第89話:Like Fireworks
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8月、夏休みも終盤に差し掛かっていた頃。
15:00に、若越、蘭奈、紀良の3人は二子玉川駅に集合していた。
「…すっげぇ人の量だな…。」
半袖短パン…高校2年生とは思えない、小学生男児のような服装の蘭奈は、見渡す限りの人の多さに圧倒されながら、そう呟いた。
「…当たり前だろ?多摩川地区と川崎地区の合同花火大会だ。
例年は10月だったのが、今年は8月に行われるんだから、まあ丁度良かったんじゃないか?」
紀良は、白いポロシャツに黒のスキニーパンツ姿という、少し大人びた格好をしていた。
「…にしても、15時から来る必要あったか?
花火始まるの、19時だろ?」
若越は、少し不満そうにそう言った。
その若越は、黒のタンクトップに灰色の薄手のスエットズボンを履き、白い薄手の長袖パーカーを羽織っていた。
「若、文句言わねぇって言ったよな?」
「…す、すみません…。」
紀良に鋭く怒られた若越は、シュンとしながらそう呟いた。
「…にしても、なんでこのクソ暑い中、お前は長袖長ズボンなんだ?跳哉。」
団扇で頻りに顔を仰ぎながら、蘭奈は若越にそう問いかけた。
「なんでって…蚊に刺されたくないから。
…俺、結構すぐ刺されんだよなぁ…しかもたくさん。」
若越はそう言うと、顔の周りを仰ぐようなジェスチャーをした。
「…ごめん、お待たせっ!」
「ごめんねぇ。人多くてさぁ…。」
するとそこに、巴月と高津が合流した。
2人はそれぞれ、巴月が水色の帯と白地に紫陽花模様、高津が白の帯とネイビーの地にクレマチス模様の浴衣姿であった。
その姿に合わせて、巴月は髪を高い位置で1つにお団子に纏め上げており、高津は左右後方に2つの三つ編みをお団子に纏め上げていた。
2人のいつもと違う姿に、若越たち3人は呆然と口を開けながら2人を見ていた。
「…ジロジロ見んなって。ほら、行こ?」
高津が怪訝そうな顔でそう言った。
それから、5人は出店を回って食べ歩きや催し物を楽しんだ。
高津、蘭奈の2人は、射的や輪投げなどに白熱しながら盛り上がっており、それを紀良が保護者のように抑制。
巴月と若越は、その光景を少し後ろで呆れつつも笑っていた。
2時間ほど歩き回ると、5人は土手の傾斜に座って休憩する事にした。
屋台で購入した大盛りの焼きそばを、口いっぱいに頬張る蘭奈を横目に、巴月が若越に声を掛けた。
「…改めて、全国お疲れ様。跳哉くん。」
巴月はそう言って若越に微笑むと、若越は青の濃くなる空を見上げた。
「…ありがとう。…でも、不甲斐ない結果で悪かった。
…新人戦と来年は、もうヘマしないように、秋からは気合い入れるつもり。」
若越がそう言うと、若越、巴月、蘭奈を前に、高津と並んで座っていた紀良が、後ろから声を掛けた。
「…俺はシビれたぜ、若。
全国の名だたる選手たちの中に、お前がいる。
…改めて、お前の凄さに気付かされたよ。
…だから、俺も負けないよ。
若と蘭に置いていかれるのは、もううんざりなんでね。」
紀良がそう言うと、高津は頬に手を当てながら、両肘を両膝に置いて話し始めた。
「…あーあ、私も彩芽さんみたいになれるかなぁ…。
彩芽さんは都大会で終わっちゃったけど…私も彩芽さんみたいに、上の大会進めるように頑張らなきゃなぁ…。」
そう言うと、高津も空を見上げた。
まだ完全には夜になりきっていない、薄橙と青がグラデーションになった空。
完全に夜になって空が暗くなれば、そこに花火が上がる。
紀良と高津の意気込みを黙って聞いていた若越は、首を90度傾けて、顔を空に向けた。
「…まあでも、あんまり自分を縛り付けてやっても、余裕がなくなっちゃう。
…伍代先輩みたいに、もっと自由に…。」
若越がそう言うと、5人の背後に人影が近づいていた。
「…おお、お前ら…。なんか呼んだか?」
5人が驚きながら、その知ってる声の方に振り返ると、そこには浴衣姿の伍代と桃木がいた。
「…おっ、お疲れっす…伍代先輩に…ももさん。」
若越は驚いたように、2人を見ながらそう言った。
他の4人も挨拶すると、若越以外の4人は2人の様子をまじまじと見た。
伍代と桃木は、しっかりと手を繋いでいたからだ。
「…えっ、もしかして…先輩たち…。」
高津がそう言うと、伍代と桃木の2人は、繋いだ手を見て慌てて放した。
「あっ…これは…その…。」
「…あっ…えーっとね…。」
あからさまに動揺する2人に、高津は興味津々な目で2人を見ていた。
紀良と巴月は完全に驚きつつ、2人とも若越の事を気にかけていた。
すると、その若越が2人に話し始めた。
「先輩たち、付き合ってるんですよね?
おめでとうございます。お似合いですよ?」
若越はそう言って、2人にわざとらしく微笑んだ。
その様子に、紀良と巴月が今度は動揺しながら若越の顔を見た。
高津は、不服そうに若越に言った。
「えー!?何?あんた知ってたの??
…何でもっと早く言ってくれないのよー。」
「…それはぁ…2人に言ってくれよ。ねぇ?先輩。」
若越は高津にそう返すと、再び2人にわざとらしく微笑んだ。
「…あっ…ああ…。実は…な。
ってか、若越に言ってないのに…何で知ってんだ?」
伍代は漸く、堪忍したようにそう答えた。
伍代の隣にいた桃木は、恥ずかしそうに赤面して黙り込んでいた。
「…そりゃまあ、内緒っす。…強いて言えば、2人とずっと一緒にいたっすからね。俺は。」
若越はそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべた。
全てを、若越に紐解かれてしまった伍代と桃木は、慌ててその場を去ろうとしていた。
「…まっ、まあ兎に角…そう言う事だから…じゃあな。
…あっ、あんまり周りに言ってねぇから、絶対広めんなよ?」
伍代が最後にそう忠告し、2人は別の場所に行ってしまった。
「…なぁ、若。なんかあったのか?」
2人が去った後、意味深に紀良は若越にそう問いかけた。
「…別に?何もないけど…。」
若越がそう答えると、巴月は堪らず2人の会話に割って入った。
「…だって…跳哉くん…。」
巴月はそこまで言うと、若越に気を遣って口を閉ざした。
「…何何?何の話?」
完全に蚊帳の外の高津は、若越と紀良、巴月の様子の異変に気がつき、会話に混ざろうとした。
一方、蘭奈はというと、伍代と桃木に挨拶をしてからも、相変わらず焼きそばを頬張りながら、1人別世界にいた…。
若越は、大きくため息を吐くと、薄暗く陰った川の流れを見ながら、口を開いた。
「…ったく。…まあ、もういいか。終わった事だし。」
若越はそう呟いた後、全ての事を皆に打ち明けた。
巴月と紀良は、多少の事は知ったり気づいてはいたが、事の全貌に驚愕していた。
高津は、初めこそ興味津々に聞いていたものの、話の終盤になると難しい顔になっていた。
「…ってわけ。…まあ俺、多分皆んなが思ってる以上に完璧な人間じゃねぇって事。
…俺は弱さの塊だった。その結果はちゃんと出た。
でも別に、もうそんな引き摺ってもないから。
この話は、忘れてくれてもいいよ。」
若越はそう言うと、少し寂しそうな顔をしながら黙り込んでしまった。
若越の話が終わる頃には、蘭奈は焼きそばを平らげて、その場に寝転がって仮眠していた…。
「…まあ、若がそう言うなら…な。
若が"終わった"って言う事を、どうこう掘り下げるつもりはねぇよ。」
言葉を失っている巴月と高津に代わり、紀良はそう言って若越の肩をポンッと叩いた。
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それから時間は過ぎ、間も無く花火の打ち上げ開始時刻が近づいていた。
「…ごめんごめん、遅くなった!」
川沿いは既にたくさんの人で埋め尽くされていた。
そう言いながら集合場所に現れたのは、弓ヶ屋であった。
弓ヶ屋は、睦小路と綺瀬の3人で花火大会に訪れた。
3人とも浴衣姿であり、弓ヶ屋は白地に赤と橙のひまわり模様に橙色の帯をし、睦小路は同じく白地に赤の椿模様に朱色の帯をし、綺瀬は黒地にたくさんの花柄と蝶模様に白の帯をそれぞれ纏っていた。
「あっ、千聖ーっ!よかったぁ。迷ってるのかと思ってたよぉ…。」
睦小路は、呆れつつも安心したような顔でそう言った。
「…でも良かったの?ちーちゃん。
若越さんと一緒に行かなくて。」
綺瀬は、弓ヶ屋に会って早々、冷静な口調でそう言った。
綺瀬の発言に、弓ヶ屋は慌て驚きながら一気に赤面した。
「…なっ…なななっ…秀ちゃん!?何を言って…。」
何度も瞬きをしながら、頬を真っ赤に染めてそう言う弓ヶ屋に、綺瀬は微笑ましそうな顔をした。
「…何って…ちーちゃん、好きなんでしょ?若越さんのこと。」
綺瀬が確信をつくと、弓ヶ屋は更に動揺して睦小路の顔を見た。
睦小路は、その様子に若干引いていた。
「…なっ…!何でそれを…茉子ちゃん!?」
「…何も言ってないよ?私は。
…でも、あんたバレバレだよ?その感じは流石に…。
…もしかしたら、先輩たちにもバレてるかもね?」
睦小路は呆れながらそう言った。
弓ヶ屋は最早混乱状態のまま、2人の手を引いた。
「…もっ…もぉっ!2人とも、内緒だからね?
誰にも言わないでね?他の陸部の子にも、先輩にもっ!」
弓ヶ屋がそう言って2人の手を引き、土手沿いに向かい始めた時、1発目の花火が大きな音と光を放ちながら、天高く打ち上がった。
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「…ふがっ…!…何だ!?爆発かっ?」
打ち上がった花火の大きな音で、蘭奈は漸く目を覚ました。
「…やっと起きたか…始まったぞー?蘭。見逃すなよー。」
その様子を蘭奈の後ろから呆れた顔をしながら、紀良はそう言って見ていた。
5人はその場に立ち上がると、夜空に打ち上がる花火の数々に目を奪われていた。
…しかし、前後左右には大勢の人がおり、少しでも気を抜けば、人混みに流されてしまいそうになっていた。
するとその時、川に大きな船が流れてきた。
そこに仕掛けられたたくさんの花火に、火が灯される。
その演出を近くで見ようと、突然人の流れが急変し、5人はそれに巻き込まれてしまった。
「…なっ…!?」
若越はそう呟くと、既に蘭奈と紀良と高津の姿が遠くなっていることに気がついた。
…その時、細くて小さな手が、若越の腕をグッと掴んで強く引っ張った。
「…えっ…!?」
若越は、その手に引かれるまま、人混みをかき分けて土手を離れていた。
辺りに人が少なくなっている場所にやって来ると、若越は漸く顔を上げて、自分の手を引いていた人物を認識した。
「…なっ…巴月!?」
それは、巴月であった。
人混みを掻き分けて来たこともあり、浴衣と髪形が少し崩れていた。
「…ごめんね、急に引っ張って。
…でも、あのまま居たら押し潰されちゃうから。」
そう言う巴月は、若越の腕を手離すと、静かに空に打ち上がる花火を見上げた。
真っ暗な夜空に、彩り豊かな炎の花が大きな音をあげながら、いくつも咲き誇る。
その圧巻の光景に、若越もその場の雰囲気を忘れて視線を奪われていた。
「…私ね…跳哉くんの事が…。」
巴月は花火から視線を下ろして、俯きながそう呟いた。
しかし若越は、目の前の花火の音と景色から目を離す事はなかった。
巴月は意を決して顔を上げ、花火の光で照らされる若越の横顔をじっと見つめた。
「…好きだよ、跳哉くん。」
バァァァァァァァァァァン!!!!
大きな一輪の花火が、虹色の光と共に夜空に放たれた。
「…ん?今なんか話しかけた?」
その花火が一瞬の輝きを終え、火の粉と共に儚く散っていくと、漸く若越は巴月が自分の事を見ている事に気がついた。
暗くてよく見えないが、僅かに彼女の頬は赤くなっている。
巴月は若越の一言に、一瞬戸惑い硬直するも、すぐに首を横に振って視線を目の前の花火に移した。
「…ううん、何でもない。」
(…私の気持ちを今の跳哉くんにぶつけた所で、何もない…。何も意味がないんだ…きっと…。)
6000発程打ち上げられた花火の数々。
それから、2人は言葉を交わす事なく、ただただ夜空を彩る花火の光景をぼんやりと見上げていた。
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花火大会が終わり、駅に向かう人混みの中を掻き分けながら、漸く紀良たちと若越たちは再会を果たした。
「…悪ぃ悪ぃ。途中、流石にあの流れで完全に見失って…。まあ、若と七が合流しててくれて良かったぜ。」
紀良は2人の顔を見ると、安心してそう言った。
5人はそこから、帰宅の為に駅へ向かった。
途中、男子3人が前を歩く中、巴月と高津少し離されつつあったが、高津は巴月に声を掛けた。
「…巴月、何かあった…?」
高津は心配そうな顔で、巴月の顔を覗き込んだ。
巴月は呆然とした顔のまま、黙って首を横に振った。
「…ううん、何でもないの。」
巴月のその答えに、高津は不思議そうな顔をしていた。
天高く上がる花火のような、巴月の一時の恋心の炎は、花火が如く一瞬の大きな輝きを放ち、そのまま散り行く事となった…。




