ep.2 頼りない男
ーサテライト西部地下 タマハガネ採掘場ー
ここは地下400mに作られた大坑道。
タマハガネと呼ばれる軽く丈夫であり、加工次第では通電性すら自由に変えられる特殊な金属を採掘するための地下施設。
だが実際にはサテライトの上層部が管理する奴隷の収容区である。通気性が悪く地下の空気は常に煙たく、十分な寝床、食料は与えられない。
坑道内は中心に広い縦筒状の広場がありそこからいつくもの分けられた坑道がある。小さい坑道は非常に狭く両手を広げれば両壁に触れられる狭さだ。
その環境に耐えきれず倒れる者もいるが、その都度新たな奴隷が送られる。
管理従業員「こいつが今日からの新しい奴隷だ。壊すなよ。」
大男「このヒョロガリがか?」
管理従業員「今はコイツ以外に変わりはいない。入荷まで我慢するんだな。」
大男「チッ。おいチビ。テメェ名前は?」
奴隷の少年はビクビクしながらも質問に答える。
ホーアム「ホ、ホーアムです。」
大男「声が小ぃせぇんだよ!」
ホーアム「す、すみませんっ!」
???「あまり驚かせるな。」
大男「すいませんボス...。」
ケル「僕の名前はケルだ。ボスの助手。そこのデカイのがコップだ。そしてこちらの方が...。」
スカーウ「ここの取り締まりを任されている、スカーウだ。」
スカーウはホーアムの方を見ると少し驚いた表情をした。
スカーウ「お前...いや、なんでもない。ホーアムは俺の班に入れ。」
ホーアム「は、はいっ!」(女性なのに...俺?)
スカーウはそう言うと振り返り、コップはシャベルをホーアムに渡すと、ケルと共にスカーウについて行った。
スカーウ「今日は4番坑にしよう。」
ホーアム「作業する所は元々決まってるんじゃ...?」
コップ「ボスが言う所には魔獣が来ねぇんだ。」
ケル「それに、タマハガネの取れる所をよく当てるんだ。どういう理屈かは分からないが、ボスの特技だよ。」
ホーアム「す、すごい...。」
スカーウ「無駄口を叩くな。このエレベーターで下に降りたら4番坑だ。各自作業に取りかかれ。」
ホーアム「あの、タマハガネってどんな見た目ですか?」
スカーウ「見ればわかる。行け。」
それからホーアムはひたすらに掘った。
しかしスカーウの言う「見ればわかる」らしきタマハガネは見つからず数時間が経過した。
コップ「そっちはどうだ?!」
ホーアム「な、何もありませんっ!!」
ケル「叫ばなくても聞こえるよ。休憩にしようか。」
スカーウ「お前達、集まってたんだな。」
コップ「ついさっき来たところです。」
スカーウ「配給を貰ってきた。少しだが長く休もうか。」
ケル「優しいですね。新人が居るからですか?」
スカーウ「関係ない。俺がお前達の分の配給を貰ってきたから時間が節約できた。それだけだ。」
すると小声でコップがホーアムに
(ボスはこう見えて優しいお方だ。)
と言った。
ホーアム「シャベルはここに置いといていいですか?」
スカーウ「立て掛けとけ。下に置くと誰かが踏む。」
ホーアムがシャベルを立て掛けようと地面に突き立てると
キイイィィィィンッ...
と坑道に響く大きな金属音が鳴った。
ケル「も、もしかして...。」
コップ「ボス!」
スカーウ「あぁ...お手柄だ。ここの下...全てタマハガネだ...!」
ホーアム「こ、こんなに大きいんですか?」
スカーウ「いや、ここまで大きいのは見た事がない。それに存在を感じなかった...まるで今、タマハガネが出来たような...ッ!!」
その時、スカーウが何かを感じ取り後ろを見つめる。
コップ「ボス...どうしました?」
スカーウ「...来るッ!魔獣だ!」
ケル「エレベーターに走...
ドゴオォォンッ!!
轟音と共に壁が崩れ落ち通路が塞がれる。
スカーウ「ケル!!」
ケルは瓦礫の下敷きになった。下半身は見えるが巨岩に上半身を潰されている。
壊れた壁から現れたのは人間の身長ほどある巨大なネズミのような魔獣だ。
魔獣は真っ先に近くにいたホーアムに襲いかかる。
スカーウ「ホーアム!逃げろ!」
ホーアムはシャベルに足をつまづかせバランスを崩した。
横からコップがホーアムを突き飛ばしたが、巨大なネズミはコップの胴を噛みちぎり身体を2つにした。
ホーアム「う、うわぁぁっ!!」
ネズミが今度こそホーアムに噛み付こうとした時、鉄の拳がネズミを吹き飛ばした。
スカーウ「反対の道を右、左、右の順に曲がれ。階段で中央ベルトコンベアに行って緊急アラートを鳴らせ。ここは任せろ。」
ホーアム「っ!すぐ助けを呼んできますっ!!」
スカーウ「新人の癖に、カッコつけるなよ...。」
巨大なネズミは身体を起き上がらせこちらの出方を伺っているようだ。
スカーウ「ホールラットか...見るのは久しぶりだな。」
スカーウが羽織っていたボロ布を脱ぎ捨てると鋼鉄で出来た左腕が坑道内の照明を鈍く反射した。
スカーウ(知能のない魔獣は攻めあるのみ...。)
スカーウがホールラットに突撃する。ホールラットはすかさず噛み付こうとするがスカーウの鋼鉄の左腕は噛み切ることが出来なかった。スカーウは右手をホールラットの顎の下に当てた。
スカーウ「これが仲間の分だ。」
スカーウの右手から植物の根がギュルギュルと力強く生え伸びホールラットの顎下から肉を貫通し、口が開かないように固定した。そのまま生え伸びた根は天井にまで到達しその場にホールラットを押さえつけた。
スカーウ「すぐに撤退するか、ホールラットの厄介な習性は...。」
ガラガラッと音をたて、なんと更に3匹のホールラットが崩れた壁からこちらを覗いていた。
スカーウ「仲間の危機を感じ取りすぐに集まる...【伝達魔法】...。」
スカーウが身構えたが、なんとホールラット達が怯え、すぐに逃げ出した。
スカーウ(逃げた...?いや違う、別の物を感じる...新たな魔獣っ!)
道を塞いでいた瓦礫を吹き飛ばし現れたのは巨大なコウモリだ。
スカーウ「ヴァンパイアバット!?」
コウモリはキシイィィィッ!!と甲高い声を上げるとスカーウの方に口を大きく開いた。
スカーウ「まずい...
ズドオォォォンッ!!!
スカーウ「...ッカハッ!」(何を食らった...超音波を強化した魔法か...)
スカーウはゆっくり立ち上がった。そして自分が見慣れない場所に居る事を知った。
坑道とは違いとてもキレイに整備されたその場所は天井も高く横幅も広い、大きな通路のようなスペースだった。
スカーウ(あの魔法に壁ごと飛ばされたか...ここは恐らくサテライトの地下施設だろうな...)
カラカラッと瓦礫を崩しながらヴァンパイアバットがこちらの通路に入ってくる。
スカーウ「あいにくココは立ち入り禁止でな、すまないがこれ以上のイタズラは看過できない。今すぐ逃げないなら、俺がお前を殺す...!」
???「その必要はないぜ。」
スカーウ(この声...!)
スカーウが振り向くとそこには忘れもしないあの日の声の主がいた。真っ白いコートに自身の身長の半分ほどの長さの両刃剣、長めの金髪に騎士のような関節鎧。
アーサー「特別機導隊隊長アーサー。これより自身の判断の上、魔獣討伐及び民間人護衛の任務を開始する!」
アーサーと名乗る男が前に飛び出したと同時にヴァンパイアバットが超音波魔法を放つ。
超音波魔法はアーサーを直撃し辺りに埃と土煙が舞い上がる。
スカーウ「速い!」
土煙の中からアーサーが飛び出してくる。超音波魔法を剣を盾にして受けていた。
ヴァンパイアバットの巨体の下に滑り込むとスッと剣を軽く振り、背後に回り込む。
ヴァンパイアバットが振り向き超音波魔法を放とうとするが、鳴き声すら出なかった。
アーサー「喉から出る声を口で魔力と混ぜて強力な超音波魔法に強化するんだろ?理屈さえ分かりゃいくらでも止められる。」
スカーウ「待て!魔獣はすぐに再生する!」
アーサー「治らないぜ。俺の剣ならな。」
ヴァンパイアバットが突如苦しみだすと切られた喉がブクブクと音を立てて汚い液状になりダラダラと垂れ始めた。
アーサー「魔獣狩りの剣だ。」
ヴァンパイアバットはアーサーではなくスカーウに目標を変え、腐った喉を撒き散らしながら襲いかかったが、スカーウは左腕で噛みつきを受け右手から魔法で植物の根を出し壁や天井にヴァンパイアバットを縛り付けた。
アーサー「?!」
スカーウ「一旦逃げるぞ!」
アーサー(まさか...いや、ただの民間人だぞ?!)
スカーウ「何ボサっとしてる!」
ヴァンパイアバットは最後の力を振り絞り自分を縛り付けていた木の根をバシィンッと全て引きちぎった。
アーサー「お前は一体...?」
スカーウ「しょうがねぇ...アーサー!衝撃に備えろ!」
スカーウは右手を前に突き出し、今度は木の根ではなく小さな火種の魔法を出した。
スカーウ(中に舞った細かい木くずと土煙、コイツを着火すると、大量の空気と混ざり一気に燃え上がる...!)
スカーウ「粉塵爆発だ。」
ゴオォォォォッ!!!
ヴァンパイアバットば豪炎を受けると、最初は苦しもがいたが、ついにその場に倒れ込んだ。
スカーウ「さっきは助かった。」
スカーウが礼をいい手を差し出したが、アーサーはその手首に剣をピトッと付けた。
アーサー「質問に答えろ。お前は魔人か?」
スカーウ「お前は流暢に会話する魔人に今まであった事があるか?」
アーサー「魔法を使うのは魔獣だ。だがお前は魔獣らしい獰猛さも獣の形もない。魔法を使う魔獣、魔人だ。」
スカーウ「俺は魔人じゃない。魔法使いだ。」
アーサー「そうか。トリスタン。」
スカーウ「トリスタン?俺の名前はスカー...
ゴッ
なんの音なのか、理解した時には自分は地面に倒れており、次に立ち上がろうと体に命令する頃には意識は遠く消えていた。
キング「そこの民間人は大丈夫かね?」
アーサー「キング議長。お疲れ様です。彼女は巻き込まれた民間人です。魔物は討伐致しましたのですぐ救護班を要請します。」
キング「強い以外に何も無い男が、民間人を巻き込むなど、くれぐれも極秘にな。【頼りない男】よ。」
アーサー「お任せ下さい。」
突如暗闇から現れたキングと呼ばれる男はコツコツと足音を鳴らしながら再び消えていった。
トリスタン「隊長...」
アーサー「魔法を使っていたところは見られていない筈だ。コイツの存在自体知られたところで構わない。キング・ホート...。頼りない男はどちらか、いずれ分からせてやる。トリスタン、コイツを車に乗せろ。」
ゴトンッ ゴトンッ
揺れる度に頭が鉄製の地面に少し打ち付けられる。
おかげでかなり意識も戻ってきた。
スカーウ「ぃって...ココは?」
薄暗い鉄の箱の中のようだ。左右には長椅子があり、壁にはありとあらゆる武器が備え付けられている。
奥には金網が有り、反対側は恐らく両開きの扉だ。
アーサー「目が覚めたかい?」
スカーウ「てめぇら、さっきはよくも!!」
アーサー「ま、待て!落ち着けって!俺達は敵じゃない。」
スカーウ「てめぇさっきそこの奴に!」
トリスタン「トリスタンだよ。」
スカーウ「トリスタンに命令して俺を殴らせたろ!」
アーサー「君には詳しく説明する時間が必要だったがあいにく時間がなかってね。」
スカーウ「だからって人を攫っていい理由になるかよ!」
スカーウが激昂しながら立ち上がるが、ちょうど大きく揺れ長椅子に頭をぶつける。
アーサー「座ったままでいいから話をしようぜ。」
スカーウ「そもそもここはどこだ?」
アーサー「車の中だ。」
スカーウ「車って、あの馬の要らない馬車みてぇな物か?」
アーサー「理解が早くて助かるよ。」
スカーウ「どこに向かってんだ?」
アーサー「俺達の最後の要塞、第12サテライト。今は外壁から場内への地下通路だ。かなり古いけどな。」
スカーウ「サテライトだと?あんなところ行くかよ!」
アーサー「お前をあそこに送り返したいのも山々だが、あいにくあの坑道は閉鎖だ。」
スカーウ「はぁ?!あそこは俺達の家だぞ!」
アーサー「キング・ホート。彼があの坑道を買い取った。」
スカーウ「買い取ったって、あそこはサテライトの軍の管理下だろ!」
アーサー「つい先日、そこに膨大な量の魔力を検出した。俺達はその調査に向かう途中だった。そこで魔獣に襲われてるお前を見つけたんだ。」
スカーウ「...!!他の連中は無事か?!」
アーサー「坑道の従業員は皆別の坑道に送られるさ。」
スカーウ「...良かった...。」
アーサー「さて、ここからが本題だ。俺はお前に、この部隊に来て欲しい。」
スカーウ「これからもサテライトの奴隷として命をかけて戦えと?」
アーサー「俺達はサテライトの管理する王命機導軍とは違う。己の意思で判断し、己の意思で任務を遂行する、軍や王に囚われず場合に寄りすぐに機導を使用できる。それが俺達、第2特殊機導隊だ。」
スカーウ「俺達を見捨ててきたサテライトの為に命なんか貼りたかねぇよ。」
アーサー「俺達は、【魔導師のアトリエ】を追っている。」
スカーウ「?!」
スカーウの脳内に電撃が走るように流れる大切な物を失った光景。
スカーウ「アイツらを知ってるのか?」
アーサー「俺達は軍とは違って自分達のやりたい事をできる。だがあまりにも力不足だ。だから機導と魔法、両方を使えるお前に、俺達と一緒に戦って欲しい。」
スカーウ「...一つだけ条件がある。」
アーサー「何だ?」
スカーウ「ケル、コップ、ホーアム。坑道で働いてたこの3人をサテライトの中で保護してやって欲しい。」
アーサー「分かった。捜索させる。」
スカーウ「交渉成立だ。」
アーサー「なら、改めましてだ。俺の名はアーサー、この第2特殊機導隊の隊長だ。隣が、」
トリスタン「まぁ、知ってると思うけどトリスタンだ。今運転席に座ってるのが、」
ギャラハッド「ギャラハッドだよ!よろしくね!」
破天荒に明るい少女が金網の向こうの運転席から顔をひょっこり出す。
スカーウ「スカーウだ。これから世話になる。」
アーサー「お、そろそろ見えて来たぜ、アレが俺達の守る城、第12サテライトだ。」
地下通路を抜けるとあたりは所々雪の被っている草原、そして真ん中にとても大きな巨城が見える。
スカーウ「あれが、サテライトの城...。」