第95話:Four by One Hundred Meter Relay
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支部予選まで残り3日。
各ブロックの練習を終えた後、蘭奈、紀良、九藤、二重橋の4人は、グラウンドに残って"4継"の練習に取り組んでいた。
先に練習を終えた若越が部室へ帰ろうとした時、グラウンドに残る4人を見守る巴月の姿が目に入った。
そのまま若越は、何気なく巴月に近づいた。
「…結局、言わなかったんだ。あいつらに。」
その声で、巴月は若越が近くに来たことに気がついて、少し驚いた。
「…まあね。今じゃないかなぁとは、思った。」
巴月はそう言うと、視線を若越に移した。
「…でも何で、跳哉くんはあのオーダーが良いと思ったの?」
巴月の問いに、若越は何度もバトンパスの練習をする4人の姿を見ながら、答えた。
「…そういや、この前言ってなかったね。
あのオーダーの理由を一言で説明するなら、"相乗効果"を狙ってってところかな。
陸が光季を、光季が陸を。2年が1年を、1年が2年を。
それぞれお互い、学べる事があるんじゃねぇかなって思ってね。」
そう語る若越の目の前で、九藤と蘭奈がバトンパスの練習を行なっていた。
まだまだどこかぎこちなく、どこか九藤が蘭奈の様子を伺いながらの状態であった。
「…多分九藤と二重橋は、まだどこか陸と光季に対して躊躇がある。
先輩後輩としてそうなのかもしれないけど、躊躇してるうちは"4継"が上手くいくことはないかもな。
…あとは、どこまで陸と光季が2人をリード出来るか。
互いに歩み寄って、隙間がより埋まって噛み合う事さえ出来れば、可能性は十分にあり得るかなって思ったんだ。」
若越はそう言いながら、真っ直ぐ4人の練習の様子を見つめていた。
「…能力的な役割の話をするなら、陸の1走は絶対だと思う。
数字的にも、今うちで1番の走力は陸にある。
あのスピードが、全体のペースを作ってくれる。
…そして、そのスピードを繋ぎつつ上げていくっていう、肝になる2走目には、九藤が適任だと思う。
実力は圧倒的までではないものの、中学から積み上げてきてるものは持っている。
…それに、陸のペースを維持する緊張感はあるものの、それを色んな意味で受け取る事が、九藤の成長の鍵になるはずだ。
3走は、やっぱり十橈氣が適任だとは思うけど、二重橋でもやり切れるとは思ってる。
この2人は、400が出来るのが大きい。
陸、九藤、光季がストレート向きで得意としているのに対して、この2人はカーブが出来る。
…特に、十橈氣のレベルはかなり高い。
俺も何回か練習で一緒に走ってるけど、陸と光季以上だし、何なら先輩たちにすら勝ってる気はする。」
若越はそこまで言うと、大きく息を吐きながら腕を組んで、視線を紀良に送った。
「…アンカーは光季。これは絶対かな。
正直、レベルだけの話をするなら、陸か九藤が妥当で当然なんだ。
…でも、そうじゃない。
アンカーとしての重圧、3人のペースを背負う責任、そして最後の花形。
リレーのアンカーとしての役割全てをこなせるのは、圧倒的に光季なんだよな。
…それに、部長としての矜持が加わった時、あいつは絶対成長するって言い切れるんだよな。何となくだけど。」
若越はそう言い終えると、巴月の顔色を伺った。
巴月はただただ、若越の分析に驚いて目を丸くしていた。
「…凄い…跳哉くん、そこまでみんなの事見てたんだね…。
やっぱり、側から見てるものと内側から見えるものって、結構変わるもんなんだね…。」
巴月がそう言って感心していると、若越は大きなため息を吐きながら、薄暗い秋の夜空を見上げた。
「…俺だって外から見てるから、好き勝手言えるもんだよ。
…俺だって、自分の事は自分じゃちょっとしか分かんない。
もちろん、分かろうとしてるつもりではいるけどね。
…それでも、変わる為には…強くなる為には、自分自身で核心を見つけ出して、変えてくしか近道はない。
俺だって一緒だからな、あいつらと。」
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新人戦前日。
羽瀬高陸上部の面々は、各々試合前の最終調整を整えて、来る新人戦の開幕に備えていた。
若越、睦小路、綺瀬の3人は、跳躍ブロックとして共に調整メニューを終え、クールダウンに入っていた。
「…高校生になって、初めての公式戦かぁ…。」
ふと、睦小路がそう呟いた。
「茉子っちゃん、緊張してるの?」
不安の表情の睦小路に対して、綺瀬が優しくそう問いかけた。
「…うーん。もちろん、久々の大きな大会は楽しみではあるけど…。」
そう言いながら、難しい表情の睦小路を宥めたのは、若越であった。
「…心配する事ないよ。不安に思う事は、悪い事じゃない。
…2人とも、これまでやってきた事、高校生になって出来るようになった事とか、たくさんあるでしょ?
新人戦は、まずそれを存分に出し切る事が大事なんじゃないか?
上手くいかなくても、心配しなくていい。
そこから見えてくる課題を修正して、また1つ大きくなって、来年のインハイに臨めればいいんだよ。」
若越は、さも当然かのようにサラッとそう言った。
睦小路と綺瀬の2人は、若越の言葉の1つ1つをしっかり脳に刻み込むように、真剣な眼差しで聞いていた。
「…俺は自分の本当の課題に気がつくまでに、ここまで1年半かかった。
それに、最初の公式戦は大失敗してるんだ。
2人は俺程の大失敗は絶対しないから、安心して。」
若越はそう言って、優しく微笑んでみせた。
「…先輩が大失敗だなんて…。でも、先輩がそう仰るなら、安心して精一杯挑めそうです。」
若越の言葉に、綺瀬は自信が湧いてきたのか、彼女の表情にも笑顔が見えた。
「私も、不安な気持ちと楽しみな気持ちはありますが、新人戦、精一杯頑張りますっ!」
睦小路も、そう言って笑顔でガッツポーズをして見せた。
(…なーんか楽しそうだなぁ…茉子ちゃんと秀ちゃん…。)
「…いいなぁ…。」
跳躍ブロックの3人の様子を、少し離れた所で片付けをしながら見ていた弓ヶ屋は、思わずそう呟いた。
弓ヶ屋は、楽しそうに若越と話す睦小路と綺瀬の姿を、羨ましそうに見ながら、不満そうな表情をしている。
「…ん?何が羨ましいの?」
隣で一緒に片付けをしていた平咲が、不思議そうに弓ヶ屋の顔を見てそう言った。
「…えっ…あっ!ううん、何でもないの。
早く片付けちゃお?静ちゃん!」
弓ヶ屋は慌てて平咲にそう釈明しながら、片付けを続けた。
平咲はまだ不思議そうに弓ヶ屋を見ていたが、共に片付けに戻った。
(…私だって…跳哉さんに「応援してますっ!」って話したいのにぃ…。)
弓ヶ屋は、2人への溢れ出そうな嫉妬心を隠しながらも、心の内でそう呟いた。
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一方、4継チームの蘭奈、紀良、九藤、二重橋も、試合前最後の調整練習を行っていた。
漸く少しずつ、バトンパスでのミスも減り、比較的スムーズな受け渡しが完成しつつあった。
「…いやぁ…何とか形にはなってきたな…。」
4人が集まると、開口一番蘭奈がそう呟いた。
「…まあ、ここまで来たら、あとは明日やってみるだけでしょ。」
険しい表情ではあるものの、チームの努力を肯定するように紀良もそう言った。
「…何とか、先輩方の足を引っ張らないように頑張りますっ!」
少し不安そうな顔をしながらも、力強い声で九藤はそう宣言した。
「…俺も、まだまだ力不足だとは思いますが…やれるだけ全部、出し切ってみせますっ!」
二重橋も大きな声でそう宣言した。
「…まあまあ、そう気負いしなくても。
新たな挑戦でもあるし、何よりまずは個人戦がある。
個人戦に向けてコンディション整えつつ、4継にも余力残して、頑張るしかないよ。」
気合い十分な1年生の2人に、紀良は優しくそう言った。
こうして、短距離ブロックも最終調整を終え、新人戦支部予選前の最後の部活動は終わった。
「みんな、明日からの新人戦、まずは大きな怪我や事故が無いように。
…いいか?特に蘭奈と若越。
まあ兎に角、各自しっかりと整えて、1つ1つ悔いのないようにな。
じゃあ、お疲れ様。また明日。」
「「「「お疲れ様でしたぁぁぁぁぁぁぁっ!!」」」」
渡樫監督が全体への激励を含めて、締めの挨拶を行って、各々解散していった。
「…跳哉先輩、ちょっといいですか?」
その時、そう言って九藤は若越を呼び止めた。
「…ん?俺?」
若越は不思議そうな顔をして、自らの顔を指差しながらそう答えた。
「…ちょっと、お話したい事が…。」
九藤はそう言うと、皆と少し離れた場所に若越を連れて行った。
「…どしたの?急に。」
若越がそう問いかけると、九藤は意を決したようにゆっくりと話し始めた。
「…突然すみません…。
…実は…俺、どうしても不安な気持ちが消えなくて…。
もちろん、高校生としての初めての試合は楽しみですし、先輩方と一緒に出来るのを待ちに待ってたんです。
…それでも、先輩方の足を引っ張らないか、不安で…。」
そう言う九藤は、珍しく泣きそうな程に不安そうな顔をしていた。
普段は明るく一生懸命練習に励んでいた。
それに、中学からやっている事もあり、めちゃくちゃな蘭奈のペースにも食らいつけている姿を、若越もよく知っている。
「…まあ、分からんでもないよ、その気持ち。」
若越がそう呟くと、九藤はえっ…!と驚いた表情で若越の顔を見た。
「…勝馬さんたち、凄かったもんなぁインハイ。
それに、陸とか光季とかも、我が同級生ながら凄いよ、本当。
…プレッシャーだよな。
余計プレッシャーかけるつもりはないけど、多分支部予選で他校の連中とか、都大会とか南関で当たる連中は、少なからず俺たち"羽瀬高"の名前に注目してくるはずだ。
それに、"4継"も。
…でも、不安になる必要はない。
九藤にも、目標はあるだろ?それを叶える為だけ考えて、それだけに必死になればいいんだよ。
…正直、俺だってすげぇ不安ちゃ不安。
何てったって、"インハイ全国1位の直属の後輩"って、おまけのレッテルか付いてるからな。
…でも、そんなの関係ねぇよ。
俺は伍代先輩じゃないし、魔法でも使わない限り、俺は伍代先輩にはなれない。
だから俺は、周りにどう見られようと、何言われようと知ったこっちゃねぇって思ってる。」
若越はそこまで言うと、秋の星空を見上げた。
そして、言葉を続けた。
「…『誰よりも、高い空を跳ぶ。』…俺の目標なんだ。
…これは元々、夢半ばでこの世を去った、俺の1番尊敬して憧れてる人が持ってた目標なんだ。
どんだけ色眼鏡で見られようが、どんだけ周りからとやかく言われようが、俺がこの目標を叶える事は、周りの誰にも変えられない。
…だから、自信を持って自分の目標に向かって行けばいいんだ。
…それに、足引っ張られたなんて思うような陸と光季じゃない。
あいつらもきっと、俺と同じだ。
自分の目標を叶える為に、ずっと必死に頑張ってる奴らだ。
だから、不安に思う事はないよ。」
若越の言葉の1つ1つに、次第に九藤の表情は不安そうな顔から、真剣な眼差しに変わっていた。
「…きっと、伍代先輩ってとんでもない超人の直下の後輩の俺だったから、話してくれたんでしょ?
九藤にとっての陸が、俺にとっての伍代先輩みたいなもんだから。」
若越がそう言うと、九藤は大きく首を縦に振った。
「…やっぱり凄いです、跳哉先輩。
先輩みたいなマインドを持てるようにならないと、俺ももっと、強くはなれないですよね…。
大事な事、今しっかり教わりました。」
九藤が感動しながらそう言うと、若越は睦小路と綺瀬の時と同じ優しい笑顔を見せた。
「…まあ、全然気軽に声かけてくれていいから。
あんまり気負いすぎないで。
九藤だって、素晴らしい力を持ってる。
俺から学ぶ事以上に大事な事、陸や光季の背中だったり、自分の経験からしっかり学んでいけば、九藤はエースになれるよ。」
「…エース…ありがとうございますっ!
俺、陸さんや光季部長みたいになれるように、頑張りますっ!」
若越の言葉をしっかり胸に刻み込み、九藤は元気よく笑顔でそう宣言した。
一方同じ頃。
「…陸さんっ!」
「…んぁ?」
九藤と同じように、二重橋は蘭奈を呼び止めて話をしていた。
「…4継、俺の1走で本当に大丈夫ですかね…?」
常頃、蘭奈のように天真爛漫で元気いっぱいな二重橋は、珍しく弱々しい声で蘭奈にそう言った。
その二重橋の様子を、蘭奈は呆れた顔をしながら見ていた。
「…はぁ?今更何言ってんだよ。前にも言っただろ?
諒太郎のスタート、めっちゃ良いし絶対負けねぇって!
それに、例え諒太郎がしくじっても、光季も柊路がいるし、最後に俺が何とかしてやっから。
安心しろよって。」
蘭奈は自信満々にそう言った。
その姿に、二重橋はいつもの憧れの眼差しを取り戻して、蘭奈を崇敬した。
「…やっぱかっけぇっす!陸さんっ!
俺、自分の400も頑張りますけど、4継めちゃくちゃ頑張りますっ!」
二重橋は目を輝かせながら、蘭奈にそう宣言した。
同一校からの同一種目への出場は3名までという事もあり、短距離ブロック勢は以下の出場編成となっていた。
100m:蘭奈、紀良、九藤
200m:紀良、九藤、十橈氣
400m:十橈氣、二重橋
4×100mR(4継):二重橋/紀良/九藤/蘭奈/(十橈氣)
故に、二重橋は400mと4継への出場となっていた。
「個人でも4継でも、絶対上行くかんなっ!諒太郎っ!
"羽瀬高陸上部"の矜持、他校の奴らに見せつけてやろうぜっ!」
蘭奈はそう言って、二重橋に右拳を差し出した。
「もちろんっすっ!やってやりましょうっ!」
二重橋は笑顔と大きな声でそう宣言し、蘭奈の差し出した拳に自らの右拳を差し出して突き合わせた。
室井と泊麻の圧倒的な実力、七槻と音木と伍代の圧倒的な意地と矜持。
先代から受け継いできた"羽瀬高陸上部"の意思が今、若越と蘭奈と紀良に託され新時代を形成しようとしていた…。




