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High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
88/99

第87話:Beyond the Jump

_



5m20cm、1本目。


第1跳躍者は、香川県九皇員第一(くおういんだいいち)高校、志木 聖(しき ひじり)



(…伍代、森川…ほんで那津も残ったんか。

この3人の化けもん相手に、まとめて当たるんは

だいぶしんどいの…。)



志木は、助走路で大きなため息を吐きながら、心の中でそう呟いた。



(…まあでも、わしにもわしの()()()()っちゅうもんは、一応あるんや。

…那津程やないけど…ここであっさり負けるんは、ちょっと癪やの…。)


その時、吹き流しが追い風を示した。

志木はゆっくりポールの先を持ち上げると、右足をそっと後ろに下げた。



「…行きまぁぁっす!」



志木は初めて、助走前にそう叫んだ。

これまで1度も宣言した事は無かったが、その気迫は"威嚇"のようにも見えた。



勢いよく踏み切り、ポールの湾曲に合わせて足を高く振り上げる。

5m20cmの上目掛けて、志木は跳び上がったものの、足でバーを巻き込みながらマットへと落下した。



(…なんや…。

今さらやけど、去年5m10で3位やったん、出来過ぎやったんかもしれんな…。

…けど、美鶴さんは5m30跳んどる。

…ここは、気張らなあかんわ…。)



志木はすぐに気持ちを切り替え、ポールを手にマットを降りた。

長丁場の状況にも関わらず、残った4人の集中力は、ここまで残っただけの事はあった…。




第2跳躍者は、同じく九皇院第一の桐暮 那津葉(きりくれ なつは)であった。



(…何しよんや、聖のやつ…。

…チッ、どいつもこいつも、ほんましょうもないわ。

…実力の読めん霧島、底なしに伸びよる江國、去年は俺らに食らいついてきた高薙…。

…それに、王者の血ぃ引いとる若越…。

…けど結局、全員大したことないやないか。

…伍代と森川…こいつらさえ潰せば…。

今年は…俺が…っ!)



その姿は、正に百獣の王の如く。

まるで立て髪を逆立てながら、獲物を威嚇するかのような出立ち。



(去年は美鶴さん…。

…今年は、俺がてっぺん獲るんやろがっ!

誰にも渡すかいっ!!)



「…ぃぃ行きまぁぁぁぁぁぁっすっ!!!!」



それは、百獣の王の咆哮そのもの。

地を鳴らすかのような大声で、桐暮は走り始めた。


その走りも力強く荒々しい。

力んでいるとは少し違う、その身に収まりきらないパワーが、外側まで溢れ出ているかのような荒々しさが、桐暮にはあった。



地面を削り上げるような踏み切りをすると、桐暮はポールを大きく曲げながら、バーの上目掛けて跳び上がった。


空中を抉るような、ダイナミックなクリアランスでバーの上を越えていくと、桐暮は落下しながら叫んでいた。



「…っしゃぁぁぁぁぁっ!!!!」



一言で表すならば、"究極のパワープレイ"。

しかし、それが桐暮スタイルであった。

それでも、誰よりも先に5m20cmを越えてみせた。



暫定1位。




第3跳躍者は、地元静岡県東洋台北(とうようだいきた)高校、森川 雄晴(もりかわ たけはる)



少し細身だが、筋肉のしっかりついた肉体と小麦色に焼けた肌の好青年は、静かな闘志を燃やしていた。



(…去年はトップ8にも入れなかったのにさ…。

…我ながら、だいぶ来てるら。頂点まではあと少しだよな。

地元バフっていうの? 多少は追い風あるかもしれんけど、関係ないっしょ。

静岡(ホーム)で優勝、決めちゃうよ?)



森川は助走路で笑みを浮かべると、ポールの先を勢いよく持ち上げた。



「…行きまぁぁっす!」



森川の助走は、軽快ながらスピードが誰よりも速かった。

100mを走れば、10秒台でもおかしくないようなスピードが、彼を高みへと連れていっている。


助走の勢いを全く失う事なく、スピード感を保ちながら、森川は一気にバーの上まで跳び上がった。


バーの上で一瞬時が止まったかのように動きが止まると、素早く上半身を起こして、バーに触れる事なくその上を通過していった。


見た目だけでは到底計り知れない、森川の完璧なまでに鍛え上げられた全身が織りなす、努力の力。

それが、彼の跳躍の全てに表されていた。



森川は、マットに落下した勢いのまま跳ね起きると、マットの上で右拳を突き上げた。


大きな拍手と歓声が、会場のボルテージを更に高めていく。


森川が、桐暮と並び暫定同率1位となった。



そしていよいよ…。

第4跳躍者は、東京都羽瀬高校、伍代 拝璃。


その手に握られたポールは、まだ練習でも数回しか使った事のないポールであり、その数回ではまだバーの上にすら辿り着いていなかった。



しかし、今の伍代はアドレナリンが最高潮…所謂"ゾーン"の状態に突入していた。



(…本当は…ここら辺で若越(あいつ)と、"羽瀬高"背負って戦うのが夢だったけど…。

…まあそれでも、ちゃんと約束通り"全国大会(ここ)"まで来てくれたんだ。

…後は任せな、若越。…まあ、お前そういうの嫌だろうけど…な。


…俺は今日、"伝説"を残すつもりで"全国大会(ここ)"に来た。


中学時代、成し得なかった…全国の頂点に、"伍代 拝璃"の名を刻むって事を…。



…そして来年、お前がそれに食らいついてこいよ。

若越。)



伍代はチラッとホームストレート側を見ながら、胸中でそう呟いた。

そして今度は、観客席に視線を送った。



(…ありがとな、玻菜。

玻菜がいてくれたから、俺はここまで来れたんだ。

3年前(あの時)一緒に見た、浮地郎さんの跳躍、覚えてるか?

…もうすぐ、俺はあの人の高校時代に追いつく…。

あと23cm。"5m53cm"の新高校生記録を、俺が刻んでやるからっ!)



伍代の視線の先、桃木は祈るように手を握り合わせながら、伍代の姿を見ていた。



(…拝璃、覚えてる?

拝璃が私に初めて"棒高跳び"を教えてくれた日の事。

拝璃は、『凄い選手は5mも6mも跳ぶんだぜっ!』って言ってたよね?

…そうしたら、今の拝璃はもう十分、"凄い選手"だね。

…今回は、『無理しないで』なんて言わないから。

拝璃、"最も凄い選手(全国優勝者)"になってよ。)



伍代の視線が自分に向いてるのに気がついたのか、桃木は小さく首を縦に振った。




「…行きまぁぁぁぁっす!」




_



医務室の天井を見つめながら、仰向けになっていた若越の耳に、競技場のアナウンスが聞こえてきた。



『…バックストレート側で行われております、男子棒高跳び決勝。

…バーの高さは、5m30cmに上がっております。

この高さに挑戦する選手は…

桐暮くん、九皇院第一、香川。

森川くん、東洋台北、静岡。

そして、伍代くん、羽瀬、東京…。』



(…5m…30…。)



若越は静かに目を閉じた。

そして、自分が万が一ここまで決勝に残っていた事を、頭の中に思い描こうとした。

…しかし、そのイメージは全く浮かんでこなかった。



(…そういう事…か。)



若越は小さくため息を吐いた。

その時、脳裏にある言葉が浮かんできた。



『…跳哉さん。…私の目には、跳哉さんの跳躍が誰よりも1番かっこよく見えてます。

どんなに失敗しても、どんなに無謀と言われる高さに挑戦してても…もちろん、成功しても。

…私みたいな素人に言われても…跳哉さんにとっては何の意味もないかもしれないですけど…。

…でも私、もっと見たいです。跳哉さんのかっこいい跳躍姿。

…だから…絶対また見せてくださいね?

…跳哉さんの…かっこいい姿…。』




(…"かっこいい姿"…かぁ…。

…弓ヶ屋の言う"かっこいい姿"が、俺の跳躍…ねぇ…。)



初めての後輩からの熱い言葉は、若越の胸中で小さくも長く炎を灯していた。



(…俺も…最後くらいちゃんと、伍代先輩の跳躍、ちゃんと見なきゃな…。)



若越はゆっくりと身体を起こし、ベッドを降りた。


「…もう大丈夫かい?」


医療スタッフがそう声をかけた。


「…はい。ありがとうございました。

…最後くらいちゃんと、自分の目に焼き付けたいんです。」


若越はそう言って医療スタッフに一礼すると、再び棒高跳びピットへとゆっくり戻っていった。




_



5m20cmにて、志木が失敗に終わり脱落。

これにより、トップ3の争いは5m30cmにて行われる事となった。


この高さを、森川は1本目にて成功。


桐暮と伍代は2本目までを失敗しており、3本目に全てが託されていた…。


暫定1位は森川の手に渡っている。




(…これ越えたら…美鶴さんに並べるんやろ…?

『王座君臨』…代々受け継いできた、九皇院の誇りや。

忘れたことなんか一遍もあるか。

…20年守り抜いてきた王座…俺で終わらせるかいっ!!)



桐暮は、ポールを持ち上げて走り出した。

濃い紫色に白と黒のラインが入った、胸元に"九皇院第一"を背負ったユニフォームは今、その空への滑走路を突き進んでいる。



25年前、長きに続いたインターハイ棒高跳び頂点争いは、新潟県の上越南央高校の若越 浮地郎によって、3年間上越南央の手に渡っていた。


21年前、その座は九皇院第一に移り渡った。

それからというものの、頂点の座から"九皇院第一"の名前が消えることはなかった…。



桐暮の体が、5m30cmのバーの上に差し掛かった。

くの字に曲がった桐暮の身体は、あと上半身をそのバーの上に通すだけであった。



(…負けてたまるかいっ!

九皇院第一の王座…渡す思うたら大間違いやぞっ!!)



桐暮は、目いっぱい身体を背けてバーの上を越えようと踠いた。

ポールを最後に手放した右手が、バーに触れなければ…。



カンッ!



右の肘に鈍い感覚を覚えた桐暮は、既に手遅れであった。

5m30cmに掛けられたバーは大きく揺れ動くと、フワッと宙に浮き上がり、桐暮の身体と共に落下していった。



(…負けた…?…そんなはずないやろ…。

何もかも…おかしいやろ…。

…一番あかんのは…長う続いた歴史を…俺で途切れさせたことや…情けないわ…。

…美鶴さんに…顔向けできん…。)



桐暮の背中に強い衝撃が走った時、桐暮を縛り付けていた重くて長い鎖のようなものが、激しく音を立てて崩れ落ちていった。


観客席からは響めきの声が聞こえてきたが、桐暮がマットの上にゆっくり立ち上がると、それは次第に拍手に変わっていった。


その観客席の光景に、桐暮は呆然と目を奪われていた。



(…こんな俺でも…讃えてもろとるってことなんやろか…。

…俺も…伍代や森川(あいつら)みたいに、もうちょい素直に向き合えとったら…。

…純粋に、“棒高跳び”を楽しめとったら…。

この拍手も…ちゃんと受け止められとったんかもしれんな…。)



桐暮は熱くなる目頭をグッと堪えながら、観客席にスッと頭を下げると、マットを後にした…。



その後、伍代は3本目にて5m30cmを成功した。

これにより、暫定1位森川、2位伍代。

桐暮は3位が確定した。




伍代と森川は互いに意見を固めると、次の高さを"5m40cm"に引き上げた。


「…本当にいいの?伍代。」


審判員の元を離れた時、森川は伍代にそう問いかけた。

これだけの終盤戦で一気に高さを10cmも引き上げる事は、かなり異例である。

それに、既に森川よりも本数を跳んでいる伍代にとって、順位的にも体力的にも不利に思われた。


「…"5m53cm"。俺が目指してるのはこの高さだ。

…かかってこいよ、森川。

俺はまだ、これからが本番だっ!」


伍代はそう言うと、跳躍の準備に入った。




それから、森川と伍代は5m40cmのバーに挑戦するも、互いに2本ずつ失敗に終わった。

…残すは、最後のチャンスである3本目のみであった。



5m40cm、3本目。


助走路に立つ森川は、ゆっくり深呼吸をしていた。



(…なんだろう…順位はまだ俺が優位なはずなのに…伍代の気迫が、俺を焦らせる…。)


全身を巡る血流が激しくなっていく感覚に、深呼吸をする事でしか気を紛らわせる事が出来ていない森川。


(…ダメだ。ここで気負えば、必ず伍代に飲み込まれてしまう…。)


森川は、一瞬にして集中力を高め上げた。

巡ってきた絶好のチャンスを、少しの不注意で逃すわけにはいかない。

森川の気迫も、伍代に負けてはいなかった。



「…行きまぁぁぁっす!!!」


走り出した森川の助走スピードは、衰えるどころかこれまでで1番速いように見えた。

誰よりも速い助走に、何本跳んでも大きく狂わない跳躍動作。

森川は、バーの上に辿り着いた。


(…ここで落としたら…一生後悔する…っ!!!)



ゆっくりと、重力に従ってマットへと落下する森川。

僅か1秒足らずの時間も、森川には1分程度の長さに感じられていた。


落ちていく身体。

目の前には、スタジアムの吹き抜け部分から見渡せる、一面の青空。

…そして、バー。



森川がマットに着地すると、軽い音を立てながらバーも着地した。

審判員の挙げる赤旗。

…森川の脳内が、一気に空っぽになった…。



_



若越が控えテントに戻ってきた時、助走路の伍代が大きな声を上げた。



「…行きまぁぁぁぁっす!」



若越の目の前を、伍代が駆け抜けていく。

伍代が手に持つポールが、伍代がいつも使っているポールでなかったことを、若越は一瞬にして見抜いた。


(…伍代…先輩…?)


もう、手遅れであった。

今の若越は、もう伍代を止められない。

結局、若越は伍代の後ろ姿を見ていることしかできなかった。



目指す高さに比べたら、まだ13cmは低い。

しかし、決して低い高さではない。

現に、2回は失敗している。


…しかし、今の伍代にそんなことは関係なかった。



(…俺は…もっと前に…"高み"を越えていくっ!!)



5m40cmのバーの10cm近く高い場所を、伍代の身体は通過した。

余計な所作も、空中動作も全く必要ない。

誰が見ても明らかな"跳躍成功"を、伍代は皆に提示した。



「…しゃぁぁぁぁぁっ!!!!」



マットの上の伍代は、微動だにしないバーを見上げながら、大きくガッツポーズをした。

観客席からの熱狂的な大歓声、拍手、称賛の嵐。



インターハイ全国大会、陸上、男子棒高跳び決勝。

暫定1位であった森川を、伍代が意地の逆転を成功させた。


優勝は、東京都は羽瀬高校、伍代 拝璃の手に渡ることが確定した。







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― 新着の感想 ―
心の中でずっと「いけっ!伍代先輩っっ!!いけっ!!」って応援してました(;∀;) 伍代先輩の活躍と勝利にスタンディングオーベーション(;∀;)
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