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盲目の復讐者  作者: 翠色じゃないヒスイ
0章・背徳都市の掟
1/22

その0

 残酷描写および性的描写が出てくることもありますが、全年齢を対象にしています。現実と非現実の区別がつく方のみお読みください。

 今日も相変わらず、雑踏の中を行き交う人々。

 悪く言えば薄汚れた、良く言えばみすぼらしい、悠長に伸びる砂地の道。どこにでも塵屑(ごみくず)は転がり、襤褸切れを纏った物乞い達が座り込む。

 街を少し歩けば、数件に一つは如何わしい店があり、派手な格好をした女達が男を誘い込む。日も真南に昇った真昼間だと言うのに、絶えず女達の甘い声が通りに響き渡る。

 ここはそんな、堕落した人間達が集まり、欲望のままに生き続ける街。

 故に、人々はこう――背徳都市〔ハイオン〕と――呼ぶ。

「オバちゃん、一つ」

 革張りのライトアーマーを着込んだ若い男が、軒先に並んだ露店の女店主に声を掛ける。年は二十歳そこそこ、茶色の短髪と黒色の瞳を持つ、彫りは深いが柔らかい雰囲気のある二枚目半の青年。背中には布に包まれた『L』字の大きめの棒を背負っている。

 露店に並べられた木箱には紅い果実が山積みになっていて、それを一つ手に取ると店主に銅貨を手渡す。

「ご苦労さん」

「おう。相変わらず扱き使われてるよ」

 店主と軽い挨拶を交わし、男は鎧から食み出た布地の部分で果実を拭く。そして、おなじみの愚痴を一言。

 彼はこの街を取り仕切る組織の一員で、ほぼ毎日のところこうして街の見回りをしている。

「そうかい。あぁ、苦労ついでに申し訳ないんだけどねぇ――」

「ぁん?」

 見回りの理由は、主に街の治安を守ること。

 たぶん、店主の続けた言葉も、それを意味するものだったのだろう。果実をかじりながら、間の抜けた生返事を返す。

「――あの、助けて上げられない?」

 店主が指差した先には、路地裏の奥に数人の男女がいる。

 冴えない三人の男が、一人の女性――というよりも少女――を取り囲んで話をしている。いや、話と言えば聞こえは良いが、男達の表情から会話の内容は察するに余りある。

 ケープとフードで身を包み、手には木製杖(ウッドワンド)を携えている。遠目に、路地裏の暗さで見ても分かる、純白の肌をした少女。背中に何か棒状の物を背負っているようだが、そこまでは男達に隠れて判断しかねる。

 ここいらでは見かけない顔だ。

「新参者だな……。放っておけ。この街は無法地帯だが、ちゃんとした決まりもある。掟を守らない奴は、痛い目を見なくちゃわからねぇんだよ。それに、俺は役人や憲兵とは違うんだぞ」

 男は店主の頼みを一蹴し、果実をもう一口かじる。

 確かに、この街では誰もが欲望のままに生きている。しかし、それを知らない住人は、いずれ災厄が身に降りかかるのだ。

 また、むやみやたらに他人へ干渉しないのもこの街の掟だった。

「……つれない子だねぇ。あの娘、酷いところに売られちゃうわよ。あんたとあまり変わらないぐらいの年なのに……あぁ、想像したくないわッ」

 店主はそうぼやいて、露店の整理へ戻る。

 男は、少女と男達のやり取りを眺め続ける。そろそろ、少女の我慢も限界に来るだろう。俯く少女を眺めて、男は思った。

 そして、果実をかじる。

 響き渡る爆音。白日の下でも分かる紅い炎が、路地裏から噴出して空気に溶け消える。立ち上る熱気は陽炎を作り、燃えた木切れが男の元へ飛来する。

 男は微動だにせずその様子を見据え、燃え尽きようとする木切れは頬の傍を掠めて消えた。

 通行人は騒ぎに足を止め、それでも良くある喧嘩だと分かるとまた歩き出す。

「掟その二、身の程知らずは痛い目を見る、だ」

 陽炎の向こうに見える、服と髪を軽く焦がした男達をほくそ笑み、路地裏に向かって歩を進める。

 少女もまた、驚いて硬直する男達を尻目に路地裏から出てくる。

「気をつけた方が良いぜ。この街の奴らは、流れ者でもない限り、どこかの組織に入ってる。下手な騒ぎを起こせば、次に痛い目を見るのはあんた、だ」

 揺らぐ空気に映る白に向かって、男は気紛れに起こった忠告を口に出す。

「……? 何かご用でしょうか?」

 しばしの間を置いてから、少女が少しずれた返答を返した。

 少女はこちらを向いては居るが、自分を見ていない。陽炎は薄れ、男にも少女の訝しげな表情は見て取れる。

「もしかして、目……」

 察して、言いかけた言葉を濁す。

 少女の瞳が、程度こそ分からぬものの、ほとんど光を失っていることに気付く。

「それがどうかしましたか? この街は、目の見えない人間が入ってはいけない規則でもありましたか?」

 ようやく、少女の視線が男を見定めた。

 瞼は緩やかな曲線を描きながらも、少女の視線は思いの他、鋭い。どちらかと言えば円らな瞼に収まるのは、雪原を彷彿とさせる白い瞳。虹彩を含め、フードから零れた髪も白。そんな白一色が、この汚れた街には異質だった。

「あぁ……いや、そんな決まりはねぇよ。単なる先輩からの忠告だ」

 少女の眼光に僅かに当てられながらも、嘲るように言葉を続ける。言うべきことはそれだけで、これ以上は干渉すべきではないと心の中で警鐘が鳴る。

 だが、何故か言葉の方が喉から漏れ出してしまう。

「目の見えない女の子が一人でなんでこんなところへ? お父さんと逸れたのなら、お兄さんが探してやろうか?」

「いえ、一人旅です。人を探しているのは確かですが……この街に居ると言う噂だけを頼りに来たので、しばらく見て回ったら出て行きますのでお構いなく」

 迂闊と言えば迂闊、まさか軽い思いつきで出た言葉が図星を突くとは。

 本能には従うべきだと、男は後悔を覚えた。

「そうか。五体満足で出て行けるように、祈っといてやるよ」

 もうこれ以上の干渉はするまいと、来た道を歩き去る男。

 別れ際の挨拶は馬鹿に簡素で、たぶん、二度と関わりあうことは無かろうと思っていた。

 しかし、この出会いが、惰性で回っていた背徳の街を加速させようなどと誰が想像しただろう。異質な純白の少女と共に訪れた運命の歯車が、誰も知らぬところで周り始める。

「はて、あぁいうのが外では流行ってるのか?」

 少女の白さよりも、どこか異質に映るものを思い出し、立ち止まった男は後ろを振り返る。少女の姿は雑踏に紛れて消えていた。

 はい、誠に遺憾ながら、ファンタジーに挑戦ということになりました。正統派と謳いながら、実は正統派じゃないファンタジーです。

 聖剣とか魔剣といった武器は出てこないし、勇者なんて持っての他。モンスターも出てくるけど、どちらかと言うと対人戦の方が多い。まあ、何を持ってして正統派というのかは良く分かりませんが、楽しんでいただければ幸いです。

 また、作者である私はこれまで何度もファンタジーに挑戦して敗れて来ました。もしかしたら最後まで続かない、もしかしたら矛盾が出てきてしまう、そんなこともあるかも知れません。良い訳染みたことは嫌いなのですが、それらの可能性を鑑みてお読みください。

 宣伝で申し訳ありませんが、私が同時連載する『羊の鎧を着た狼の戦場』もよければご覧ください。更新は、一週間ぐらいで交互にしていきます。執筆速度によっては、早まることもあるかと思います。

 そして最後に、忌憚無きご意見、ご感想をお待ちしております。

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