終章 それぞれの誓い Ⅱ
報告会が終わって、悠生は『国立「覚醒者」研究所』を後にしようとしていた。
「どうだった?」
「疲れたよ。報告会ってあんなピリピリした雰囲気なんだな」
「最初はそう思うかもね。でも、そのうち慣れるよ」
慣れてしまうほど何回も出たくないけどな、と悠生は苦笑して返す。冗談だと思ったミユキは声を出して笑っていた。
「まぁ、無事に終わって何よりだ」
トモユキも同じように胸を撫で下ろしていた。
「そうですね。ちょくちょく研究所には顔出さないといけなくなったけど、悠生くんにはこれで良かったと思う」
「そうか?」
「うん。私たちじゃフォローできないこともあるから。マユミやタケダさんはみんな賢いから、きっと悠生くんの力になってくれるよ」
「それなら嬉しいな。まだまだ俺はこっちの世界のこと知らないからさ」
これまでの出来事でたくさんのことを知ったつもりでいた。
けれど、実際に悠生が知り得たことは自分がいた世界とこちらの世界とのほんの少しの違いでしかなかった。『覚醒者』や『賞金稼ぎ』という人たちがいること、『眠る街』というゴーストタウンがあること。それらのことを知って、全てを知った気になっていた。
しかし、こちらの世界が辿ってきた歴史を悠生は全く知らなかった。
いや、考えようともしなかった。
今回のことで、悠生は今まで以上に現実を知った。マユミが『始まりの覚醒者』について話したことも、これから必要になるかもしれない。知っていても損はないからだ。
研究所で改めて聞かされたことを思い返しながら、悠生は家路を歩きはじめる。
そこへ。
携帯電話の着信が聞こえた。
「ん? 電話がかかってきた。少し待っていてくれ」
「――? わかりました」
携帯電話を取り出して、トモユキは離れていく。
「誰からだろうな」
「さぁ? 大事な話だとは思うけど……」
トモユキが離れて、二人の間に微妙な空気が漂う。
マサキに言われたことがミユキの脳内を駆け巡る。きちんと謝るべきだ、とマサキは言っていた。ミユキが悠生に酷いことをしたと思っているのなら、謝って真摯に話し合うべきだ、と。
しかし。
(なんて切り出せば……)
分からない。
カツユキの言ったように悠生は傷ついていないのか。そもそも酷いことをされたと気付いているのだろうか。一方的に謝ったところで、彼は理解してくれるだろうか。
それらの不安が、ミユキの口を邪魔する。
ちらっと見た悠生はじっと研究所を振り返っていた。何を考えているのかは分からない。けれど、真剣なその瞳を見ると、ミユキも決心がついた。
「あ、あの……」
「ん? どうした?」
「わ、私、謝らなきゃいけないことがあって……」
自然と声が上ずる。
「謝る? 俺に?」
「……うん」
ミユキの返事は歯切れが悪い。
自分から口を開いておいて、何かを逡巡している。何か後ろめたいことがあるようで、口をぱくぱくと開けている。
「……あ、あの銀杏林につれていったことなんだけど……」
「あぁ、俺を励ましてくれたよな。サンキューな。すごくうれしかった」
「う、うん。そ、それはどういたしまして……」
「……?」
まだ何か言いたそうだ。
堪え切れなくなって、ミユキの頬を滴が静かに伝う。
「あのね! そのことなんだけど……。私、悠生くんに、ひ、酷いことしちゃって……」
「酷いこと?」
「う、うん」
けれど、悠生にはミユキに酷いことをされたという覚えがない。
「間違いじゃないか? 俺、何もされてないけど……?」
「ううん、したの。あの銀杏林は、ユウキとの思い出の場所で……」
ミユキの口から出るユウキが、自分のことではないことを悠生は理解する。自分とミユキたちとの思い出はないに等しい。
涙を交えながら言うミユキの表情がとても苦しそうだ。
「私、あそこにつれてくことで、ゆ、悠生くんを確かめたくて……」
「確かめる?」
意味が分からなくてオウム返しに尋ねるが、すぐにハッとした。
(こっちの世界の俺と……)
「そっか」
「ゆ、悠生くんの気持ちも考えないで、私――ごめんなさい!」
「……そんなこと」
気にしなくていいのに、とは言えなかった。
研究所の人たちも悠生の顔を見て、心から安堵した表情を見せていた。本当に悠生とユウキは似ているのだろう。それは顔や体格だけじゃない。その人を人とたらしめている人格や性格まで。だから、彼らは悠生だと気付かない。
そして。
『ルーム』にいるミユキたちも、同様に似ていると感じていたのだろう。単純に似ているという感覚だけでなく、困惑までしていたかもしれない。ミユキたちにとって、どれほどユウキが特別な存在だったのかは悠生にも十分に分かっている。
「だから、酷いこと、か」
「う、うん」
「気付かなかったな」
と、悠生は自虐も込めて笑う。
「……悠生くん」
「でも、いいさ。気付かなかったんだから、傷ついてもいないし」
それは嘘だ。
それでも、悠生は装った。
「で、でも!」
「いいって言ったろ。ミユキだって悩んでたんだろ。俺と同じだよ」
悠生がユウキの代わりをすることや『覚醒者』の成り立ちに少なからず悩んでいたように、ミユキも悩んでいたのだ。別々のことに悩んでいたとしても、悠生にはそれでお互い様のように思えた。
「そうかもしれないけど」
まだミユキは納得していない。ミユキの気が済むまで謝罪をしないと、この調子のままな気がしてきた。
「意外に頑固だよな」
「そ、そんなこと……」
「じゃあ、次で最後な」
「最後?」
「謝ってもらうの」
「え?」
「ほら」
「あ、う、うん。――悠生くんの気持ちも考えないで、傷つけてごめんなさい」
「いいよっ」
悠生は何事もなかったかのように笑った。
つられて、ミユキも笑顔になる。
気まずい雰囲気は、ミユキが流した滴に混じってとっくに消えていた。
「これで終わりな」
「うん、ありがとう」
「いいって。それにミユキは言ってただろ」
「え?」
「ほら。俺がミユキたちの力を頼りにするように、俺もみんなの力になるって。まだまだ恩返しはしなきゃだけどな」
「……悠生くん」
そう。
まだまだ問題は山積みだ。
何よりも大事な『時空扉』の行方が分からない。
自分がいた世界はどうなってるんだろう、と悠生は不安に思う。いくら考えても仕方のないことだが、考えずにはいられない。
(帰るのはまだまだ先になりそうだな……)
そう思うと、憂鬱になる。
けれど、『ルーム』にいるミユキたちや『国立「覚醒者」研究所』のマユミや所長たち。これだけの人が力を貸してくれるのだ。悠生自身が弱音を吐くわけにはいかなかった。
(俺にできること……)
こちらの世界のユウキの代わりだけじゃない。タクヤを助けに行った時のように、できることを考える。
(守られてばかりじゃいられない……。俺だって、今は『ルーム』の一員なんだから。みんなの力になる)
そこへ。
「朗報だ」
話が終わったらしいトモユキが戻ってきていた。
「タクヤとアオイが奪われた『時空扉』について何かしら情報を得たようだ」
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
千秋です。
ようやくPARTⅢが終わりました。これからものんびりと更新していきますが、改めてよろしくお願いします。
いい加減展開を広げなくてはと思い、今回はいくつか今後に関わる点をちりばめました。さらに、第三章のほうである試みもやっています。この試みは、後の話でも活用していこうかなと考えています。
一つ過去の話を挟んで、PARTⅣに入ろうと思います。
まだまだ拙い私ですが、これからも読んでいただけることを願って。
あなたは、どちらの世界がリアルだと思いますか?