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盲目の復讐者  作者: 翠色じゃないヒスイ
3章・海賊と幽霊船
14/22

その4

 薄汚れた襤褸切れが宙を舞う。穴だらけの、もしかしたらこちらが覗けてしまいそうな、風通しの良いシーツだ。

 その前にアケットが体を滑り込ませ、舶刀(カットラス)を流麗な動きで縦と横から見舞う。繰り出された斬撃はシーツを横一文字に裂き、外力を受けてベクトルが変化した布切れの向こうに現れた幽霊を、唐竹に振り下ろした一刀で二つに分かつ。

「だから、効かないって言っただろうがッ! 同じことを何度もなん……」

 嘲るように口を開いた幽霊が、豆鉄砲を食らった鳩のように口を噤んだ。

「油断大敵。手前ぇの言葉だぜ」

 アケットの唇が、包帯の下で不敵に吊り上がる。

 振り下ろす一撃と同時に身を屈め、後方から飛来した本命の一発をやり過ごす。シーツと、切りかかったアケットを死角にして飛び込んできたのは、カフィーの放った浄化の光。

 意表を突く攻撃に、幽霊は少なからず狼狽する。そう、意表は突いた。戸惑うのも、少しだけ。けれど、避けられない攻撃ではない。

 幽霊が慌てて二つになった半透明の身を左右に捩り、紙一重のところで光の一矢を避ける。もし体が半分にされていなければ、横幅が確実に足らなかっただろう。アケット達が策に溺れる形で、作戦は見事に失敗した。かに思えたが、アケット達が二段構え程度の策を弄するわけがない。

「ふふッ」

 不敵に漏れたカフィーの含み笑いに、幽霊が死後初めて人間というものに恐怖を覚える。

 死の次に訪れる死。まったく未開である新天地に対する畏怖、不完全な意思のままで生きながらえて来た悔恨が、ありもしない爪先からありもしない脳髄までを駆け上がる。

「次に、手前ぇはこう言う。とんでもねぇ奴らを怒らせちまった、って、なッ」

 幽霊の背後に回り込んだアケットが、幽霊を嘲りながら三度斬線を虚空に描いた。

「とんでもねぇ奴らを怒らせちまった。って、ストップ、ストップッ!」

 六等分された幽霊が、カフィーの放とうとした光の群れに降参を申し出た。

 かくして、幽霊との第一戦がここに集結する。

 無論、何度もこんな闘いを続けたいとはアケット達も思わない。

「とりあえず、無条件でこちらの要求を呑め。即刻、浄化されるか外の海賊船を解放するか。二つに一つだ」

「か、解放するッ。解放するから、浄化するのだけは勘弁してくれぇッ!」

 幽霊が泣きながら条件を呑み、一度は失った命を乞う。

 そもそも、この幽霊に外の霧をどうにかする権限があるのか分からなかったものの、結果的にアケット達の目的は果たされたようだ。

「いやぁ、実を言うと、最初は俺だけが幽霊となって海を彷徨っていたのさ。一仕事終えた後に疲れて独りで船の上で昼寝をしていたらよ、急に嵐が来て港に繋いでいた縄が切れちまったわけ。嵐に呑まれて死んじまったと思えば、こうして海を彷徨って、十数年は独りでも楽しめたものの……寂しくなって出会う船から仲間をかき集めた」

 アケットとジェイルに背後から刃を突き付けられ、正面に光の魔術を展開したカフィーに脅され、正座しながら幽霊が身の上話を語る。

「それはいけませんねぇ」

 幽霊から身の上話を語られて直ぐ、カフィーが何やらポツリと呟いた。

 修道女とは思えないどす黒いオーラに、アケットは失念していたことを思い出す。

 どうして、光の力が弱まる暗闇の中で、カフィーが大量の魔術を展開できたのか。言わば、これはカフィーの感情と引き換えに作り出したもの。

「このご迷惑な幽霊船は直ぐにでも浄化してしまわないと」

「ナ、ナニヲ、イッテラッシャルノデスカ?」

 幽霊の表情が強張り、片言の問いが飛び出す。

 光は癒しの体現だ。傷を直ぐに治療するという意味ではなく、新陳代謝を活性化させて治りを早くする。そして、痛みを和らげる効果を持つため、治療魔法という意味合いが強く出回っている。実質、本当に治療魔法――魔術を使えるのは中位職の【治療師】からであり、【アコライト】程度を極めても掠り傷を癒すのがやっとなのである。

 逆に言えば、人間が持つ正の感情を引き換えに光を生み出すこともできる。故に、口調こそ今までと変わらないが、今のカフィーは殺人鬼にも似た憎悪を臓腑に抱えている。

「あぁ、もう良いから。その光を消しちゃいなさい。俺達まで殺されそうで怖いんだ」

 ジェイルがカフィーをなだめる。

 でも、やはり根は本来のカフィーなためか、ジェイルの言葉を直ぐに聞き入れる。

「ふぅ……なぜでしょう、こういう無茶をすると胃のところが気持ち悪いです」

 こんなことを続けて、胃に変な腫れ物ができたらどうするのか。いや、この作戦を考えたのはアケット自信なのだから、なんとかして責任を取ろう。

「それは良いとして、そろそろ戻ろうぜ。一件落着ってことで、海賊船も動くようになっただろうから」

 いつまでもここに留まっても、冗長にセラスを待たせるだけだ。下手に時間をかけて、セラスの身に何かがあっても困る。その時はその時で、こちらには武器があるのだから報復はできる。

 そんなこんなで、三人は海での飛び込み仕事を終えて甲板に戻った。

 二度と、他の船を捕まえて仲間にしない、という確約を言い含めて、だ。

『…………』

 そして、甲板に出た三人の目の前には、思いのほか残酷な運命が待ち受けていたのである。

 見渡す限り、そこにはスカイブルーとマリンブルーが広がる。海風が心地よく、差し込む陽光に目が眩みそうもなった。ただ、そんなことよりも立ち眩みがしそうな事実が三人に突き付けられる。

 自分たちの載っている幽霊船を除けば、そこには遥か彼方まで蒼い世界が広がっている。

「ありませんね」

「ない、な」

「あぁ、海賊船がないよな」

 カフィー、アケット、ジェイルが口ぐちに呟く。

 考えてみれば、直ぐに思いついたことだろう。幽霊船の戒めが消えた後、海賊達はアケット達の帰還を大人しく待つか――否。ならば、三人が海賊船に戻った後に、戒めを解かせればよかった。

 そう後悔したところで、

「航海して直ぐ後悔?」

『うわぁッ』

 唐突に甲板から頭を出した先刻の幽霊に、三人が飛び退くほどの驚愕を見せた。

「そう、その反応が欲しかったわけ」

「…………」

 三人の恨めし気な視線に、平然と幽霊が答える。

「おっと、誰かを驚かすなという約束はして……あぁッ、待て待て、これは冗談。冗談だから。武器と魔術を出さないでくれ!」

 今にもあの世に送ってやろう、と言わんばかりの殺気に幽霊が慌てる。そして、そんなことより、と言葉を続けた。

「こればかりはあんたらのミスで、俺が責められる言われはない。だが、一つ提案がある」

『提案?』

 幽霊の言葉に、三人が口を揃えた。


 一週間ほど更新が遅れて申し訳ありません。

 ちょっとした諸事情で、ネット回線が使えないため、このような遅延につながりました。

 さてさて、アケット達の苦難はこれにて終了。続いては、セラスが囚われの身になって、悪い虫さんに襲われるお話です。期待してお待ちください

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