表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
High-/-Quality  作者: hime
【第4章:新時代】
94/99

第93話:Straight Ahead

_



圧倒的な反発力、そしてそこから放り出される浮遊感。



伍代が全国インターハイ決勝で使っていたポールで、若越は漸く跳躍を形にする事が出来ていた。


「…これでもまだ、ギリギリってところか…。」


若越はマットの上に座り込みながら、握ったり開いたりを繰り返す右手を見つめ、そう呟いた。

強いポールの衝撃に対抗する踏み切りと、跳躍の形は固まりつつあるものの、依然それはただの荒削りの力技でしかなかった。


現に、練習用のゴムバーに空中で触れてしまっている事で、5m20cmの高さにあるバーは揺れていた。


「…少し、休憩しますか?跳哉さん。」


伍代から受け継いだポールを、地面に落ちないようにしっかりとキャッチしていた弓ヶ屋が、そのポールを手にしながら、マットの上の若越にそう問いかけた。


「…いや、このままもう1回行ってみるよ。

…今は少しでも、感覚を身体に染み込ませたいんだ。」


若越はそう言うと、素早くマットから降りて弓ヶ屋からポールを受け取った。

グラスファイバー製のポールは、物質的な重さ以上に若越の手に深くその重さを突きつける。


(…ここで躓いてちゃいけない…。でも、ここで焦ってもいけない。

…確実に強くなる為に、少しずつでも…確実に…。)



ポールを持って助走開始位置へと戻っていく若越の後ろ姿を、弓ヶ屋は少し不安そうに見つめていた。



「…若、悩んでる?」


そこへ、ジャージ姿の紀良が現れ、弓ヶ屋にそう声をかけた。


「…あっ紀良さん!お疲れ様です!」


弓ヶ屋は慌てて笑顔になりながら、そう挨拶をした。


「…伍代先輩が使っていたポールに変えたみたいなんですが…多分まだしっくりきてない感じがします…。

…あっ!と、とはいえ…私のただの素人目線なので、跳哉さんはそんな事ないのかもしれませんが…。」


弓ヶ屋が若越の様子について紀良にそう言うと、紀良はふぅん。と言いながら若越の姿を見ていた。


「…案外、その通りかもしれないな。

若は、あいつ自身が思ってる以上に、自分の感情とか状態が表に出る。

特に、調子悪い時は絶対にそうだ。

弓ヶ屋、まだ半年も経ってないのに、あいつの事ちゃんと分かってるみたいだな。」


紀良はそう言って、弓ヶ屋に感心した。

弓ヶ屋は紀良のその言葉に少し赤面しながら、それを隠すように顔の前で手を大きく何度も横に振った。


「…そっ、そんなそんなっ!…私なんてまだまだ全然…。

…でも、桃木先輩みたいに、しっかり皆さんをサポート出来るようになりたいとは、思ってます。

…特に、フィールドブロックのみんなの事は…。」


そう言う弓ヶ屋の顔は、次第に真剣な表情であった。

その彼女の様子に、紀良は何かを確信したかのように、首を大きく縦に振った。


「…そっか。いいじゃん、頑張んなよ。

でも、弓ヶ屋には弓ヶ屋にしか出来ない事もある。

…今の若にとって、それはきっと大きな力になってるはず…だと思うよ。俺は。」


紀良が弓ヶ屋にそう言った時、2人の目の前を若越が勢いよく通過していった。

空中動作までは卒なく出来ているものの、まだポールの反発に投げ出されるように跳ね上がった身体を、若越はコントロール出来ずにいた。


マットに落下した若越は、そのまま天を仰ぎながら大きなため息を吐いていた。



「…若ーっ!あんま調子良くなさそうなら、この前の約束、今からどうだ?」


紀良は、マットの上の若越に向かってそう言った。

若越はゆっくり体を起こすと、堪忍したように髪を掻き上げた。


「…そうだな。そうするか。」



「…"約束"って…?」


2人の会話を不思議そうに聞いていた弓ヶ屋は、紀良にそう問いかけた。


「…あぁ。若に速く走るコツ、教えてくれって言ったんだ。

テスト勉強教えてやる代わりに、な。

…あいつ、案外勉強出来そうに見えて、そうでもねぇから。」


紀良のその言葉が聞こえたのか、若越は足早にマットから降りてきた。


「…余計な事言うなよ、光っ!

…まあでも、お陰様でテストは及第点に落ち着いたのも事実だけどな。

今日はこの辺にしておくよ。

じゃあ片付け終わったら、ちょっとやってみるか?」


若越はそう言って、その日の跳躍練習を終わりにした。

紀良と弓ヶ屋の協力で、3人は片付けを行った。


片付けが済むと、若越は跳躍の姿から走る姿へと装いを変えた。

その頃には、陸上部の殆どの部員が練習を終え、クールダウンに入っていた。


「…俺はこのまま、光と自主練入るけど…弓ヶ屋は上がっちゃってもいいよ?」


若越がそう言うと、弓ヶ屋は少し俯いた。

そして顔を上げて言った。


「…もし、お邪魔じゃなければ…自主練もお手伝いしたいですっ!…ダメですか?」


若越は紀良と顔を見合わせた。

紀良は、別に良いという風に小さく頷いた。


「ダメじゃないけど…じゃあお手伝いお願いしようかな。」


そこに、先にクールダウンを済ませていた高津がやって来た。


「あんたたち、まだ練習するの?」


高津の姿を見た若越は、バレないように紀良と高津をキョロキョロと見ていた。


「あぁ。若が速く走るコツ、教えてくれるって。

杏珠もやる?一緒に。」


その若越を他所に、真っ先に紀良がそう言って高津を誘った。


「あっ、そうなの?もうダウンしちゃったけど…まあ、邪魔じゃなければ、やろっかな。」



こうして、若越と紀良、高津、弓ヶ屋の4人は、皆の練習が終わった後、ナイター照明に照らされるグラウンドに残って、自主練をする事になった。



_



「…まあ、これは昔父さんに教えて貰った事なんだけど…。」


若越はそう言うと、10mくらいの距離のスタートラインから垂直に伸びた線を地面に引いた。


「俺が走る時に大事にしてるのは、大きく3つ。

まずは、"前で展開する"事。

腕の振り、足の回転は、なるべく自分の中心より前で行うようにするって事かな。

よく、腕を肩より後ろまで大きく振る奴とかいるけど、前に進みたいのに後ろに力が流れちゃうんだよな。そのやり方だと。

同様に、足もそう。蹴ろう蹴ろうとする意識だと、自然と力は後ろに流れてしまう。

だから、速く前に進みたいなら、動きを自分の中心より前で素早くやる意識が必要だな。」


若越はそう言いながら、自らの身体を動かして実演してみせた。

若越の上げる足と振る腕は、若越の肩よりも前で展開されている。

紀良と高津はもちろん、その説明に弓ヶ屋も興味を示しながらじっと聞いていた。


「次に、今ここに線を引いたけど…。

走る時に、この線より左右に自分の中心軸が振れないようにする事。

これも、さっきの説明と似たような話にはなるけど、前に進みたいのに身体の軸が左右にブレたり、変に足を交差させたり、この中心線を踏むように走ってしまうだけで、折角前に進もうとしてる力が変に分散されてしまう。

自分の中心軸…(へそ)や首、鼻の位置がずっとこの線に沿っていくように。

左半身は常にこの線より左側、右半身は右側にあるようにすれば、自ずと軸がブレずに真っ直ぐ走る事ができる。

これは特に、俺はめちゃくちゃ意識してるというか…俺はいつもポールを持っているし、そのポールを真っ直ぐ前に出さないと、効率よく力を利用して高く跳び上がれないから、ってのもある。」


若越はそう言うと、その線の上を軽く走り抜けた。

線上を大きなブレもなく、真っ直ぐ走り抜けていく若越の姿を、3人は興味深く見ていた。


「最後は…これは陸や勝馬さんたちがそうだから、俺が言わなくても分かるだろうし、みんなも自然と出来ている事だけど…ゴールより10mくらい先まで見通す事かな。

ゴールラインで終わりだと思ってしまうと、力はそこまでしか出ない。

でも、その先にゴールを設定しておけば、実際のゴールラインを越える時に、失速する事はない。

…まあ、距離が伸びたら難しいかもしれないけど、100mくらいならこの原理でいける。

…ってまあ、こんなところかな?俺が教えられる事は。

とりあえず、今俺が言った事頭に入れながら、何本か試してみてよ。」


若越がそう言うと、紀良と高津はそれぞれ何本か50m程の距離を繰り返し走りながら、イメージを頭と身体の全体で理解しようとした。


2人が走っている間、若越と弓ヶ屋は並んでその姿を見ていた。


「…凄いですね!3つのポイントだけで、2人とも少しずつ、走りが整っていってるような感じがします。」


弓ヶ屋が感心していると、若越は腕を組みながら2人の姿を見て言った。


「…そう言えば、弓ヶ屋に話した事なかったよね。

俺の父さんの話…。

"若越 浮地郎"、かつて棒高跳びの日本代表にもなった、現男子棒高跳び日本記録保持者。

…3年前、試合中の事故でこの世を去ってしまったけど…それが俺の父さんなんだ。」


弓ヶ屋は思わず、えっ…と声を漏らしながら目を丸くした。

初めて聞いた、若越の父親の偉大な実力と悲惨な運命。

その2つが、同時に弓ヶ屋に大きな衝撃を与えた。


「…そう…だったんですね…。」


弓ヶ屋はただ、そう返す事しか出来なかった。


「今は母さんだけが俺の唯一の家族だけど、その母さんも昔は陸上選手でね。

だから、小さい頃から陸上に触れて来てて、度々こういう話とか指導は受けてきた。

小さい頃は、練習も大変だなぁとか嫌だなぁって思う事もあったけど、父さんと同じ棒高跳びが出来るようになって、足も次第に速くなってきて、漸く今まで言われてきた事の意味が分かったんだ。

今思えば、こうやって何か1つでも自信持って人に話せる事を教えて貰えた事は、本当に親に感謝って感じかな。」


そう言う若越の顔に、曇りはなかった。

それに、嘘のない言葉だからこそ、それは弓ヶ屋に深く突き刺さるものとなった。


「…前はさ、本当に嫌になって辞めようって思ってたんだ。陸上。

…でも、今は辞めたいどころか、もっと強くなりたいって思ってるんだよね。


『誰よりも、高い空を跳ぶ。』


これは、父さんがかつて掲げていた目標なんだ。

…だから、俺の目標も"これ"なんだ。」



そう語る若越は、真っ直ぐ目の前を走る紀良と高津の姿を見ていた。

その若越の姿を、弓ヶ屋はじっと見つめながら言った。


「…跳哉さんって、本当凄いです。

紀良さんが言ってました。跳哉さんは気持ちが表に出やすい人だって。

…でも、その意味が私にも分かる気がします。

あっ、もちろん良い意味で、ですよ?

…跳哉さんがそこまでしっかり思っているから、私はいつも跳哉さんの跳躍にワクワクさせられますし…本当凄いなって思います。」


「…ありがとう、弓ヶ屋。

でも俺はまだ、その目標に届いてるわけじゃないから。

…まだまだ、頑張らなきゃいけないんだよね。

少しずつでも、真っ直ぐ前に進んで行かなきゃ…。」


そう言う若越の視線が、自然と夜空に向いていた。

秋の夜空の星の輝きのその先を見るような、そんな表情をしていた。



「…はぁ…はぁ。若っ!どうだ?ちょっとは変わってきた気がするけど…。」


「…そうね…。何となく、私もいつもより変わってきた気がする。」


紀良と高津は、それぞれ僅かながらに手応えを感じていた。


「うん、まだ修正できるとは思うけど、2人とも確実に良くなってる気がするよ。

あとは、日頃から少しずつ、体幹とか必要な部分を鍛えていけば、もっと良くなると思うよ。」



こうして、若越のアドバイスの甲斐あってか、少しずつ2人の走りも変わっていった。




_




数日後、放課後のホームルームにて。



「…はーい、みんな。テストお疲れ様。

みんなよく頑張ったね?今回の赤点は誰もいなかったみたいね。

…じゃあ約束通り、みんなで学園祭の役割、決めちゃおうか。」


2年4組の担任である龍井先生は、上機嫌にそう言った。

クラスメイトは盛り上がりを見せながら、学園祭に関する話し合いはスムーズに決定していった。


「…じゃあ、後は体育祭の出場種目ね…。

徒競走とクラスリレー…あとは選抜リレーの選手が決まればって感じね。」


黒板に板書をしながら、龍井先生がそう言うと、大橋が勢いよく立ち上がった。


「若越ぇっ!今年も徒競走かましてくれんだろ?

蘭奈だっけか?今年こそ、あいつに勝ってくれよ?なぁ?」


大橋が突然名前を出した事で、クラスメイトの視線は若越に集中した。

しかし、若越はそんな事を気にする素振りはなく、黙って手を上げて話し始めた。


「…先生。徒競走、今年うちのクラスの代表は、紀良くんが良いと思いまーす。」


若越がそう言うと、クラスメイトがざわつき始めた。

白羽の矢が立った紀良も、驚きながら若越の方に振り返った。


「…おいっ、何言ってんだよ若っ!

…大橋の言う通り、俺より若が歯切った方が絶対いいだろ?」


慌てる紀良の姿を、若越はニヤリと笑みを浮かべながら見ていた。


「…さぁ?どうかな。俺は光季が走る方が、全然意味がある気がするけど…?」


すると、若越の隣の席でバドミントン部の雛町 姫佳(ひなまち ひめか)と、紀良の隣の佐藤が揃って若越の方を向いた。


「…えっ、若越くん走らないの?」


「去年あんなに速かったのに…若越くん今年なら勝てそうな気がするけど…。」


そう言う雛町と佐藤の2人に、若越はまたも笑みを浮かべながら、口元に人差し指を当てて静かにするように合図した。


「…良いから。今年は光季に走らせたいんだよね。俺は。」



そう言う若越は、そっと少し離れた席から若越を見ている高津の姿を見ており…。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ