天狗
「えっ?」と意外そうに、お花は顔を上げて時太郎の指差した方向を見る。「ああ」と頷いた。
「確かに、天狗の住んでいるところね!」
お花の見上げた方向に、巨大な岩が聳えている。その天辺に、高々と隆起した鼻、ぐっと食い縛った大口の天狗の顔が刻み込まれていた。
その天狗の顔を見て、時太郎は即座に「水虎さまの方向を見ているな」と思った。天狗の視線は水虎さまと同じ高さにあって、真っすぐ彼方の向かい合う方向を睨んでいるようだった。
天狗の顔が彫りこまれた岩には階段が刻まれている。階段の先には岩棚があり、登った先には、驚くほど大きな鳥居があった。
時太郎とお花は階段を登って鳥居へと向かった。
登りきった先に、岩を背に壮麗な御殿が建てられてあった。
白木の柱にぴかぴかに光る白壁。屋根は桧皮葺、地面には真っ白な玉砂利が敷き詰められ、清潔で塵一つすらも落ちていない。
足を踏み入れた二人に、不意に声が掛けられた。
「止まれ! その先に行ってはならぬ!」
声の方向を見ると、そこに天狗がいた。
見るからに天狗である。
真っ赤な顔にぐいっと突き出た鼻。ぐっと食い縛った大口。髪の毛は真っ黒で、肩にばらりと垂れている。背中には大きな羽根がついていた。
額に頭襟の山伏の装束で、一本歯の下駄を履き、右手には六尺棒を掴み、左手には葉団扇を持っていた。




