7 死を待つ静かさと崩れゆく希望
獣のような咆哮が、レティシア王女の鼓膜を突き破らんばかりに響く。圧倒的な「死」の気配。レティシアは、自分の立場もプライドも忘れ、恐怖に顔を引きつらせて逃げ出した。
馬車が猛スピードで去っていく音を聞きながら、ユージンは荒い呼吸を繰り返し、身体の嵐の去るのを待った。
「……クソがっ!……どいつもこいつも消えちまえ」
数分後、激しい怒りの高ぶりが収まると、身体の紋章は嘘のように、その色彩を失い消えかかった煤のような色へと変化した。
(これでいい……このまま消えてくれたなら、そのうち王も俺への興味を失ってくれるかもしれない)
__しかし、ユージンの淡い期待をあざ笑うかのように、静まりかえった刺青が再びドクンと拍動した。
一度は消えかけた紋章が、以前よりも鮮烈な、寄り禍々しい黄金の輝きを放ちながら、逃げ場のないほど深々と肌に浮き上がってきた。
「ああ……やっぱりダメか……」
ユージンは、再び力を持ってしまったこの腕を、憎しみを込めて見つめていた。怒りに任せて力を振るえば振るうほど、この「兵器」としての刻印は強くなっていく。自分はどこまでもあの王の、そしてこの軍神の「人質」なのだ。
その絶望に沈み、彼は数日、自室に引きこもってしまったのだった。
ユージンが自室に引きこもってからの数日間はアルベール邸も、まるでお通夜のような静かさであった。王女に、あんな化け物の姿を見せて怒鳴りつけ、追い出したのだ。報復(死罪)が来ないはずがない。
さて、ユージンの味方三人の大人たちはそれを確信しながら「その時」に備えていた。
エレナは誰にも見つからないように、ユージンの荷物を極限まで絞り込み、いつでも屋敷を捨てて逃げ出せる準備を整えていた。
(……あの子を、誰が化け物なんて言わせるものですか。……たとえ世界中を敵に回しても、私はあの子の手を引いて逃げてみせます)
エレナにとって、ユージンが軍神であろうとなかろうとが関係ない。彼女は「息子」を連れて地獄の果てまで逃げぬく覚悟を決めていた。
アルベールは、養成所広場で静かに身体を鍛え直していた。
(……エレナたちの逃げ道を作る。……その為なら、この命、王宮の犬どもにくれてやるさ)
彼はエレナの覚悟を知っていた。だからこそ自分はここから一歩も動かず、追っ手を一人残らずに切り伏せて時間を稼ぐのだ。父として、そして一家の主としてユージンの未来を勝ち取るための計算を彼なりに冷静にしていたのだ。
モランはあらゆる公文書を焼き払い、代わりに偽造した通行書を用意していた。
(……理屈ではありません。計算上は死ぬべきかもしれません……ですが、私も、あの方の成長をもう少しみていたいらしい)
冷静な策士であるはずの彼が、自分を逃走計画に組み込んでいる。それは計算外の感情が、知性を塗り替えた瞬間であった。
またまた全消しやらかした……本当に情けない。




