第一章 世界が交わった時 Ⅲ
陽が昇る前の空は次第に明るくなっていく様を如実に表していて、生物が起きる前の静けさを一段と感じさせてくる。
しかし、その静けさは今はない。
半壊した硬質感の漂う建造物の一つに、黒から灰色に変わろうとしている空を一部燃えたぎるほどの赤に染めているビルがある。そのビルは勢いを止めない炎に飲みこまれている。黒い煙が空高くまで上がり、周囲に焦げた匂いを捲き散らかしているビルの中で、一人の少年が立っていた。
「ここも違うみたいだな」
ぽつりと呟く少年の目は、目の前に広がっているビルを燃やしつくそうとしている炎に注がれている。
その炎を見て、少年は不敵な笑みを浮かべる。
少年の背丈はそれほど大きくはない。少年の歳の平均身長よりも低いだろうか。全身黒い服装に身を纏った少年は鋭い目つきで、じっと燃える建物を睨んでいる。
「おい、トモヤ。それくらいにしとけ、次行くぞ!」
その少年――トモヤに、男が後ろから声をかけた。その男はさきほどまでユウキを捕まえようとおいかけていたスピーカーの声の男だ。
「なんだよ、ここはもう終わりか? 俺は足りねえぞ?」
「それは次の場所でやればいいだろ? こちらはすぐにでも追いかけたいのだがね……」
「ちぇ――っ。しゃあねえな」
スピーカーの声の男に言われて、トモヤは燃え盛る炎に背を向ける。
「そのユウキってやつは、少しは骨がある奴なんだろうな?」
「あぁ、我々の手から何度も逃れている奴だからな」
「それ、単にあんたらの力が足りないだけなんじゃないか? 大体さっきの追走戦から俺を出しておけばよかったんだよ」
スピーカーの声の男の言葉を胡散臭そうに思うトモヤは、気だるそうに言う。その表情はとてもつまらなそうだ。
「そう言うな。向こうも『覚醒者』だという確証がなかったからな。たしかに我々の力不足はあるだろうが、お前を出し惜しみしたわけじゃないさ。相手が『覚醒者』だと分かれば、こちらも同じ土俵で臨むだけの話だ。
「ルールが決まってるリング上での殴り合いじゃないんだぜ? 初めから全力で狩ればよかったんだよ、ライオンみたいにな」
スピーカーの声の男の話にトモヤは食ってかかる。相手のレベルに合わせている、とでも言うような言葉遣いにいらついているようにも見える。
「たしかにそうだな。それは我々の意識不足が招いた結果だ。相手はお前と同じ『覚醒者』、いくら束になっても、我々一般人には敵わないということか。悔しいことだな」
「初めっから負け犬根性満載じゃねえか。そんなんじゃ勝てる勝負も勝てやしねえよ。こっちが有利だっていう要素をいくつ作れたかが重要なポイントだろうが。それが力の差だろうが、精神的な気持ちだろうが、何ら変わりゃしねえよ」
軽く言ってのけるトモヤは男の言葉をさして気にしている風ではない。それよりも『覚醒者』でるユウキと相対することを待ち望んでいるようだ。
「はっは――。簡単に言ってくれるな。そう言ってくれるお前がいてくれれば、こちらも百人力だ」
「はっ! 俺が百人力? そんな程度だと思うなよ?」
ニヤリと笑うトモヤの顔は、強敵を求める貪欲な狩人のものだった。
その目を見て、男はドキリとする。
(威圧感からして、我々と違うな……。これが『覚醒者』という人種か――)
トモヤの表情を見た男は足をすくませてしまう。それに気付かないトモヤはさっさと歩いていく。その背中は、異様な威圧感放っていた。
空へと上る黒煙は、その勢いを止めず、ビルを燃やす炎は依然として強烈な光と熱を新しい一日が始まろうとしている街に放っている。