1 序章 王の残骸と、父の背中
先に「お転婆姫と今日も胃痛に耐える秘密の騎士」を読んでいただけるとありがたいです。
現ロドニア王宮を揺るがしたあの「畏怖」が去った後、議事堂に残されたのは、物理的な破壊の痕跡と、魂を削られた者たちの嗚咽だけだった。
その混沌をきりひらくように、重い足音が響く。
アルベールは、意識を失い、ただの鉛のように重くなった息子・ユージンを背負い、帰り道へと向かっていた。背中の息子からは、さきほどまで世界を焼きつくさんばかりだった黄金の光は消え、代わりに内側から身を焼くような異常な高熱が伝わってくる。
「……ユージンをこちらへ。王宮の馬車は使いません。オーギュストの息のかかった連中の目に触れされるわけにはいかない」
傍らを歩くモランが、感情を押し殺した声で告げる。その視線は、かつて使えた主・ゼノスの再来ともいえる若者の、浮き出た紋章の残る左腕に注がれていた。
「……モラン殿、俺は、こいつを『王様』にするためにここまで連れてきたんじゃねえぞ」
アルベールの声は低く、そして静かなる怒りに満ちていた。彼は、王位継承の証である「四本爪の鷹の紋章」をこれほどまでに憎んだことはなかった。ユージンをただの、どこにでもいる平民騎士として、家族として共に笑い、共に生きる一人の青年として守りたかった。
「……分かっております、アルベール殿……ですが、この子はもう、私たちの知る『ユージン』だけではいられなくなるかもしれません」
王宮を離れ、深い闇に包まれた森へとモランの用意した弔問馬車を走らせる。
「__葬儀屋の馬車か。あい変わらず趣味が悪いな。モラン殿」
モランはニヤリと笑う。
「これなら誰も中を覗く勇気はありません。衛兵もすんなりと道を開けてくれたでしょう?」
向かう先は、地図にも載っていない、かつてゼノスが密かな静養地として使っていた隠れ屋敷。そこだけが、今のユージンを「怪物」としてではなく、「傷ついた息子」として匿える唯一の場所だった。
屋敷につき、寝所にユージンを横たえる。彼は高熱にうなされていた。
「……痛い……っ、……やめ……ろって……俺は……」
消えかかっていた紋章が再びドクドクと脈打ち、皮膚を焼き焦がすような燐光を放つ。ユージンの精神は今、現実の痛みと、ゼノスの記憶という「神話」の狭間でズタズタに引き裂かれていた。
モランは、ユージンの身体を冷水で清拭しながら、呟いた。
「さて。どうなるか……この熱が引くか、それともこの子の魂が『ゼノス』に飲み込まれるか……アルベール殿、こればかりはあの子自身の『日常への執着』に賭けるしかありませんな」
アルベールは何も答えず、ただ我が子をの右手を強く握りしめていた。
この時の二人の大人の間には、ある暗黙の了解が生まれていた。
もし、この青年が再び目覚めることがあれば__。
その時はこの「強大すぎる力」を「義務」ではなく「仕事や生活を守るための手段」として矮小化するよう導いてやろう。そうでなければ、ユージンという魂は、王座の重みに耐えきれず、壊れてしまうだろうから。
暗い森の屋敷に、若き王の苦悶の声が響き続ける。
それはロドニア史上最も「不本意で、最も誠実な王」が誕生するはじまりでもあった。
やっと、書く気になりましたが……やっぱり難しい。(笑)




