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盲目の復讐者  作者: 翠色じゃないヒスイ
3章・海賊と幽霊船
13/22

その3

 この幽霊は、どうやらアケットが女であることに気づいていないらしい。

 まあ、そんなことを教える義理も、必要もないが。

 なます切りにできないことは悔しいだろうが、カフィーがアケットの代わりに前へ出る。

「アケットさん、ここは私に任せてください。剣がだめなら、私の浄化魔術で」

「おいおい、冗談じゃないぜ。善良な幽霊を、剣士どころか修道女(シスター)まで、寄って集って苛めるつもりかい?」

 すると、幽霊が減らない口を開いてくる。

 その言葉に、カフィーの良心が疼く。

 神こそ信じていないものの、信仰するのは人である。人は人に傷つけられ、人は人を傷つけて生きていく。故に、傷つけずに済むのならばそちらの最善の方法をとるべきである。と、師匠である神父にカフィーは教えられていた。

「う、うぅ……それなら、こんな悪戯は止めて先に行かせてください。あなたたちだって、こうしていつまでも現世に縛り付けられたままでは嫌でしょう?」

 無理やり浄化させるのは非人道的と、今度は説得にかかるカフィー。

 その説得に、幽霊が露骨な嘲笑を浮かべる。

「はんッ、そいつは勘弁願いたいね。確かに自分たちでは成仏できないかもしれないが、こうしているのもあながち悪い気分じゃないのよ。そもそも、勝手に攻撃を仕掛けてきたのはそっちのお兄さんじゃんか」

『……ッ』

 幽霊に図星を突かれ、三人は一様に口を噤む。

 言われてみれば、相手の幽霊はこちらを驚かせるために姿を見せただけだ。それに対して、問答無用で切りかかったのはアケットだった。

 いや、そもそも、無視して通り過ぎようとしてこの幽霊は道を開けてくれたのか。

「じゃあ、先ほどのことは謝ります。これで、先に行かせていただけま――」

「――嫌だね。元から通す気なんて、まったくゼロ。ギャァーハッハハハハハハッ!」

 即答と、嘲りを含んだ笑い声。

 これで、カフィーを良心の呵責で抑えていた何かが一気に吹き飛んだ。寝具を中に投げ飛ばすぐらい簡単に。

 カフィーの表情が陰り、少し俯き加減で小さく口を開く。

「我らが主よ、天に召しますのは……この糞ったれ幽霊じゃぁッ!」

 カフィーが切れた。

 堪忍袋の緒が切れて、清楚で瀟洒な言葉遣いなど忘却の彼方へ放り出す。

 カフィーは生まれついての修道女(シスター)ではない。孤児だったところを、【神官】をしていた師に拾われて背徳都市へやってきた。始まりは大陸の人々に救いの手を差し伸べる行脚で、光による癒しの魔法を主とした【アコライト】の職を学びながら師に着き従う。

 中位職では師の意志を継ぎたいと思い、魔法や魔術に限らぬ癒しの術を学ぶ【治療師】ではなく【神官】の道を歩んだ。

「酒を飲むは、面倒臭がり屋で、何を考えているか分からない師匠ですが、まだ可愛らしい方だと思います。けれど、私をこれほどまでに怒らせたのは貴方が初めてです」

 言葉を紡ぐと同時に、船内にある微かな光を周囲に集める。魔術は魔法と同じで、その場に内在する属性しか扱えない。ただ、魔法では光球を一つ作り出せるのが精いっぱいの環境でも、魔術ならば形質を使用者の独自のノウハウで形成できる。

 薄暗い通路に十数本の光を飛翔させた。

 少しでも触れれば亡霊を浄化する力を持った魔術だ。

 だが、直線に飛来する魔術を幽霊は苦もなく避けてゆく。

「これでも、こんな姿になる前は腕の立つ海賊だったんだぜ。この程度の攻撃でどうにかできると思うなよ。ほぉ~れ、お返しだッ」

 光線を全て避け切ったところで、幽霊がどこからともなく小さな宝箱を取り出し、ジャグリングを始めたかと思えばそれを連続して投擲してきた。

「曲芸師の間違えだろッ?」

 投擲された宝箱を、カフィーに直撃する寸前のところでアケットが|舶刀《カットラスで弾き飛ばす。が、地面や壁にぶつかったかと思っていた宝箱が独りでにカフィーやジェイルへ襲いかかる。

 考えてみれば、敵の武器が単なる宝箱だというのはおかしい。それ自身も、幽霊の一部だと考えた方が違和感も生まれない。

『なッ……?』

 三人が同じ油断をして、鍵穴から突きだした鋭い針がカフィーとジェイルの四肢を抉る。アケットだけが、再び飛来した宝箱を天井に弾き事なきを得る。

「油断大敵。この船の全てがお前らの敵だと思えよぉ~。ほぉ~れ、どんどん行くぞッ」

 一難去ってまた一難。

 アケットを集中的に攻撃しながらも、不規則に飛び交う宝箱が後衛のジェイルやカフィーにも迫る。

 ただ、バウンドすることが分かっていれば速さは子供の投擲ほどのもの。武器で叩き落とすことは差ほど難しくない。が、ここぞ、というところで自分たちは油断してしまうのだ。

「槍が……」

 銀槍で宝箱を撃墜しようとしたところで、それが床板に飲み込まれようとしているのに気づく。粘度の高い泥に突っ込んだように動かない槍が、身を守るのとは逆に自分の足枷となる。

 今度は頭を貫かんと、鋭い針を突出させた宝箱がカフィーに迫る。

「放せッ!」

 戸惑っていると、アケットが声を張り上げて叫ぶ。

 慌てて槍を手放したところで、アケットが腹部に向かって勢いよく飛びこんできた。海賊船で連れ去られるまでに、何も胃に入れてこなかったことがせめてもの救いだ。

 腹部にダイブを決めて来たアケットとともに、カフィーは船室の一角に扉を砕きながら転がり込む。

「あ、アケット、さん……。私は、貴方達のように鎧なんて着てないんですから、もっと優しく扱ってください……」

「修道女さんは割れ物注意、てか? それなら張り紙の一つでもしておけ。ジェイル、そいつをこの部屋におびき寄せろ」

 カフィーの苦悶を含んだ抗議を軽く一蹴して、アケットがジェイルに指示を出す。何か作戦を考えたらしいが、アケットは察しろと言わんばかりに説明もしない。

「おびき寄せろって、そんなことを大声で言ったら相手にも聞こえちまうだろうが……って、来てくれちゃったし」

「なになに、何か面白いものでも見せてくれるのぉ~? ベッドの上での絡みならお兄さん大歓迎だよ」

 わざわざこちらの策略に嵌りに来てくれたことを感謝しながらも、何やら卑猥なセリフは無視をする。

 アケットが簡素な部屋に置かれたベッドから襤褸切れ――もといシーツを手に取って、口角を鋭く吊り上げる。

「ベッドメイクは手前ぇに任せるぜッ!」

 アケットの投げたシーツが幽霊の視界を隠す。

 瞬間的にシーツへ向かって肉迫したアケットを見て、カフィーはその意図に気付く。あまり背中を任されることなどはないが、いつもアケットやジェイルの世話焼きをしていると、誰がどんなことを考えるのか少なからず分かってくるものだ。その日に皆が食べたい物だとか、どのタイミングで問題を起こしてくれるかだとか、最近になって分かるようになった。

 世界観の説明が全然なされていないことに気付いた今日この頃……。

 まあ、その役目はカフィーのお師匠さんがしてくれると思いますので、五章ぐらいまでお待ちください。

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