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盲目の復讐者  作者: 翠色じゃないヒスイ
5章・討伐指令発令
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その3

 ここは教会だ。迷える子羊が訪れることを拒んだりはしない。例えそれが極悪人であろうと、ハーディを初めカフィーも拒絶の意思を示さないだろう。

 しかし、乱暴な訪問は控えて欲しかった。

 いや、彼らにそんな気遣いができるとは思えない。よって、いつもの説教臭い言葉をカフィーは喉の奥へ圧し留める。

「久しぶりに顔を合わせたと思えば、ずいぶんなご挨拶ですね。神を拝みにくるならば、もう少し礼節を弁えるべきではありませんか? 『バンガード』が長、首領ドン・リゲルト」

 黒紫色のグローブに同色のマントを羽織った、毒々しささえ感じさせる男の前に、ハーディが立ちはだかる。

 実質的な『 』の首領と、『バンガード』の首領が対峙し合う。不仲とは言え、不仲故に〔ハイオン〕の会合で顔を合わせることがあっても、これほどまで瞬時に一触即発の空気を作り出すことは珍しい。

 冷静沈着を絵に描いたようなハーディだからこそ、尚更、異質な空気が伺える。

「まぁ、良いでしょう。ご用件をどうぞ。そして、要件が済んだら早々にお帰りください」

 纏う空気をそのままに、笑顔で慇懃無礼に振舞うハーディ。

「手前ぇらの崇める神を拝みに来るほど、俺達も暇じゃねぇんだよ。要件はたった一つだ。なぁーに、難しいことじゃねぇ――」

 うなじまで伸びる漆黒の頭髪を一本に纏め、米神や額に掛けて切り込みを入れたヘアースタイルは、どうも街のゴロツキを思わせるようで安っぽい。言葉遣いもまた、容姿に倣って粗暴だった。

「――手前ぇらをぶっ殺す!」

 目を大きく見開いて言い放つリゲルト。

 最初、カフィーだけではなくその場にいる『 』のメンバー全員がリゲルトの言葉を理解できなかった。

 リゲルトの扱う言語が馴染まないものだからではない。殺すという言葉の意味でもなく、その凶行に至る根底の理論がカフィー達の中で瓦解していく。

「殺す、とは物騒ですね。それがどういう意味を持つのか、学のない貴方にも分かっていると思いますが? 貴方は、この街を炎に包みたいと仰るわけですか?」

 ハーディの言葉通り、それは〔ハイオン〕の街に爆薬を投じるのと同義だった。

 『 』を幹として、三つの勢力が均衡を保って来た大木が、根を切られて平定するわけがない。根っこを失った大樹は時を待たずして枯れ果てて、止まり木にもならず朽ちてゆくのは目に見えた事象である。

「くっくくくく。分かってねぇのはお前らの方だよ。安行がご趣味の神官様が、これほどまで情報に疎いとは思わなかったぜ」

「回りくどい口上は結構です。何の意味があって、このような凶行に及ぶのか説明していただけませんか?」

 リゲルトの不愉快極まりない嘲笑に、ハーディもやや冷静さを欠いているように見える。リゲルトは、未だにこちらを嘲る様子で懐から一枚の羊皮紙を取り出す。それをハーディに投げ渡し、見てみろと言わんばかりに腕組みをする。

「これは……ッ」

 羊皮紙を広げたハーディの目が、これまでにない焦りへと変貌する。

「どうしたのですか、師匠? なにが、書かれておられるのですか?」

「おい、もったいぶらずに教えろ。直ぐにでもこいつらを追い出したくて、腕が疼いて仕方がないんだが」

 カフィーに続いてアケットも、羊皮紙に書かれた内容を催促する。

「王国からの指令文書です。『現時点を持って、背徳都市の脱獄した犯罪者および中立組織を帝国〔アルアンキス〕へと引き渡す。なお、生死を問わず民衆は組織の全員を差し出せ』と……」

 ハーディの読み上げた内容に、誰もが言葉を失う。

 帝国と言えば、黒金の大陸を構成する主軸都市だ。双竜の大陸に言う王国と同様であり、要するところ王国が正式に『 』の討伐に乗り出したと言うことである。もちろん、羊皮紙に検印されているのは正式文書としての刻印だった。

「どうやら、セラスさんが引き起こした脱獄を国家の問題として引き合いに出してきたようですね。不仲ということはありませんでしたが、〔ガルニス〕を領国化すべく虎視眈々と身を潜めていた帝国に、上手い具合に口実を与えてしまった。そして、帝国同様に〔ハイオン〕の支配権を得たかった『バンガード』(貴方達)が表立って動き出したというわけですか」

「その通りだ。話が早くて助かる。そんなわけで、大人しく首を差し出しな!」

 話の内容は理解した。

 しかし、だからと言って大人しくくれてやるほど安い首ではない。

 いつの間にか姿を消していたランが、各々の部屋から持ち出してきた武器を投げ渡してくれる。カフィーだけの意思ではなく、ハーディも、アケットも、そして責任の一端であるセラスさえ、武器を受け取って『バンガード』の総勢力と睨み合う。

 抵抗する姿勢を見せた『 』のメンバーを見て、リゲルトは呆れたとばかりに深いため息を吐く。総勢百にも及ぶ一組織に五、六人で立ち向かおうというのだから、愚かと言われるのも甘んじよう。

「おいおい、どこかの糞剣士みたく、手を煩わしてくれるんじゃねぇよ。大人しくしてりゃぁ、痛い目を見ずに死ねたのに、馬鹿ども揃いで困るぜ」

 聞くに堪えない言葉が、リゲルトの口から飛び出る。

 それに真っ先に反応したのは、アケットだった。

「ジェイルがどうしたって……? お前ら、ジェイルに、何をしたッ?」

 舶刀を抜き放ち、怒りを露わにしたアケットがリゲルトに咬みつく。

 どれほどの怒声を上げようとも、女であることを馬鹿にされることがあっても、アケットは必ず余裕を残していた。それが今や、獣の唸り声ともつかぬ軋みを上げて舶刀の柄を握りしめている。

 ジェイルを『 』に引き入れてから、弟のように接してきたアケットだ。ジェイルの安否を祈る気持ちは誰よりも強い。

カフィーもアケットの心情を察しようとする。

「今頃、路地裏でゴミと一緒にお寝んねしてるだろうよ。まぁ、安心しろ。手前ぇらも直ぐに同じところへ送ってやるからよぉッ」

 けれど、リゲルトの嘲笑が微かな希望を打ち砕く。

「……アイツは、路地裏を墓場に選んだのか? これじゃぁ、仇打ちにはならねぇな」

 どういうわけか、アケットが舶刀に込めた力を緩めてリゲルトに歩み寄る。

 諦めたのか、自らジェイルの後を追おうつもりなのだろか。アケットらしくもない選択に、今度ばかりはカフィーも彼女の心情を測りかねる。

 力の抜けた肩をゆっくりと揺らし、包帯に覆われた顔は生きることを置き去りにして俯く。

「一名様ご案内だ。辞世の句を読む時間ぐらいなら、くれてやるぜ?」

「…………」

 違う。

 アケットの眼中にはない。

 リゲルトや雑多な悪漢など、今のアケットには見えていないだけだった。

「始めようや。り合いたくて、待ちきれないんだろ? カイナ」

 その言葉にジェイルの無事を確信し、ただ己の戦いに決着をつけに向かう。


 新年、明けましておめでとうございます。

 二か月以上ぶりの更新となりますが、これからもどうかよろしくお願いします。

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