のぞき穴
一人の少女が攫われた。
人と違う姿をした妖怪に。
あっという間に。
少女は始めはわんわんと泣いていたが、攫った妖怪はペコペコと謝りながら言う。
「ごめんよぅ。少しだけお話がしたかっただけなんだよぅ。それが終われば帰すよぅ」
始めこそ半信半疑であった少女だけれど、妖怪があまりにも持て成すものだから彼女はいつしか時間を忘れて楽しい時間を過ごしてしまった。
聞けばこの妖怪。
昔々から寂しがり屋で時折、こうして子供を攫っていたのだと言う。
「私の村では神隠しが有名だったけれど」
「それはきっと俺のせぃだよぅ。ごめんよぅ」
妖怪の申し訳なさそうな顔に少女は呆れて笑ってしまう。
大人が恐れ、子供が泣き出す神隠しの真相がこんなだったなんて……。
話を続けている内に辺りが暗くなってきた。
少女はそろそろ帰らないといけないと思い、妖怪へそのことを話すと妖怪はさも悲しそうな表情になりながらも頷いた。
「わかったよぅ。お帰りはこちらだよぅ」
そう言って指差した方向。
その遠くに見えた光景を見て少女はふと心がざわつき出す。
「どうしたんだよぅ?」
「本当にこちらが帰り道なの?」
「そうだよぅ?」
首を傾げる妖怪。
胸のざわつきが大きくなる少女――。
「本当に?」
そう呟いてもう一度、帰り道を見る。
まるでのぞき穴から見下ろしているような気分だ。
何故、こんなにも一つ一つ細部が見れるのかは分からない。
とかく重要なのは少女には見える物が何一つ魅力的に思えないということだった。
村の家々も。
友達も、家族も、人間も。
「どうしたんだよ」
妖怪の声が先ほどよりも野太くなっているのに少女は気づかなかった。
自然と肩に乗せられた手の平の重みに気づけなかった。
「本当にあんなところに私は住んでいたの?」
「そらそうだろう。俺があそこから攫って来たんだからよ」
「本当に?」
「当たり前だろう」
なら、何故。
あんなにも奇妙に見えるのだろう?
何故、自分とは全く異なったものと感じるのだろう?
振り返り、目が映した相手の姿を見て少女は安堵を覚える。
自分と同じ姿がそこにある。
穴から覗き見た場所に居た者共は異形なのに。
「もう少しここにいていい?」
「かまわないよ。気持ちが落ち着くまでいつまでもいたらいいよ」
相手はおぞましく笑った。
何故そう思ったのか分からないまま少女は優し気な笑みに報いるようにして微笑んだ。
後年、私は考える。
人が帰らぬから神隠しなどとよくぞ言ったものだ。
神に見初められた者は最早人ではないなどとよくぞ言ったものだ。
――これは想像でしかないが。
私は人でないものが人の中で平和に暮らすのは最早不可能だと思う。
あくまでも想像でしかないが。




