表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

空っぽの小箱

作者: Tom Eny

空っぽの小箱


その日の午後、いつものようにオフィスを出て、僕は友人と待ち合わせをした。季節外れの風が肌を撫で、まるで新しい旅の始まりを祝福しているようだった。僕たちは、プロジェクトリーダーの座を争っていた。才能に恵まれた彼を打ち負かすことで、僕は初めて自分自身を証明できると信じていた。だから、僕は卑劣な手段を選んだ。彼の評価を下げるような噂を上司に流し、プロジェクトリーダーの座を奪った。その夜、鏡に映る僕の目に宿っていたのは、成功の喜びではなく、ぎらついた欲望の光だった。


「最近、見つけたんだ。未来を画像で教えてくれるアプリ」


彼が差し出したスマートフォンの画面に「Genie」と表示された。そのアプリ名を告げる彼の声は、どこか楽しんでいるようでもあり、同時に張り詰めた糸のような緊張を帯びていた。僕がアプリをインストールした瞬間、僕の個人情報が全て抜き取られたことなど、その時の僕には知る由もなかった。


1日目


僕はGenieを開いた。画面にノイズが走り、古い地図が広げられた手元が現れた。その画像に、一瞬だけ胸騒ぎを覚えたが、すぐに「新しい旅立ちだ」と都合よく解釈した。その日の午後、正式にプロジェクトリーダーに任命された。プロジェクト名は「ユートピア」。僕の心は浮き立った。


2日目


2枚目は埃をかぶった額縁。どこか不吉な気配を感じたが、すぐに「古い思い出を振り返る良い機会だ」と無理に納得した。


3日目


3枚目は夜空の満月。特別な夜を過ごす予兆に違いない、と確信した。


4日目


4枚目は空っぽの小箱。過去を捨て、新たな始まりを迎えるのだと、僕の傲慢な心は囁いた。その日の午後、僕は喜びを噛みしめ、帰路についた。その甘く、しかしどこか後味が悪い感覚は、成功の裏に隠された僕の罪悪感そのものだった。


車を運転し、見慣れた踏切に差し掛かった時、僕はカーナビに通知が表示されるのを見た。Genieアプリは、持ち主のプライベートな情報に無断でアクセスし、そのデータを利用して未来を具現化する、悪意に満ちたアプリだったのだ。


僕はハンドルから手を離さず、ナビの画面をちらりと見た。すると、ナビは自動的にGenieの画像を4分割のタイル状に並べて表示した。


古い地図。埃をかぶった額縁。夜空に浮かぶ満月。空っぽになった小箱。


そのレイアウトを見た瞬間、僕の息が止まった。それらはバラバラの画像ではなかった。4つの断片は、何の操作もせずとも、一枚の踏切の絵を構成していたのだ。


地図が示すのは破滅へと向かう道筋。額縁は全てを失った後に残る空虚。小箱の空っぽな内部は、僕の人生が一瞬で無になることを示していた。僕の劣等感を打ち消すための努力は、すべてが無意味だった。


その時、耳を突き刺す金属音が鳴り響いた。赤信号が点滅する。僕は顔を上げた。ガチャン、と重く冷たい音を立てて、遮断機が降りる。目前に迫る電車のヘッドライトが、僕の車を煌々と照らしていた。地面が震える。空気が引き裂かれるような地鳴りが響く。ナビの画面に映し出された踏切の絵が、まるで現実と同期するようにチカチカと点滅し、これから起こる未来を映し出していた。そして、目の前を走り去る列車の先頭車両には、プロジェクト名と同じ「ユートピア」という文字が不気味に輝いていた。


その瞬間、助手席のスマートフォンが激しく震えた。着信を知らせる画面には、友人の名前が表示されていた。


彼は、僕とは違う並べ方で4枚の画像を組み合わせていた。そこに浮かび上がっていたのは、彼の不幸の予兆。黒い雲が立ち込める空の下、墓石が雨に打たれているという、僕の予兆とは全く異なるものだった。


次の瞬間、目が焼けるような白い光が僕を包み込み、皮膚を焦がすような熱気が襲いかかり、すべての音が消え去った。


僕の人生は、空っぽな小箱だった。


Genieは、その真実を教えてくれたのだ。


すべてを失った僕の頬を、あの日の季節外れの風が再び撫でていくような気がした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ