通行手形
お花は、にっこりと笑顔になり、話しかけた。
「あ、あの……天狗さんですよね?」
天狗は頷いた。
「いかにも、わしは天狗である! それで、そのほうらは?」
時太郎が口を開いた。
「おれ、時太郎。河童淵の時太郎」
ぶっきら棒な時太郎の口調に、天狗はむっとなったようだ。
慌てて、お花が前へ出た。
「あたし、お花って言うんです! ご免なさい、河童たちって、あんまり挨拶に慣れていないんです……」
天狗は微動だにしない。お花は小首をかしげた。
「あのう……。怒ってます?」
ふん、と天狗は顔を上げた。
「そのような些末なことで腹を立てるような天狗ではない! そのほうら、ここが天狗の住まいである苦楽魔だと、知っておるのか?」
二人は頷いた。天狗は続けた。
「つまりは、この苦楽魔に用件がある、ということであるな? では、通行手形と査証を見せなさい」
葉団扇を帯にさし、空いた手を差し出した。時太郎とお花は、きょとんと顔を見合わせた。
「通行手形と査証って、なんだい?」
時太郎の問いかけに、天狗は呆れたように眉を上げた。
「おい、まさか通行手形や査証を持たずに、この苦楽魔に入国しようとしているのか?」
時太郎は苛々と足踏みした。
「そんなの、知らねえよ!」
天狗は明らかに衝撃を受けたようであった。首を振り、呟く。
「まさか、手形も査証も持たずに苦楽魔にやってくる図々しい者がいようとは……」
とん、と六尺棒を地面に突いて口を開く。
「通行手形と査証を所持せぬ者は、ここを通すわけにはいかぬ! 早々に立ち去りなされ!」




