その2
「おう、シスター・カフィー。セラスも起きたみたいだな」
老成しているようで、どこか軽さを含んだ男の声。
「ジョニー。ごめん、心配かけたね」
「気にするな。夜中に命を狙われるよか、シスター達と一緒に居たほうが安心だろ」
彼の名前はジョニー。
山吹色の山吹帽子がチャームポイントの、藁を丸めた顔に円らな瞳と、パックリと空いた口が異質な、畑に佇んでいるアレ。
口が軽くてセラスに煩わしく思われるところもあるが、根は優しく、いつも彼女のことを気に掛けている。ただ、ジョニーは人間ではなく、単なる――と言って良いのか――喋る案山子なのだ。
どうして喋れるようになったのか、セラスは知らない。けれど、この世界は広く、光を失った少女には及びも着かない事象がある。
たぶん、セラスの頭に浮かんだ疑問も、そのうちの一つなのだろう。
「? あの、シスターというのは……?」
「失礼しました。ご紹介が遅れましたが、私はこちらで修道女をさせていただいているカフィーと申します。以後、お見知りおきを」
濃紺の修道服を翻し、スカートを摘み上げたまま軽く膝を折る、礼儀正しい挨拶を交わしたカフィー。
黄金色に光るストレートのロングヘアーは、修道服のベールに隠れてしまっているが、紺碧のようなブルーアイは一つの完成した宝石を彷彿させる。
「修道女、ということは、ここは教会なんですか?」
「いえ、元教会です。ここで神官をしていたお師匠様が、私や皆さんのために場所を貸してくれたのです。今は、少し出ていてこちらには居ませんが、またお目に掛けることができると思います」
高い天井や、窓の代わりに光を取り入れるステンドグラス。カフィーの言う通り、どことなく教会の形を残した作りになっている。どうやら色々と事情があるようだが、紳士のジョニーは深く突っ込むことはしない。
ただ、その前にセラスの事情を話すのが先か。
「積もるお話もあるでしょうけれど、朝食を作りますのでこちらへ」
口を開くよりもはやく、セラスがカフィーに促されて椅子を進められる。
近づくにつれて鼻腔を突くアルコールの匂いに、訝しげに表情を歪めるセラス。手が触れた先にあるのは、長く伸びた机。教会を改修したものらしく、ここに住む住人の趣味で小さなバーになっている。
カフィーはカウンターと思しき机の向こうに回り、朝食の準備を始める。
「さて、改めて紹介しようか。二人ばかり欠けているが、あの二人は後でも良い」
セラスが席に着いたところで、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
これも改修した成果か、広い天井を利用して寝泊りするための個室を造ってある。セラスが先ほどまで寝ていた部屋は、懺悔室を改修して作った予備の部屋らしい。
木の軋む音を響かせて、アケットとジェイルが階段を下りてくる。
「確か、アケットさん、でしたよね? 昨日はどうもありがとうございます」
「なんだ、もう知っていたのか。ジェイルにでも聞いたのか?」
「いえ、お二人が話しているのを聞いて、覚えただけです。ジェイルさんも、ご一緒ですか?」
「あぁ、ここにいる。改めて、よろしく」
「セラスです。よろしくおねがいします」
口々に自己紹介を終えたセラス達。
そこで、また妙な疑問が浮かんできたようだ。
先刻から、一時の世話では済まないような言い様が続いている。
「……?」
女の勘と言うべきか、嫌な予感を感じ取るのは素早い。
「なんだ、シスター・カフィーに聞いてなかったのか?」
「あ、済みません。重要なことを聞いていませんでしたね。それと、カフィーだけでかまいませんよ、ジョニーさん」
「おっと、こいつは失礼。礼節を欠くのは、紳士として恥ずべきものだからな」
「何で、二人だけで話を進めてるのッ? 説明してくださいよ!」
なかなか進まない話に、セラスが焦れ始める。
その疑問に答えたのは、セラスの隣に座ったアケットだ。
「お嬢さんには、今日からここ――『 《ヌル》』で働いてもらおうと思っているんだ」
単刀直入すぎるのはアケットの悪いところだが、セラスにはこれぐらいが丁度良いのではなかろうか。
「え、え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ――」
「落ち着け。もちろん、強制するつもりはない。ただ、こちらも人手が足らなくてなぁ、昨晩の件も考えれば君をスカウトしたいところなんだ」
狼狽するセラスを宥め、アケットが言葉を続ける。
驚きすぎて酸欠になりかけたセラスは、しばらく金魚のように口を開閉し続ける。
「返事は――まぁ、昨晩の件の話をつけるまでに考えておいてくれれば良い。その間、働かざるもの喰うべからず、ってことでしばらくは見回りなんかを手伝って欲しいんだ」
喋れないことを良いことに、アケットが話を進めていってしまう。
セラスはカフィーから水の入ったグラスを受け取り、落ち着きを取り戻しはじめる。
「あ、の、どうして、急にそんな話が、出てきたんですか?」
「いやぁ、それもご尤もな話。でも、昨晩のことを考えれば……う、うん、俺達が悪いところも少しはあったが、下手に君をこの街に留めておくのは危ない。そう考えたんだ。そういうのも、昨晩の奴らは『バンガード』って言う、この街の売春宿を仕切る組織なんだ。そこのボスがこれまたしつこい奴で、今回の件を帳消しにする代わりに色々と条件をつけてきてなぁ。その返事を、昼頃にしてくるつもりなんだわ」
「それで、どうして私がお手伝いをする、なんて話しに?」
「待て待て、話は最後まで聞いてくれ。その条件というのが、別の組織が取り仕切る武具密輸の権利を手渡すか、俺達がこの街を出て行くか、という無茶振りも良いところなんだよ」
アケットの説明を聞いて、セラスは唖然とした表情を浮かべる。
調停を担うアケット達にとって、この街を出て行くのは掟の欠如を意味する。しかし、前者の条件にしても、別の組織に対してそんな申し出をできるわけがないのだ。
ことの一端がセラスにもある以上、ここで断るというのは仁義に欠ける。ある種の諦観に似た気持ちで、セラスは溜息と同時に首肯を返した。
「すまん、な。さて、話も付いたところで、俺は少し出かける。ジェイル、セラスに大まかな仕事を教えてやれ。要件が済み次第、俺も合流する」
「分かった。だが、一人で大丈夫か? 妙に『バンガード』の奴ら、いきり立ってるからよ」
「俺があんな奴らに遅れを取ると思うか? 馬鹿にされた気分で心外だなぁ」
なんともアケットの自身ありげな言葉。
ただ、セラスは安心していない表情で言う。
「アケットさんも、女性なんですからあまり無茶をしないで下さいね」
その瞬間、何故か周囲の気温だけが絶対零度を記録する。
『…………』
アケット本人を含め、ジェイルも、カフィーさえも目を見開いてセラスを凝視する。異様な表情が三つも並ぶと、こんな空気ではなければ大爆笑していたに違いない。そんなことを思っていると、ジョニーは引っ掴まれてセラスも同じくしてジェイルに外へ連れ出される。
どうしてでしょうねぇ。
いえ、『盲目の復讐者』に関して言えば、『羊の鎧を着た狼の戦場』に比べて人気がないようです。まあ、二番目の連載である上に、ありふれたファンタジ物なのでそれも仕方ないことなのかもしれない。
でも、更新した日でさえ200PVを越えないってどういうことよ?
やっぱり、題名か? 題名が、『~の~』じゃ興味が湧かないのか? そんな理由で改題とかしたくないんですけど、この調子じゃ考え物ですよ。
もしかして、ラジオコーナーみたいなのをした方が良かったのかなぁ。
っと、愚痴の絶えない後書きでした。それでは、また次回もお楽しみに。