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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
12/118

第一章 世界が交わった時 Ⅴ

 

 空気を焼きつくすような炎が、今にも枯れ果てようとしている街路樹の命をさらに縮めようと盛んに燃えている。その炎は全壊あるいは半壊した建物ばかりの街の大通りを走っていた悠生(ゆうき)たちを、これ以上どこにもいけないように囲っている。

 その炎に囲まれた悠生たちは苦虫を潰すように周囲を囲っている炎を(にら)んでいる。その炎の壁から現れた一人の少年――トモヤがさらに口を開く。

「…ったく。あっちこっち逃げてくれてよォ。こっちの労力をこれ以上割かせないでくれよな」

 貪欲な目をしているトモヤの表情は、血肉を求めている肉食獣でしかない。そのトモヤの身体は、地上二メートルも燃え上がっている炎の中を歩いたにも関わらず火傷を負ったわけでもなく着ている服も燃えていない。

(『覚醒者』か――)

 その服と身体を見て、悠生を除いたミユキたちはトモヤが『覚醒者』だと気付いた。

「おい、ミユキ……」

「うん、分かってる。向こうが雇った『覚醒者』でしょうね」

 タクヤの耳打ちに、ミユキは頷いて答えた。『覚醒者』を出してきたということは、さらに本気になったということだろう。

「さて、俺の狙いは分かってるよなァ? そっちがユウキを差し出すなら、他の奴は見逃してやってもいいぜ?」

 交渉を行ってくるトモヤだが、それに乗るミユキたちではない。無論トモヤもそれを理解しているだろう。それでも、それがトモヤのやり方なのだ。その形式あるいはルーティンを崩したくないのだろう。

「おい、何勝手なことを言っている?」

 そこに、スピーカーを介した声が聞こえてきた。その声は、やはり先ほどからユウキを追いかけている男の声だ。

 聞こえてきた声に驚いたミユキたちはどこから話しているのかと周囲を見渡すが、どこにもスピーカーの声の男の姿は見当たらない。

「すでに、我々の存在と計画の一端を知ってしまったのだ。ユウキ以外は殺せ」

「……っ!?」

 スピーカーを介して聞こえてきた言葉の内容に、悠生たちは目を開いて驚いた。その声はあまりにも平淡で感情がないものだった。

(本気で殺す気か……)

 その本気を受け取ったミユキは、この状況が危機的だと改めて認識する。『覚醒者』の数では圧倒しているが、まともに正面からぶつかったとしても必ず勝てるという算段があるわけでもない。

「なんだよ……ったく――。俺なりのやり方ってのも認めてくれてもいいんじゃねえのか、シンジの奴はよォ」

 スピーカーから聞こえてきた声を聞いてトモヤはシラけたとでも言うように、声のトーンを落とした。

(シンジ?)

 トモヤが言った名前にミユキたちは眉をひそめる。その名前が指しているものをうっすらと考えるが、それを確認し合う時間すらもトモヤは与えない。

「しゃあねえ。さっさと仕事を終わらせてもらうぜ――っ!」

「まず――っ!」

 トモヤは一度の跳躍で数メートルの距離を一気に縮めてくる。その動きを見て、ミユキはその狙いを思い出すが、それよりもトモヤの突撃の方が速かった。トモヤあるいはスピーカーの声の男たちの狙いはあくまでもユウキである。ユウキがすでに時空移動したことを知らないトモヤの突撃も真っ先に悠生を狙ったものだった。

「がっは――っ!?」

 そのタックルと呼ぶにはあまりに衝撃の多い突撃を受けた悠生は、為す術もなく吹っ飛んでしまう。

「一発で終わると思うなよ!!」

 一撃目を悠生に与えたトモヤはさらに追撃をかけようと右手の中にテニスボール大の火球を作りだす。手のひらに作りだされた火球を見たミユキが、悠生を守るために二人の間に割って入る。

「……っ! まずお前から殺ってやろうかァ!!」

 割って入ったミユキにもトモヤは動揺を見せない。それどころか、さらに獰猛な表情を見せたほどだ。

 作りだした火球を悠生に対してではなく、ミユキに対して放つ。その火球は鳥が飛ぶような速さでミユキへと一直線に飛んでくる。

 自身へと飛んでくる火球をミユキは風で押し返そうと、手のひらから風を作りだす。しかし、火球はその風に煽られて、さらに肥大化していく。

「……っ!?」

 自身が放った風が火球を押し返すどころか、火球への助力になったことにミユキは驚いて身動きが固まる。

「ミユキ――っ!」

 飛んできている火球をかわすための行動が出来ないでいるミユキを、タクヤは横っ跳びで地面へと押し倒すことで回避させた。地面へと倒れたその二人の上を肥大化した火球が飛んでいく。

「あ、ありがと、タクヤ」

「意識を集中しろよな。ぼうっとしてるんじゃねえよ!」

 火球を自力でかわすことが出来なかったミユキにタクヤは叱咤(しった)した。それは戦闘の意識が低いミユキの意識を取り戻させる。

「ご、ごめん……」

「謝ってる場合じゃないだろ!」

 さらにタクヤはミユキに対して激しく言った。その言葉を受けたミユキは眼に力を取り戻して、もう一度トモヤを睨む。

「『風』系の『覚醒者』か――」

 そのやり取りをじっと見つめていたトモヤは言葉遣いから受ける印象とは打って変わって、冷静にミユキの力を分析していた。そしてミユキの力を『風』系のものと判断した。

(『風』の力はやっかいじゃあない。ユウキの前に立ちはだかるなら、すぐ殺して――)

 そのように考えたトモヤだが、その考えに反してミユキは全く別の行動を取る。

 悠生を守るためにトモヤの前に立ちはだかるのは同じだったが、その口から出た言葉はトモヤにとって意外なものだった。

「ここは任せて!!」

 眼に力を取り戻したミユキはそう言って、一人でトモヤの前に立ったのだ。

「でも……」

 ミユキの力強い言葉でも、悠生は逡巡(しゅんじゅん)してしまう。『炎』系の『覚醒者』であるトモヤが強いことは悠生にも分かる。そのトモヤをミユキ一人で戦わせることに罪悪感を抱いているのだろう。

「いいから! 先に行って――っ」

 そう言って、ミユキは身体全体で風を生み出し、周囲の炎の熱を利用して上昇気流を作りあげる。

「……!?」

(ユウキをここから逃がすつもりか――っ!)

 ミユキの行動の真意に気付いたトモヤは、させまい、とミユキに突撃を行うが、それもトモヤが作った炎の壁と同様にミユキが作った竜巻の壁に阻まれる。

「くそ――っ!!」

 竜巻の壁に阻まれたトモヤは、その先にいるミユキを強く睨みつける。しかしミユキは涼しい顔をしているだけだ。

「いいんだな?」

 そのミユキの言葉を聞いたタクヤは確認の言葉を告げた。

「うん。今大事なことは何か分かってるでしょ?」

「わかった」

 強いミユキの意思を確認してタクヤは任せろ、と頷いた。そして、ミユキが作りだした上昇気流に乗る。

「お前も来るんだよ!」

 そう言って、上昇気流に乗ったタクヤは悠生も手を引いて、同じように上昇気流に無理矢理乗せる。その後をアオイも続いていく。

「こっちは任せて。悠生は必ず守るから」

「うん。信じてるよ、アオイ――っ!」

 ミユキとアオイは固い約束を交わした。それぞれが為すべきことをしっかりと実行するために。それが、これからの世界のためになると信じて疑わずに。

「ちょ……、ちょっと、あんたら――」

 上昇気流に乗った後も悠生は何かを言おうと口を開くが、それすらもタクヤは無視して、上昇気流を利用して高く高く飛びあがっていく。その勢いは止まることを知らなくて、気付いたら半壊状態の建物の屋上まで飛びあがっていた。

「建物の屋上へ飛び移れ!!」

 その高さまで上昇気流で飛びあがったことを確認したタクヤが、悠生とアオイの二人に言った。

「こ、この距離を……?」

 しかし、アオイは躊躇(ためら)いの声を上げた。

 見ると、上昇を続ける風に乗っかっている状態の悠生たちから、建物の屋上までは間に二メートル近い距離があった。助走もなしに、その距離をジャンプすることはアオイにはあまりにも難しい。

「くそ……」

(どうする――)

 間にまたがる二メートルほどの距離を見て、タクヤは下唇を噛みながら、何か良い方法はないかと考える。

 男であるタクヤはこの距離を飛ぶことに、それほど苦は感じていない。それは、下の状況を見つめている悠生も同じだろう。ミユキに、悠生のことを任せろ、と言ったタクヤはここで立ち止まっているわけにはいかない。

「悠生、お前は飛べるよな?」

「え? あ、あぁ……」

 いきなりタクヤに聞かれた悠生は、意味が分からないなりにも頷いた。

「それなら先に飛べ!」

 頷いた悠生に、タクヤはそう言った。

「? どういう――?」

「先に飛んでそこで待ってろ。俺がアオイを投げ飛ばすから、それをお前が受け止めるんだっ!」

 そう言ったタクヤの言葉に、

「……っ!?」

「た、タクヤ……!?」

 悠生とアオイがそれぞれ驚いた。

 しかし、タクヤはいたって平然としている。アオイが無事に建物の屋上に飛び移るにはそれしか方法がないと踏んだのだろう。

「このままここでじっとしてることもできない。上昇気流は今も空へと上っていってるし、ここは建物から格好の的になる。相手はあの『覚醒者』だけじゃないんだ! ここで迷ってるわけにはいかないだろ――っ」

 その言葉にアオイも「そうだね」と同調する。二人のその決意を聞いた悠生は、まだ決断できずにいた。

「で、でも……」

「今が危険な状況だっていい加減分かれよ!! ここでぐちぐちしてる時間はほんとにないんだよ」

 そのような悠生に対して、タクヤがきつく言った。その目も次第に鋭くなってきている。

「わ、わかったよ……」

 そのタクヤの視線を受けて、悠生はしぶしぶといった感じで返事をした。そして、その場で勢いをつけるように大きく両手を振って、建物の屋上へと飛び移る。

「痛っ……!?」

 なんとか建物の屋上から建物の屋上へと飛び移った悠生は、着地の際についた両足にジーンとした痛みが走り、痛みに顔を歪めた。

 その痛みに耐えた悠生は、まだ上昇気流に乗っているタクヤとアオイへ振り返る。

「い、いいぞ」

「わかった。絶対にアオイを受け止めろよ!」

 悠生が建物の屋上へ飛び移ったのを見て、タクヤはアオイの腰を持って身体を持ち上げる。不意に身体を持ち上げられたアオイは恥ずかしそうに頬を赤く染めて、顔を背けている。

「上手くいくと信じてろ……!」

「う、うん」

 アオイの返事を聞いたタクヤは、アオイの身体を持ち上げている腕にさらに力を振り絞る。そして、ハンマー投げよろしく大きく振りかぶってアオイの身体を空中へと投げ飛ばす。

「き、きゃぁあああああああ――っ!!!」

 タクヤに投げられたアオイは、その反動から大きな悲鳴を上げた。

 その身体は、高さ一○メートル以上はあるだろうという空中に投げだされている。そしてふわりとした絶叫マシンで感じる特有の浮遊感がアオイの全身を包み込む。

(こ、こい――っ!)

 こちらへ向けて飛んできているアオイの身体を受け止めるために、悠生は両手を大きく開いて構えている。しかし、その足は柵もない建物の屋上ぎりぎりの所にあるため、がくがくと震えていた。

「絶対に受け止めろよ!」

 その悠生の反対側で、アオイを空中へと投げ飛ばしたタクヤは大声を上げて悠生に言っている。

 二メートルほどの距離をアオイは間違いなく飛んでいる。あとは悠生が上手くアオイの身体を受け止めるだけなのだ。しかし一歩でも踏み外せば、悠生もアオイも地上へ向けて真っ逆さまである。その恐怖に打ち勝て、とタクヤは暗に言っているのだ。

 その声を聞いて、悠生の眼にも真剣さが宿る。その目は真っ直ぐアオイの視線へ向けられていた。

 そして、アオイの身体が悠生のもとへと飛んでくる。

「ぐふ――っ!?」

 アオイの身体を受け止めた悠生は、腹部に強い衝撃を受けて息が詰まってしまう。その衝撃で力が緩みそうになるが、それも悠生は震えながら立っている足を踏ん張ることで、なんとか踏みとどまる。

 いくら少女の体重でも二メートルほどの距離を飛んできているので、その衝撃はやはり大きい。その衝撃を受けた悠生の足は緩みそうになる力を踏ん張っても、悠生の身体の重心をぐらつかせる。

「や、やば――」

 足が前後にぐらついたことに、悠生は最悪の事態を想像して蒼白した表情になった。そこにタクヤの声が届く。

「そこで踏ん張っとけよ!」

 聞こえてきたタクヤの声を悠生は意識した瞬間に、悠生の目の前に影が差す。それはタクヤの身体だった。タクヤもすぐに上昇気流から飛び移ってきたようだ。建物の屋上へ飛び移るために、上昇気流から飛んだタクヤは、建物の屋上の端でアオイを抱えたまま身体をぐらつかせている悠生を、後ろへと押し倒す。

「ぐ……!?」

「がっは――」

 アオイを抱えた悠生とタクヤは衝突して、そのまま建物の屋上へ倒れた。アオイとタクヤの二人が()し掛かるかたちに倒れた悠生はさらに呼吸が詰まってしまうが、地上へ落ちていくことだけは(まぬが)れた。

「はぁはぁ……。ほら、上手くいったろ?」

 立ち上がりながら、タクヤは結果オーライといった感じで調子良さそうに言った。

「ま、まぁそうだけど――」

 それにはアオイも頷くが、空中に投げだされるという恐怖は簡単には拭えない。建物の屋上から地上を見下ろすとかなりの高さだった。この高さで二メートルも飛んだのだと思うと身体がすくんだ。

 アオイとは逆に、悠生たちが無事に飛び移れたこと地上から確認したミユキは、やった、というような笑顔を見せている。

(これで後は無事に逃げてくれるのを祈るだけ――ね)

 そして、自身は目の前にいるトモヤへと視線を戻す。

 そこに、

「何をやってる、トモヤっ!!」

 炎の壁で囲っておきながら、みすみす悠生たちを逃がしてしまったトモヤに、スピーカーの声の男が激昂(げっこう)した。その怒りは声の質からもはっきりと分かる。

「あ~、うっさいなァ……。逃がしちまったのは俺が悪いが、こっちは取り込み中だ。こいつを速攻で殺してから、追いかければいいだろ? それまではそっちが勝手においかけとけ」

 その怒号を聞いても、トモヤの表情は揺らがない。目標の相手を瞬時に悠生から、ミユキに変えているのだ。

 その目は先ほどまでの獰猛さを再び見せつけてくる。

「……わかった。そいつは任せたぞ、ここで始末しろ!」

「はいはい、了解したぜ」

 当初の計画が上手くいかなかったことにいらだちを見せているスピーカーの声の男を放っておいて、トモヤはミユキに対して牙をむく。

 それは炎で生物を容易く殺す――人知を超えた力だ。




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