その2
教会とは大抵、お祈りを捧げたりミサをしたりと言った、神様を祭る施設というのが一般的な認識だ。神父のハーディや、修道女のカフィーが居ることを鑑みても、『 』のメンバーが寝泊まりする建物は教会と言えるだろう。もちろん、ここへ来た直ぐにセラスに説明したことも、嘘ではない。
「この街には、幾つも教会があるんですか?」
故に、セラスが怪訝そうな表情で問うのも分かる。
「最もな質問です。まぁ、信教都市とまで呼ばれる〔エルフィートス〕でもなければ、一つの街に幾つも教会なんてありませんよね」
双竜の大陸〔ガルニス〕の東に闇灯の大陸〔ムーニア〕という大陸があり、神を崇める敬虔な信者の集う街〔エルフィートス〕。この世界には多くの神が存在し、各々を祭る教会が建てられている。もし〔エルフィートス〕出身者がいれば、こんな背徳都市と比べることさえおこがましいと憤慨されただろう。
まあ、教会などというものは例外を除いて一つの街や村に一つ、というのが広く伝わる概念である。
「もっとも、〔ハイオン〕の元祖教会はここで正しいのですが、神父さんが老齢でしてね。建物を維持していくだけの労力もないと、私達が宿代わりに引き継いだんですよ。それで今や、教会と言えば神父さんが開いている小さな露店のことを言うようになったんです」
「なるほど……。でも、どうしてここで一緒に住まなかったんですか? ご老人を外に追い出すなんて、人のやることじゃありませんよ」
「もちろん、私達も神父さんに言いましたよ。世間体が悪いので、ここで神父を続ければ良い、と。ですが、あの神父さんも偏屈なところが多くてですねぇ、『来るべき者のために、老兵は死なずしてただ去るのみよ』なんて言っちゃいまして」
ハーディのモノマネはどうでも良いとして、セラスも納得したように相槌を打つ。確かに、あの偏屈で頑固な神父が教会を空けてくれたお陰で、こうして温かい寝床と食い物にありつけるのだ。そして、ハーディやカフィー、ジェイルやセラスと出会えたのも、この教会があったからである。
そう考えると、思わず顔が綻んでしまう。
すると、食事の片付けを終えたカフィーに気付かれてしまう。
「あれ? アケットさんは何を笑ってらっしゃるのですか?」
「い、いや……なんでもねぇよ」
「あぁ、またセラスさん達に会えてよかったなぁ、なんて思っているのですね。うふふ」
「ち、ちげぇよッ! ハーディのモノマネが馬鹿らしくて笑っちまっただけだ! 感慨に耽る程、俺はナイーブじゃねぇつうのッ」
カフィーに突っ込まれ、慌てて弁解するアケット。しかし、自分でも分かるほど顔が赤らんでいるのが分かる。
「けれど、神父様が言った言葉もこのことを言っていたのでしょうね」
クスクスと笑っていたカフィーが、唐突に話を切り替える。
「うん?」
「いえ、ですから、ここに皆さんが集まったのは偶然とは思えないのです」
言われてみれば、『 』に集まった六人は順々にスカウトされている。
ランと呼ばれる美女がどうした経緯で教会に来たのかは知らないが、ハーディが孤児だったカフィーを拾ったのがそもそもの始まりだ。続いて、カフィーが、〔ハイオン〕に訪れたアケットに施してくれた。そのアケットが今度は、街の路地裏でお山の大将を気取っていたジェイルをスカウトして、彼がセラスを見つけて来た。
こうして見ると、神父が言い残した通り『出会うべくして出会った』という印象が強い。
「必然と言いたいところだが、背徳都市の掟を忘れちゃいけぇねぇ。むやみやたらに他人へ干渉する奴は、酷い目に会うんだ」
アケットはそう、自分達の邂逅を否定する。
「現に、俺が街で喧嘩を吹っ掛けるように、ジェイルが『バンガード』に睨まれて、セラスが来てから色々と巻き込まれてるだろ。他者に干渉するってことは、こちらも干渉される覚悟でいなくちゃいけねぇってことだよ」
人との出会いは諸刃の剣だ。こちらが誰かを殺すつもりならば、こちらも殺される覚悟をしなければならない。因果応報の世界。
もし己の干渉した人間が何らかの因果を引っ張ってくるならば、それを享受するのも当然であろう。もしそれが嫌ならば、自らの手で切り捨てなければ良いだけ。
「嫌なもんだな――ところで、ハーディ。今回はどの辺りを回ってきたんだ? 昨日は帰ってくる前に酒盛りを始めちまったから、いつもの土産話を聞きそびれてたよな」
押し寄せる後悔に飲み込まれないように、アケットは話を切り替える。
「楽しみにしていただいているところを申し訳ないのですが、今回はあまり面白い話はできませんよ。山の麓にある氷竜伝説が伝わる村を回って、中西部の魔王崇拝をしている村――というより廃村を見て来ただけですから」
「魔王崇拝? それは、また、物騒なお話ですね。廃村と仰られると、王国が粛清を行ったのですか?」
確かにあまり面白いとは思えない。
〔ガルニス〕の北西から北東に伸びる山脈を氷の竜山脈と呼び、自然崇拝の国民は氷竜が住むと讃えている。
魔王崇拝については、要するに魔物たちから身を守るための建前だ。しかし、時としてその敬虔さが仇となり、王国から粛清されることもしばしある。
「近隣の樵などに話を聞いてみましたが、どうやら王国の粛清とは違うようです。神の使いが一夜にして村を滅ぼしたという話しですが、まぁ、眉唾でしょうね。そもそも、王国が粛清をするにしても、村一つを滅ぼすような真似はしないでしょう」
「面白くない話ですね。それでしたらまだ、セラスさんの探している仇の噂ぐらい拾ってきてくだされば良かったのですが」
「仇?」
ハーディに問い返され、うっかりしていたとカフィーは苦笑を浮かべる。
「私がここへ来た経緯は話しましたけど、〔ハイオン〕に来た理由はまだでした。私が生まれた村を滅ぼした相手を探して、ここへやってきたんです。ハーディさんなら、全ての属性を一度の魔術に込められる人物をご存じなのではないですか?」
他人に自分の事情を話させるのも申し訳なく思い、聞きに徹していたセラスがカフィーの言葉を引き継ぐ。
「全ての属性を一度の魔術に、ですか。それはもしかして――」
言いかけたところで、建物の扉が勢いよく開く。
何事かとその場にいた全員が視線を向けると、そこには関わりあいたくない一団の姿があった。
「――こんにちは、『 』の諸君。そして、さようなら」