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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
15/118

第一章 世界が交わった時 Ⅷ

 

「……全員やられているな」

 目の前に広がっている光景に、シンジはため息を吐く。

 シンジの目の前に広がっているのは、ショッピングモールの無数にあるうちの一つの出入り口前の広場で、散り散りに先に悠生たちを追わせていた部下の男たちが無残に倒れている光景だった。

「おい、何があった!?」

 倒れている男の一人に、シンジの脇に控えていた部下の男が駆け寄って尋ねた。駆け寄っていった先に倒れている男はまだ意識があるようで、小さく途切れ途切れの声を出している。

「たい……うに……ぞうえ……が……」

「なんだ? 何があった!?」

 必死に情報を得ようとしている部下の男を見ずに、シンジはこの状況をじっと見つめている。その視線は鋭く、周囲に残っている水たまりに向けられている。

「それ以上はいい。ここらで撤退しよう。トモヤの所へ戻るぞ」

「しかし――」

 シンジの命令に部下の男は反論しようとするが、

「相手に援軍が来たようだ。おそらくそいつも『覚醒者』だろうな。反応はまだあるか?」

「は、はい! 能力を使用した反応は出ています」

「そうか……」

 シンジはしばし考える。

(ディスプレイに表示された地点は恐らくここが最後。ユウキはその援軍とともに逃げていった。その後を追うにしても相手に戦闘タイプの『覚醒者』が加わったのでは分が悪い――か)

 悠生たちを追いかけていたシンジは迎え撃たれなかったことから、あの三人は戦闘タイプの『覚醒者』ではないと断定していた。しかし、ショッピングモールで相手を包囲するようにばらばらに散らした部下がやられているということは、そのタイプの『覚醒者』が現れたと判断するのが妥当である。

「まだ反応がありますが、撤退ですか?」

 思考を繰り返しているシンジに、先ほどの部下の男が尋ねた。

「あぁ、そうだ。これ以上は不毛な追走になりかねない。我々の目的のもう一つはあの女が所持していることも予想はついている」

 それを奪いに行くのだ、とシンジは鋭くなっている視線をそのままに、未だ空高くへと昇っている黒煙を見据える。

 そこに、今もトモヤが戦っているはずだ。



 ()げたような匂いが依然として周囲の空気を汚している。

 ミユキの周囲を囲うようにして燃え盛っていた炎の壁は、トモヤの意識が途切れたと同時に消えていたが、燃えカスがその匂いを放っているのだ。

「……ひどい空気ね」

 その匂いを嗅いだミユキは手で鼻を押さえる。鼻につく異臭はあまりにも嫌悪感を与えるものだった。

 その焦げた匂いから離れるように、ミユキはこの場を離れようと歩きだす。

 そこへ、声が届けられる。

「やってくれるじゃねぇか……。さっきのはマジで効いたぞ」

 その声は、風の槍の衝撃波を受けて意識を失っていたトモヤのものだった。

 声がした方向へ見ると、トモヤは電柱に寄り掛かるようにして、ゆっくりと立ちあがろうとしていた。その視線はまっすぐミユキを(にら)んでいる。

(仕留めきれなかった!?)

 トモヤが意識を取り戻し、立ちあがったことにミユキは驚愕した。

 風の槍はミユキの上級の攻撃技と言える。直接食らうことはなくても、そこからばらまかれた衝撃波を受けただけで骨が折れ、内臓を簡単に潰すのだ。それを受けたトモヤが立ちあがったことが信じられなかった。

「……ぷ――っ」

 トモヤは口に溜まった血を吐きだして、キッとミユキを睨む。

「よく立ち上がれたわね」

 風の槍を受けて立ち上がったトモヤを見てミユキは驚愕の表情を見せるが、ここで(ひる)むわけにはいかない、と再度構える。

「身体は頑丈なほうなんだよ。さすがにあばら何本かイっちまったけどなァ――!!」

 立ち上がったトモヤは間髪入れずに、ミユキへと迫る。一瞬で数メートルの距離を跳躍してくるトモヤだが、彼が踏んだ地面には軽く燃える炎の跡があった。

「……っ!?」

 迫ってくるトモヤの速度が急に増したことにミユキは驚いて、反応が遅れる。トモヤのその速度は彼が放っていた火球の速度が上がったのと同じように、何の前触れもなかった。

 反応が遅れたミユキは、今度は回避行動が取れなかった。そして、トモヤの突撃をまともに受けて吹き飛んでしまう。

「ごふ――っ!!」

 突撃の衝撃で、ミユキの呼吸が止まる。一○メートルほども吹き飛んで、街路樹の枝にぶつかることでミユキの身体は止まった。

「はぁはぁはぁ……」

(……なんて、速さなの――)

 突撃の衝撃も相当なダメージでミユキの身体の反応を鈍らせているが、それよりもトモヤの足跡に残った炎にミユキの目を見開いている。

「……アフターバーナー」

「なんだァ、知ってるのか?」

 ミユキが呟いた単語を聞いて、トモヤはニヤリと不気味な笑みを浮かべる。

 AFTER(アフター) BURNER(バーナー)

 それは本来、ジェットエンジンの排気に対して、再度燃料を吹きつけて燃焼させ、高推力を得るシステムである。主に戦闘機や音速爆撃機に搭載されているタービンエンジンが為せるものだが、トモヤはそれをやってのけた。

「どうして、それを……」

 トモヤがアフターバーナーを使用した突撃を行ってきたことに、ミユキは驚愕している。

「俺がただ炎を出すだけの『覚醒者』だと思うなよォ。使い方さえ工夫すりゃ、力はいろんなことに使えるんだよ」

 ミユキに一撃与えたトモヤは何てこともないように言ってのけた。その顔には再び貪欲に、血に飢えたが表情が戻ってきている。

 トモヤは準備運動のようにコキコキと首を鳴らして、ミユキを一直線に見据える。

(また来る――っ!)

 その表情を見たミユキがそう判断したように、トモヤはアフターバーナーを使った高推力で一気にミユキに迫ってくる。

「何度もくらわない!」

 予測していたミユキは再び上昇気流で、空へと逃げる。しかし、

「簡単に振り切れると思うなよォ!!!」

 トモヤは一瞬の間に突撃の方向を変えてくる。

「な……っ!?」

 簡単に突撃の方向を変えてきたトモヤに、ミユキは息を飲んだ。上昇するだけのミユキは、それを避けることができない。

 炎が燃える跡を残したトモヤの高速の突撃がミユキの身体を(たが)わずに捉える。

「ぁああああああ――!!」

 上昇気流の下から突撃をしてきたトモヤの体重を乗せた攻撃に、ミユキは叫びながらさらに空へと吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされたミユキは、さらに数メートルも空中へ飛ばされて、そのまま地面へと重力に従って叩きつけられる。

「がっは――っ」

 叩きつけられたミユキは胸を強打して、再び呼吸が止まってしまう。強打した胸は肋骨(ろっこつ)が数本折れてしまったほどだ。

 地面にたたきつけられたミユキを追うようにして、トモヤも地面へ降り立つ。

「俺が受けた痛みをそのまま返してやったぞ。どうだ? 痛いか?」

 冷徹な言葉が、うつ伏せに倒れているミユキにかけられる。

 肺の呼吸を全て失うほどの衝撃を受けたミユキは立ち上がることすらままならない。横目でトモヤのことを睨むのが精一杯だ。

「おォ、恐い恐い。けどよ、あの高さから落ちたんだァ。普通なら即死だぜ?」

「……………」

「何も返せない――か? ま、当然だろうな。……ちっ。やっぱ、お前じゃ俺の相手は無理だったなァ」

 残酷なまでの事実を、明確な結果とともに、トモヤは告げる。しかし、それは事実であり目の前に突き付けられた結果であるために、ミユキには反論もできない。ただ、強い敗北感が溢れ出るだけだった。

「さて、向こうはどうなったのか」

 地面に倒れたミユキには目も向けずに、トモヤは黒い服のポケットから携帯電話を取り出して、どこかに電話をかけ始める。一瞬の間に敗れたミユキへの関心はもうなくなったかのように。

 倒れたミユキは抱いた敗北感がそのうち冷たい涙へ変わるのを感じて、気を失っていった。



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