第二章 『覚醒者』の起源 Ⅰ
『国立「覚醒者」研究所』。
国内に三つだけ設立されている国立の『覚醒者』研究機関である。
その内の一つに、『ルーム』で暮らしているミユキたち八人の『覚醒者』たちは所属している。
悠生たちが暮らしている街から少し離れた郊外に、その研究所は建てられてあった。広大な敷地面積を誇り、所員二〇〇人を超える国内でも最大級の『覚醒者』研究所だ。
その研究所の一室に、ミユキはいた。
丸椅子に座っている彼女の前には、ミユキと同じ年齢ではないかと思えるほど若気な白衣を着た女性の研究員が立っている。
「身体の調子はどう?」
「怪我も治ったし、もうばっちしよ。すぐにでも復帰できるわ。休日なのにごめんね、マユミ」
「そう。それなら良かった」
マユミと呼ばれた研究員は、クリップボードに挟んだ資料を捲りながら笑顔を見せる。そして点滴を打っていたミユキの腕から針を抜いた。
「今日は看護師さんいないの?」
チクッとした痛みに顔をしかめながら、ミユキは聞いた。
「いないこともないけど、私にだって点滴を打つことも針を抜くことも出来るわよ。怪我人はミユキだけじゃないから、そっちをお願いしてるだけ」
これくらいなんてことない、と言うようにマユミは簡単に言った。
マユミの言う通りで、先の『ビッグイーター』と『覚醒者』の争いに介入したことで、マサキもカツユキも怪我を負っている。すでに怪我が治ったミユキではなく、二人を看ているのだろう。
「それで、成果はあったの?」
「成果?」
「午前中は街に出て、事件のこと調べてたんでしょ? 早く『時空扉』の行方が分かるといいんだけどね」
「……勝手に持ち出してごめんなさい。それどころか、無断使用しちゃうし奪われちゃうし――」
「それについてはもう何度も謝ってもらったわ。ユウキを逃がすためには仕方なかったってことも理解してる。まぁ、奪った連中が何に使用するのかはまだ見えてこないけど」
「え? 時空を越えるために使うんじゃないの?」
「それはユウキの『覚醒者』としての力とセットで使用できるのよ? ユウキがいなくなった今、『時空扉』は重たい金属の円盤でしかないわ」
もちろん起動させることはできるけれど、とマユミは付け加えた。
「そっか」
単純なことを忘れていたミユキだったが、『時空扉』の開発はユウキの存在ありきで始められたものだと聞いていた。『覚醒者』の力の限界を見極めるため、という謳い文句に疑問を抱いたのは他ならないミユキである。
「えぇ。何に使われるか分からないからこそ、早く取り返さないといけない代物よ。関係ない人にまで迷惑や被害を及ぼさないためにも――」
厳しい口調で言ったマユミに、ミユキも同調する。
『時空扉』が悪用されるようになれば、どれほどの被害になるのかも全く想像できない。想像できないからこそ、災害レベルの被害になる可能性も考慮しなければならなかった。
片手に持っていたクリップボードを近くのテーブルに置いて、マユミは話題を変えた。
「そういえば、彼はまだここに来ないの? トモユキが何を不安に思っているのか、大体想像つくけど、これ以上は待てないわよ?」
「……分かってる。でも、まだ話せないわよ」
「まだ話してないの? こっちの職員だって、さすがに何かあったんじゃないかって勘繰ってるわよ? 一週間以上顔も出してないことになってるんだし」
マユミが呆れたようにため息をついた。
「……うん」
ミユキは、ただ小さく頷くことしかできなかった。
「ユウキじゃないことがばれるのが恐いってトモユキやタケダ所長が考えてることも分かるわ。けど、私もこれ以上みんなの疑念を誤魔化し続けるのも無理よ」
「……そ、そうよね」
弱々しく呟いた。
それを聞いて、マユミは自分の口調がきついものになっていたことに気付く。
「ごめん。でも、大事なことよ。ユウキが時空移動したって知ってるのは私含めて数人だし、いい加減みんなに話したほうがいいって私は思うわ。『時空扉』が奪われたことも併せて――」
そう思っているのは、彼女だけではない。
ミユキも『ルーム』にいる半数以上の人がそう考えている。いずれは知られることなら、研究所の人にはもう教えてしまおう、と。
しかし、マユミの言うようにトモユキや『国立「覚醒者」研究所』のタケダ所長が、まだ早いと渋っているのだ。
「トモユキとタケダ所長が決めたことだし、逆らいはしないけど――」
マユミも不満を持っているようだが、それを提案する気はないようだ。
「ばらすのがまだ先になるにしても、彼は連れてきて。職員には私が誤魔化すから、顔だけでも見せてちょうだい」
「……悠生くんに話してみるわ」
「お願いね」
約束をして、ミユキは部屋を出る。
いつかはクリアしなければならない問題だと、ミユキは考えていた。ミユキだけではない。悠生がこちらの世界に来た時から、『ルーム』にいる他のみんなも考えていただろう。
悠生に研究所へ来てもらうようにお願いすることはそれほど難しいことじゃない。ミユキが懸念していることはもっと別のことだ。さらに、『時空扉』が奪われたことまで話すとなると、非難を浴びることは予想できた。
どれほどの失態を犯したのか。
ミユキは改めて自分の愚かさを自覚しながら、『ルーム』に帰っていった。




