精霊を操りきれない公爵令嬢が追放されたら、国が滅びました
私の価値が高過ぎて隣国の氷の将軍の胸の中に飛び込めるなどとは思っていなかった……。
(まさか、この国が明日から滅びるとは——)
「君のような地味な女に王妃は務まらない」
婚約者だった王子が言った。
(務めなくていいなら、そうしたい)
(でも、この国から私がいなくなったら、すぐに滅んでしまう……)
迷う私の表情を見て王子が満足そうに笑う。
「俺と結婚できると思っていたのに、当てが外れたようだな」
王子が嫌味な笑みを浮かべる。
クスクスと周りから笑いが聞こえてくる。
王子の取り巻きたちだ。
(国の存亡がかかっていると言うのに……何も分かってないのね)
「あなたを愛しているのです。どうか捨てないでください」
(困るのはそちらだけど……)
私は一応は頼んだ。
棒読みになりすぎていたかもしれない。
「しつこい女だ。今すぐにでもこの国から出て行け!」
王子が一喝する。
——その翌日。
国中の花が枯れ、作物は芽吹かなくなった。
けれど誰も、原因が“不要だと捨てた”私だとは知らない——
(皮肉なものね……)
クスクスという周囲の笑いは大きくなる。
「王子に縋って捨てられて、みっともない女」
「私だったら恥ずかしくて、もう生きていけない」
「すぐにでも隣国に逃亡するわ、私なら」
願っても得られないほどの嘲笑を浴びせられる。
私の身体が震える……。
背を向けて、逃げるようにその場を去る。
嘲笑が大きくなって追ってくる。
一秒でも長くここにいたら、笑っている事がバレてしまう。
勝利の笑みを見られてしまう——。
(私はやっと自由になれるんだから)
◆◇◆
「何を笑っているんだ?」
門の外に隣国の氷の将軍がいた。
「え?」
気づいたら、門の壁に背中を押し付けられて覆い被さる将軍から逃げられない。
「は、離してください……」
「笑っていた理由は? 君が婚約者の王子の所から帰るのに、そんなに楽しそうにしているのを見たら、俺の心は張り裂けそうだ」
「俺は今日、国に戻るが、必ず君を奪いに来ると約束したのに、君は王子の元に戻るのか」
将軍から向けられる独占欲に顔が熱くなる。
「か、勘違いしてます、将軍。私は王子に会えて嬉しくて笑っていたんじゃありません」
私は真っ赤になった顔を両手で覆って話す。
「では何故笑っていた……?」
(それを、本人を前にして言うのは恥ずかしい……)
(でも、言わなきゃいけない……言いに行くつもりだったんだし)
「王子に婚約破棄されて……すぐにでも将軍の胸の中に飛び込んで行けるのが嬉しくて……」
顔を隠して真っ赤になりながら伝える。
将軍の顔も私以上に真っ赤になっている。
「……なら何故、すぐに俺の胸に飛び込んでこないんだ……」
「……こんなにすぐに会うなんて思っていなかったから……嬉しすぎて無理です……」
私は将軍の胸の中に抱きしめられた。
「帰る前に君を一目見たいだけだったのに、君が王子とあった後に笑っていて、もう限界だ……。今すぐ俺だけのものにしたい、連れて帰るぞ」
「……はい、将軍」
私も将軍を抱きしめる。
◆◇◆
少し前——
隣国の氷の将軍が立っていた。
「今、何か動いたか……!?」
氷の将軍が、畑で作業する私に慌てて声をかける。
(この人には精霊が見えるの?)
「どんなものが見えましたか?」
「いや……何かが動いた気がしただけだ……」
(“何か”と言うにはあわてた様子で、“何か”の正体を知っている様子だ)
「じっと見ていれば、見えるようになるかもしれませんね」
そんな事をつい言ってしまう。
「……なら、見ているか」
将軍が道の脇にどっしりと腰を下ろした。
(私の畑を見てって意味ではなく、畑ならどこでもって意味だったんだけど……)
(まあ、減るもんじゃないし放っておいてもいいか……)
……数十分後。
(減る! 減ってる! 確実にわたしの中の何かが減っていってる!?)
(ただ、見られているだけなのに……美形の将軍に見られるって、何かを奪われていくことなの!?)
私は将軍の視線を振り払うように、ぶんぶんと頭をふった。
ふと横を見ると、精霊たちも、ぶんぶんと頭を振る。
(これは真似しなくていいのよ!)
私は精霊を止めようと、何もない空中に両手を向けた。
「やはり、何かいるな」
将軍がすかさず言った。
氷のように鋭い声。
私は震え上がった。
同時に何匹かの精霊も震え上がった真似をする。
横目で見て、少し和んでしまう。
「何を見ている」
将軍の鋭い声がまた響く。
「せ、精霊を見ていました」
将軍は目を見開く。
「精霊……おばあさまの言った通り、本当にいたのか……?」
「将軍のおばあさまも精霊が見える人だったの? きっと賑やかだったんでしょうね」
「賑やか? おばあさまの周りはいつも静かだったが」
「見えない人にはそうでしょうね。でも、精霊が見えたら、精霊は自分を見てくれる人の真似をするのよ。今も私の真似して畑を手伝ってくれているの」
「小さな子供の頭が揺れているように見えたのは、精霊だったのか……」
「ああ、それはぜったい精霊だわ」
「それで、君は土いじりが趣味で精霊に手伝わせているのか?」
「最初はそうだったんだけどね……。今は、やめたら国が滅びるから……」
「……国が……?」
(転生前の知識でわかる。火山灰と塩分によってこの国の土壌は汚染されている)
(海風で塩分の濃くなる土を、大雨が降りやすい地理的な条件が、塩分を洗い流して正常に保っていた。それで回っていた土地に火山灰が降り、火山灰のせいで塩分の排水機能が失われてしまったの)
(たまたま私が生まれて、転生者で知識があって、精霊って言うお手伝いしてくれる存在があったから、今も滅びずに作物が育てられてる)
将軍には簡単に説明する。
「君と精霊以外にはこれやる人はいないのか?」
(作物院にこのことを提言したときは、令嬢に何がわかるんだって追い返されたわ……)
「理解するのが難しいんでしょう。火山活動が治るまでの数十年、私がやれば元の循環が戻ってくるんだし、土いじりは結局好きでやり続けることだから」
「君が途中でいなくなったら、それこそ意味がなくなるだろう」
「ずっとここにいるもの」
「ダメだ、君はこんな場所にいてはいけない。価値のわからないものたちに尽くす必要はない。俺と来るんだ、隣国には君を傷つけるものたちはいない……!」
将軍が私の為に腕を広げてくれる。
胸の中に飛び込んで行きたいと思った。
「こんなふうに土いじりしてるからわからないでしょうけど、私は公爵令嬢で王子の婚約者なの。そんな簡単には自由になれないの」
「俺が自由にする……! 必ず君を奪いに来る」
私の胸が熱くなった。
(私にそんなことを言ってくれる人は今までいなかったのに……)
その日から、将軍の事ばかり考えている……。
◆◇◆
私が将軍と隣国へ行った翌日。
国に火山灰が降った。
花が枯れる。
「いつもの灰か……。俺の生まれた頃から定期的に降ってくるが、問題が起きているとは聞かないな……」
「すぐに収まりますからね、王子」
「花はまた咲きます。枯れた事などないでしょう?」
しかし、花は二度と咲くことはなかった……。
大雨に火山灰が泥のように混ざり固まる。
粘土のような土が出来て、畑の水はけが悪くなる。
「今年は、作物の出来が悪いようですね」
「毎年同じと言うわけにはいかないだろう。そんな年もある」
この土地には海風が塩を運んでくる。
粘土質になった火山灰で水はけが悪くなった土地に塩が積もっていく。
春に作物は芽吹かなかった……。
「どう言うことだ……いつもと同じことしか起こっていないはずだ! なぜ、作物が育たない!?」
「王子……塩分が土に溜まりすぎています。これでは作物は育つことができません!」
「塩なら雨が洗い流してくれるだろう? 雨はちゃんと降っているぞ!?」
「火山灰が雨による排水を邪魔しているのです……」
「今までだって同じだろう……!?」
「同じではないのです、王子! 公爵令嬢がいません……」
「公爵令嬢だと……? あの地味で陰気な女がなんだ?」
「……灰を分解して、土に隙間を作って、水はけをよくしないとと、作物院に提言されていたのです」
「提言? それが正しい方法だとしても、あの女が今まで一人でやっていたと言うのか? あり得ない……」
「……そうでなければ、この状況をどう説明するのですか、王子!」
(コイツらは……! 令嬢の提案を自分たちの都合で握りつぶしておいて……!)
「やればいいだろう……。令嬢に提言された方法を試すんだ!」
国の男たちを総動員して土壌に石灰をまぜて粘土質の土壌を改良する。
やっと一部の土壌が改良されたと思ったら……火山灰が降る……。
終わらない地獄に、土壌改良したものたちの心が折れた。
「……そんな、こんなものをあの女は一人でどうやっていたんだ……」
その方法は、この国では誰も知らない。
作物が育たず、飢える農民が増えたと聞く……もうすぐ暴動が起こるぞ……。
王子は気づいた……。
「あの女が、国の加護そのものだったのか……」
(俺が、間違えた——)
◆◇◆
「令嬢があの冷たい将軍に連れられてきた時は心配しましたが、今ではあなたはこの国になくてはならない方です」
将軍は私に畑を任せてくれて、この国の精霊も私の真似をして助けてくれた。
あっという間に痩せた氷の国は緑豊かな国になっていた。
(この国の人の役に立てて良かったけど……)
「将軍って、そんな冷たいかしら……?」
「令嬢といらっしゃる時は将軍はいつも幸せそうですからね」
「そ、そう?」
「氷の将軍も、令嬢のような素晴らしい方を失いたくないのでしょうね」
メイドに言われて赤くなる。
(土いじりをして真っ黒になった手で顔に手を当ててしまったから、顔も真っ黒だわ)
「ふふふ、令嬢、お水をお持ちしますね」
そう言ってメイドが行ってしまうと、将軍が部下の人たちと帰ってきた。
「令嬢、どうした、顔が真っ黒だ」
「これは……」
また赤くなった顔の手を当てる。
「はは、君はずっと変わらず可愛いままだな」
将軍に言われてますます赤くなった。
「しょ、将軍が笑っている……」
部下たちが顔を見合わせて驚いている。
「お前たちはもう帰っていい」
将軍が私に向けるのとは違う冷たい声で言う。
「令嬢、水をお持ちしました……あ、しょ、将軍……!」
メイドは将軍に睨まれて、水を置いて去っていく。
将軍が私の顔を水で濡らしたハンカチで拭いてくれる。
「どうして、部下やメイドを怖がらせるの?」
「怖がらせているつもりはない。そういう顔なだけだ。ほら綺麗になった」
私に向けてられる将軍のとろける笑顔に、私は真っ赤になる。
「また汚れるから、ダメだ」
顔に持っていきそうになった泥だらけの手を、将軍に掴まれる。
泥を落として水の中で丁寧に手を洗われる。
水音が静かに響く中で、私の鼓動が外に漏れそうなほど大きくなる。
将軍の手の温もりが温かい
「ほら終わった」
手を見ると、土いじりする前よりも綺麗になっている。
「ありがとう、将軍」
「俺の方が仕事で汚れているな……」
そう言って立ち去ろうとする将軍の胸の中に飛び込む。
「そんなの、私は気にしません……」
将軍が私を抱きしめて、髪を撫でてくれる。
精霊たちも私の真似をして将軍にくっついているのを、将軍は見えないらしい。
私はこの国で最高に甘い初恋手に入れた。
◆◇◆
王子が氷の将軍の屋敷に来る。
屋敷の門は硬く閉ざされている。
「畑に出ちゃダメってどうして? 植物も精霊も私を待っているんですから、そういうわけにはいきません!」
「俺の方がずっと君を待ってる」
そう言って抱きしめられた。
(なんだか、今日の将軍が変)
「外に何かあるんですか?」
「……王子が君を取り戻しに来てる……」
将軍が気まずそうに言う。
「俺は絶対に君を渡すつもりはない。たとえ君が帰りたいと言っても……」
「私も絶対に帰りません! どうして私が帰るなんて将軍は言うんですか!?」
「……俺のそばにずっといてくれるのか……!」
「当たり前です……」
「……君があの国であれだけ一生懸命に土壌改良していたんだ、続けたかっただろうと思って……」
「それは……続けたい気持ちはあります。けど、必要とされていないのに一人で続けることには限界があるんです。必要とされることを知ったら、もう一人では頑張れない……」
「……君の国の人や、王子は今は心から君を必要としてる……」
「将軍の方が私を必要だって、将軍が言ったんでしょう? 世界一大事な人を見つけたのに、今更泣きついてきた人の方に行く理由がないんです。遅すぎます」
私は将軍の胸の中で言う。
王子は門の前に立ち尽くす。
私は土いじりに将軍と外に出ると、大声が聞こえた。
「令嬢、俺だ! お前の力が必要なんだ! 愛してる、戻ってくるんだ」
門の隙間から王子が手を伸ばす。
「あなたのことなんて知りません」
私は王子を見ずに畑へ向かう。
「随分都合がいいな、お前が捨てた令嬢だ」
将軍が王子に言い放つ。
「貴様には言っていない! 令嬢、お前が居なくなった国は崩壊する! たくさんの人が死ぬんだぞ!」
「それはお前のせいだ、王子。国を滅ぼした責任はお前だけのものだ!」
「……違う、作物院、貴族たち……アイツらが無能で、令嬢を地味だと馬鹿にしていたんだ……俺じゃない!」
王子は、正気を失ったような顔をする。
そのまま後ろを向くと歩きだす。
「……俺も、国を捨てる……。一緒に滅びることはないんだ……」
私は土いじりをしながら将軍に王子の行動を聞く。
「捨てられるなら、もっと早く捨てていれば良かったのに……」
国の畑には枯れた作物すらもうなく、ひび割れた大地だけがあった。
作物も育たない場所に人は住めない。
人々は国を捨てて出て行くと。
建物も塩と火山灰であっという間に荒廃していった。
王子が国の騎士に捕まったと言う話を聞いた。
国はもうなくなったのに城に連れてこられた王子はどうなったのか……。
城には生きた人は誰もいない……。
王子も生きてはいられなかった。
王子が押さえつけられて、泣き叫びながら首を切られる様子は、精霊たちが真似して喜ぶこの国の最後の記憶になった。
◆◇◆
ある日、目が覚めたら精霊が見えた。
『将軍、大好き!』
精霊たちが俺の胸の中に飛び込んでくる。
他にも順番にキスする精霊たち、抱きつく精霊たちがいる。
「おはようございます、将軍」
令嬢に会う。
「精霊たちがおかしいのだが……」
「いつも通りだけど……え? 将軍、精霊が見えるようになったの!?」
「これがいつも通り……?」
令嬢の顔が真っ赤になっている。
「お、おばあさまが将軍を大好きって言ってる時もこんなふうに賑やかだったんですよ」
誤魔化そうとしてる。
「どう言うことだ……」
令嬢を壁に押しつけて聞く。
「……将軍に私がしたいことの練習をしてるから、精霊が真似をするんです……」
「すぐすればいいだろう」
「は、恥ずかしくて……」
そのまま令嬢に実践させる。
令嬢が恥ずかしそうに胸に飛び込んできて、少し遅れて俺の服を握って『大好き』と言う。
可愛い……。
「キスは……?」
「め、目つぶってください……」
俺が目をつぶると令嬢が俺の肩を握って俺の唇に顔を近づけさせる。
唇につく前に一瞬止まって、勢いよく唇に触れるとすぐに離す。
肩に置かれた手はずっと強く握ったままだ。
それから、おれの腕に令嬢の腕が絡みつく。
「これもやりたかったことか?」
「はい」
「いつでも、やってくれる……」
「はい……!」
令嬢の恥ずかしそうにする姿を精霊がまた真似る。
仕事場でも、精霊が恥ずかしがる令嬢の姿そのまま真似をするから、ニヤニヤが止まらない。
キスする前に一瞬、止まった令嬢が戸惑いながら目をつぶって意を決する。
全身に力が入っている。
腕を組んだあとに、にこりと令嬢が笑顔になって、幸せそうに俺を見上げてる。
俺からは見えていなかった令嬢の行動が、可愛すぎた……。
「将軍は令嬢と一緒にいるようになって本当に幸せそうですね」
俺が『微笑みの将軍』と言われる日も遠くないのかもしれない。
俺は永遠に令嬢を手放さない。
『令嬢、俺と結婚してくれ』
精霊たちが、騒ぎ出す。
「はい」
(答えちゃったけど……これって……)
将軍が帰ってくる。
メイドたちの動きを見て、将軍が来るのを察して部屋の隅に隠れた。
「どうしてそんなところに隠れてる……」
結局また壁に押さえつけられてる。
「将軍に会いたくなくて……」
「……驚かさないように精霊を使って予告しておいたのが悪かったか……」
「将軍……もう、精霊を使いこなしてる」
『はい』
さっき思わず答えた私の真似をする精霊がいた。
将軍が笑って、真っ赤になった私を抱きしめる。
逃げ場のない場所に一生甘く閉じ込められる。




