 口元に手をあてて、真希の母親は本当にうれしそうに微笑む。その表情がユウキの胸をぎゅっとわし掴む。久しぶりに感じる陽だまりのような家庭の温かさだった。

 真希の母親が再びキッチンの方へ戻っていくと、それと入れ替わるようにして先ほどユウキが入ってきたドアが開いた。

「おう、目が覚めたか?」

 ドアを開けて入ってきたのは真希の父親だった。

 先ほどまで診療でもしていたのだろうか、真希の父親は腕に綺麗にたたまれている白衣を持っていた。その表情も何処か気疲れしているように見える。

「はい。こ、こんばんは……。それと、助けて頂いてどうもありがとうございます」

 リビングに入った真希の父親を見て、ユウキはまず挨拶とお礼を述べた。

「おう、なに気にせんでえぇ。怪我人病人見つけたら、救うのが医者ってなもんじゃよ。それに真希のクラスメートってなりゃ、もっと放っておくわけにはいかないしな」

 がははは、と高笑いをしている真希の父親は、どこかで聞いたような決まり文句を言ってくる。その態度を見て、陽気な人だなぁ、と当たり前の印象をユウキは抱いた。

(この人なら安心できそうだな――)

 そう思いながらユウキはご飯までご馳走になるということで、申し訳なさそうにテーブルにつく。

「ささ、君も食べろ。ずっと寝てたから、腹減っとるじゃろ?」

 そう言って、真希の父親は真希がついだご飯をユウキの前に差し出す。

「あ、ありがとうございます……」

「えぇてえぇて。そんな改まわんでも。昔から真希とは仲良くしてもろうとるみたいじゃし」

「は、はぁ……」

 豪快な口調の真希の父親にユウキは気圧されるが、受け取ったご飯を自分の目の前に置く。テーブルにはユウキも含めて四人分の料理がすでに並べられていた。テーブルに広げられているその光景を見てユウキは唖然(あぜん)としている。

「嫌いなモノとかある……?」

 心配そうな表情で真希が尋ねてくるが、

「いや、こういうのが久しぶりだから、ちょっと驚いてただけだ……」

「あ、そっか。上村くんの両親は共働きで忙しいんだったね」

 ユウキの神妙に言う話を聞いて、真希は思い出したように言った。

「なんじゃ、そうなのか!?」

 真希の話を聞いて、興味を持った真希の父親がさらに話を広げようとしてきた。

「え? ……あ、は、はい」

「いつも一人で飯を食べておるのか?」

「いつもというわけじゃないですが、一人のことが多い……ですかね」

 ユウキが話しているのはユウキの世界でのことであり、こちらの世界でのことではない。しかし話がかみ合わないということもなく、話は繋がっていく。

「ほぁ~、真希じゃ考えられないことだらけじゃの」

「ちょ……っ!? お父さん――!!」

「ほんとのことじゃろうが」

「そうだとしても、上村くんの前で言わなくていいでしょ!」

 真希と真希の父親のやり取りを見て、ユウキは自然と微笑ましくなる。それは自分が絶対に体験できない親子の会話だった。羨ましいという気持ちまではいかないが家庭に父親がいることが当たり前であれば、自分もこのような会話をすることがあったのだろうかと、ユウキは思う。

(だとしても、あの世界じゃ無理か……)

「どうかしたんか?」

「いえ、仲がいいんだなって思って――」

 そう言いながら、ユウキは真希に笑顔を向ける。

「そ、そんなことないよ……。それにこれくらい普通だって――」

「普通……。そっか――」

 その単語が出てくることが、ユウキには驚きでしかない。家庭事情はそれぞれ違うのが当たり前だが、このやり取りが普通であるならばどの程度が仲の良い親子になるのだろうか。

「あ! ご、ごめん……」

 ユウキではなく悠生の家庭のことを思い出して、真希はすぐに謝る。しかし、ユウキは全く嫌な気持ちになっていない。

「いや、気にしてないさ。それよりも、それが普通って言えることが素晴らしいことだと思うくらいだし」

「……そ、そう?」

 ユウキの言葉に真希は自然と照れる。それを隠すように目の前にある料理を見て、威勢よく「いただきます!」と言った。

「あらあら、普段はそんなことも言わないくせに。何、動揺してるのよ」

 その真希の仕草を見て、それまでキッチンに立っていた真希の母親が自分の娘をからかう。

「ちょ……っ。お母さんまで!」

「慣れないことはしないものよ。料理だって、普段はそんなに手伝ってくれないでしょ?」

 真希の母親のからかいは父親のそれよりもはるかに真希へのダメージが大きかったらしく、真希は母親にからかわれて激しく動揺している。

「そ、そんなことまで言わなくてもいいじゃない……」

「ふふっ。可愛い反応も見せるのね」

「ちょ――、お母さんっ!?」

 一度だけでなく、何度もからかってくる真希の母親に、真希は、これ以上何も言わないで、ときつく睨む。

「あら、怒られちゃったわね。それじゃ、お母さんはもう少しキッチンに隠れてましょうかね」

 年齢以上の若々しさを見せてくる母親は、またしてもキッチンへと姿を戻していく。

 真希の母親がキッチンに戻った後も、真希は頬を真っ赤にしたまま食卓に並べられた料理を食べている。その様子を微笑ましく思いながら、ユウキも目の前に並べられた料理に箸を伸ばした。





 岩井家での晩ご飯はあっという間に終わった。

 まだ時間は八時を回る前だが、この時間帯に晩ご飯を食べ終えるというのが、この家では当たり前のようである。突然の夜間患者のためにも、早めにご飯を済ますのだそうだ。

 晩ご飯を食べ終わったユウキは、そのままテーブルで真希の父親と会話をしていた。

「怪我の具合や体調のほうは?」

「体勢を変えたときにまだ少し痛みますが、それ以外はもうどうってことは――」

「そうか。一日でここまで治るとは、すごい回復力じゃな」

 ユウキの身体の調子を聞いた真希の父親は素直に驚く。医者の目にも一日で立てるほどに回復できるとは思えないほどの怪我だったのだ。

「む、昔から怪我とか治るの早かったんですよ」

 真希の父親の指摘に、ユウキは慌てて言い訳をした。

「そうなのか。でも、回復力があるよりも怪我しないように注意する方が大事じゃぞ?」

「は、はい。これから気をつけます」

「うん、そうするのがえぇ。今日も入院するか?」

「……いえ、一度家に帰ります」

 真希の父親の質問に、ユウキは少し考えてから返事する。

「? そうか?」

「はい。歩けるほどには回復しましたし、ご飯までご馳走になってこれ以上お世話になるわけにはいきませんから」

 まだ居てもいいんだぞ、とでも言うような表情を見せている真希の父親に、ユウキは礼儀正しくお礼を述べる。

 真希がユウキを発見した時はけがの状態は酷かったが、一日眠っていたことで立って歩けるほどに回復している。そのため本来ならまだ入院しておくべきなのだろうが、ユウキは家に帰ると言った。

「ほんとに大丈夫なの?」

 その隣で、真希がユウキの心配をする。

「あぁ。明日も学校あるんだろ? 制服とかも全部家にあるし、どっちにしても家まで帰らないといけないから」

「そ、そっか……」

 残念そうにしょげる真希だが、ユウキの言うことももっともだ。今日は意識が戻らなかったため学校を休んだことになっているが、ユウキの懸念が当たっていれば学校にも行かなければならない。

「それじゃ仕方ないな。その服はおっさんの私のものだが、とりあえずそれを貸しておこう。君が着とったのは、ひどい汚れがついとったからクリーニングに出さなぁならん。クリーニングはすでに出しとるが、引取は明日以降になりそうじゃ」

「そうですか……。わざわざすみません。この服も明日には洗濯してお返しに行きます」

「いやいや、いつでも構わんよ」

 今着ているTシャツやズボンなどをすぐ返したほうがいいと判断したユウキはそう言うが、真希の父親は服のことはそれほど気にしていない。

「そうですか?」

「あぁ。こっちが君の制服をクリーニングから受け取ったら連絡するから、その時にでも返してくれたらええ」

「わ、わかりました――」

 そしてユウキは家に帰ろうと椅子から立ちがある。これ以上、この家族にお世話になるわけにはいかないという気持ちが増しているのだ。そのユウキの気持ちを理解してか、真希も真希の父親もこれ以上説得しようとはしない。

「家まで送っていこうか?」

「いえ、大丈夫です」

 最低限の配慮として真希の父親が家まで自動車で送るというが、ユウキはそれすらも断った。

「そうか……。それじゃ真希、見送りくらいはしないと――」

「あ、う、うん」

 父親に言われて、真希は慌てて立ち上がる。

「いや、そういう心遣いは――」

 この場でお礼を言って、立ち去ろうとしていたユウキは見送りをするという真希と真希の父親に悪い気がした。

「そう遠慮するな。押しつけがましいが、こちらの礼儀と受け取ってくれ」

「は、はぁ……」

 そこまで言われてはユウキも断ることはできない。真希の父親と母親にその場でお礼の言葉とお辞儀をして、真希に連れられて一階へと階段を下りていく。

 一階は全て診療所の病室となっているようで、より白を基調とした内装が際立っている。その廊下を歩いて、ユウキと真希は病院の受付から出る。

「家もここが入り口なのか?」

「ん? そうだよ。あんまし坪面積が大きくなかったから、家の入り口を作る余裕もなかったんだって。前に言わなかったっけ?」

「そ、そうだったか……?」

 真希の言葉にユウキは慌てる。

 無意識に出た質問だったが、悠生と真希の間係を知らないユウキは、二人がどれほどの仲だったのかを知らない。

 岩井内科の入り口前は、どこにでもあるような住宅街の通りだった。虚しく、それでも周囲を必死に照らしている街灯のみが存在をアピールしている。まだ八時前だが、周囲には人の歩いている姿が見えない。

「ここでいい」

 岩井病院の入り口前で、ユウキは真希に言った。

「ほんとに?」

「あぁ。これ以上お世話になるわけにはいかないさ。ここまで助けてもらったんだからな」

 そう言って、笑顔を見せる。

「そっか。これ、薬ね。まだ痛むようなら飲んで」

 ユウキの笑顔を見て、真希は寂しそうに薬が入った袋を渡してくる。もう少し入院してればいいのに、という言葉が小さく零れる。

「ありがとう」

 しかし、その言葉はユウキには届かない。

 薬を受けとったユウキはもう一度お礼を言って、岩井内科から立ち去る。

 その後ろ姿を、真希は見えなくなるまで見送った。





 ユウキを玄関で見送ってから、真希は再び二階のリビングに戻っている。

 リビングに戻った真希はまっさきに気になることを尋ねようと真希の父親が座っているソファの隣に座る。

「お父さん……」

 そして、小さく話かける。真希には恐くてユウキに尋ねることが出来なった質問があった。

「あぁ、分かっとるよ。彼が着ていた制服は真希の高校のものじゃなかった。それに血がついとるということは襲われたということじゃろう。大病院に移送したら、そこらへんは警察が事情聴取するじゃろうな。彼は自分から言わんかったが、何か事件に巻き込まれとるのかもしれんのぉ」

「事件?」

 その推測を聞いて、真希は疑問に満ちた声を上げる。

「まぁ、何も確信はないが……。彼――悠生くんはあんなにしっかりとした子じゃったか?」

「え……?」

 一つ、真希の父親は気になることを言った。その一言が真希の胸のうちに深く残っていく。


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