川岸
ちょろちょろとした小川はやがて水量を増し、水飛沫を撥ね上げる急流となった。
いくつかの川が一つに集合し、川は渓谷を形作り、いかにも天狗が住まう秘境、といった趣になる。深く切れ込んだ谷は昼間でも辺りを薄暗く隠し、上流から流れてきたらしい大石は複雑な流れを作り出している。
しかし時太郎とお花はその大石をひょいひょいと跳び越え、平地を行くのと同じように伝っていく。お花のほうが軽々と跳び越えているのに対し、時太郎はやや不器用な歩みをしているくらいだ。
もし普通の人間が同じ旅程を辿ったとしたら、二人に追いつくなど、まるで不可能と思える。
時太郎は急流をじっと睨んでいる。
と、さっとその手が動いて、手にぴちぴちと跳ねる魚を鷲づかみにしていた。それをお花に放り投げ、もう一匹を掴んだ。
二人とも立ったまま頭から齧って、むしゃむしゃと平らげる。二人にとって山の中は食料に溢れている。
魚もそうだが、山に入れば木の実や、さまざまな虫などが手に入る。特に旨いのが、この時季、溢れるように木の枝をのそのそと這っている芋虫のたぐいである。頭をぷちりと噛み切り、とろりとした中身を啜るのは、こたえられない。
食べ終わると時太郎とお花は川に屈みこみ、両手で水を掬って口をゆすいだ。
立ち上がると、どちらともなく「うん」と頷きあって歩き出す。
「苦楽魔って、まだかしら?」
ぽつりとお花が口にしたのを受け、時太郎は指を挙げ答えた。
「もう、着いてる」




