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2.小説バージョン

 「そのいじめっ子達を救えるのは、君だけなんだよ、薬谷君」

 

 薬谷はケースワーカーを名乗るその三船淳という男にそう言われた時、何かの悪い冗談か嫌がらせではないかと考えた。“いじめ”の被害に遭っていて助けを求めている自分が、いじめっ子達を救うなんて馬鹿げている。そう思ったのだ。

 ――ただ、今は違うのではないかと考えている。

 その言葉は、彼に自信とプライドを持たせる為のものだったのではないか? 救う立場の方が上であるのは言うまでもない。だから三船は、いじめっ子達よりも、いじめられっ子である彼の方が立場が上だと言っていた事になる。

 ……もっともその時は、却って不信感を強めてしまったのであるが。

 

 三船淳は色付き眼鏡をかけていて、いかにも軽そうで、見ようによってはチンピラのように思えなくもなかった。明らかな陽キャで、薬谷の苦手なタイプ。ただし、接し方は基本的に柔らかく、決して彼は三船に嫌悪感を覚えた訳ではなかった。ただ、どのように接すれば良いのかが分からず、居心地が悪かっただけだ。

 薬谷はいじめられている。中学の二年に進級してしばらく鋤屋友則すきやとものりという同級生に目を付けられ、いじめが始まった。切っ掛けはよく分からない。彼の何かが気に入らなかったのか、それとも単に面白がっているだけなのか。鋤屋は体格が良く、逆らえる男子生徒はあまりいない。だからなのか鋤屋の友人グループを中心に、いじめは徐々に酷くなっていき、遂には担任の笹岡も無視ができない程になってしまった。

 ただ、担任の笹岡は、あまり頼りにならない男で事なかれ主義者なものだから、率先して行動しようとはしなかった。しかしその代わり、“いじめ問題”の専門家であるという三船淳というこの男を何処からか呼んで来たのだった。

 

 「何か特技はあるかな?」

 

 学校の生徒指導室で、薬谷は三船と初めて会い、色々と話をした。そして、いよいよ“いじめ対策”の話の段になると、三船は彼にそう尋ねて来たのだ。「いいえ」と彼は返す。やや戸惑っている。それを受けると「そうか……」と三船は呟き、続けて「数学の成績はそれなりに良かったよね? あと、国語もまぁまぁ」などと確かめるように言った。

 少しの間の後、ポンッと手を打つ。

 「よし。なら、プログラミング技術を身に付けようか」

 そして、そんな驚く提案をして来たのだった。

 彼は目を丸くする。

 「あの…… どうしてそんな突然…」

 ……正直、彼は“いじめ問題”の専門家と聞いた時、「やられたらやり返せ」だの、「君にも悪い点がある」だの、役に立つのか立たないのか分からない説教をして来るものだとばかり思っていた。だから、その提案を聞いて内心でホッとしていたのだが、それと同時に三船の意図が分からず不安になってもいた。

 「あれ? 嫌かい? でも、将来を考えても役に立つ機会はあると思うから無駄にはならないと思うよ。ちょっとした作業をエクセルでVBAを組んで効率化するなんて話はよく聞くし」

 (※ 今はセキュリティ上の観点から、エクセルのVBAが禁止されている職場も増えているので注意が必要)

 「いえ、そうではなくて、それがどう“いじめ”と関係して来るのか分からなくて」

 三船は戸惑っている様子の彼を安心させる為にか軽く笑みを浮かべた。

 「大いに関係があるよ。彼らがどうして君をいじめるのかと言えば、君が“何もできない奴だ”と思っているからさ。だから君自身の実力を示してやれば一目置かれるようになっていじめられ難くなる。その為に一番分かり易いのは有用なスキルの獲得だね」

 「でも、僕、プログラミングなんて……」

 「自信がないかい? けど、環境はエクセルさえあれば十分で、検索をかければやり方を分かり易く解説してくれているサイトがたくさんあるよ。それに、今はチャットAIもあるしね。つまったら訊けば良いんだ。もっともAIに頼り過ぎると、肝心の技術力が身に付かなかったりもするから、“ちゃんと理解する”ってスタンスは忘れちゃ駄目だけどね。教えてって言えばAIは無限に付き合ってくれるし」

 それでも彼がまだ戸惑っているのを見て取ったのか、三船は更に続けた。

 「勉強をしてみる分にはノーリスクだから、まずは始めてみれば良い。ダメだったら、他の何かを探せば良いだけだよ。実を言うと、いじめっ子達に一目置かせるのが目的だから身に付ける能力はなんでも良いんだ。例えば、君はゲームは好きかな?」

 「好きです」

 「オーケー。なら、何かゲームをめちゃくちゃ上手くなって認めさせられるのならそれでも良い。

 もっとも、学校でやる事を考えると、プログラミング技術の方がやり易いのだけどね」

 プログラミングは学校でも教えているから、三船の言う事はもっともだった。

 「あの…… 本当にそんなに難しくないのですか?」

 「難しくないよ。エクセルでやるのなら実用的なのも作り易いしね」

 実を言うのなら、多少は彼はプログラミングに興味があったのだ。ただ授業で習う内容はあまり実用的とは言い難く、正直それほどやる気にはなれていなかったのであるが。

 「挑戦…… してはみたい…… です」

 気付くと、彼はそう答えていた。

 「よし!」とそれに三船は返す。なんだかちょっとだけ嬉しそうにしているように思えた。

 

 薬谷がエクセルでVBAを勉強し始めてしばらくが経ったある日、三船淳がホームルームに姿を見せた。その数日前に、どれくらい薬谷がプログラミング技術を身に付けたのかを三船は電話で確認を取って来ていたから、恐らく何か計画があるのだろうと彼は思っていた。

 「どうも、特別講師の三船です」

 三船はそう挨拶をした。肩書きは“チームワーク力の専門家”となっていた。本当にそんな肩書きがあるのか、今日の為にてきとーに名乗っているだけなのかは分からなかった。チンピラみたいに思えなくもないその姿にクラスの皆は戸惑っているようだった。

 「君達は、普段、仲の良い友達同士で一緒に活動しているよね? つまり、自由にチームを決められている。ま、クラスメートは選べないけど、それでも自由度は高い」

 そこまでを語って三船は一度切る。皆を見渡してから続けた。

 「だけど、社会に出たらそうはいかないんだ。強制的にまったく知らない人間同士でチームを組ませられて、一緒に仕事をさせられる。そしてそんな中でも上手くやっていかなけりゃならない。

 例えば、問題有の上司の下に就くなんて事もあるかもしれない。パワハラ上司とかね。実例を一つ挙げよう」

 クラスの皆はこの講師が一体何者なのか、どうしてこんな講義が行われているのか、まるで分からないからか、少々ざわついていた。構わずに三船は喋り続ける。

 「ある会社員が上司に“時間はありますか?”って尋ねたんだ。問題のある質問じゃないのは分かるよね? 時間がないのなら、“時間がないから後で”とでも言えば良いだけだ。ところがその上司は怒り始めてしまったんだな。“あるワケねーだろ!”ってね。しかも、説教までし始めてしまった。“時間、あるじゃん”って感じだ」

 そこで少し笑いが生まれた。空気を掴んだ三船は更に続ける。

 「しかも、この上司はこれをオフィス内、つまり周りにたくさん人がいる所でやっていたんだ。当然ながら白い目で見られていた。

 けどね、その上司はそれにまったく気が付いていないようだったんだ。つまり、自分を客観視できなくなっていたんだな。部下は思わず心配してしまったそうだよ。

 “これ、大丈夫なの? これ、大丈夫なの?”

 ってね。しかし、叱られている立場で注意するのもなんか変だ。何もできなかったらしい。

 で、やっぱり大丈夫じゃなかったんだな。後日、この上司はこのパワハラを叱られたそうだ。ただ、どうして叱られたのか理解できていなかったらしく、“俺は正当な理由で注意したのに、なんで叱られるんだ!?”って文句を言っていたそうだよ。しかも、一か月くらい経ったら再発してしまった。つまり、治らなかったのだね」

 また笑いが起こる。

 三船は意図的にパワハラ…… “いじめ”が病気であるような言い方をしているように思えた。或いは彼は本当にいじめを病気だと思っているのかもしれない。

 そこで三船は口調を真面目なものに変えて続けた。

 「注意すべきなのは、このパワハラ上司のような心理状態には誰もが陥ってしまう危険があるという点だ。実際、集団全体がこのような心理状態に陥ってしまう事もある。

 かなり前だが、小学校の教師達が同僚の教師をいじめている様子を自分達で撮影していた事が明るみになって、大問題になった事件があった。自分達で自分達の悪行の証拠を残していたんだよ? 真っ当な精神状態じゃないよね。これと似たような事件は一般企業でも起こっている。確か国外でも似たような事件は起こっていたはずだ」

 そこで薬谷は、いじめの首謀者の鋤屋がこれを聞いてどんな顔をしているのか気になって横目で見てみた。すると彼は“そいつらが馬鹿なだけだよ”とでも言いたげな顔で笑っていた。

 “いやいやいや”と、彼は思う。そして、“なるほど、これが自分を客観視できないって事なのか”と納得したのだった。

 三船は続ける。

 「だから、もしも君達がこのようなパワハラ人間に巡り合ってしまったなら、皆でできる限りそれを治してあげるようにして欲しい。間違ってもいじめに加担したり、無視したりしないで欲しいんだ。そして、もし自分が被害者になってしまったのなら、しかるべき所へ訴えるよう心掛けて欲しい…… 今はパワハラ対策委員会なんかがある企業も多いんだ」

 そこで一度切る。皆が集中するのを待っていたのか、しばらくしてまた口を開いた。

 「これから、何人かでチームを組んで、簡単なゲームを作ってもらいます。使うのはエクセルのマクロ。簡単に誰でもプログラミングができるし、エクセルさえ使えるのなら手軽にプレイできるのも魅力的だ。学習意欲にとって“役に立つ”という実感はとても重要だけど、その意味でも効果的だし。それで肝心のチーム編成だけどね……」

 そう言うと三船はプリントを配り始めた。

 「予めこちらで決めさせてもらった。初めに言ったけど、社会に出ると“仲良しグループ”では仕事をさせてもらえない。それに慣れる為の訓練だと思ってほしい」

 薬谷の手元にもプリントが回って来た。すると、予想通り、彼と同じチームのメンバーに“鋤屋友則”の名前もあったのだった。彼は青い顔になる。これが三船淳の何らかのいじめ対策である事は直ぐに分かったが、それが上手くいく保証はどこにもなかったからだ。下手したら彼は酷いいじめに遭ってしまうかもしれない。

 

 「ははは。その心配はないと思うよ。ちゃんと考えてあるからね」

 

 生徒指導室。薬谷は三船に呼び出されて話をしていた。

 「まず、鋤屋君は一人だけだ。彼の仲良しグループからは孤立させてある。同じチームになった他のメンバーは君をいじめるようなタイプじゃないだろう? いじめってのは集団になるとより過激になっていく。反対に周りが反対していると抑えられるんだ。授業で言った通りだね」

 確かにそれは彼の言う通りだった。

 メンバーの一人、木原恵は陰湿な事が大嫌いな男勝りな性格をしており、鋤屋達のいじめには批判的だ。佐伯一美は女子生徒の間で多少浮いていて、だからなのか薬谷とは比較的良く話す方だった。お互い異性の中では一番仲が良いかもしれない。内藤卓は空手をやっていて、体格の良い鋤屋に体力で対抗できるのはこのクラスでは彼だけだろう。最後の一人の檜倉学という男子生徒は頭が良い事で有名、勉強方面でよく周りを助けているので、それなりに人望が厚い。ただ、内申点も含めた学校の成績に多少神経質なところがあるのだが玉に瑕だが。

 「更に木原さんと檜倉君を君のチームのパワハラ対策委員に任命するつもりでいる。と言っても、この期間だけだけどね。もしいじめの被害に遭ったらこの二人に言えば良い。内藤君も協力してくれるだろうから、多分鋤屋君を抑えられると思うよ」

 それを聞くと薬谷は軽く首を傾げた。

 「あの…… それでいじめが抑えられるのなら別に僕が何かをする必要はないのじゃ……」

 当然の疑問を口にする。「いいや」と三船は首を横に振った。

 「それじゃ、鋤屋君の“いじめ病”が治っているとは言えない。飽くまで無理矢理抑え込んでいるだけだからね。それに、君自身にもいじめへの対抗手段を身に付けて欲しいとも思うし」

 それを聞いて、初めて会った時、彼が“いじめっ子達を救いたい”といった事を言っていたのを薬谷は思い出した。

 「それで、もちろん、君にはゲームのプログラミングの役割を担ってほしいんだ。大丈夫だよね?」

 それに薬谷は自信なさげではあったが、それでも「はい」と返した。五目並べとかオセロとか、既存にあるゲームで良いのなら、チャットAIやネットを駆使すれば案外簡単にコードが組めそうだと既に彼は確かめてあったのだ。

 「良かった」と、それに三船は返す。満足げな顔だった。

 

 が、

 

 「どうせならオリジナルゲームを開発したいと思うんだ」

 次のホームルームの時間、檜倉学がそう提案をした。他のメンバーはそれを聞いて顔を見合わせる。

 「私は五目並べとかそーいうのを考えていたのだけど、それじゃダメなの?」

 木原が尋ねた。檜倉は首を横に振った。

 「ダメだよ。あまり面白くないじゃないか。出来上がったゲームは皆で評価し合うって言うし。それじゃトップは狙えない」

 「いや、トップなんて取る必要ないだろーが。うざったい」

 そう言ったのは鋤屋だった。珍しく薬谷は彼の意見に同意したかった。ただ、空気的にできなかったが。

 内藤卓は言葉こそ発しなかったが、反対であるようには見えなかったし、佐伯一美も何も言わなかった。

 「ま、オリジナルの方が面白いかもしれないけど、具体的にはどんなゲームを作るつもりでいるの? 案が何にもなかったら流石に作れないわよ」

 すると檜倉はにやりと笑った。

 「それはちゃんと考えてあるんだ」

 それから彼は、恐らくは自宅のパソコンでプリントアウトしたのだろうプリントを取り出して木原に見せる。

 「“数挟みオセロ”?」

 と、木原がそれを見るなり言った。

 「そう」と檜倉は頷く。

 「プリントにも書いている通り、ベースはオセロだよ。でも、石に数字が振ってあってさ、数で挟まないと色がひっくり返らないってルールだ。もし2の黒の石をひっくり返したいと思ったのなら、1と3の白の石で挟まないとひっくり返らないのだね。オセロの盤は8×8マスだから、合計で64。それに合わせて数字は1~64が振ってある。手持ちの状態では白が奇数で黒が偶数」

 それを聞いて内藤が興味を示した。

 「なるほど。単なるオセロよりも戦略性があって面白そうだな。どの数字を置くかで攻めにも防御にもなるんだ」

 薬谷も感心していた。確かに面白そうだった。この数挟みオセロでは、1か64は絶対にひっくり返されない石になるから、中央の方で使えば“壁”にでき、反対に端の方で使えば強力な攻撃手段になる。きっともっと練っていけば幅広い戦略が出て来るだろう。

 「その通り」と檜倉は満足そうに頷いた。

 「戦略を自分で決められるように、普通のオセロとは違って初期ではどこにも石が置かれてないって状態にする。ただ、初手は中央の4マスのどこかに手持ちの石を置くってルールにする。初手で何処にでも置けると、最初に有利な端に強い数字を置けちゃってあまり面白くなくなるから。それ以降は石を置けるマスは、自分の石か相手の石の周りならどこでも良いって事にしようと思っている。このルールだと、一つもひっくり返せないケースもしょっちゅう出て来るだろうから、普通のオセロと同じだとゲームにならない」

 「へー」とそこで初めて佐伯が声を上げた。

 「まだルールは練っていく余地が色々とありそうだけど、試してみる価値はありそうね」

 淡々とした口調なので分かり難かったが、彼女も面白いと思っているようだった。

 「だろう?」とやはり得意げに檜倉は返す。皆は乗り気になっているようだった。しかし、そんな中、空気に水を差すように鋤屋が言った。

 「あのよー。お前ら、簡単に言ってるけどよ。そんなめんどーそうなゲームを誰がプログラミングするんだよ? 断っておくが俺はやらないからな」

 当然のように木原が注意をする。

 「そんなの許されると思っているの? プログラミングなら授業で習っているじゃない」

 「あんなのとはレベルが違うじゃねーか!」

 内藤も怒った。

 「だから、それを皆で協力してなんとかしようって話だろう?」

 「ケッ」と鋤屋。

 何も言わなかったが、佐伯もその鋤屋の態度を快く思っていないようだった。当然、檜倉もそうだろう。

 その時、気の所為かもしれないが、薬谷には鋤屋が少しだけ辛そうにしているように見えていた。

 独り、悪者になっている。

 “そのいじめっ子達を救えるのは、君だけなんだよ”

 彼は三船のその言葉をその時思い出していた。三船の言ったのはそういう意味ではなかったのだろうが、それでも自然と口を開いていた。

 「あの…… 鋤屋君の言う事にも一理あると思うんだ」

 すると、

 え?

 と驚いた顔で全員が彼を見た。鋤屋でさえも。

 まるで言い訳をするように彼は続ける。

 「いや、だって、適材適所ってあるでしょう? 皆で手分けしてそれぞれの役割をこなせば良いのだから、プログラミングは得意な人がやれば良いと思うんだ」

 それに皆は顔を見合わせる。

 「プログラミングが得意な人って誰?」

 と、木原が尋ねる。すると、おずおずと彼自身が手を上げた。皆は目を丸くする。

 「薬谷君、プログラミングできるの?」

 木原の言葉に多少照れながら彼は返した。

 「ちょっと前に勉強を始めたんだ。役に立つスキルだって言われて…… あ、もちろん、まだまだ自信はないから、皆にも手伝ってもらうかもだけど……」

 檜倉が言う。

 「頼もしいじゃないか。じゃ、プログラミングのチーフは薬谷君で決まりだね。僕はもっとルールの詳細を練るよ。プログラミングに落とし込めるくらいに」

 木原が続けた。

 「私はデザインから始めるわ。終わったら他を手伝う」

 佐伯が手を挙げる。

 「私はルールブック的なものを作るわ。余裕があったら他を手伝う」

 それを受けて、やや疑問があるような口調で内藤が言った。

 「俺は何か手伝える事があったら手伝うから言ってくれ。頭脳労働は自信がないがな…… しかしだ」

 薬谷を見やる。

 「これって薬谷の負担が重くなり過ぎていないか?」

 薬谷はそれを聞いて慌てる。

 「大丈夫だよ。勉強して来たし」

 本当はそれほど自信はなかったのだが、ここで確りとやらなければ三船の計画は失敗する。そう思っていたのだ。

 「そうか? お前は大変でも無理しそうだからな。ちゃんと言うんだぞ。手伝えるところはちゃんと手伝うから」

 彼はそれに困ったような笑顔でこう返した。

 「うん。ありがとう。手伝って欲しい事があったらちゃんと言うよ」

 もっとも、それができる自信は彼にはなかったのだが。その間、鋤屋は何も言わなかった。ただ面白くなさそうな顔でそのやり取りを聞いているだけだった。

 

 「ビックリしたわ」

 ミーティングが終わった後、佐伯がそう薬谷に話しかけて来た。

 「ああ、無理もないよ。僕自身もプログラミングをやり始めるなんて思ってなかったし」

 「そっちじゃないわ」

 「え?」

 軽く溜息をつくと彼女は続けた。

 「鋤屋君のこと。庇ったでしょう? 薬谷君が」

 彼女が何を言いたいのかは直ぐに分かった。彼女は鋤屋が普段から薬谷をいじめている事を知っている。

 「ああ、うん。まぁ、知らない仲じゃないし、根は悪い奴じゃない…… かもだし」

 本当は三船から“鋤屋を救ってくれ”と言われいたのを覚えていて、思わず口が動いてしまっただけなのだが。

 「“知らない仲じゃない”ねぇ」

 佐伯は疑わしそうに彼を見る。

 「私は鋤屋のこと、嫌いよ。誰かをいじめるような奴なんて。しかも圧倒的に有利な立場で」

 それに彼は困ったような顔で笑って返すことしかできなかった。正直、彼も鋤屋は好きじゃない。当然だが。

 そこでふと彼は視線に気が付いた。鋤屋がこちらを見ている。悪口を言っていないか監視しているのかもと少し疑ったが、ちょっと違うような気もした。悔しそうな表情を浮かべているのだ。彼の視線に気が付いたのか、誤魔化すようにそれから鋤屋は視線を逸らした。

 “なんだろう?”

 彼は首を傾げたが、その後は特に何もなかった。

 

 「やっぱり、きつい……」

 自宅にて、薬谷は必死にプログラミングをしていた。まだ“数挟みオセロ”のルールは確定していないが、きっと確定してからプログラミングを始めたのじゃ間に合わない。そう考えて、先行して作業を開始したのだ。

 内藤から言われた言葉を思い出す。

 『お前は大変でも無理しそうだからな。ちゃんと言うんだぞ』

 頼ってしまおうかと少し悩んで首を横に振る。

 “三船さんは言っていた。僕の実力を皆に示す事が重要なんだって。僕一人でやってみせないといけないんだ”

 心の中で呟いて気合を入れると、再びプログラミングを始める。睡眠時間を削ればなんとかなるはずだと考えて。

 

 「やっとルールが確定したよ。内藤君に対戦相手になってもらってね。少なくとも楽しく対戦できるようになったとは思う」

 

 ニコニコと笑いながら、檜倉がそう言った。上機嫌だ。それに反して薬谷は青い顔をしていた。それは寝不足だけが原因ではない。

 ホームルームのミーティング。

 皆は檜倉から送られたルールの詳細が書かれたメッセージを無言で眺めていた。

 「じゃ、次は薬谷君の方の成果を見せてくれないか? コーディングを進めていたって言っていたよね? それにこの確定版のルールを埋め込んで欲しい」

 「ああ、うん……」

 と言うと、おずおずと薬谷はノートパソコンを取り出して皆に見せた。

 「これなんだけど……」

 「ほお」と、それに檜倉。

 エクセルの画面。

 薬谷は適度な大きさの正方形に整えられたセルで盤を表現していた。そこに白黒の石に見立てたセルをドロップする。初手からしばらくは無事に進んだ。が、数手を打ったところで突然エラーメッセージが表示された。

 「ん? これは?」

 と、檜倉が疑問の声を上げる。それに被せるようにして薬谷は口を開いた。

 「あの…… まずはオセロのプログラミングをAIにやってもらったんだ。それを改良していけば作れると思って。でも、上手くいかなくって色々と試行錯誤していたら、そもそも最初のAIが作ってくれたプログラミングからバグがあったみたいで、それでちょっと根本から見直していて……」

 いつもよりもかなり早口だった。誤魔化そうと必死なのだ。

 「ちょっと待て、落ち着け」と檜倉がそれを止める。

 「つまり、まだできていないのか? 初期段階も?」

 しばらくの沈黙の後、彼はゆっくりと頷いた。

 檜倉は怒り始めてしまった。

 「約束が違うじゃないか。君ができるっていうから任せたんだぞ?」

 いつもの鋤屋なら、ここで彼を罵っているだろうが、意外にも何も言わなかった。木原が怒っている檜倉を宥めた。

 「怒らないで、檜倉君。まだ時間はあるわ」

 内藤が頷く。

 「そうだ。失敗は誰にでもある。責めたって仕方ない。ただ、それでも俺は少し怒っている。俺は言ったよな? 大変だったらちゃんと言えって。何で言わなかったんだ?」

 「それは…… 迷惑をかけるのが嫌で…」

 「チームなんだから、迷惑も何もないだろう? そもそもお前が全部背負い込まなけりゃいけない理由なんてないんだから」

 そこで佐伯が薬谷を庇った。

 「でも、相談したら何とかなったの? そう思ったから彼は言わなかったのじゃない?」

 彼女は何故か鋤屋を軽く横目で睨んでいるようだった。少し考えて気が付く。きっと薬谷が委縮して気軽に他人を頼れなくなってしまっているのは、鋤屋が彼をいじめている所為だと思っているのだろう。

 「もちろん、俺には何にもできない!」

 その佐伯の言葉に内藤は堂々とした態度でそう返した。

 “なんで威張っているんだ?”

 と、皆が思ったかもしれない。

 「だが、相談できる相手になら心当たりがある」

 「え?」と、それに薬谷。

 「プログラマーに知り合いでもいるの?」

 そう訊いたのは木原だった。

 「いるわけねーだろ!」

 やっぱり堂々とした態度で内藤はそれに返すと、すかさずこう言った。

 「薬谷、そのエクセルファイルを俺にくれ」

 そう言われて、薬谷はファイルを内藤のノートパソコンに送った。そのファイルを確認すると軽く頷いて、内藤は教壇で皆の様子を見守っている三船の所へ歩いて行った。しばらく何事かを話すと、何故か三船は快活に笑うのだった。

 それから三船は薬谷の方を見やると申し訳なさそうな顔になった。彼は何故、三船がそんな顔をするのかが分からず目を白黒させた。

 

 「……いやぁ、すまなかったね」

 

 生徒指導室。

 いきなり三船が薬谷に謝罪をした。

 ホームルームの後、薬谷は彼に呼び出されたのだ。

 軽く頭を掻くと三船は弁明をし始める。

 「ちょっと他で忙しくってね、君を気にかけている暇がなかったんだ。私の出した指示の所為で必要以上に君を追い詰めてしまった」

 今回のチーム別のゲーム製作共同作業の趣旨は飽くまで“チームワーク力の向上”だ。プログラミングの技術を競うのが目的ではない。だから当然指導者へアドバイスを求める行為も禁止されていないはず。それを理解していた内藤は、バグについて三船に助け舟を求めたのである。

 「それにしてもあの内藤君って子はこの歳にしては随分と確りしているね。チームワークってものをよく分かっている」

 腕を組むと三船は続けた。

 「説明が不足していた…… と言うよりも伝え方が悪かったね。“実力を示す”って事は必ずしも“自分一人の力で成果を出す”って意味じゃないんだ」

 薬谷にはその彼の説明がしっくりと来なかったのか、訝しげな顔をしている。それを見て取ったからか、彼は続ける。

 「もっと分かり易い言い方をすると、“誰かを頼れる事”も人の能力の一つなんだよ。しかもかなり重要な。同じチームで働いている誰かがいると思ってくれ。その誰かが問題を抱えていて、他のチームメンバーに相談をしなかったら、下手すればチーム全体がピンチに陥ってしまうだろう? だから“誰かを頼る事”はとても重要なんだ。

 それに、“頼られる”事でチームの結束力が増しもする。君自身がもし“頼られた”場合を想像してみてくれ。嬉しく思うのじゃないか? それは他の皆も同じなんだよ」

 その説明で薬谷は三船の言いたいことがなんとなく分かった気がした。ただ、それでもあまり実感はできない。……彼は自己評価が低い。だから“自分に頼られて相手が喜ぶ”というのが上手く想像できないのだ。

 「あの…… じゃ、プログラミングのバグは…」

 「それは安心してくれ。なんとかなると思うよ」

 「三船さんが直してくれるのですか?」

 「いやいや」とそれに三船は笑う。

 「私にそんなスキルはないな」

 「じゃ、どうやって……」

 それを聞くと、彼は薬谷を憐れむような、ただそれでいて慈しむような顔で言った。

 「だから、言ったろう? 誰かを頼れば良いのだよ。私にだって友人の一人や二人はいる。そいつはシステム・エンジニアをやっているから相談してみようと思う。まぁ、多少は文句を言われるだろうけどね。

 このエクセルファイルをそいつに送ってアドバイスを求めてみるよ。時間はあるからまだ間に合うだろう。ちょっと待っていてくれ」

 それに薬谷は顔を明るくすると、「ありがとうございます!」とお礼を言った。

 「いやいや」と三船は笑う。

 「お礼を言われるほどのこっちゃないよ。と言うか、礼は私の友人に言ってくれ。じゃないと怒られてしまう」

 それから彼は薬谷の肩に手をポンッと置くと、

 「君は、もっと誰かを頼る事にも慣れた方が良い。さっきも言ったけど、頼られる事を喜ぶ人も多い。それが君自身の心のケアにも繋がるしね」

 そう言った。さっきと同じ慈しむような顔で。

 

 「なんとかできあがったよ」

 

 誇らしげというよりは、安堵の表情といった顔で薬谷は言った。ホームルームでのミーティング。チームメンバーは「おお、」と声を上げる。

 先日とは違ってテキパキと彼はノートパソコンを取り出すと、皆に画面を見せて軽くデモンストレーションを行った。正常に“数挟みオセロ”は動いているように見える。

 ……三船にエクセルファイルを渡してから数日後、プログラミングが修正されて返って来た。とても良い人だったらしく、単に直してあるだけじゃなく、どう直したのかの説明及びにアドバイス付きだった。お陰で勉強にもなった。

 それから彼は檜倉が作成した“数挟みオセロ”の確定版ルールをプログラミングに反映していった。そこまで大きな変更ではない。自力でなんとかなりそうだった。

 「……一番大きなルール変更は、置いた石の影響範囲が隣だけじゃないって点だ。

 1(白)、2(黒)、3(白)ってあって3(白)の隣に5(白)を置いたら、2(黒)もひっくり返って白になるのだね。普通のオセロと違って、“数挟みオセロ”の場合、こういうルールにしないと石がひっくり返せるケースが少なくって盤面があまり動かない。それじゃつまらないから工夫をしたんだ」

 檜倉がそう説明素をする。もちろん、そのルールがちゃんと適応されているかを見せてくれと薬谷に言っているのだろう。彼は頷くと石を配置してそれを示した。ちゃんとそのルール通りに動いている。

 「おお、良いじゃないか」

 檜倉は嬉しそうに感嘆の声を上げる。満足したようだった。が、それから直ぐに顔を歪める。

 「あれ? なんかおかしくないか?」

 その声に薬谷はビクッと反応した。

 「なんか、おかしかった?」

 自分では気が付かなかったバグがあったのかと思ったのだ。

 「うん。ちょっとアンドゥ機能で元に戻して、もう一度同じ操作をしてみてくれないか?」

 檜倉の言う通りにしてみる。すると、「やっぱりだ」と彼は言った。

 「えっと…… なに?」

 薬谷にはおかしい点が分からなかった。

 「分からないのか? 石が連鎖してひっくり返っちゃっているじゃないか。一回目で黒が白になったら、その元黒の影響を受けて他の石がひっくり返っている。こんなのは僕が作ったルールにはないよ」

 その檜倉の指摘を受けると、薬谷は頭がクラクラするのを感じた。

 「えっと…… そーいうルールじゃなかったの?」

 彼は完全にルールを勘違いしていたのだ。“そーいものだ”と思い込んでいた。否、心の何処かでは不安に思っていたかもしれない。しかし無意識の内に避け、檜倉に質問をしていなかった。“違う”と言われれば、プログラミングをし直さなくてはならないから。

 内藤が腕組みをする。

 「確認はしなかったのか?」

 誰に言ったのかは分からなかった。或いは檜倉に言ったのかもしれない。だが、自責の念があった薬谷は思わず反応してしまった。反応すると、皆が注目をして、まるで彼が責められているような雰囲気になった。木原も佐伯も内藤も彼を見る。目が踊った。

 「あの…… ごめん。確認しなかった」

 それを受けると檜倉が言った。

 「どーするのさ! もう流石に時間はないよ?」

 檜倉は明らかに彼を責めていた。佐伯が何かを言おうと口を開こうとする。しかしその時だった。鋤屋が声を発したのだ。

 「いや、これ、案外面白いんじゃないか?」

 皆が驚いた顔で彼を見る。

 「面白いって?」と、それに檜倉。

 「連鎖だよ。この方がダイナミックに盤面が動いて面白い。お前だって言っていただろう? “盤面があまり動かなくてつまらない”って。このままで良いのじゃないか?」

 薬谷はそれを聞いて、目を大きく見開いていた。明らかに驚いている。鋤屋が彼を庇ったのだ。恐らく初めてだろう。

 「いや、でも!」

 と檜倉は反論しようとした。しかし、それを内藤が諫めた。

 「檜倉よ。確かにしっかりとルールの認識合わせをしなかった薬谷も悪い。だが、それはお前だって同じだろう? 意図通りに通じているのかお前の方からも薬谷に言っておくべきだったんだ。

 お前が考案したゲームだ。拘りたい気持ちも分かるが、ここは折れるべきなんじゃないのか?」

 見ると、木原や佐伯も同意見だったらしく、無言で檜倉を見つめていた。一呼吸の間の後、「私も、こっちはこっちで面白そうって思うわよ」と木原が言い、佐伯が頷く。

 「ゲームのほとんどを考案したのは檜倉君なんだし、これくらい変わったってあなたの功績は充分に示せると思う」

 女子生徒二人にそう言われてしまったなら、多少拘りの強い檜倉も、どうやらほだされない訳にはいかなかったようだった。

 「まあ、君らが言うなら……」

 そして、渋々ながら、その“石のひっくり返りが連鎖する”仕様を認めたのだった。

 

 数日後、各チームが開発したゲームがお披露目された。サーバー上に置かれたエクセルファイルをダウンロードして、各々がゲームをプレイしている。簡単なパズルから、五目並べ、あみだくじなど色々あったが、オリジナルゲームを作成したのは薬谷達のチームだけだった。

 そして、数挟みオセロは中々に好評で、オリジナリティと奥深い戦略性が特に評価された。連鎖に関しては、「ゲームが複雑になり過ぎる」、「爽快感があって良い」、「偶然の要素があるから、実力差があっても勝てる場合がある」などなど様々な声があったが、印象としてはそこまで悪い評価ではないようだった。心配性の薬谷は、ようやくそれで安心できたようだった。

 チームメンバーは積極的にゲーム制作作業に参加していて、驚くべき事に鋤屋ですらも協力的だった。彼はデバック作業を率先してやってくれ、バグが見つかったなら普通に薬谷に報告をした。高圧的な態度は見られなかった。つまり、薬谷をいじめはしなかったのである。

 

 「いやぁ、意外だったね」

 

 生徒指導室。

 三船が薬谷に向けてそう言った。

 「鋤屋君の“いじめ病”はもっと根が深いと思っていたのだけどね。随分と早く改善してくれた」

 まだ本当に鋤屋が薬谷をいじめなくなったのかは分からない。だが、少なくとも以前に比べれば随分と改善しているのは事実だった。

 薬谷はそれを聞いて苦笑いを浮かべていた。彼自身も“こんなに簡単にいくはずがない”と思っていたのだが、実は鋤屋の態度の変容に少しばかり心当たりがあったのだった。

 ……ゲーム開発のデバック作業をしている最中、珍しく鋤屋が彼に話しかけて来た。しかも、なんだか頬を赤くして。彼はちょっとばかり気持ち悪く思っていた。

 「あのさ……」と鋤屋は言った。

 「佐伯は俺のことを何か言っていなかったか?」

 へ? と、彼は思う。

 「佐伯さん? 別に何にも言ってなかったけど」

 それで彼は思い出していた。佐伯が鋤屋を嫌いと言っていた事を。しかも、“鋤屋が誰かをいじめるから”と彼女は言っていた。あの時、鋤屋はその会話を聞いていたようだった。しかも悔しそうな表情を浮かべてもいた。

 “……もしかして、鋤屋君がいじめを止めたのってあれが原因だったのじゃ?”

 そして、もしそれが正しいとするのなら、そもそも鋤屋が彼をいじめ始めたのは佐伯と仲が良かった事が原因かもしれないと思えて来る……

 嫉妬か何かで。

 「とにかく、今後再発するかもしれないから、油断はできない。もし再発したら、直ぐに連絡してくれ」

 いじめを病気と考えるいかにも三船らしい物言いだった。あっさりと成功し過ぎて不安になっているのだろう。「はい。分かりました」と薬谷は返したが、実はあまり心配はしていなかった。何故なら……

 

 「お願いしていた改良はしてくれた?」

 

 朝、薬谷が自分のクラスに向かう為に廊下を歩いていると、隣のクラスの生徒がそう話しかけて来た。

 「ああ、うん。終わっているよ。今日、最新のファイルをアップする予定でいるから安心して」

 笑顔で彼はそう返す。

 “数挟みオセロ”は、学校内で小さなブームになっていたのだ。直ぐに飽きて止めてしまう者も多かったが、根強いファンもいて、先日などは学校外の人間がプレイしているという話も聞いた。

 そして、その人気のゲームをプログラミングした人間として薬谷は有名になっており、今でもこうして改良を頼まれているのだった。

 ――つまり、一目置かれる存在になったという事だ。

 こうなると、鋤屋達いじめっ子グループもなかなかいじめ難い。

 薬谷は三船淳に深く感謝していた。いじめ問題解決の為に尽力してくれた事ばかりではない。今回の授業で、様々な事を学ばせてもらった。

 クラスに入ると、彼は早速ノートパソコンを開いてサーバーにアクセスした。“数挟みオセロ”用のファイルをアップする。ファイルは履歴でバックアップを残すようにした方が良いと三船に教えられていたので、バージョンナンバーを振って別フォルダにも保存する。

 彼がファイルをアップするのを、たくさんの人が期待して待っているのだ。そう思うだけで誇らしい気持ちになった。それが終わると彼は三船にちゃんとお礼を言っていない事を思い出した。

 “いつか、確りとお礼が言いたいな”

 アップ作業を終えてノートパソコンを閉じると、彼は心の中でそう呟いた。

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