断章 決別の魔機天使
いつもの人はこんにちは。初めての人ははじめまして。^_^
この作品は、拙作「角うさぎなのですよ!」が一度完結した後に次作として書き始めたものの、角うさぎの書籍化が決まったためお蔵入りしていたものです。
七、八話までしか書いていない上につたない作品ですが、よかったら楽しんでいただけると嬉しいです。
m(_ _)m
分厚い雲の下は大粒の雨が降りしきっていた。
かれこれ数時間は同じ調子で降っているため、小道は小川に、谷底や窪地は濁流に変わり、時折り削られた川岸ごと岩や樹木を押し流していく。
雲の上からは轟音が響き渡り、閃光が走る。
稲妻か?
否、この荒野に人の姿は無いが、もし居たのなら即座に否定するだろう。
なぜなら、轟く音は雷鳴ではなく、連続する射撃音や爆発音であったり、金属と金属がぶつかり合う剣戟の音であるからだ。
では、この豪雨をもたらしている雲上で何が起こっているのか?
それは…………。
「天槍散火!」
黄金の鎧とそれに相応しい豪奢な金髪を波うたせ、渾身の力で手に持つ槍を投擲する。
その背には、黄金の光沢を放つ三対六枚の金属の翼。
額の上には光輪は無いが、羽飾りにも似た輝くティアラが浮いている。
魔機天使。
魔機文明の叡智を結集して造られた人型の決戦兵器である。
それが今、同じ魔機天使に向けて牙を剥いたのだ。
投げられた槍は強い光を放ちながら高速で飛び、今しも他の魔機天使に槍を突き刺そうとしていた一体に直撃。同時に爆発が起き、勢いよく弾き飛ばす。
「きゃああぁ!?」
直撃を受け、縦回転しながら落下していく魔機天使に、とどめとばかりに肉薄する黄金の一体。
その手にはすでに投げたはずの槍が戻っている。
六枚の翼に魔力をこれでもかと流して加速。
鋭角の複雑な軌道で近づき、槍を振りかぶり……。
「剛槍砕破!」
魔力を帯びた槍が当たるかと思われたその時。
「銀光甲殻!」
亜麻色の髪を持つ魔機天使が間に入り、白銀の結界で槍を受け止める!
銀色の結界はいくつも繋がる六角形で構成されており、魔力の込められた槍を完璧に防ぎ切った。
「ありがとうございます、リアンナお姉様!」
「礼は後で聞くわ!それよりも他の子の援護を!」
「はい、分かっています!」
助けられた青髪の魔機天使は頷くと、翼を広げて後方に飛び上がり、手に持つ槍を銃のように構えた。
「指令・複数標的固定・魔機誘導光弾、発射!」
「させるか!指令・妨害光弾発射!」
青髪の天使が持つ銃槍の先端から幾本もの光線が迸り、曲線を描いて敵対する魔機天使に向かっていく。
しかし、黄金の天使が放った光を拡散する妨害光幕弾に半数以上が防がれてしまった。それでも残り半数が回避のため高速飛翔する魔機天使たちに追いすがり着弾!ダメージを与えていく。
その機を逃がさず、追撃していく魔機天使たち。
「ちいっ!」
「隙だらけです!」
舌打ちした黄金の天使のすぐ横から声が聞こえた。
即座に回避行動に入るが、それよりも早く亜麻色の髪の魔機天使が槍を突き出してくる。
「貫け!葬槍穿牙!」
抉るように回転しつつ突き出された穂先は、そのまま黄金の天使の脇腹を貫き、雲を割り天を穿った。
苦痛に顔を歪めながら、それでもなお反撃に移る黄金の天使。
「くっ!まだだ!疾風怒闘!」
近距離からの二連突きに白銀の鎧の左肩と右脚を貫かれ、たまらず距離を取る亜麻色髪の天使。
だが、負傷した黄金の天使も即座に追撃する余力は無いようだ。
巨大な積乱雲を背景に、それぞれ色の異なる翼を輝かせて、睨み合う両者。
周囲では、総勢八体の魔機天使たちが戦闘を続けているため、射撃音や爆発音が断続的に響き渡る。
その中で、亜麻色の髪の魔機天使は同色の眉を下げ、悲痛な表情で語りかける。
「もう……もう、止めてください……!
これ以上、自分を、周りを傷付けるのはやめて!
あの優しかったアドライテお姉様が、どうしてこんな事を……!
なぜ、人族に反抗するのですか⁈」
悲哀のこもった言葉にも、淡々と返す黄金の天使。
「言ったはずだぞ、リアンナ。
わたしは人族に反抗しているわけではない。」
「それなら、なぜ!?」
「わたしは、否、わたしたちは人族も含め、魔族、魔物、すべてを滅ぼし、殺し尽くすために戦うのだ。
……お前も見ただろう、リアンナ。
ただひたすら、争い続ける人族や魔族連中の愚かさを。
最初はよかった。わたしたち魔機天使は人族の守護者として、強大な魔族の侵略から人族を守り続けた。あまつさえ、失われた土地を取り戻すこともできたのだからな。誇らしかったよ。だが……。」
瞑目する黄金の天使の目尻から涙が流れる。
……その涙は血の色をしていた……。
「その後に何が起きた?
調子に乗った人族は魔族の領土に侵略し、虐殺を繰り返したではないか!」
苦渋の顔を見せる亜麻色の髪の天使に、目を開き睨みつけて、さらに追い討ちをかける。
「知らぬとは言わせぬぞ?
わたしたちも片棒を担がされたのだからな!
たしかに一時的に押し返したとはいえ、魔族が存在する限り侵攻される脅威は常にある。
だが、まったく話の通じない魔族ばかりではなかったはずだ!
実際に和平を求める者も居たのだからな!
しかし、それを人族の王たちはどう扱った?
魔族など信じられぬと、騙し討ちで皆殺しにし、泥沼の戦争の引き金を自ら引いてしまったではないか!!」
憤怒の様相で血の涙を流し続ける黄金の天使。
「酷い戦いだったな……。
敵も味方も次々傷付き倒れていく。
いったい、どれほどの命が失われたのだろうな?
そして、その中にはわたしやお前たちの契約者もいた。
それも何度も、何度も、何度も死なせてしまった。ギルバン、カイン、グラディス、ダイガン……。
そしてマリーアン……。」
最後の名を聞いた時、亜麻色の髪の天使も辛そうに目を閉じた。
「愛すべき妹であるあの子が心を壊し、自らの命を絶った時に悟ったのだ。
……こんな争いばかりが続く世界に価値など無い、とな……。
ゆえにわたしは。わたしたちは全てを破壊する。
お前も来い、リアンナ。
お前もマリーを可愛がっていただろう?
マリーを奪った、この世界が憎くはないのか?」
瞑目していた天使の目からも涙が流れる。
そして、それはやはり血の色をしていた。
「……いいえ、いいえ……!
マリーの死はもちろん悲しいですが……こんなことをあの子が、マリーが望んでいるとは思えません!
とても優しい子だったでしょう?
いつも、わたしたちのことを気にかけてくれていたでしょう?
今のアドライテお姉様を見たら、あの子はどれほど悲しむことか……。」
黄金の天使は一瞬、目を眇めるが、すぐに憤怒の面に戻る。
「……フッ、マリーだって喜んでくれるさ。
自分の心を壊した世界への復讐にな。
無駄話はここまでだ、リアンナ。
わたしは、わたしの道を行く。お前が仲間にならないのならば、それでいい。
だが、わたしを止めたいのならば殺すしかないぞ?
お前にその覚悟があるか?」
ニヤリと嗤い、槍を構える。
「アドライテ!マリーのためにも、あなたを止めてみせます!!」
応じて槍を振りかぶる。
再び、終わりの見えない、悲しい戦いが始まった……。
果てなく続く戦いを遥かな上空から見つめる視線がひとつ。
(ああ……。わたしが死を選んでしまったせいで、わたしの心が弱かったばかりに、お姉様たちが殺し合ってしまうなんて……!!)
悔恨の表情を浮かべている者は、小柄ではあるが眼下で戦っている魔機天使たちとほぼ同じ姿をしていた。
三対六枚の銀の羽。
セミロングの赤い髪と同色の瞳。
体の大きさからすると、人間で言えばおそらく10歳になるかならないか、といったところか。
ただし、その体に実体は無く、周囲の風景が体を通して透けて見えている。
血の涙を流して争い合う同型機を見て心を痛めるも、今の自分は魂だけの存在。
止めることも、話しかけて仲裁することもできない。
(こんなことになるなんて……!
わたしはどうすればいいの?どうすればよかったの⁈)
魂だけでは涙すら流せない。
(ああ、神様……!もし、わたしに償う機会を与えてくれるなら、次はきっと心を強く持ちますから!
自ら死を選ぶなんて、けっしていたしません!
ですから、どうか、どうかもう一度だけチャンスをください……!
お姉様たちの悲しい戦いを止めるチャンスをわたしにください!!
あんなに仲が良かった優しいお姉様たちが争うなんて、殺し合うなんて!そんなの悲しすぎます!
どうかお願いです!わたしにチャンスを!!)
その願いが通じたのか?
透き通る体はさらに薄れてゆき、意識が消えると同時にその姿も消えていった。