表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
High-/-Quality  作者: hime
【第4章:新時代】
93/99

第92話:Unseen World

_



日曜日、学校も部活も休みという事もあり、若越は家で1人テレビを見ていた。


母、歩実華(ふみか)は今日も仕事である為、家には若越しかいなかった。


静かな部屋の中に、テレビの音が響き渡る。



『世界陸上、男子棒高跳び決勝。

…バーの高さは6m16cmに上がっています。

この高さをクリアすれば、現在の世界記録である6m15cmを15年ぶりに更新する偉業となります!』



実況アナウンサーの熱の入ったコメント共に、1人のアメリカ代表選手が映し出された。



『…この高さに挑みますのは、24歳アメリカのエース、ケルン・ロドリゲス選手ただ1人ですっ!』



若越は、彼の事を知っていた。


ふと、若越はテレビ台の脇にある戸棚の上に飾られた、写真の一枚に視線を送った。


そこに写っていたのは、若き日のケルンの姿と、浮地郎、歩実華、そして、小学5年生11歳の時の跳哉自身であった。



ケルンは僅か18歳という若さで、世界陸上の舞台に足を踏み入れた。

当時、浮地郎は34歳。

既にベテラン枠ではあったものの、日本代表としては最後となる世界陸上に挑んでいた。


浮地郎は惜しくも、予選落ちの結果に終わってしまったものの、ケルンは弱冠18歳ながら、5m95cmの記録で世界3位を記録した。


それから、驚異的な活躍を見せていき、次第に世界大会上位の常連にまで登り詰めていった。



その彼が今、文字通り"誰よりも、高い空"の一歩手前にいる。



若越は、6年前の記憶を蘇らせながら、あの日出会ったアメリカ人の優しいお兄さんの勇姿を、しっかりと目に焼き付けていた。



『…初の世界陸上出場から6年。3年前にはアメリカ記録も更新しましたケルン…さぁ…その跳躍は…っ!』


実況が熱く語る最中、ケルンは長いポールの先を高く持ち上げて、1歩1歩力強く且つ素早く足を動かしている。


テレビの中で、ケルンは力強い踏み切りから、一瞬にして6m以上高い空へと跳んでいった。


『ケルン・ロドリゲスが…世界一の空を…越えたぁぁぁぁぁぁぁっっっっ!!』


『うわぁぁぁぁぁっっっ!!!凄いっ!凄いですっ!』


テレビからは、実況アナウンサーと解説者の興奮する声が聞こえて来た。

映像の中のケルンは、見事な跳躍でマットに着地すると、そのまま勢いよくマットを駆け降り、各国代表のライバルたちと喜びを分かち合った。


そして、観客席から見守っていた多くのファンの元へと近づいて、大きくガッツポーズをしながら喜びを爆発させていた。



(…これが…"誰よりも、高い空"…。)



若越は、ただただ黙ってソファーに座りながら、テレビに映るケルンの跳躍のハイライトを、呆然と見つめていた。



その時、若越は強い衝撃を受けたような感覚を覚えた。



(…いや…これか…っ!これだったんだ…。

…俺が本当に求めたかった…父さんが求めていた…目標…『誰よりも、高い空を跳ぶ。』って…。)


若越は思わず、テレビを見ながら立ち上がった。

膝の上に乗せていたテレビのリモコンが、ゴトリと音を立てながら床に落ちる。


気がつくと若越は、両手を強く握りしめながら、テレビに視線を釘付けにしながら、呆然とテレビの前に立ち尽くしていた。


(…そうか…そうだよな…。

ライバルたちに勝つ…伍代先輩を越える…それももちろん、『誰よりも、高い空を跳ぶ。』だった…。

…でも本当は…父さんが求めていたものは…これだったんだ…。)


その時、若越の脳裏に1つの光が通った。

これまで求めてきた、目下の目標、相手、記録。

しかしそれは、ほんの通過点にしか過ぎなかった。


(…インターハイ…高校生として勝つ事は、1つの通過点なんだ…。

それを追い求めた先にある、大きな空…"世界の空"を制することこそ、『誰よりも、高い空を跳ぶ。』ってことなんだ…。)


若越は、リビングの隅にある仏壇に視線を送った。

"38歳"という若すぎる死を遂げた父親の笑顔の遺影は、やっと大切な大きな事に気がついた17歳の息子の成長を喜んでいるようにも見えた。


(…そうだよな。だったらまず、俺がやらなければならない事…。

俺は、伍代先輩のように全国で勝つ。

…なんとしてでも、あのポールを使いこなす…。

…そして、狙う先は…"5m55cm"の空だっ!!)



_



次の日の昼休み、若越は突然紀良に校舎の屋上に呼び出された。

若越が屋上に辿り着くと、そこには青空に流れる白い雲を、呆然と座りながら眺めている紀良がいた。


「…なんだよ、(みつ)。こんなところ呼び出して、改まって話なんて…。」


若越は少し億劫そうに紀良にそう言うと、紀良は空を見上げたまま大きく息を吸った。

そしてゆっくり、口を開いた。


「…若にはちゃんと言わなきゃって思ってな…。

…俺、杏珠と付き合う事になったんだ。」


紀良に近づく若越の足が止まった。

それは、衝撃というより驚きであった。


「…えっ?」


理由もわからず、若越は目を丸くしながら紀良を見た。

紀良は、改めて若越に視線を送ると、ゆっくりと説明し始める。


「…あぁ。言ってなかったんだけどな、俺…杏珠の事ずっと気になってて…。」





「…俺も、若や蘭みたいなかっこいい姿、見せたいんだよ。だから、部長引き受けるって決めた。

…変わったねって所、見せたかったから。

見てもらいたかったから。」


高津にそう言う紀良の目は真剣であった。

初めて見せる彼の真剣な眼差しに、高津は少し戸惑いつつも、真っ直ぐ紀良と視線を合わせた。


「…えっ…?」


高津の口から思わず溢れ出したのは、その一言であった。



「…杏珠、俺…杏珠の事…好きだ。」



紀良は何度も、最も適した言葉は何かを脳内で試行錯誤した結果、率直な言葉が溢れ出したかのようにそのまま伝えた。


高津はただただ目を丸くしながら、口を少しだけ開きながら紀良の顔を見ていた。

彼女は暫く、何が起きたのかを判断するのに時間を要していた。



「…これ以上、上手い言葉も綺麗な台詞も見つからねぇ。

…だから、これが俺の気持ちだ。」


高津の呼吸が早くなるのを目に見えて感じた紀良は、そう言って何とかその場を繋ごうと必死になっていた。


漸く視線を動かした高津は、そのまま足元を見下ろして俯いてしまった。

そして、そっと息を吸う。


「…何で、私…だったの?」


高津の口から出たのは、その言葉であった。

その問いに対しても、紀良は間髪入れずに丁寧に答えた。


「…初めて…肯定してくれたんだ。俺の事を。」


紀良は一言そう言うと、視線を空に向けた。


「…前にも言ったけど、俺には特段"才能"はない。

それに、これといった特技もない。

…何もかも"普通"で"平凡"。

それがいい事もあるのかもしれねぇが、俺はそれが途轍もなく"嫌"だった。


…周りに認めてもらえる…褒められるような要素の1つもねぇ。

…だから、少しでも何か周りよりも秀でたい。

それが、"陸上"を選んだきっかけだった。

…足が速ければかっこいいとか、周りに認めて貰えるなんて、小学生みたいな考え方とは少し違う。


何か1つでも、頑張って打ち込めるものがあれば、俺のこのつまらねぇ毎日も楽しくなるのかなって。

…そんな気持ちが強かった。


…でもまあ、現実そんな甘くなかった。


やっぱり、俺が何か秀でる事を求めるのは違うのかって迷った時、杏珠が肯定してくれた。」


紀良はそこまで言うと、再び視線を高津に向けた。


「…"人それぞれだから。続ける…進み続ける理由なんて。"

"負けない"努力"をすれば、可能性はゼロじゃない。それは私も同じだから。"

…杏珠のこの言葉に、俺が大した事ない思ってた事も、信じ続けていいんだって…努力し続けたっていいんだって肯定された気がしたんだ。

…杏珠はそんなつもり、無かったのかもしれないけど…。

…だから、例え大した事ない思いでも、信じて努力し続けた先の、成長した俺の姿を…1番近くで見て欲しいって思ったんだ。…杏珠に。

…それが、俺の気持ち。」


紀良はそこまで言うと、深呼吸をした。

高津に伝えたい事の全ては、紀良の口から、紀良の言葉で確かに全て語り尽くした。


高津は依然、俯いたままであった。



2分程の沈黙の後、漸く高津は顔を上げた。

その瞳は僅かに潤んでいながら、普段あまり見せない優しい笑顔を、彼女は紀良に見せた。



「…私、あの時光季がそんな事思ってたなんて…全く思ってなかった。

…だから…私が無責任に君に、"縛り"を課してしまってたのかもしれないね…。」


高津がそう言うと、紀良は慌てて首を横に振った。


「…"縛り"だなんて…。」


紀良がそう言いかけた時、被せるように高津が言葉を続けた。


「…でも、大丈夫。…光季には、私がついてる。

例え私たちの努力が、報われなかったとしても…全員から否定される事なんて無い。

…私はちゃんと見てるから。

…今までも、"これから"も…。」


高津はそう言うと、紀良に向かって一歩近づいた。

2人の距離は僅かにしか空いていない。

少しでも蹌踉(よろ)めけば、どちらかにぶつかってしまう距離にいた。


「…私も好きだよ?光季の事。

…少し大人ぶってる所も、それでも勉強も運動も卒なくできる所も、意外とすぐ落ち込んじゃう所も、誰よりも周りをちゃんと見てる所も。

…だからさ、これからは…"私のこと"を、ちょっとだけでいいから…多く見ててくれない?」


そう言って微笑む高津の顔は、紀良も初めて見る表情であった。

それは恐らく、若越や蘭奈はもちろん、巴月も知らない顔…。


紀良は、微笑む彼女の頭に優しくそっと手を乗せた。


「…もちろん。"これからも"ちゃんと見てるから。」





昼下がりの空を見上げながら、事の次第を語り終えた紀良の顔を、若越は口角を上げながらニヤニヤと見ていた。


「…よかったな?光季。」


若越のイタズラなニヤつき顔に、紀良は怪訝そうな顔をしたが、若越はすぐに真面目な顔つきになった。


「…いや本当、よかったじゃん。

"高校生活を充実して楽しみたい"って言ってたでしょ?

…正に順風満帆王道ストーリーって感じだな?今。」


若越のその言葉に、紀良は改めて驚いた顔をした。

紀良が1年半前に言った些細な言葉を、若越はしっかりと覚えていた事が、紀良にとっては衝撃だった。


「…それだけじゃねぇよ。」




キーンコーンカーンコーン…♪




紀良がそう言った時、昼休みの終わり5分前を告げる予令が鳴った。


「…あっ、次移動教室じゃね?早く行こうぜっ!」


若越は慌ててそう言うと、急いで教室に戻ろうとした。

紀良はその後ろ姿を黙って追いながら、若越の後ろ姿を見つめていた。



(…お前にも本当感謝してるよ。若。

…お前がいなかったら…強くなりたいって思いも…杏珠との仲も…みんなとの仲も無かった気がする…。


…俺も絶対、忘れる事はないからな。

若越 跳哉(お前)の、『誰よりも、高い空を跳ぶ。』って目標。

…いつになったっていい。絶対叶える姿…見せろよな。)





_



その日の放課後のホームルームで、担任教師から2枚のプリントが配られた。

1枚は夏季休暇明けテストの日程、もう1枚は学園祭についての書類であった。



「…えー、まあ言うまでもないと思いますけど、明日から夏休み明けのテスト期間が始まります。

…2年生だからって、この夏休みを無駄に過ごしてしまった人たちがもし、いるとするなら…今日は真っ直ぐお家に帰って勉強するように。」


若越、紀良、高津の2年4組のクラス担任である、現代文担当の若い女性教師がそう言うと、クラスはざわつきはじめた。


「まな先生~っ!真っ直ぐ進んだら壁にぶつかっちゃいますよ~!」


「たっつー先生、現代文甘くしてくださいよ?天凪(あまな)だけに~!」


サッカー部の大橋をはじめとする数人の生徒たちは、担任の龍井 天凪(たつい あまな)を勝手にあだ名で呼びながら、そうやって囃し立てていた。


「もーっ!うるさいよ~?あんたたちーっ!

そんな事言ってると、知らないよ~?

万が一赤点出たら、体育祭の出場種目と文化祭の役割、私が勝手に決めちゃうからね?」


龍井先生はそう言って頬を膨らませて見せたが、その様子に怒っていると感じている生徒は殆どおらず、むしろ大半からは"可愛い"とすら思われていた。


それでも龍井先生のその一言は、クラスの生徒たちのテストへのやる気に火をつけた。


「やってやろうじゃん?いいよなぁ?みんな。」


大橋は、相変わらずの煽り口調でクラスの皆に同意を求めた。

特に異議を唱える者もおらず、2年4組ではテストで赤点が出れば、担任が学園祭のクラスでの役割の全てを決める事が約束された。


クラス中が盛り上がる中、若越はそっと前の席の紀良の背中を叩いた。

紀良が慌てて振り返ると、若越は口に手を当てながら、紀良の耳元に小声で囁いた。


「…なぁ、今年の徒競走、光季行けよ。」


若越の突然の提案に、紀良は驚いた。


「…はぁ?無理だろ。俺より若の方が速いだろ?

…それに、どうせ今年も蘭が出てくるだろ?

…俺には若みたいな接戦出来ねぇって…。」


紀良が消極的になっていると、若越はすかさず言い返した。


「…なぁに、そんな事もねぇって。

それに、ぶっちゃけ俺テスト自信ない。

俺に勉強教えてくれ。…そしたら、俺がもっと速く走るコツ、教えてやるよ。」


若越はそう言うと、片目を瞑って紀良にウインクしてみせた。

…とても、人に頼み事をしている側の態度とは思えなかったが、紀良は渋々了承した。


「…はぁ。わーったよ。

…その代わり、赤点取ったら"たっちゃん先生"に決められちゃうんだから、徹底的に勉強すんぞ?」


「…もちろん、そのつもりだって。」




その日の放課後、宣言通り紀良はマンツーマンで若越に勉強を教えた。

気がつくと、校舎の閉まる20時を越えようとしていた…。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ