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クロス・ワールド  作者: 小来栖 千秋
PART Ⅰ
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第一章 世界が交わった時 Ⅳ

 

 太陽が昇る前の街を悠生(ゆうき)は必死になって走っていた。その前をミユキとタクヤ、アオイの三人が走っている。

「はぁはぁはぁ……」

 乱れる呼吸を無理矢理整えながら、悠生はそれでも足を止めない。いや、止めるわけにはいかなかった。

「追手は……っ?」

「まだ距離はある。けど、こっちが移動したのに気付いたのかも――っ! 車使いだした!!」

「ち……っ! 車――」

(装甲車かしら……?)

 アオイの報告を聞いて、ミユキは一瞬考える。悠生を捕まえるまでに追われていた男たちが追手だとしたら、その考えは間違いではないだろう。

「おい、車ってどうすんだよ!?」

「どうするもなにも――。向こうがそれだけ本気ってことよ!」

「けどよ、このまま真っ直ぐ逃げても追いつかれるだけだぞ!?」

 走りながら会話をしているミユキたちの足はとてつもなく速い。油断をするとみるみる悠生との差がひらいてしまう。だから、悠生は疲れても走る足を止めるわけにはいかない。

「はぁはぁ……」

(なんだよ、こいつら。めっちゃ足速いじゃねえか――っ)

 必死に追いかけている悠生だが、その差は詰まらない。真っ直ぐな平坦の道で、女の子にも走ることで負けてしまう悠生は少しいらつく。

(だいたい追手ってなんなんだよ――。なんで俺はこっちの世界に飛ばされたんだ!?)

「はぁはぁ……はぁはぁ……、わけわかんね――っ」

 状況が理解できない悠生はわけも分からずに、ミユキたちの後を追うように走っているのだ。

(もう少しで聞けるとこだったのに……)

 ビルが爆発する前に聞こえていたミユキの声が頭をよぎる。彼女は間違いなくユウキが『時空扉(タイム・ドア)』を使った理由を言おうとしていた。その言葉は爆発が起こったことで途切れたが、何か深刻なことが起こっていることは悠生にも想像がつく。しかし、それに自分が巻き込まれていることが理解できないのだ。

「なんだってんだよ……っ!」

 煮え切らない怒りがふつふつと湧き上がってくる。それは放出する方向も定まらない怒りで、悠生自身もどうしようもなかった。

 なぜこの世界に飛ばされたのか、なぜ追いかけられているのか、誰が追いかけられているのか、なぜミユキたちと一緒に逃げなければならないのか。悠生には分からないことがいくつもある。

 しかし、頭にはミユキの「そのまま信じて」の言葉が何度も反芻(はんすう)される。

「くっそぉおおおおおおっ!!! 速すぎだろ、おまえらぁ!」

 その全てのうっぷんを晴らすように、悠生は大声を上げた。

「……?」

「?」

 背中にかけられた大声で、悠生の前を走っていたミユキたちが立ち止まる。

「はぁはぁ、速すぎるってお前ら……」

 立ち止まったミユキたちに追いついた悠生は膝に手を当てて、肩で息をしている。その顔にはびっしりと汗が流れていた。

「なんだよ、お前が遅いんだろ」

「ちょ、タクヤ――っ!」

 口調が悪いタクヤをたしなめるように言うミユキだが、タクヤは口を閉じない。

「だって、そうだろ? こっちは必死こいて逃げてんのに」

「そうだけど、言い方ってものが……」

「なんだよ、トロトロしてるのは事実だろうが! 何のために俺らがこうして――」

「だから、やめなって!」

 さらにいらだつように口調を荒げるタクヤをミユキは必死に止める。

「こうしてる今もあいつらは近付いてきてるのよ!? ここで言い争いしてても仕方ないでしょ?」

(あいつら……?)

 まだ中腰で呼吸を整えようとしている悠生は、ミユキの言葉に敏感になる。

 これも何度目だろうか。悠生は自覚がないが、この世界のことは分からないがミユキの話には重要なことが隠されていると思っている。

「だとしたら、もっと先を急ぐべきだろ?」

「そうだけど、私たちだけが先を急いでも仕方ないでしょ?」

「だけど――」

 引き下がろうとしないタクヤだが、そこに悠生が割って入る。

「な、なぁ! 一つ教えてくれっ。追手が来てるって言ってたけど、誰が追われてるんだ? それに追手ってなんだよ。それを最初に説明してくれてもいいだろ?」

 意味も分からずにただ走るのはごめんだ、と状況の説明を悠生は求める。

「……」

「おまえ――」

「頼む。俺には並行世界(パラレルワールド)ってだけでも頭がパンクしそうになってるくらいなのに、追手が来てるだとか頭がついてけねえよ」

 身ぶり手ぶりを大きくして、悠生は必死に訴える。

 半壊の建造物が均等にブロックに分かれている街並みの通りのど真ん中で、悠生たちは立ち止っている。そこからも、今も燃え盛っているビルが見える。悠生はそのビルのほうへ視線を向けて、

「あれと俺たちが逃げていることは関係あるんだよな!?」

「……」

「なぁ? 教えてくれよ! なんで逃げてんだ!? 誰が、なんで追われてんだ!?」

 一向に自分の疑問が解消されない悠生もタクヤ同様に声を荒げる。その言葉にタクヤはさらにいらいらしてしまう。そして溜まった怒りを放出するように、

「ほっんとおまえ頭悪いな! 追われてんのはお前に決まってんだろうが!!」

「え……っ?」

 タクヤの言葉に、悠生は驚いた。その表情は時間が止まったように顔が凍りつく。その表情を見て、タクヤも驚く。

「ほんとに気付いてなかったんだな――たく……っ。こっちの世界のユウキが『時空扉(タイム・ドア)』を使って世界を超えたのも、追われてるからに決まってんだろ! お前が代替としてこっちの世界に来たのも、そのことを奴らに知られないためにだよ! 俺らがこうしてお前を(かくま)って、こっちの世界のことを教えて助けようとしてんのも、まだ奴らがユウキが時空を越えたことも知らないからだ! つまり、奴らはお前がこっちの世界のユウキだと思って今も追いかけてきたんだよ!!!」

「な!?」

(俺が狙われてるって――)

 立て続けに言われる事実に、悠生はさらに驚愕(きょうがく)する。顔面を蒼白にさせている悠生は、その事実に言葉を紡げない。

 自身のいらつきを吐きだしたタクヤはすっきりとしたようで、ミユキのほうに顔を向ける。

「はぁ――」

(言っちゃった――か……)

 その視線の意図を()み取るように、ミユキはタクヤの言葉を引きとるように話を続ける。

「話してなくてごめん……。というよりも、その前に追手が来ちゃったんだけど。あなたがこちらの世界に来た理由は、半分はタクヤの言う通りよ。事後報告みたいになっちゃってごめんなさいね」

 申し訳なさそうにミユキは言う。その声色に、悠生は(いきどお)りをぶつけただけのことに気付く。それは仕方のないことだったが、それが助けてくれようとしている人たちへのひどい所業に思えたのだ。

「い、いや――」

 それまでの勢いを失ったような、小さな声で悠生は返事をする。

「教えてくれてありがとう……」

 そう小さく言うことしか出来なかった。

(俺は代替品……)

 その一言が悠生の胸を(えぐ)る。

 それは、この世界での悠生の存在意義だ。悠生の知らないところで行われた時空移動は、悠生を大きな時空の流れに巻き込んでいる。そこに悠生の意思は汲み取られていない。あくまでも受け身でしかない悠生はその流れに身を任せるだけであり、流れに逆らうことができない。それを悠生は自ら証明してしまっている。

「…………」

 その悠生に対して、ミユキはかける言葉がみつからない。

 無理矢理巻き込む形で悠生をこちらの世界に連れてきてしまったことには、無論申し訳ない気持ちがある。ユウキの時空移動は最終手段だったとしても、その代価は同じDNAを持つ人物をユウキの代わりに危険な目に合わせることだ。その人物――悠生の意思も気持ちも考えずに。

「あなたにはどれほどの償いをしても許されないことは私も理解している。無理矢理こちらの世界に連れてこられた怒りをあなたが抱いても不思議ではないし、私たちが信用できないことも分かるわ」

 それでも、とミユキは言葉を続ける。その声に万感の思いを込めて。

「あなたは私たちが守る。あなた――いえ、あなたとユウキが生きていることが私たちの世界の未来になるかもしれないの」

 真摯(しんし)な目は真っ直ぐと悠生の目を捉える。

「世界の未来……?」

 そして、その言葉の重さを悠生は何となく理解する。説得や同意を得るために、そのような言葉を使う人はいないだろう。そこには何か、もっと大きな理由があるはずだ。その理由が、先ほど感じた――こちらの世界で起こっている何か深刻なことと繋がっているような気がした。

「えぇ。私も全てを知ってるわけじゃないんだけど……。それについては逃げきってから話すわ。タクヤも言ったように、今は逃げることが最優先よ。あなたが捕まることだけは避けないと――」

 そう言って、ミユキは先を急ごうとまた前を向く。ゴールがあるかも分からないマラソンに向かうようで悠生は少し嫌な顔をするが、追われているのが自分と分かった今はいやいやと愚痴も言うわけにはいかない。

「さぁ、行くわよ――」

 悠生の決心したかのような表情を見て、ミユキは掛け声をかける。そしてミユキを先頭にまた走りだそうとしたところに、

「おっと、どこに行くんだ――?」

 血の気に飢えたような、貪欲な声が聞こえてきた。

「……っ!?」

「なんだ――?」

 不意に聞こえてきた声に、ミユキとタクヤがそれぞれ驚きながらもすぐに構える。声が聞こえてきたのは、これから行こうとしていた方向からだった。

 聞こえてきた声と同時に、目の前の壊れた信号機が大きな音と強烈な炎にまかれながら倒れていく。そして、あっという間に周囲は燃え盛る炎に囲まれてしまった。

「やっと見つけたぜ、ユウキよォ。ここでお前を殺しても文句はねえんだろうなァ!?」

 その炎の壁の中から、獲物を見つけた狩人のように、また血肉に飢えたライオンのように鋭い眼光を飛ばして一人の少年が姿を見せる。



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