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第三章 邂逅 Ⅲ

 

『市立基橋(もとはし)高校』の校舎の屋上で、ユウキは()()の元へ駆け寄っていた。

「おい、真希! 目を覚ませよ」

 必死に声をかけるが、真希から反応はない。

「無駄だよ。僕以外の誰にも解けないって説明しただろう?」

「くそ……っ」

 見知らぬ男子生徒を操っている誰かの言う通りだ。

 屋上にいる真希は生気がないような表情のままであり、ユウキの声に何も返さない。身体を揺さぶっても、驚くような素振りも見せない。

「彼女は一分経つたびに一歩進む。屋上のあっちの端までざっと五〇メートル。この間に、この学校の中から僕を見つけだせばいい」

 難しいことじゃないだろう、と誰かは挑発する。ニヤリと笑うその表情は、ユウキの感情を逆撫でするにはあまりに十分だ。

「き、さま――ッ!!」

 怒号が飛ぶ。

 ユウキが見せたことのないほどの怒気が混じった声だ。

「吠えてる暇があるのかな? ほら、彼女はもう一歩進んでしまったよ」

「――くそっ」

 もう一度悪態をついて、ユウキは来た道を急いで引き返す。

「ふふ。五〇分で僕を見つけられるかな?」

 背中に、余裕の声が響いた。

 その声も無視して、ユウキは走る。

(五〇分でこの学校から顔も分からないあいつを――)

 あまりに難しい。

 どのような能力か分からないが、『覚醒者』であろう誰かは人を操っている。それなら自身はじっとどこかに身を潜めていればいい。近隣でも有名なマンモス校であるこの学校の中からたった一人の人間を(しらみ)潰しに探すのは、とても五〇分でできることじゃない。ユウキは顔も名前も知らないのだ。圧倒的に不利なゲームだった。

 それでも。

 悠生の友達を利用した。

 その事実に、ユウキは(いきどお)っている。自分が元の世界へ戻るまで。こちらの世界の悠生が戻るまで関係性を壊さないと決めたユウキには、そのことが挑発としか捉えられなかった。

「どこから――」

 屋上から校舎の中へ戻ってきたユウキは、そこで立ち止まった。

 生徒数一〇〇〇人を越える学校のため、校舎もかなり広い。何よりも、住宅街にある学校であるため、敷地は限られていて、その都度改築や増築を繰り返してきた校舎は見た目以上に複雑なのだ。

(力は使えない、か)

 ユウキの『覚醒者』としての力は、『空間移動』である。

 しかし、力を使って誰かに消える瞬間、現れる瞬間を見られる可能性もある。『空間移動』の力を使うことにはあまりにリスクが高い。

 となると、複雑な校舎を走って探すしかない。五〇分で校舎内全てを走って探すことは不可能に近い。必然的に捜索範囲から外す場所が出てくる。

(生徒が多いグラウンドは除外だ。文化部が活動してる部活棟も大丈夫だろう)

 日没までもう少しという時間だが、グラウンドや校舎内にはまだ部活をしている生徒がたくさんいる。ゲームを仕掛けてきた誰かも、他の生徒から自身のことがばれるということは()けるはずだ。

 自然と、ユウキの足は人が少ないだろう特別教室が多い棟へ向かう。

 この棟は部活で使用することもなく、先生や事務員が来ることも滅多にないため、放課後は人の姿がまず見られない。走って拓矢や真希を操っていた誰かを探しているユウキは、一教室ずつ探すようなことはしない。隠れる場所があるような教室を重点的に探すつもりなのだ。

(ここもいない――っ)

 美術室、視聴覚室と回って、ユウキは考え直す。

(特別教室じゃない……? どこに――)

 他には音楽室や理科室などがあり、奥には格技棟がある。音楽教室は吹奏楽部の生徒が出入りすることがある。吹奏楽部でない限り、音楽室に隠れるのは危険だろう。理科室や格技棟は生徒の出入りが少ないが、その分ユウキが真っ先に探しに来ると相手も考えているかもしれない。

 いや。

 そもそも特別教室棟など真っ先に考える場所だ。

 相手はユウキの思考を読んで、別の場所に隠れていると考えるべきだ。

(なら、向こうの棟を(しらみ)潰しに――)

 視線の先にあるのは、クラス教室がある最も生徒が行き来する棟だ。

 一〇〇〇人を越える生徒をクラスに分けるにあたって、この棟は他のよりも高く造られている。四階建ての校舎は他になく、その分教室も多く造られていた。

 渡り廊下を通って、ユウキは特別教室棟と繋がっている三階から探し始める。

(普通のクラス教室は机やロッカーくらいしか物はない。隠れるなら――)

 先生が利用して、物も多くある準備室が一番だろう。さらに準備室なら、用事がない生徒は滅多に訪れない。同じように先生も操れば、隠れる場所としてはうってつけだ。三階にある準備室は、数学を担当している先生たちが利用している部屋だけだ。

 真っ先にそこを目指して、ユウキは走る。

 廊下を走っている間も、誰ともすれ違わない。それが意図的なのか、偶然なのかはユウキには分からない。しかし、どうでもいいことだった。

「ここか」

 辿りついた準備室の扉を、勢いよく開ける。

 扉には意外にも鍵がかかっていなかった。ということは先生はまだ学校内にいるのだろう。電気が付けられていない準備室はカーテンも閉められていることから、とても暗く感じられた。

 準備室からは物音一つしない。

 けれど、誰かがじっと身を隠している気配は微かに感じられる。それが『覚醒者』の気配かどうかは分からなかった。

「…………」

 一歩。

 ユウキは準備室へ足を踏み入れていく。

 対面するように配置されている数個の机には、先生の私物や授業で使う教科書や回収した小テストのプリントが無造作に置かれていた。一言で言うと、どの机もやたらと汚い。しかし、コロで動く椅子はきちんと仕舞われている。机の下に誰かが隠れていることはないだろう。

 視線を動かすと、準備室の奥にはロッカーがあった。人一人が入るには十分な大きさと幅のあるロッカーだ。

 不審に思ったユウキは、準備室の奥まで歩いていく。

 そして、ロッカーを開けようと手を伸ばした。

 自然と、鼓動が早くなる。

 もし隠れている誰かがいたらロッカーを開けたのと同時に、ユウキに飛びかかってくるかもしれない。その可能性も考えて、それでもユウキはロッカーを開けようと右手に力を込める。

 そして。

 勢いよく開けたのと同時に、



「残念。そこは外れだよ」



 背中に声が掛けられた。

「……っ!?」

 振り返ると、そこには男子生徒がいた。

 さきほど屋上にいた生徒とは別だ。いや、何よりも男子生徒の顔に見覚えがあった。クラスメートの男子生徒だ。男子生徒は大の字のように両手両足を広げて、出口を塞いでいる。

「おま、え……」

「あ、この子? 前から僕の力が効くように仕込んでいたんだよ。さて、この準備室の出口はここだけ。この子は岩のようにこの扉の前に居座っていよう。どうやって、部屋から出ようか、ユウキ?」

 授業や休憩時間で何度も見た顔が、意地汚い笑みを浮かべた。

「くそっ」

 狭い準備室の出口は誰かに操られた男子生徒が立ちはだかっている扉一つしかない。『空間移動』で簡単に突破する方法もあるが、やはりリスクが高い。男子生徒をどかして扉から出るのが一番安全だろう。

 しかし、クラスメートである男子生徒を無理矢理どかせるとなると傷つける恐れもある。関係ない生徒に怪我を負わせるのは躊躇われた。

「ほら、のんびりしてるとあの娘が落ちちゃうよ?」

 あからさまに挑発される。

 その言葉に乗って突っ込めば、相手の思うつぼだ。と、ユウキは冷静さを失わない。男子生徒を傷つけることなく確実に準備室から出られる方法を思案する。

「あれ、単純じゃないんだね」

「馬鹿にしてんのか?」

「そんなことないよ。僕は君のことをよく知ってるつもりだからね」

「俺のことを?」

 相手の発言に、ユウキは以前会ったことのある人物かと考える。しかし、他人を操れる『覚醒者』などこれまで見たこともない。ユウキの知る人物ではないことは確かだ。

「そうさ。君がこっちの世界に来る日まで、随分長いこと君について調べたんだよ。退屈しのぎって意味合いもあったけど、今回はそのことが役に立ちそうだね」

(だからか)

 と、ユウキは納得した。

 最初にクラスメートの女子生徒を操って接触してきた時、『久しぶりの高校生活』と誰かは口にしていた。ユウキが向こうの世界で学校に通っていなかったことなど向こうの世界でのユウキのことを知らなければ口にはできない。どうやら誰かは随分と詳しくユウキについて知っているようだ。

「俺のことそんな調べて何になるんだ?」

「それは君が知る必要はないかな。いずれ知らなければならない時が来るだろうけど、今は僕とのゲームに集中してもらわないと」

 誰かは、ユウキの探りには応じない。操っている男子生徒を介して、じっとユウキの表情を(うかが)っているようだ。

(それもそうか。のんびりしてたら真希が――)

 時間は一分一秒も惜しい。こうして誰かの腹の内を探っている間にも、真希は校舎の端に向かって歩いているのだ。

 思考を元に戻す。

 出口は一つだけ。立ちはだかっている男子生徒は誰かの意図で重たい岩のようにその場を動かないだろう。『空間移動』は誰かに目撃される恐れがある。助けを呼ぶことも考えられたが、知り合いに関わらず他の人を巻き込むのは(はばか)られた。

「……仕方ないかっ」

 これ以上は迷っていられない、とユウキは立ち塞がっている男子生徒に駆け寄った。

「く、そっ」

 想像していた以上に、男子生徒の身体はぴくりともしない。岩どころの重たさではなかった。

「ぬぅううう!」

 力を振り絞って、ようやく男子生徒は一歩後ろへ動いた。というよりもよろめいた。しかし、たった一歩動かしただけでユウキの呼吸は激しく乱れている。ガソリンが切れた大型バスかと思うほど、男子生徒を押すには力が必要だった。

「よく動かしたね。でも、まだここから出れそうにはないかな?」

「……くそっ」

「力を使えばいいじゃないか。『覚醒者』としての力を」

「そんなリスク高いことできるわけないだろ! ようやく慣れてきたってのに――」

「真面目だねぇ」

 やけに暢気(のんき)な声だった。

 対して。

 ユウキは男子生徒を傷つけないことばかり考えている余裕がなくなっていた。(ほこり)にまみれた準備室で五分以上も時間を取られるのはまずいと判断したからだ。

「……?」

「はぁはぁ……。後で謝りにいくからな」

 大きく助走を取る。

 キッと鋭い視線を見せたユウキは、一度大きく息を吐いた。

 そして。

「ぉおおおおおお――ッ!!」

 勢いよく走り出す。

 大の字で立ち塞がる男子生徒を体当たりで吹き飛ばすために。雄叫びを上げながら。

「怪我させても、お構いなしかい?」

 無視する。

 駆け出した足を止めずに、ユウキは全速力で男子生徒にぶつかっていった。

「ぐ……っ!?」

「い、っ」

 鈍い音を響かせて、二人は廊下に倒れ込む。

 肩からぶつかったユウキは、鈍痛が身体を襲っていることを感じながら、身体を起こした。ユウキに覆いかぶされる形で倒れている男子生徒は何も反応を示さない。頭を強く打ったみたいで、どうやら気を失っているようだ。

 痛みが操っている『覚醒者』にも及ぼすのか分からないが、男子生徒はもう操られてはいないだろう。

「……やった」

 余計な時間を取られたが、なんとか準備室から出られたユウキはすぐに立ち上がる。すぐに操っている誰かを見つけなければ、真希が危ない。

(あっちから仕掛けてきたってことは、この棟で間違いない!)

 教室の廊下側の窓から、ちらっと掛けられている時計を見る。ゲームが仕掛けられてから、すでに二〇分が経過していた。

(あと三〇分)

 それだけあれば、この棟を全て探すのも容易だった。




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