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盲目の復讐者  作者: 翠色じゃないヒスイ
1章・闇に蔓延る者
2/22

その1

 見回りを終えたのは、遥か彼方に夕日が沈もうかという頃。

 街を見回るのは彼一人ではないにせよ、それなりの面積を有する背徳都市を全て見て回るのは半日掛りの仕事だ。特に、どこかで問題が起きて、それの調停をするとなれば一日を割いても足りない。

 五指では数え切れない組織が集まり、四、五個の派閥に別れ、日々睨み合いを続ける。壁を挟んで燃え盛る炎、壁の上には大量の爆薬が載っている。爆薬がどちらに落ちても壁は壊れ、炎は猛威を振るう。

 そんな危ういバランスの中で成り立つ、それが〔ハイオン〕という街なのだ。

 それらの組織、派閥がバランスを崩さぬように、調停を行うのが彼らの仕事である。いつ頃から、彼らの組織がそんな仕事をしているのかは知らないが、役人や憲兵が裸足で逃げ出すような場所なのだから仕方がない。

 だから、と言ってしまうと不公平感は否めないが。

「街一番の憎まれ役か……。俺も、損な役回りに拾われちまったものだな」

 中立という立場に、男は呆れながら自嘲の笑みを零す。

 どこの派閥にも所属せず、中立を守る組織。街の一般人にとっては、街を火の海にしない頼れる組織だろう。が、派閥の中には彼らを疎ましく思っているのも居る。敵の方が多い。

 実のところ、一番留意しなければならないのは彼らの組織なのだ。

「いや、一番の火種が居たんじゃ、いずれは……グエッ!」

「何をぼやいているんだ、ジェイル?」

 噂をすれば何とやら。背中を襲う衝撃に、ジェイルと呼ばれた男は、首を絞められた鳥のような声を上げ、聞き覚えのある声に振り向く。

「あね――」

「――アケットと呼べって言っているだろ。それより、もう見回りは大方終わったんだろ? どうせだから、飯でも食いに行こう」

 背中を叩いた火種の張本人が、ジェイルの言いかけた言葉を遮る。

 青銅製のライトアーマーを着込み、両腰には軽く湾曲した剣。顔全体を白い包帯で隠した、風変わりな剣士と言った風体の人物。名前をアケットと言い、ジェイルの兄貴分のような存在で、同じ組織に所属している同僚だ。

 ジェイルはアケットに仕事を教えられて、性格は似ているところがある。しかし、傍若無人ぶりはどちらかと言うとアケットの方が上だ。

「えェッ。また、あそこに? 怒られるぞ。いつも、いつも、給料で食わせて貰ってたら……」

「細かい奴だなぁ。どちらにせよ、あいつが稼いだ金も俺達の食い物に代わるんだ。それが貰った後でも、貰う前でも同じだろ?」

 包帯に隠れていても分かる表情豊な百面相。夕日を映して深紅に染まる銀色の瞳に笑いかけられ、ジェイルは言葉を失う。

 年や腕っ節に引け目を感じながらも、一番の理由は他にある。

「分かったよ、分かりました。でも、愚痴の聞き役は任せるからな……」

 渋々と了承するジェイル。

 歯切れの悪い返事を聞いても、アケットは意気揚々とジェイルを連れてしばらく歩いた先の食事処へ入って行く。

 宿屋の間を縫って食堂を営む店で、二人とは別の同僚が給仕の手伝いをしている。その為、同僚の給料を使って飯を食べ、毎度のようにお叱りを受けるのだ。それだけならば、まだマシな方だろう。彼らの組織で、最も問題を起こすのがアケットであり、持ち前の狭義心で起こしてきた問題はジェイルが知るだけで四回。

 同僚曰く――

「死ぬまでに何回、問題を起こせば済むんですかッ?」

 ――とのこと。

 たぶん、この飯屋を除いても他のところで厄介ごとを起こしてきたのだろう。

 願わくば、自分を巻き込まないで欲しい。

「また来たのか、アケット。カフィーに怒られても知らんぞ」

 ジェイルが心の中で祈っていると、店主の男が声を掛けてくる。

 ジェイルを放って既に席へ着いていたアケットに、妙齢の店主も呆れを隠せない様子だ。家族は居らず、男一人と臨時雇いの給仕数人で切り盛りする、大きいとも小さいともいえない宿屋兼食堂。

「そんなことより、酒と飯だ。甘露酒(かんろしゅ)と山豆パスタを頼む。あッ、大盛りで」

「へいへい、分かりましたよ。で、ジェイルはどうする? いつもの奴か?」

「あぁ……。今日は、煎り豆は帰ったのか。後でお叱りだな」

「年上を仇名で呼ぶとは、お前も恐れ知らずだなぁ。確かに煎り豆薬(カーフー)みたいな名前だが、割と本人は気にしてるみたいだぞ」

 などなどと、三人で言葉を交わしつつ、店主は苦笑を浮かべて厨房に消える。ジェイルもアケットの対面に座り、食事が来るのを待つ。

 夜の帳が降り始めた時刻。客も今宵のピークを迎える頃、食事をするジェイルの前を見覚えのある顔が通りかかる。正確には姿だが、フードを外していたために疲れ切った顔がよく見えた。

「あいつ、ここに泊まってたのか……。うん?」

 そしてもう三つ、おまけの顔がついてくる。

「どうした、美人でも居たか? はぁ~ん、少し若いが、可愛らしいじゃないか。うん、惚れたのか? 一目惚れなのか?」

 いつの間にか甘露酒を大ジョッキ三本も飲み干し、酔いが回り始めたアケットが酔っ払いのオヤジ宜しく絡んでくる。

 決してそういうわけではないが、おまけの三人が気になった。昼間、少女に絡んでいた三人の男達。どうやら、今まで少女を付回していたらしく、獲物を狙う肉食獣のような笑みを浮かべている。

「……嫌な、予感がする」

「夜這いなんて、この街じゃ良くある話じゃないか。逐一、気にしてたら身が持たんぞ。あぁ、惚れた女を寝取られるのが嫌なのか。そうか、じゃあ助けて、ウングッ、ゴクッ……ゴクッ……プハァッ。こい」

 四本目を飲み干すアケット。

 喋るか呑むかどちらかにしろ。そんな台詞と一緒にジョッキの泡麦酒(ほうばくしゅ)を飲み干す。

 別に干渉するべきところではない。例え少女が酷い目に遭おうと、彼女が引き起こしたことなのだ。自業自得で片付ける。

「店主、もう一杯!」

「それぐらいにしておけよ。カフィーの給料を使い切る気か?」

「何を言う。あいつの金は俺の金、俺の金は俺の金。って言うだろ?」

「言わねぇよッ!」

 正直、名前も知らぬ少女のことを気にしている暇はなかった。少女が、寝室のある二階に姿を消したのを見計らい、同僚のエゴイズムに突っ込みを入れる。目の前の同僚を放っておくと、何本のジョッキがテーブルに並ぶか分かったものではない。この街でも五本の指に入るほどの酒豪とは聞いていて、他の同僚からお目付け役を任されているので任務を果たそうとする。

 店主も給仕達も、アケットの注文に聞こえぬフリをして慌しく店内を駆け回る。

「なんだ、この店は客の注文を無視するのか?」

 確かに、酔っ払ってはいない。

「…………」

 それに勘も鈍ってはいないようだ。

 何かを感じ取ったアケットは、両手を腰の剣に持ってゆく。立ち上がり、ゆっくりと二階へ続く階段に歩み寄る。

 階段の前に立ち止まってから、五秒か、十秒か、他の客や店員には分からないぐらいだが、風の流れが変わった。それを感じ取った瞬間、二階から誰かの走る音が降りてくる。続いて降りて――飛び降りて来たのは、純白をなびかせた少女。

「退いてッ!」

 少女が言い切るのが先だったか、

「ジェイル、この娘と雑魚は任せた。デカイのは、私がやる」

 自分の体重はあろうかという少女を片腕で受け止め、そのままキャッチボールでもするかのようにジェイルの方へ放り投げた。

 これから何が起こるのか。それはアケットの一言が如実に物語る。

「喧嘩は何度もやったが、殺し合いは初めてだ」

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