2 五日目の朝、静かなる怒り
旧ゼノス保養地。深い森に抱かれた堡塁石造りの屋敷で、ユージンは五日目にしてようやく上体を起こした。背中を焼き、指先までしびれさせていたあの黄金の熱は、今はわずかな微熱程度に落ち着いてきている。鏡を見れば、呪わしく浮き出ていた四本爪の紋章も、まるで水に溶けるように、消え始めていた。
「……やっと消えてきたな……くそっ、やっとかよ」
ユージンは、ベッドの傍らにあった冷めた茶を喉に流し込んだ。
安堵はある。だが、それ以上にこみ上げてくるのは、はらわたが煮えくり返るような「理不尽への怒り」だ。
(……ああ、酷い目にあった。どっかの馬鹿が言い出したのか知らねえが、地下牢にぶち込まれて、体中に火をつけられたような最悪の思いをさせられて……。おまけに、あの腐りきった評議会だ。何が『王の誕生』だ。勝手なことばかりぬかしやがって)
ユージンの脳裏に、あの脂ぎった貴族たちの顔や、震えるだけで何一つ守ろうとはしなかった王宮の惨状が浮かぶ。
彼らが求めているのは「救世主」ではない。自分たちの保身の為に、ゼノスの力を振るってくれる「都合のいい盾」だ。
「……ふざけんな。俺の人生を、誰が勝手に決めていいなんて言った……」
ここでユージンは自分の声が、まるで遠い洞窟の奥から響いているような妙な残響を伴っていることに気づいた。
(……え?なんだこれ?)
指先を動かせば、空気の年度まで感じ取れるほど感覚が鋭敏すぎる。視界の端で埃の一粒が舞う軌跡さえ、恐ろしいほど鮮明に見えてしまう。
(……なんだよ、これ。全然『普通』じゃねえ)
その時、首に架けたリングホルダーが皮膚を直接なでるような冷たさで脈動した。
ゼノス:「……無駄な芝居はやめよ、ルシウス。貴様の魂は、もはやその柔い肉体の器には収まり切ってはおらぬ。目覚めた瞬間から、貴様には見えているはずだ。世界がどれほど危うく、下らぬ色に満ちているかが」
頭の中に直接、古い大鐘を打ち鳴らしたような重厚な声が響く。ユージンは、それが「ゼノス」という存在であることを本能で理解した。
ユージン:「……なんだ、新手の幻聴かよ。悪いけどさ、俺は今、これからどうやってあの面倒な評議会の連中から逃げ出すか、それしか考えてねえんだ」
ゼノス:「ほう、逃げるか。……王位を、使命を、我が血を捨て、元の『家畜』の群れに戻るというのだな……だが、貴様は気づいているはずだ」
ユージン:「……」
ゼノス:「貴様が『普通』を望むほど、その乖離が貴様を壊す……ルシウスよ、貴様が握りしめているもの……それは貴様が王として呪われた証左よ」
ユージン:「……うるさい……おれは、ルシウスじゃない。ユージンだ……これから何が起ころうと、俺は元の生活に戻ってやる」
ユージンは立ち上がり、ベッドを下りた。床を踏む感触が、あまりにも確実すぎて気持ちが悪い。
力は満ちている。だが、それはかつて自分が持っていた、鍛錬によって得た爽快な力ではない。
それは、「なんでも壊せてしまう」という暴力的な万能感を伴い、暗く冷たい力だった。




