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第二章 『覚醒者』の起源 Ⅱ

 


 ミユキが『ルーム』に戻ると、そこにはトモユキがリビングにいた。

 さきほどまで勉強をしていたミホとそれを看ていたトモミの姿がなくなっている。

「おや、早いな」

「先に帰ってきたんです。カツユキさんもマサ兄もまだ研究所にいますよ」

「そうか。身体はどうだった?」

 トモユキはミユキの身体を心配して尋ねた。彼女が研究所に行った理由を知っている。というよりも、研究所へ行くように指示したのはトモユキだ。

「私は大丈夫でした。カツユキさんとマサ兄は怪我がひどいようだけど――」

「『覚醒者』と戦ったのだ。まぁ、無傷ではいられないだろう。それで、君だけが先に帰ってきた理由は?」

 大体予想がついてるんでしょう、とミユキは意地悪を言う。

「そう言うな。マユミが何を言っていたのか私も知りたい」

「変わらないですよ。悠生くんを早く研究所まで連れてきてほしい。これ以上みんなを誤魔化し続けるのは難しいってことです」

「……そうか。しかし、時空移動したということは簡単に公にはできない。どこから情報が漏れるか分からない。悠生くんが狙われている状況も考えると、ね」

「わかってます」とミユキも頷いた。

 マユミが言うように、トモユキは悠生のことを周囲の人へ知らせることにとても慎重になっている。『時空扉(タイム・ドア)』を奪っていった連中がまだ健在していて、悠生を狙ってくるかもしれないという懸念があるからだ。

「悠生くんのことをみんなに話す必要はない。ただ連れてきて、ユウキの代わりをしてほしいだけって言ってましたけど――」

「代わり……か」

「どうかしました?」

 ぽつりと呟いたトモユキの表情を見て、ミユキは尋ねた。

「我々は襲われているユウキの代わりを押しつけただけでなく、生活まで彼にユウキの代わりをしてもらわなければならないのだな」

「…………」

 トモユキの言葉に、ミユキは何も返せない。

 その通りだからだ。

「彼が、それを受け容れてくれるといいが……」

 これまでも、悠生は文句を言わずについてきてくれた。

 時には悠生が意見を述べ、戦ったこともある。タクヤが無事『ルーム』に帰ってこれたことは、悠生の頑張りがあったからだ。

 それでも。

 他人の――自分と同じ容姿をした人間の代わりをしろ、というのは、彼にとってあまりに残酷だった。

「研究所へ行くことは許可しよう。マユミがそうまで言うのなら、タケダも了承してくれるだろう。しかし、私も同行するぞ?」

「はい、わかりました」

「よし。悠生くんにはミユキから話しなさい。彼は部屋にいるはずだ」



『ルーム』には六つの部屋がある。

 トモユキの部屋。カツユキとマサキの部屋。ユウキとタクヤの部屋。トモミの部屋。ミユキとアオイ、ミホの部屋。そして、ほぼ物置として使用されている部屋。

 これらの部屋の中で、悠生はタクヤと同じ部屋を使わせてもらっている。理由は単純にユウキがあちらの世界へ行き、ベッドが空いたからだ。

 現在リビングにトモユキとトモミ、ミホの三人がいて、先ほどミユキが帰ってきたところだ。悠生は一人で部屋にいるのだろう。

 そう思いながら、ミユキは部屋のドアをノックした。

「どうぞ」

 返事を聞いてから、ミユキはドアを開ける。

「ただいま」

「帰ってたのか? 何か良い知らせ?」

「ううん。これといっていい情報はなかったよ、ごめん」

「……そっか。ま、すぐに奪ってった連中が見つかるわけないよな」

 申し訳なさそうなミユキに、悠生は笑顔を見せた。

「それで、何か用?」

「あ、うん……」

 と、ミユキの返事は歯切れが悪い。

 言い(よど)んでいるミユキを見て、悠生は不思議に思い、首をかしげた。

「大事なこと?」

 なかなか口に出さないミユキに、悠生は真剣な面持ちで聞いた。

「うん。ちょっとね――」

 それでも、ミユキはすぐに喋らない。

 何か躊躇っているように見えた。

 意を決して、ミユキはようやく口を開く。

「……あのね。私と、一緒に行ってほしい場所があるの」

「行ってほしい?」

「うん。……私たちはある研究所にお世話になってるって話したよね?」

「あ、あぁ」

 こちらの世界の説明を受けた時、ミユキたち『ルーム』で暮らしている『覚醒者』はみな同じ研究所の所属になっていると聞いていた。

「そこで働いてる人たちが、ユウキ――あなたじゃなくて、こっちの世界のユウキなんだけど、顔を見せてこないってことを不思議がってるの」

 そうだろう、と悠生も思った。

 こちらの世界にいたユウキは時空移動で、悠生のいた世界へ行ってしまった。それが、もう二週間ほど前の話になる。それから一度も研究所に行っていないのなら、疑問にも思うだろう。

「それで、俺に研究所へ行ってほしいってこと?」

「う、うん。そうなんだけど――」

 と、ミユキは歯切れが悪い。

「どうかした?」

「……悠生くんが、こっちの世界のユウキだってまだばらすことはできないの。どこから情報が()れるか分からない。そんな危険は冒したくないってトモユキさんは言ってたわ。私もその通りだと思ったの」

 だから、とミユキは続ける。

「悠生くんには、こっちの世界のユウキのフリをしてほしいの」

「フリ?」

「うん。外見も同じだし、性格もだいたい似てると私は思ってる。違うのは――」

「俺は『覚醒者』じゃないってこと」

 後の言葉は、悠生が受け継いだ。

「そう。でも、そこは私たちがフォローするわ。研究所に行けば、定期健診のために能力を使えって言われることもあるけど、それは悠生くんの事情を知ってる人にやってもらうつもり」

「俺がこっちの世界のユウキじゃないって知ってる人が他にもいるのか!?」

 てっきり『ルーム』に暮らしているミユキたちだけが知っているものだと思っていた。しかし、悠生の知らない所で、時空移動した話はされていたようだった。

「勝手に話しててごめん。でも、所長のタケダさんとかには話しておかないといけなかったから――」

「……そっか」

 よくよく考えてみれば、時空移動した話をいつまでも隠し通すことは難しいことだと悠生も分かった。こちらの世界のユウキにも両親はいるだろうし、彼が所属している研究所はいつまでも顔を見せないユウキを不安に思うだろう。

 それらの声を抑えるためにも、一定の人数には時空移動の話をしたようだった。

「別に気にしてないよ。俺はこっちの世界じゃ、みんなの世話になってるだけだ。みんなの言うことは聞くし、指示されたことはその通りにするさ」

 悠生は笑顔を見せて、口にした。

「ありがとう」

 と、お礼を述べたのはミユキだ。

「うん」

 でも感謝してるのは俺のほうさ、と悠生は言った。

 だから。

「ありがとう」

 もう何度口にしたか分からない言葉。

 もう何度耳にしたか分からない単語。

 それでも、ミユキは嬉しくなって、同じように笑顔を見せた。



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