ep.1 8年前
ーサテライト外北部に位置する集落ー
街はずれに祖父と2人で生活している少女 スカーウ
彼女らは魔獣を狩り、素材の売却、成功報酬を受け取ることで生計を立てていた。
ある時、彼女の前に現れたのは怪しげな男達。
彼らはこの街に住む『魔人』を探していた。
白風の吹きすさぶ雪原、そこは天候が荒い吹雪、もしくはとても澄んだ青い快晴の切り替わりの激しい気候により人が住むには向かない秘境の地。
積雪の上に小さく深い穴が、まるで訓練された隊列のように1列に並ぶ
足跡の主は赤毛の少女だ。その少女はとても絵面が似合わない程の大きな獣を担ぎ、手入れもされていないくせ毛にまるでボロ雑巾のような上着を着て、頭や肩、鼻に積もる雪に構わず永遠に続く雪原を進んでいた。
一晩歩いた末に空は快晴になった。あたりは真っ平らな積雪で、そこにある小さな物置のような小屋に少女は入っていった。
スカーウ「ただいま。デメテル。」
デメテル「おかえり、昨晩は戻らなかったから心配したよ。」
小屋に居たのは老人だった。腰は曲がり手や顔はシミやシワだらけだ。しかし一番の特徴は背中から腕にかけて膨張した肩の皮膚だ。まるで象の尻のように膨れ上がったそれは見た目の質感からは柔らかさを感じられない。
膨張していない左腕は機械で出来ており、私生活はその腕で行っているようだ。デメテルと呼ばれている老人は顔色が悪く一言でまとめると 人間とは思えない だ。
少女は担いでいた獣を投げるように下ろした。
スカーウ「吹雪に足を取られた。」
デメテル「お前が天候を読み違えるなんてな。」
スカーウ「いや、吹雪が来るのは知っていたが、コイツが良く逃げた物でな。」
デメテル「コレは大物だな。値切りには応じるなよ。」
スカーウ「分かってる。久しぶりの上物だしな。」
デメテルは調理用より一回り大きい包丁を取り出すと、床に無造作に置かれた獣を捌き始めた。
丁寧に関節から刃を入れ、皮と肉を切り離す。
血抜きは既にスカーウが済ましていたのか、解体を始めても血が吹き出すことはなかった。
スカーウ「北の魔獣の群れの様子がおかしかった。」
デメテル「この頃は落ち着いていたんだが...。どんな様子だった?」
スカーウ「怯えている...とは少し違った。何やら興奮しているようだった。」
デメテル「何者かが縄張りに入ったのだろう。おまえが魔獣に気配を感取られるとも思えないしな。」
スカーウ「分かった。遭難者が居ないか注意しておく。」
デメテル「密猟者の場合もある。あまり首を突っ込むなよ。...っと、終わったぞ。」
スカーウはデメテルから捌いた毛皮を受け取った。
スカーウ「何か要るものはないか?」
デメテル「少しばかりの木炭と、塩、石鹸、後は好きな物でも食べてくるといい。私はこの魔獣の肉にするよ。」
スカーウ「あまり食べるなよ...。明日の夕方までには帰る。」
スカーウは大きな毛皮を枝集めのカゴに乗せ再び真っ白な世界へと出て行った。
それからスカーウは歩き続けた。
街のある北に向かい、何も無い真っ白な雪原にザク、ザク、と足音を響かせながら。
街に着いたのは日の暮れる前だった。
街と言っても主要設備は宿、酒場、市場程度でどちらかと言うと集落の様な小さな街だ。
スカーウは街の真ん中にあるそれなりに大きな店に入った。
扉は大きく、入口の形からして酒場である。
スカーウ「コイツを売りたい。」
店の中央奥にある大きなカウンターテーブルに毛皮を置くと、店の奥からガラの悪い大男が出てきた。
トルー「いぃ毛皮だなぁ...。どこで拾った?」
スカーウ「前からボードに貼ってあった誰も狩らない魔獣の毛皮だ。」
トルー「あぁ...。ホワイトベアの突然変異か。あの依頼は誰も受けなかったからなぁ、依頼主もずっと困ってたぜ。」
スカーウ「たまたま出くわしただけだ。依頼料は要らない、毛皮だけ買い取ってくれ。」
トルー「精々銀貨で革袋1つ分だなぁ。」
そう言うと店主のトルーはテーブルの下から小さな袋をジャラジャラと鳴らしながらスカーウの前に出した。
スカーウ「ふざけるな、金貨7枚程度が妥当だろう。それにその革袋じゃ銀貨20枚も入ってないだろ。」
トルー「ふざけてるのはおめぇの方だろぅ。大きさは悪くねぇがこの質じゃあゴワゴワしてて装備品にも使えねぇ。富裕層なら買うだろうが、あいにくこの街にゃそんな奴はいねぇ。」
スカーウ「ならあそこの木炭を付けてくれ。」
トルー「あの木炭かぁ?暖炉用なんだが、大した量じゃないぞ。」
スカーウ「構わない。木炭と革袋の銀貨で売ってやる。」
トルー「交渉成立だ。」
スカーウは銀貨を肩下げ鞄に押し込み、木炭をガラガラと自分のカゴに流し込むと、店主に手をヒラヒラと見せ店を出て行った。
スカーウ「後は塩と石鹸だな。市場に向かうか...。」
酒場の近くには露店が並んでおり、日の暮れたこの時間では店数は少ない。
スカーウ「少し遅いか...まぁ塩と石鹸くらいは買えるだろう。」
スカーウは毛皮を売った銀貨で石鹸と塩を買い、近くの宿屋に向かった。
スカーウ「部屋はあるか?」
カーペ「お、スカーウじゃないかい。見ないうちに背が伸びたね。それよりあんた...家は大丈夫かい?」
スカーウ「家か?特に変わった事はないぞ。それより部屋だ。明日の朝には出る。これで足りるか?」
チャリリンッとカウンターに銀貨を7枚ほど広げる。
カーペ「済まないね。今日はもう満室なんだ。」
スカーウ「ここが満室になったことなんて1度もないだろ。」
カーペ「でも今日泊める訳には行かない。」
スカーウ「ならこれでどうだ。」
スカーウは更に5枚、銀貨を机に並べた。
カーペ「あんたはお得意さんだ。明日は早く出ていってくれよ。」
スカーウ「助かる。」
スカーウはカーペとの会話に疑念を持ちつつ、明日の為に部屋に入るとすぐに就寝した。
次の日の朝、スカーウは日が昇る頃には酒場に居た。
クリームシチューの入ったコップに硬いパンを浸し、酒場のボードに貼られた依頼を見ながら朝食を嗜んでいた。
スカーウ(木材集め、魔獣狩り、建設作業、どれも以前来た時と変わらないな。千切られた紙の一部が残っている。最近誰かが依頼を受けたようだな。)
バタンッ!
???「邪魔するぜ。」
勢いよく酒場の扉を開けたのは黒いコートを着た4人組だ。
しかしコートの男達は体の一部が金属装備になっていた。
スカーウ(サテライトの連中か。騒がしくなるな...そろそろ帰るか。)
スカーウが席を立とうとした時、
???「やぁ。街はずれに住んでいる少女は君だね。」
スカーウ「人違いだろう。失礼する。」
???「ならいいんだ。お悔やみ申し上げに来ただけだからね。」
スカーウ「何が言いたい?」
???「いやぁ、以前この街でね、魔人の目撃情報を受けてね、しばらくこの辺りを調査していたんだ。魔人は知ってるだろ?魔力にあてられた人間はいずれ理性を失い暴れ出す。最後には魔獣だ。ここらは魔獣の多い街だからさ、魔人がいてもおかしくないだろ?」
スカーウ「行くところがあるんだ。長話には付き合わない。」
???「その魔人だけど、今朝発見されたよ。無事被害者はいなかった。」
スカーウ「っ!!」
コートの男はスカーウの耳元に近づきこう囁いた。
???「早く行ってあげなよ。まだ息があるかもよ。」
スカーウは酒場を飛び出し、ひたすら家に向かって走った。
カバンやカゴも途中で投げ捨て、一心不乱に走った。
家に着いたのは昼過ぎだった。
スカーウ「デメテル?!」
ドアを突き破るように飛び込んだ家はとても静かで人がいるような気配は無かった。
床は血塗れで、デメテルの着ていた服や、デメテルの足、そして魔力汚染を受けていない、膨張していなかった金属の腕だけが残されていた。
スカーウ「デメ...テル?」
スカーウが目の前の現実を受け入れられずにいると、突如背後から巨大なハサミが飛び出しスカーウの左腕を切り落とした。
スカーウ「アァァッ!!」
???「つけて正解だったよ。君の体から感じる魔力、何故そこまで不純な魔力を纏いつつも汚染を受けていないのか不思議だよ。この腕はサンプルとして頂いておくよ。」
スカーウ「テメェ...さっきの...!!」
???「名乗る程の者じゃないよ。それにサンプルは手に入ったし、君を生かしておく理由は無い。」
スカーウ「待ち...やがれ...!」
???「女の子の言葉遣いでは無いね。」
???「司祭、追っ手が来ました。」
???「そうか。では皆の衆、我ら『魔導士のアトリエ』へ帰るとしようか。」
スカーウ「クッソ...テメェら...必ず見つけ出して...殺して...やる...。」
???「隊長〜。一足遅かったみたいですよ〜。」
???「これまた上に始末書書かされますよね?」
???「毎回書いてるのは俺だろうが!」
???「ねぇ、ココ。女の子いる。」
???「ホントだ〜!隊長〜。ど〜する?」
???「どうするってったって。連れて帰るしかねぇだろ。」
???「帰って医療班に引き渡して、後は上の判断に任せましょう。」
???「そうだな。」
スカーウ(『魔導士のアトリエ』テメェらだけは...絶対に...。)
薄れゆく意識の中で、スカーウは自分が謎の男達に担架に乗れられるのを揺れで感じていた。