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第三章 邂逅 Ⅳ

 

「ここにいたのか」

 緩やかに銀杏(いちょう)林を風が吹き抜けている風景の中で、随分と古くなったベンチに悠生(ゆうき)とミユキが腰掛けていると、トモユキが声をかけてきた。

「――トモユキさん」

悠生(ゆうき)くんが研究室からいなくなっていたから、マユミが心配していたぞ」

 どうやら、いなくなった悠生を慌てて探していたようだ。

「ごめんなさい。ちょっと気晴らしに来てました」

「……気晴らし、か。よくそう言って、二人でここにいたのを見ていたよ」

 ぽろりと、トモユキが零した。

 じっと視線を銀杏の木々に向けたトモユキは急にいなくなった二人を怒るようなことはしない。そんな素振りも見せなかった。

「…………」

「まぁ、今はここで郷愁(きょうしゅう)(ふけ)っている場合ではない。報告会に悠生くんは出ないと」

「……は、はい」

「気分でも悪いのかな?」

「い、いえ……。――何でもないです」

 歯切れの悪い返事に反応したトモユキだが、悠生は平常心を装った。

 トモユキを先頭にして、三人は来た道を戻っていく。いたるところでセミが鳴いている声が聞こえてくる。気がつけば、夏の暑さはどんどん加速していっているみたいだ。

 耐えがたい暑さの屋外から、空調が激しく効いている研究所内へ戻ってきて、悠生はマユミにひどく叱られた。

「まったく。許可が出たならうろつくのはかまわないけど、それなら一言残しておいても良かったでしょ」

「わ、悪い……」

 その矛先は、ミユキにも向けられる。

「ミユキもよ。勝手に許可をもらいにいくなんて――」

「ごめんなさい。でも、ずっとここにいても退屈(たいくつ)でしょ」

「そうかもしれないけど、それなら私が戻ってくるまで待ってからでも十分時間はあったと思うわよ」

 マユミの言う通りだろう。

 マユミとトモユキは研究室に戻ってきてから、姿がなくなっていた悠生を結構な時間探していたようだった。

「そ、それで、すぐに報告会?」

「えぇ、そうなるわ。私と悠生くんと、トモユキの三人で出るわ。申し訳ないけど、ミユキは待ってて」

「分かってる。他の『覚醒者』のデータを盗み見しようとは思わないわ。しても、理解できないと思うし。――それじゃ、私は病棟のほうに行ってるから」

「分かった。終わったら、そちらに向かおう」

 ミユキは先に研究室を後にする。

 向かう先はカツユキとマサキが入院している病棟だ。ここに残っていてもよかったのだが、今は一人でいたい気分じゃなかったのだ。

「それじゃ、私たちも行くわよ」

 マユミの言葉を受けて、悠生とトモユキも研究室を出ていく。

 前を歩くマユミとトモユキの後を悠生はついていく。どこで報告会を行うのか知らない悠生の足取りは重たい。

 今日一日で様々なことを聞かされた。

 そのどれもが衝撃的なことで、頭の整理に必死だった。ミユキが気にかけてくれたことは嬉しかったが、やはり悠生の胸中では渦巻いている気持ちがある。

 そのことをどれだけ気にしても、ミユキたちは同じ言葉を返してくるのだろう。彼らは本当に強くて、困っている悠生を助けてくれるほど優しい。それが罪悪感からくる行動でも、悠生が救われていることは事実だ。

(でも……)

 申し訳ない気持ちは消えない。

「……はぁ」

 重たい足取りに合わせたように深いため息が零れた。

「どうした?」

「え? あ、いや、なんでも――」

「……? そうか。まぁ、緊張するなというのは無理だろうが、別段難しいことじゃない。ただ取ったデータを報告して、みんなで確認するというだけだ」

 と、マユミがフォローを入れる。

 先ほどのため息を報告会に緊張していると勘違いしたようだが、それでも悠生は有難かった。

「そんくらい簡単なことを願ってるよ」

 現実はそんなに甘くはないだろう。きっと難しい話ばかりだろう報告会は、それまで苦悩していたこととは別に、やはり頭を悩ませるものではあった。

「さて、ついたぞ」

 マユミがようやく足を止めたのは、また病室だった。

 やたらと広い病室だ。様々な機械が置かれているが、どれが何に使用するものなのか悠生には見当もつかない。

「何するんだ?」

 とても報告会をするという部屋には見えなかった。

「定期健診だ。さっきも言っていただろう?」

 トモユキが答えた。

 そういえば、と悠生は思い出す。研究所の人々にユウキの元気な姿を見せた後に、説明を受けていた。

「「先に健診なのか?」

「えぇ。現在の身体の状態も含めて、所長たちに報告することになるから」

「結果が出るまで時間がかかるだろうから、私は席を外しておくよ」

「えぇ、分かったわ」

 マユミの返事を聞いて、トモユキは病室から出ていく。どうやら結構な時間がかかるようだ。

 これからする報告会について詳しく知らない悠生は、特に反対することなくマユミに言われる通りにしていく。この広い病室で様々な検査をするようで、その手順を待っていた若い看護師が随分のんびりとした声で一つ一つ悠生に説明していく。

 説明を終えて、悠生は一つ一つの検査を受けることになった。

 内科診察、身体測定、視力検査、聴力検査、血液検査と受けて、悠生は大きめの診察台に横にさせられる。

「それじゃあ、次は心電図で~す」

 と、看護師は悠生の身体に電極を取り付けていく。

「そのまま安静にしててくださいね~」

「は、はい」

 言われた通り、悠生は診察台の上でじっとする。数分して、「は~い、いいですよ~」という看護師の合図で、悠生は身体を起こした。

「これで、一通りの検査は終わりました~。結果が出るまでしばらく待っていてくださいね~」

「は、はぁ……」

 最後までのんびりとした口調の看護師だったが、ひとまず健診は終えた。

「結果が出るのを待って、報告会に行くわよ」

 と、病室の扉のところで待っていたマユミは告げる。

「本当に大丈夫なんだろうな」

「今さら怖くなってきた? でも、大丈夫よ。あなたがしっかりと受け答えしてくれれば、ね。もちろん困ったらフォローするわよ」

 堅い言葉だったが、悠生の心を落ち着かせてくれようとしているみたいだ。

「はは。ありがと」

 それでも。

 自然と出た笑いに、悠生の緊張は少なからず和らいだ。


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