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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
13/118

第一章 世界が交わった時 Ⅵ

 

 またしても悠生(ゆうき)は廃れた半壊状態の建物ばかりの街を走っている。絶え絶えになっている呼吸を整える暇もないほどに走り続けている。その視線は何度か走ってきた道を振り返っている。

「何度も後ろを確認しない。あなたが今心配することは自分の身の安全だけ――よ」

 何度も振り返っている悠生に対して、その後ろを走っているアオイが注意する。アオイのその顔はどこか焦っているようで、悠生は自分の世界の葵が見せたことのない表情だと、不謹慎にも思ってしまった。

「でも……」

「でも、もなし。今は走ることに集中して。ゴールなんてあるかも分からないんだから――」

 アオイの、その表現の仕方に悠生は戸惑(とまど)う。

「ゴール?」

「えぇ。無事にゴール出来るといいね」

 走りながらもアオイはニッコリと笑顔を見せる。その時、一瞬だけアオイの真剣な表情が和らぐ。

 その表情を見た悠生は照れたように振り返っていた顔を再び前へと向ける。しっかりと前を見据えて、ゴールというただ一つの終着点へ向けて走るために。

「アオイ! 奴らは追ってきてるのか!?」

 その二人の前を走っているタクヤは、一番後ろを走っているアオイへ大声で尋ねた。

「ちょっと待って」

 タクヤの質問に、アオイはそう答えた。そして、彼女は片目の(まぶた)を閉じる。それがアオイの『覚醒者』としての力の発動条件なのだ。片目を閉じたアオイは視界を共有できる対象を半径三〇〇メートルの中から探し出す。

 数秒後、その範囲内にいた鳥にアオイは視界共有を行う。そうすると、閉じたアオイの片目に鳥が見ている視界が映し出される。

「……追いかけてきてるっ! 距離は正確にわかんないけど、左後方から、数は一○人程度。二台の装甲車に乗ってるわ――!!」

 鳥の視界を共有して、発見した追手の数と方角をアオイはそのように報告した。

「ち……っ、また向こうは車かよ」

 その報告を受けて、タクヤは苦いような表情で反応した。その反応は先ほどのミユキのものと同じだ。それは二人とも本気で逃げることを考えているからだ。

「向こうは車が通れる幅がある道しか通れないんだから、こっちは建物に隠れるとかは?」

 走りながら逃げる道を探しているタクヤに、アオイはそう提案をした。

 それは妥当な判断だ。装甲車と言え、それが整備された道であれ砂利道であれ、走れる幅がある所しか走ることはできない。その装甲車が走ることができない幅の道や建物内に逃げることは最良の手だろう。

「それしかない――か……」

 きょろきょろと十字路にさしかかるたびに左右の道を遠くまで見ているタクヤは、アオイの提案を受けいれる。

「なら、こっちだ!」

 アオイの提案を受けたタクヤは二人を先導しながら、左の路地へと急に方向転換をした。そのまま走っていくタクヤを、悠生とアオイは必死に追いかける。

(なんで……俺、起きてから走ってばっかり……)

 前を走っているタクヤを追いかけながら、悠生は再び同じような疑問を抱いた。もう一度現状の理解を求めたい悠生だが、タクヤの走る速度が速すぎるためついてくのが精一杯で尋ねることが出来ないでいた。

「はぁはぁはぁ……ったく――」

(だいたいミユキを置いてきたのだって、なんで――)

 自分一人では何も決断あるいは行動できないでいる悠生は、それらの真意が分からない。それらの困惑が解けないまま、悠生は指示されたまま走っている。それは、こちらの世界で目が覚めてからの悠生の状況と何ら変わっていなかった。

 それまでの大通りから左の路地へ入ったタクヤはそのまま数十メートル走ったところで、一つの建物の中へ入っていく。

「この建物に一時隠れるぞ」

 そして、悠生とアオイに言った。

「うん」

「わかった」

 それぞれ頷いた悠生とアオイも、タクヤに次いで建物の中へ入っていく。

 悠生たちが入った建物はかつて企業のオフィスが設けられていた複合オフィスビルのなれのはてだった。その一階には、まだオフィスビルとしての名残のように各階に入っている企業名が書かれたインフォメーション板が(すた)れながらも残っていた。

「どこに隠れる?」

 そのインフォメーション板を見ているタクヤにアオイが尋ねた。

「……どこかに鍵がかかってない部屋があるかもしれない。そこに身をひそめよう」

 インフォメーション板を見ながら言ったタクヤは壊れたエレベーターではなく、その隣にある非常用の階段で上の階に上がっていく。その後を悠生とアオイも追いかける。

 複合オフィスビルは電気が通っていないため、建物内がかなり薄暗く、太陽が昇ろうとしている街の明かりも建物内には入ってこない。この複合オフィスビルも半壊状態であり、廊下の壁はところどころ壁が()がれ落ちていたり、廊下に瓦礫が落ちていた。そのため手探りでゆっくりと歩くしかなかった。

(ビルがこんな状態になるなんて……)

 その建物内を歩いている悠生は、悲惨な状態になっている建物内部を見て驚いていた。悠生がいた世界ではこのような状態の建物を生で見ることはなく、地震や戦争のニュースをテレビで見ることくらいしかなかったのだ。

 二階に上がってきたタクヤは廊下を歩いているうちに見つけた一つのドアの前に立っていた。タクヤに追いついた悠生とアオイもドアの前に立つ。

「ここのドアが開いてる、というよりも壊れてる。ここに隠れていよう。あまり上の階に行っても、見つかった時ビルから出るのに苦労するからな」

「うん」

 タクヤの言葉に二人とも賛同して、壊れたドアから部屋の中に入っていく。

 その中は小企業のオフィスとして使われていたようで、機能を失った今も様々なものが残されていた。企業の書類が無数に入っているだろうファイルがまとめられているロッカーや複数並べられているオフィス机も壊れて使い物にならなくなっているだろうが、そのまま残されている。

「争いが起こったときに、身一つで逃げたんだろうな……」

 その状況を見て、タクヤはぽつりと呟く。その声は悠生とアオイには届かなかった。二人ともオフィスの残骸を見て、そのまま残された椅子に腰を落としている。

「ここで一息つこう」

 その二人にタクヤは、休憩だ、と言った。

「追ってきてる奴らが俺たちが隠れたことに気付かなければ、また出発だ。少しでも早くここからは出たほうがいい」

「う、うん」

 タクヤが言ったことにアオイは頷いたが、悠生にはもやもやとした感情が依然として渦巻いていた。その感情は、冷静にこれからのことを話しているタクヤに自然と向けられる。そのタクヤはアオイと何らかの話をしている。

(もう我慢できねぇ……)

 ふつふつと煮え切らない思いが(たぎ)ってきている悠生は座っていた椅子から立ち上がって、タクヤの前まで歩く。

「どうした?」

 悠生の突然の行動にタクヤは不審を感じて、尋ねた。

「あんたはここから少しでも遠くに行くことしか考えてないのか!?」

「? そうだが――?」

 だからどうした、とタクヤは再度尋ねる。その言葉に悠生の引鉄が引かれる。

「なんで、ミユキだけを置いてきたんだよ!!」

 ミユキだけをあの場に置いて逃げるという手段を取ったタクヤに悠生は激昂(げっこう)して、タクヤの胸ぐらを掴む。

「…………」

 その悠生の行動を見ても、タクヤは何も言わない。鋭い視線で睨んでいる悠生の目を真っ直ぐ見つめているだけだ。

「なんとか言ったらどうなんだよ!」

 何も喋らないタクヤに悠生はさらに突っかかる。その強い口調でもタクヤは動じない。

「ちょ、あなた……」

 その悠生を見てアオイがなんとか止めようと恐る恐る声をかけるが、それでも悠生の怒号は止まらない。

「葵は黙っててくれ。こいつの決断が気に食わねえんだよ」

「ちょ、ちょっと――」

 一向に血の気を抑えようとしない悠生に対して、アオイはもう一度落ち着かせようと声をかようとするが、

「アオイ、いい」

 と、タクヤがそれを止める。

「……?」

 アオイはタクヤの真意が分からずに首をかしげた。アオイの言葉を遮ったタクヤは、悠生に負けないほどに鋭い視線で悠生を睨みつける。その視線を受けて、悠生の勢いもいくらか削げる。

「な、なんだよ……」

 その声もタクヤの視線を受けて、少し震えている。それまでの怒号も急に熱を失ったようだ。

「俺たちがあの場に残って、何の役になった?」

「……え?」

 ぽつりと呟いたタクヤの言葉が上手く聞き取れなくて、悠生は素っ頓狂な声をあげた。その顔からも鋭い視線が消えている。タクヤの胸ぐらを掴んでいた手も離されている。

 一方で、タクヤの顔は次第に恐さを増していっている。

「だから! 俺たちが残って何が出来た!? 俺とアオイはたしかに『覚醒者』だが、戦闘向きの力じゃない! けど、あいつは違った……っ。お前も見ただろう!? あいつは手から炎を出してたっ。身体中から火を吹けるんだ!!」

 その言葉は止まらない。

「そんな奴相手に、何の力も持たないお前に何が出来るんだ!? 同じ『覚醒者』の俺たちも殴り合いじゃ歯が立たないんだ! そんな奴相手にしてるミユキの所に残ったって、俺たちはミユキの足手まといにしかなんねえんだよ――っ!!!」

 止まらないタクヤの言葉は窓ガラスがなくなり吹きさらしの部屋の中で響きわたる。反響しそうなほどの声に圧倒された悠生は言葉を発することができない。

「…………」

 悠生に負けず劣らず大声を出したタクヤに、悠生は何も言えなかった。

「分かれよ! なんでミユキが俺たちだけ先に逃がしたのか、なんで一人だけあの場に残ったのか――っ。その意味も理解してない奴が、意気がったこと言ってんじゃねえ!!」

 タクヤの言葉が、強く悠生の脳を揺さぶる。ミユキの思いを悠生はその全てを理解していなかった。いや理解していないわけではない。ミユキの、必ず守る、という言葉を悠生は聞いて、悠生はミユキのことを少しは信じている。

 強い相手を前にして、一人で残ったことが理解できないのだ。

「俺もアオイも、あの場にミユキを残したことを何とも思ってないと思うなよ――!! 俺だって出来るならあの場に残って一緒に戦いたかったさ。それが出来るならな!」

(……!)

 止まらない怒号を上げているタクヤの声が震えていることに、悠生は気付いた。そこにタクヤの思いが込められている。

 その思いはアオイも同じなのだろう。アオイもじっと悠生を見つめている。

「私たちはミユキに、あなたを守ることを約束した。狙われているのはあなたで、一番危険なのはあなただから。その約束を反故(ほご)にすることはできないわ。私たちの決断も理解してほしいの」

 アオイは、その思いをしっかりと言葉で伝えようとしている。その言葉を受けた悠生は俯いてしまう。

「ご、ごめん……」

 そして、小さく言った。

「分かってくれれば、それでいい。俺たちは何よりもお前を守らなければいけないんだ」

 (うつむ)いた悠生に、タクヤはそう言った。

 その言葉にも、アオイと同様に自身の思いを言葉で伝えようとしている意思があった。それに気付いた悠生はそれまでの自分の意識の低さあるいは理解の弱さを思い知る。それはこれから、悠生がこの世界にいるためには重要なものだった。


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