第84話:Trinity Vow
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フィールドでは、女子の棒高跳び決勝が始まろうとしていた。
協議人口こそ少ないものの、全国各地の選手たちが集まっていた。
「百華っ!気合い入れていけや!」
「百華んベスト、3m80なら優勝圏内やて思う。
まあ、気ば抜かんで頑張れや!」
千賀と万ヶ峯は、自らのウォーミングアップに向かう前に、これから本番に向かおうとしている十和味に、それぞれエールを送った。
「こーちゃん、エジくんも、わかっとーったいっ!
…ばってん、ありがと。頑張ってくるばい!
2人こそ、強か人たちがいっぱいおるっちゃけん、気抜かんで頑張りんしゃい?」
十和味がそう答えると、3人は拳を突き合わせて互いを鼓舞した。
~
3人の出会いは、小学生にまで遡る。
元々、同じ保育園に通っていた千賀と十和味は、小学校に入学してからも仲が良かった。
2人が保育園以来、初めて同じクラスになった小学3年生の頃、2人のクラスに万ヶ峯が転校して来た。
「…初めまして、万ヶ峯 エジルといいます。
宜しくお願いします。」
父親がドイツ人、母親が日本人との間に生まれたハーフという事で、九州生まれ九州育ちの2人や、同級生たちにとっては新鮮な出会いであった。
しかし、それは同時に新鮮が故の敬遠でもあった。
大人しい性格、日本人離れした綺麗な容姿に、同級生たちは万ヶ峯を次第に仲間はずれにしていった。
そんな中、万ヶ峯に容赦なく絡んでいったのが、千賀と十和味であった。
「…僕と関わると、外国人になるって言われてるから、仲間はずれにされちゃうよ?」
同級生たちが読みそうもない、英語で書かれた本を読みながら、執拗に話しかけてくる千賀と十和味に、遂に万ヶ峯がそう言った。
しかし十和味は、万ヶ峯の言うことの意味が理解できないと言うような、変顔を見せつけてきた。
「なーに?それ。意味わかんなーか。
そげんの、勝手に言わしぇておきゃあ?
どーしぇ誰も、こーちゃんには勝てんけん。」
十和味がそう言うと、万ヶ峯は漸く本から目線を外し、目の前で呪文のような方言で話す十和味の顔を、目を丸くしながら見ていた。
「…そげん…?…おきゃあ…?」
万ヶ峯が十和味の方言に困惑していると、千賀も万ヶ峯に自信満々に言った。
「当たり前やろ?
俺ん"友達"に手出す奴は、俺が全員ぶっ飛ばしちゃるけんな!」
千賀はそう言い、左手で右肩を抑えながら右腕をぐるぐる回してみせた。
「…と…"友達"…!?」
千賀の言葉に、万ヶ峯は益々驚いたように目を丸くした。
その目には、薄ら涙が溢れていた。
「なーにびっくりしとーと?当たり前やろ?
エジ、お前は俺と百華ん友達やっ!」
それが、3人の出会いのきっかけであった。
それから3年後。
中学校では千賀と万ヶ峯、十和味で別々になってしまった。
それでも幼馴染である千賀は、事あるごとに万ヶ峯と十和味を遊びに連れ出した。
中学2年になった時、千賀と万ヶ峯は一緒に入部した陸上部の顧問に、とある提案を持ちかけられた。
「お前たち、部内でも群ば抜いて才能がある。
もし良かったら、俺ん知り合いで高校生ん練習見よーコーチがおる。
そいつんところで、"棒高跳び"やってみらんね?」
"棒高跳び"という耳馴染みのない言葉にも関わらず、千賀は即答で「やる!」と答え、万ヶ峯も一緒に同意した。
こうして、千賀と万ヶ峯は"棒高跳び"の世界に足を踏み入れる事となった。
それからすぐに、2人の姿を追いかけるように十和味も棒高跳びをはじめることとなる。
「2人が出来るなら、うちも出来るもん!」
十和味のやる気は、伊達ではなかった。
千賀と万ヶ峯の成長に負けず劣らず、十和味もどんどん成長していった。
「"福岡国際"、ここが今1番陸上強か学校や。
絶対、3人でここ行こうな!」
こうして3人は、"福岡国際"という場所で再会を果たし、共に"棒高跳び"で高みを目指す事を誓いあった…。
~
そして今、舞台は全国大会。
まずその地で頂点を狙うのは、十和味であった。
(…うちだって、"頂点"行っちゃるっ!絶対に、こーちゃんとエジくんに負くるもんかっ!)
バーの高さは3m80cm。
この時点で残るのは、十和味含めて残り4人。
全国トップ3まで、あと少し。
千賀や万ヶ峯に比べたら華奢で小柄な十和味だが、その小さな身体でも、"高い空"は跳べる。
男子選手のような、スピードのある助走やダイナミックな空中動作には劣るものの、助走の勢いのまま跳び上がる身体は、3m80cmのバーの上を悠々と越えていった。
「…よっしゃっ!」
マットの上で、十和味は小さくガッツポーズをして喜んだ。
黒地に金のラインが入った、胸元に"福岡国際"の金文字をあしらった、セパレートタイプのユニフォームに身を包んだ彼女の姿は、決勝に出場する女子選手の中でも小柄であったが、誰よりも大きい存在感を発していた。
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観客席の片隅で、若越は1人彼女の姿を見物していた。
(…父さん。多分父さんが言ってた初恋の人の娘さんは、今俺の目の前にいる子だと思う。
…まさか、こんなに凄い人だったなんて…。
こんなところで俺と出会うなんて、父さんも想像してなかっただろ…?)
若越は、その言葉を胸の中で呟きながら、そっと天を仰いだ。
(…父さん。…俺は…初めて好きだと思う人に出会えた。
…不思議と、吸い込まれてしまいそうな…その人の魅力に、俺はずっと力を貰ってた気がするんだ…。
…でも…俺が好きだと思った人は…俺じゃない人が好きだったんだ…。
…こんな事、今思っちゃいけないのかもしれないけど…もし、父さんが生きてたら…俺のこの気持ち…もっと正しく進めるように、アドバイスしてくれたか…?)
若越は静かにため息を吐いて、その場で首を横に振り、観客席を後にした。
間も無く、男子棒高跳び決勝がはじまる。
待ちに待った、ずっと狙っていた舞台。
その舞台を前に、若越の気持ちは少しずつ落ちていく一方で…。
その頃、他の羽瀬高メンバーたちは、音木を労い集まる者、全国大会の競技模様をじっくり観戦する者と、それぞれであった。
男子100m決勝に出場する七槻は、既にウォーミングアップに向かっていた。
バックストレート側で行われている女子棒高跳び決勝。
巴月、高津、紀良の3人は、その様子を見ながら既に次の男子棒高跳び決勝の観戦に備えていた。
「…すげぇな。今の福岡国際の子、俺たちと同級生みたいだ。」
目の前の十和味の跳躍に、紀良は関心しながらそう呟いた。
「…いやぁ、全国には凄いのがゴロゴロいるんだよなぁ…。
…うちの若越代表にも頑張ってもらいたい所だけど…。」
高津がそう言いかけると、紀良はハッとして高津の顔を見た。
「…なあ、もしかして…杏珠も思った?」
紀良は高津にそう問いかけた。
2人の不安そうな空気に、巴月は不思議そうに2人を見た。
「…えっ、どういう事…?」
「巴月、気づかなかった…?…若ちゃん…昨日とはまるで別人みたいに、なんかめちゃくちゃ暗かったんだよね…。」
巴月の反応に、高津がそう言った。
「な?やっぱそうだよな?…なんか変だったんだよ、昨日の夜から…。」
紀良がそう言うと、巴月と高津は2人とも食い気味に紀良を見た。
「…な、なんだよ…。」
「…光季、それ詳しく話してよ。」
高津にそう言われて、紀良は渋々昨夜の事を思い出しながら話し始めた。
「…はぁ。…なんかあいつ、昨日夜に飲み物買い行くって言って部屋出てったんだけど、その割に全然帰ってこなくて。
気づいたら俺も寝落ちかけてたんだけど…ふと気がついたら、あいつベランダで黄昏てて。
全国の決勝まで来たら、流石のあいつでも緊張してんのかなぁってその時は思ったから、敢えて声かけずに俺も先に寝ちゃったんだよ。
…でも、今思えば…なんかすげぇ落ち込んでるようにも見えたし…何かあったのかな?」
紀良がそこまで話すと、2人は難しい顔をしながら、互いに顔を見合わせていた。
すると突然、高津が何か思い出したかのように言った。
「…あっ、何かあったといえば…。
さっき彩さんと玻菜さんが話してるの、ちょっと聞いちゃったんだけど…。
…伍代先輩と玻菜さん、両思いだったらしくて、付き合ったみたいだよ?
彩さんもおめでとうってキャッキャしてたし。
…まあ、まだ本当か分かんないけど…。」
高津のその暴露に、巴月と紀良は顔を見合わせて、焦りを隠せずにいた…。
「…えっ…それ本当?…だとしたら…。」
巴月がそう呟いた。
「…あー…何か俺も今、色んなことが1つに繋がったような気がするぜ…。」
紀良は右手で顔を覆いながら、ため息混じりにそう呟いた。
「…何?どういう事?全然分かんないんだけど…。」
最早、高津は蚊帳の外であった。
高津は、不機嫌そうな顔で食い気味に紀良を見ると、紀良が堪忍したように話し始めた。
「…これは…俺の口から言っていいのか…。
…俺も直接は聞いた事はないけど…若、あいつ多分桃木先輩の事が好きなんだ…。
…だからもし、杏珠が言うように、伍代さんと桃木さんが付き合ってるとして、それを若が知ったなんて事があったら…。
…しかもそれが…昨日の夜、とかだったら…。」
3人は互いに顔を見合わせて、あからさまに焦っている様子をみせた。
しかし、既に時刻は12:15。
女子棒高跳びも終盤を迎え、目の前では香川県の3年生選手が、優勝を決める跳躍を披露していた…。
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フィールドでは、男子棒高跳びの決勝が始まろうとしていた。
「百華が2位やったんや!俺たちも負けてらんねぇな!エジ!」
控えベンチで準備をしながら、千賀は隣にいる万ヶ峯に向かってそう言った。
「当たり前やろ?俺は今日こそお前に勝つけんな、光軌。」
万ヶ峯はそう答えた。2人とも、気合は十分であった。
「那津、今年もわしらでワンツー取りいくか。」
志木は、桐暮にそう言った。
しかし、桐暮は思い切り志木を睨みつけて、叱るように言った。
「…何甘っちょろい事言うてんだ?そなん事は当たり前やっ!
美鶴さんが抜けた今、全国1位はわしのもんやっ!
聖、お前に1位は譲らんっ!」
桐暮は既に敵対心剥き出しの、戦闘体勢に入っていた。
「…おー怖っ。噛みつかれんように気ぃつけな。」
志木は怖い物を見る目で桐暮を見ながら、そう言った。
「…江國、調子どうだ?」
宙一は、少し心配そうにそう江國に問いかけた。
江國はというと、そんな心配を他所にいつも通り準備を行なっていた。
「…どうもこうも、今日もこれまでの自分を越えるだけです。調子はいつもフラット。浮きも沈みもありません。」
江國は少し冷たくそう答えた。
しかし、本人は冷たく言っているつもりなどはない。
常に自分と向き合い、他に対し一切の興味を示さない江國にとって、いつだってどこだって、やる事も気持ちも変わらなかった。
「…そうか。ならよかった。
…まだ、言うには早いかもしれないが…俺は、お前が後輩になってくれて良かったと思ってる。
これまで誰からも教えられなかった、得られなかった素晴らしいものを、お前は持ってる。
…俺は、そんなお前と共にできて、本当に良かった。」
宙一はそう言って、後輩への特別な感謝の気持ちを伝えた。
しかし、江國はそれを気にもせず、ただ黙って聞いているだけであった。
「…そうですか。それなら良かったです。」
江國は一言、それだけ言うと1人で体を動かしに行ってしまった。
(…ったく、相変わらず可愛げのねぇ奴だけどよ…江國、お前は俺より強い。…だけどな、今日は一筋縄ではいかねぇぞ…?)
宙一は、そんな後輩の後ろ姿を見ながら、胸の中でそう呟いた…。
一方、伍代と森川の2人は、仲良く談笑していた。
「…まあでも、こうしてインハイで伍代と戦うのも、これが最後か…。」
少し感慨深く、森川はそう言った。
「まあ、そうなるけど…森川だって大学でも続けるだろ?」
寂しそうな表情の森川とは相反して、伍代は期待の眼差しでそう問いかけた。
「ああ、今のところそのつもりかな。
東海相模か國皇院、どっちかに行こうとは思ってる。
…伍代は?やっぱ東体か?」
森川は表情を一変して、真剣な眼差しでそう答えた。
「…まあ、多分ね。姉貴の圧もあるし、めちゃくちゃ声かけられてはいるんだよなぁ…。」
伍代は姉、希美の事を思い出しながら、少し苦い顔でそう答えた。
「…そっか。じゃあまたいつか、大学でも戦うら?
…今日は高校生として、決着つけようぜ。」
森川はそう言うと、伍代に拳を差し出した。
「ああ、もちろんだ。今日も、大学行っても、俺は負けねぇけどな!」
伍代はその拳に、自らの拳を突き合わせた。
その様子を、背後から睨むようにして、若越が見ていた…。
(…伍代先輩に勝っても…もう桃さんの気持ちを振り向かせられないけど…。
…だからこそ負けたくねぇ…伍代先輩に…負けっぱなしじゃみっともねぇ…。)
嫉妬と闘志の入り混じった、薄暗い炎が若越の胸中に灯された。
助走路には、4m80cmの1本目を迎える青海が構えていた…。




