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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
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第二章 時空を越えて Ⅰ

 

 緩やかな風が吹いている。その風は花や草の匂いを遠くまで運んでいく。

 ユウキは、その風を顔に浴びるようにベッドに横になっている。

 暖かい風は網戸にされている窓から部屋に入り込み、布団から出ているユウキの顔の上を通っているのだ。その風を受けてユウキは夢から覚めるように、次第に意識を取り戻していく。

「ん……」

 何十時間も閉じていたかのような重くなった瞼をゆっくりと、それこそ眩しい光に目が壊されないように慎重に開ける。

(ここは……どこだ――?)

 開けた目にはまっすぐに光が当てられている。眩しそうに目を細めたユウキは、その光が薄い黄色のカーテンが開けられた窓から降り注いでいることに気付いた。太陽の光を浴びているユウキは、外の景色を見ることができない。

「あ、起きた?」

 そこに声が掛けられた。

 声がしたほうへ振り返ると、一人の少女がドアを開けて入ってきたところだった。

 ふわっとアイロンか何かで巻かれている茶色の髪で、くっきりとした二重の目と高い鼻が特徴的な少女は、どこかの学校の制服を着ている。

「君は――」

 声をかけてきた少女を見てユウキはおもむろに尋ねようとするが、その寸前で思い出した。

(……っ! 俺は『時空扉(タイム・ドア)』の内側に無理矢理落っことされたんだった――っ)

「見つけた時はびっくりしたんだからね!」

 部屋に入ってきた少女の手には、包帯や消毒液などの簡易的な医療セットがたくさん抱えられていた。

(そういえば……)

 起きたばかりのユウキは記憶があいまいだが、男たちに追われて逃げきれなくなったところでミユキが起動させた『時空扉(タイム・ドア)』を無理矢理通されたのだ。そして気が付いたら、この部屋のベッドに横になっていた。

(俺は世界を越えたのか……)

 人類初の出来事を体験したというのに、ユウキの感想や反応はとても鈍い。それはそのことへのうれしさよりも懐疑的な思考が大きくあったからだ。

(立証実験も行っていないのに、無理矢理俺を飛ばしやがって――)

 と、ミユキに対する憤りが、記憶が戻ってくるにしたがってふつふつと湧き上がってきているユウキに、

「気は失ってるし、なんかお腹は出血がひどいし――。早退したって聞いてたからびっくりしたよ~」

 てきぱきと包帯の準備をしている少女が話しかけてくる。

「わ、悪い……」

 少女が助けてくれたのだと理解したユウキは、とりあえず謝った。

(マキ……だよな……?)

 ユウキは、自身を助けてくれた少女の顔が見知っているものであることに気付く。しかし目の前にいる少女は、ユウキが知っている人物とは違うことにも気付いていた。

(いや、俺が世界を越えたのだから、こちらの世界の真希ということか……)

 悠生が気付かなかったことに、ユウキはすぐに思い当たる。それは自身が時空移動をしたことを理解しているからであり、世界を越えたという実感があるからだ。

 その実感はユウキがいる部屋を見れば、一目瞭然である。

「はいっと。包帯変えるから、上着脱いで」

「え? あ、あぁ……」

 少女――『岩井真希』に言われて、ユウキは怪我をしていたことに思い出す。『時空扉(タイム・ドア)』を使う前に、追っていた連中の火炎放射器の炎をもろに受けて吹き飛んでいたのだった。

 上着を脱ごうとベッドから起き上がったところで、ユウキは身体の痛みが引いていることに気付く。さらに着ている服装は自身が時空移動をする前に着ていた制服ではなく、カジュアルなTシャツに変わっていた。

(ミユキの肩を借りなければ歩けないほどだったのに……)

「俺はどれくらい寝ていたんだ?」

 そのことに気付いたユウキは上着を脱ぎながら、包帯を準備して待っている真希に尋ねる。

「ん? ん~と、一日とちょっとくらいかな? なかなか目覚まさなかったからほんと心配したよ~」

(……!? 一日!?)

 カレンダーを見ながら確認した真希の返事に、ユウキは目を見開く。そんなにも長い間眠っていたことに驚いているのだ。

(俺が一日以上も目覚めないなんて……)

「はい、ばんざいして」

 考え事をしながらも真希に言われた通りに、起き上がってばんざいをするユウキ。脱いだ上着の下には、お腹の辺りに何重にも包帯が巻かれていて、所々血で滲んだ痕があった。しかし、やはり痛みは感じず、炎をまともに受けたのにやけどもしていないようだ。

「な、なぁ。一日以上も起きなかったのなら、病院に運んだほうが良かったんじゃないのか?」

「? 何言ってんの、上村(かみむら)くん。ここ一応病院だよ?」

 ユウキの身体に巻かれている包帯を取り外しながら、真希はびっくりしたように言った。

 真希に言われたユウキは窓のほうへ視線を移す。部屋の窓からは、『岩井内科』と書かれた小さな看板が見えた。

「私ん家は実家経営の小さな診療所だからね。主に内科だし――。今晩意識が戻らなかったら、さすがに総合病院へ移送しようってお父さんが話してたよ」

「そ、そっか……」

(どう説明すれば……)

 ユウキは怪我していた理由をどう説明しようかと思案を巡らせていると、包帯を取り終えた真希がユウキの傷口を見ながら、

「でも、その前に目が覚めて良かったね! 何があったかは聞かないでおくよっ」

 ユウキの心配に気付いているかのように、真希は言う。

「うん、だいぶ治ってきてるねっ」

「あ、あぁ……。ありがとう」

「それは、お父さんに言ってあげて。私は看病くらいしかしてないからね」

「いや、それでも俺は助かった。ありがとうな――」

 お礼をちゃんと述べるユウキは、少し安心した表情を見せている。

「そっか。じゃあ、どういたしまして!」

 ユウキのお礼の言葉を聞いて、真希は照れたような笑顔を見せる。その表情は、ユウキが見たことがないものだった。

「……はいっ! 包帯の交換終わったよ」

 包帯を巻き終わった真希は、さきほどまで巻いていた包帯を持って立ち上がる。

「それじゃ、私はさきに下に降りてるね。たぶん、お母さんが晩ご飯作ってるだろうから」

「ご飯……?」

「そうよ。起き上がれそう? 無理ならご飯持ってくるけど?」

「いや、俺は――」

 そこまで世話になるのが億劫(おっくう)なユウキは躊躇するが、

「何言ってんのよ。何時間もご飯食べてないんだから、何かお腹に入れないと!」

 ユウキの心配をしている真希は、ちゃんとご飯を食べるように言う。その表情は真剣そのもので、ユウキは気圧される。

「あ、あぁ、分かった……頂くよ」

「ん、それでよし! で、起き上がれそう?」

「それは大丈夫だ。身体の痛みはもうないし、じっと寝てるってのは性に合わないからな」

「……? そっか。じゃあ、ご飯できたらまた呼ぶよ。それまではゆっくりしてていいよ」

 不可解な表情を一瞬見せた真希だが、すぐ笑顔に戻って部屋を出ていく。その様子を見て、ユウキはもう一度部屋を見渡す。

 階段を下りるガタガタという音が聞こえる中で、ユウキは小さなデジタル時計が部屋のタンスの上に置かれていることに気付く。

(……午後の六時四〇分、――か)

 半袖のTシャツで過ごしやすいことを考えれば、季節は夏に入ったばかりのころだろう。さきほど真希が見ていたカレンダーも七月のページが開かれている。

(季節……いや、日にちは向こうと変わらないみたいだな)

 ユウキはそう判断する。そして、ベッドから立ち上がろうとする。

「ぐ……!?」

 立ち上がろうとした時に腹部に鈍い痛みが走る。横になっていた時は痛みを感じることもなかったが、体勢を変えるとまだ痛むみたいだ。

(完治、とまではいってないか――)

 自分の身体の状態を把握しきれていなかったことにユウキは甘さを覚える。しかし、今は自身に対する憤りを感じている場合ではなかった。

 痛みを耐えて立ち上がったユウキはそのまま窓のところまで歩いて、鍵が閉められている窓を開ける。そして、外の景色を一望する。

(これがこの世界――)

 窓の外に見える景色は、ユウキが普段見ている景色と一八〇度も違うものだった。見える全ての建物が綺麗に見え、街を歩いている人の姿もどのような表情をしていても全て楽しそうに見えた。

 もっと遠くを見れば、大きなビルが建ち並んでいるのがはっきりと目に映る。

「この世界は争いをしていないのか……?」

 街の平和そうな面を見て、ユウキはぽつりと呟く。

 ユウキたちの世界では『覚醒者』と呼ばれる人知を超えた能力を有している存在が多数いる。その『覚醒者』たちによる抗争が長く起こり、その結果『眠る街(スリープタウン)』と呼ばれる都市機能が完全に停止した街も多く見られるほどだ。

(『覚醒者』もいないのだろうか……)

 時空を越えてやってきた世界のことを全く知らないユウキは、見える全てのものが新鮮に思える。その感想とともに抱いた疑問は今すぐに解消することはできない。

 窓の外を眺めていたユウキは次に、自分がいる部屋の中を軽く見て回る。

 デジタル時計が置かれているタンスの上には、さらに何枚かの硬貨が無造作に置かれている。その硬貨には『日本国』という文字が記されていた。

「…………」

 その硬貨を見つめたユウキは、その隣に一枚の写真が飾られていることに気付いた。

「この写真――」

 写真は多くの学生が笑ってピースサインをしていたり、肩を組み合って写っている。何かのイベントの後のクラスの集合写真といったところだろうか。その写真に先ほどの真希の姿が写っている。

(文化祭か何か……か)

 真希の姿に気付いたユウキはその真希の視線がカメラ目線でないことにも気付いた。

「?」

 その視線を辿ると、そこに写っていたのはユウキと全く同じ顔の少年だった。

上村(かみむら)く~ん、ご飯できたよーっ」

 そこに真希の声が届いてきて、ユウキは写真から視線を外す。



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