5 転換への予感
アルベール邸でのテラス、下町の喧騒が遠くに心地よく響き、義母が用意したお茶の香りが漂う、本来なら「最高に幸せな夕暮れ」のはずだった。
しかし、ユージンは浮かない顔をしている。アルベールとモランがチェスを傍らで楽しみながら、彼の異変に気付いていた。
「……。……なあ、義父、モラン。……おかしいんだ。最近、町を歩くのが怖くなってきたというか……青果商の親父さんも、遊んでいる子供たちも、みんな笑っているんだけれども、でも俺の『眼』には、時々その背中に「黒い霧」が纏わりついているのが視えるんだ」
ユージンは震える手でカップを置いた。
「それにさ……聞こえてくるんだよ。……口では『今日も元気だね』って子供に話しかけているおばさんの、心の底にある小さな妬みとか、誰かを呪うような暗い声が。……ただ普通に飯食って、笑って過ごしたいだけなのに……いったいどうしちまったんだ?……俺の身体」
普通の若者らしい、やり場のない悲しみと、「普通でありたい」という切実な願い。それを聞いた二人はそれぞれの立場で彼に向き合った。
アルベールは、ユージンの肩をポンポンと優しく叩いた。
「……ユージン、お前は何も悪くない。……お前が人一倍優しくて、町のみんなが好きだから、その分、今まで見なくてよかったものまで感じ取ってしまうんだろう……疲れたらいつでも休めばいい。ここはお前の家だからな」
モランも眼鏡を拭きながらいつもの口調を和らげる。
「ユージン……大人になるという事は、多かれ少なかれ、他人の裏側を知っていくことです。……貴方は人より少し早く、そして鮮明に視えるようになってしまった。……その能力を『悪意』だと捉えるのではなく、雨を知らせる雲のような『兆し』だと思ってみてはいかがです?……防ぎようもないものに怯えるのではなく、対処法を一緒に考えましょう」
二人の大人からの包み込むような助言。ユージンは少しだけ救われたような気がした。
その様子を彼の中に潜む『軍神』は退屈そうに眺めていた。
ゼノス:「全く人がいい我が臣下共よな……だがルシウス、お前は知っているはずだ。……貴様が視ているのはそんな生易しいものではない。……『停滞し、腐りはてた人間の営みそのものすべてを焼き払え』という、余とお前の血が呼応し始めている証拠だということをな」
ユージン:「……黙れ、陛下……俺はまだ……人間側に居たいんだ」
バレンタインディですね。素敵な一日でありますように。




