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第二章 『覚醒者』の起源 Ⅴ

 

「さて、『始まりの覚醒者』について長々と説明したけど、大体知りたいことは分かった?」

「あ、あぁ」

「それなら、よし。次の講義に移っていいかしら?」

「つ、次!?」

 これで終わり、というわけではないことに悠生(ゆうき)は驚く。むしろ、マユミは「ここからが本題よ」と言ってのけた。

「それじゃ、今までのは――?」

「それは君がその雑誌を読んでたからよ。知ってて損はないと思ったんだけれど……」

 確かに『始まりの覚醒者』について知ることができて悠生は良かったと思った。けれど、講義はまだ続くのか、と少し疲れた顔をしてみせた。

 その表情に気付いていないようで、マユミは再びホワイトボードに文字を書いていく。

「悠生。君は『覚醒者』をなんだと思ってる?」

「何って――。力を持った人のことだろう?」

「そう。私たちの想像にも及ばない力を持ってる人たちを称して『覚醒者』と呼んでる。その総数ははっきりと把握できていないけど、『覚醒者』が現れた直後は全世界で数百人にも上ったと言われてるわ」

 質問の意味が分からないでいる様子の悠生を軽く見て、マユミはさらにホワイトボードに文字を足していった。

「『覚醒者』。字で書くと覚醒と者よね。長ったらしく『覚醒した者』と呼んでたこともあったけれど、いつからか世界中の人がそう呼ぶようになったわ。どっちも意味は変わらない。それじゃ、なんで『覚醒者』って呼ばれるか分かる?」

 再びの質問に、悠生は「え?」と戸惑った。

『覚醒者』が『覚醒者』と呼ばれる理由。

 悠生は、それまでそのことを考えたこともなかった。こちらの世界に来てから、みんながそう呼んでいたから。

 そうとしか答えられない。

「トモユキがちゃんと話してなかったせいね」

 呆れた物言いで、マユミはトモユキをちらりと見る。

「さきほども言っただろう。最初に説明しておくべきだったが、その時は時間がなかった、と」

「その時はそうかもしれないけど、その後ならいくらでもあったんじゃないかしら?」

「……確かに、そうだな」

 痛いところを突かれて、トモユキは黙った。

 それ以上は喋ろうとしないトモユキの様子を見て、短くため息をついたマユミは悠生に向き直る。

「雑誌の記事にもあったけど、『覚醒者』の力は人知を超えた力って修飾されることが多いわ。人知を超えた力って言って、真っ先に思い浮かぶ特殊な力って、どんなものがある?」

「……超能力?」

「そうよ」

 悠生の自信なさそうな答えに、マユミは強く頷いた。

「誰もが思い浮かぶ力よね、超能力って。マジックとかイリュージョンって言われるよりも、超能力って言ったマジシャンのほうが好奇心も湧くと思うの。『覚醒者』たちが持つ力も、一般人には扱えない超能力そのものよ。でも、私たちは超能力者とは呼ばないで、『覚醒者』と呼んでる」

 なんでかしら、とマユミは再度悠生に質問した。

「…………」

 超能力者とは呼ばずに、わざわざ『覚醒者』と呼ぶ理由。

 いくら考えても、悠生にはやはり答えなど思い浮かばなかった。

「質問を変えるわ。マジシャンはどうやって生まれると思う?」

「……マジックの練習をして?」

 生まれるという表現に違和感を覚えながら、悠生は率直に思ったことを弱々しく口にする。

「一番の理由はそうよね。何度も何度も練習して、身体が覚えていく。マジックに限らず、いろんなことで反復練習は必要だと思うわ」

 けどね、とマユミは話を続ける。

 時折される質問に答えながら、じっと話を聞いていた悠生も自然と体勢を整えた。『覚醒者』と呼ばれる理由を知ることが、思っている以上に大事なことなのだと身体が分かっているかのようだった。

「『覚醒者』は反復練習なんていらなかったのよ」

「……?」

「『覚醒者』。読んで字のごとく、覚醒した者。進化した人類って呼んだ学者もいたけれど、世界中で『覚醒者』って呼ばれてることから、覚醒というワードがキーポイントになるわ」

 そう言って、マユミはさらにホワイトボードに文字を書き足していく。

 先ほど書いた『覚醒者』を矢印で引っ張り、その先へ一文を加えた。

「強烈な過去の出来事?」

 書き加えられた一文を読み上げた悠生は意味が分からなくて語尾のイントネーションを上げる。

「『覚醒者』と呼ばれる理由は、唐突に能力に目覚めたからよ。普通に人知を超えた力が使えるのなら、超能力者と呼べばいい。超えたって言葉をわざわざ修飾する時に使ってるのだからね。――けれど、そう呼ばない一番の理由がこれ、よ」

 加えた一文を指して、マユミは説明した。

「それがどう関係が――」

「ドイツの研究会が行った国際シンポジウムで、ある学者が世界中の『覚醒者』三三名を対象に行った研究で、『覚醒者』が有している能力のタイプは過去の出来事と密接に関係してると発表したのよ。その発表は重要議題として挙げられ、参加してた世界中の学者が同様の研究を行うようになったわ。その結果、学者の発表は正しいと断定されたの」

「……断定」

「えぇ、そうよ。もちろん、日本の研究者たちも行ったわ。私も五〇人近くの『覚醒者』を対象に行った。やはり『覚醒者』が持つ力は、過去の出来事に起因(きいん)していた。特に、強烈な過去の出来事に――」

「…………」

 次々とされる説明を、悠生は可能な限り早く理解しようとする。しかし、驚きの連続であり、脳の処理速度がなかなか追いつかない。

「強烈な?」

「その出来事が当人にとって、良いことでも悪いことでも関係ない。ようはとてもハッピーなこと、あるいは――とてもトラウマなこと。その出来事が『覚醒者』の能力を決定づけてる」

 悠生には何よりも、その説明が衝撃だった。

『覚醒者』が持つ人知を越えた力の種類は、その人の過去の出来事によって決まっている。彼らは、ある日突然その力に目覚めただけではない。自身が過去に体験した出来事が、彼らの目覚めた能力の違いを生み出しているのだ。

 そうなると、『ルーム』にいるミユキたちの『覚醒者』として持つ能力の意味はどうなるのだろう。

(……ミユキは風。アオイは視界を共有できる。――タクヤは電子制御。他のみんなは――)

 考え始めると、悠生は急に怖くなった。

 ミユキは悠生が元の世界へ戻るために手伝うと言ってくれた。トモユキを始めとして、『ルーム』にいるみんなも狙われている悠生のために行動してくれている。特別な力を持つ『覚醒者』の助力は心強いと、悠生はみんなの申し出を素直に喜んでいた。

 しかし。

 考えたことなどなかった。

 ミユキたちがどのようにして『覚醒者』になったか、など。

「それ以上深く考えることはやめたほうがいいわよ」

「……っ!?」

 息が荒くなるほど鼓動が早鐘を打ち、思考が止まらなくなり始めたところに、唐突にマユミの声が響いた。

 視線を上げると、マユミが真剣な表情で悠生をじっと見つめていた。

「ミユキたちも『覚醒者』。みんな、『覚醒者』になったそれなりの過去を持ってる。でも、それを詮索(せんさく)しちゃだめよ。人に知られたくない過去を、誰だって持ってるものでしょ?」

「……わ、わかった」

 マユミの言う通りだ。

 大地にだって誰にも言いたくない――知られたくない過去や秘密などある。それが、ミユキたちにとっては『覚醒者』になった理由そのものなのだ。尚更誰にも言いたくないだろう。

「『覚醒者』の持つ力の種類は、その人の過去によって決定してる。それはどの研究者も認めてるわ。けど、『覚醒者』が生まれた理由はまだ分かっていない」

「生まれた理由?」

「えぇ、そう。あなたの世界には『覚醒者』はいないのよね?}

「あぁ。ミユキたちにみたいにとんでもない力を使う奴なんて見たこともない。こっちに来て、初めて見たんだ」

「世界が二つあることへの疑問は、今は置いといて――。こっちの世界に『覚醒者』が存在する理由が私だったら気になるわね。世界が二つ存在して、全く同じってことはないでしょうけど、『覚醒者』の存在はあまりに異質だわ。思わない?」

「……異質。そう言われれば、そうかも――」

 なぜ『覚醒者』と呼ばれるのか。

 なぜ『覚醒者』が存在するのか。

 どのようにして『覚醒者』は生まれるのか。

 マユミの講義を聞いて、疑問は増えるばかりだ。そのどれもがどうでもいい疑問だ、と一蹴できない。何か重大な意味を持つ事柄ばかりだと思える。

「あなたがこれから追うべき問題は、もちろん『時空扉(タイム・ドア)』の奪還が最優先よ。けれど、私が話した『覚醒者』についても調べて損はないはず。私はそう思うわ。元の世界へ戻りたいって思う悠生の役にきっと立つはずよ」

「分かった。ありがとう」

 悠生は素直にお礼を述べた。

 それほどマユミの話は衝撃的なもので、彼女の言葉はしっかりと覚えていたほうがいいと自分で判断できたのだ。



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