表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
81/83

第80話:Time To gather

_


静岡県袋井市にある、小笠山総合運動公園。

通称『エコパスタジアム』


全国の高校生の頂点を決める、インターハイ。

今年の舞台は、東海地区で行われる。


陸上競技は、エコパスタジアムでの開催となった。

出場する伍代、七槻、音木、若越と付き添いの桃木、巴月、弓ヶ屋、平咲は、大会の前日から近くの袋井市内のホテルに宿泊していた。



各自ホテルの部屋に荷物を置いた後、皆で夕食に出かけた。

再びホテルに戻ると、皆明日からの全国大会に向けて、3年生たちは早々に部屋に戻ってしまった。


七槻と音木、伍代と若越の部屋割りとなっており、何となく若越は伍代と部屋で顔を合わせるのが気不味くなっていた。

これと言って何かがあったわけではないが、このインターハイを勝ち上がっていくにつれて、伍代と若越の口数は次第に減っていた。



若越は、ホテルのロビーまでエレベーターで降りると、自販機の前で立ち止まった。


(…全国…かぁ…。)


飲み物を選ぶ訳でもなく、ただぼんやりと陳列された商品を眺めていると、右側からスッと小銭を投入する白くて細い腕が現れた。


「…何か、飲む?」


若越が右下のその腕に視線を送ると、背後からひょこっと巴月が姿を現した。

いつものトレードマークであるポニーテールを下ろしており、ふわっと靡く髪からは若越も使ったホテルの浴室にあったジャンプーの香りがした。

巴月は、してやったりの満足顔で若越を見上げていた。


「…えっ、奢り?」


若越は少し驚きながら巴月にそう言った。

巴月は、もちろんと言わんばかりの満面の笑みを浮かべる。


「…改めて、全国出場おめでとう。

まあ、跳哉くんにとっては大した事ないのかもしれないけど…凄いね、本当。」


巴月はそう言いながら、照れ隠しなのか自分も商品の陳列を眺め始めた。


「…大した事とは思ってるよ。誰にでも行ける訳じゃないから。」


若越は意味深にそう言いながら、夏場にも関わらず温かいお茶の購入ボタンを押した。


「「…えっ…?」」


押した後に、ガランゴロンと音を立てて落ちてきたお茶を見ながら、若越と巴月は同時にそう言った。


若越は小さく「…間違えた。」と言いながら、そのお茶を手に取った。

すると、巴月は再び小銭を投入し、若越と同じお茶の購入ボタンを押した。


「…えっ?」


巴月が取り出し口にしゃがみ込み、お茶を取り出しているのを見下ろしながら、若越はそう呟いた。

巴月は、温かいお茶のペットボトルを両手で抱え込むと、不思議そうな顔で自分を見下ろす若越に、無邪気な笑顔を見せた。


「…1年前とそっくりだね、この光景。」


巴月はすぐに視線を手元のお茶に向けると、立ち上がりながらそう言った。

そして、優しい手つきでお茶のペットボトルを撫でると、真っ直ぐな目で若越の目を見た。


「…でも、1年前とは違う。

辿り着いたね、跳哉くんも。」



1年前、同じような自販機の前。

若越は巴月に悔しい胸の内を吐露した。

それから1年。

今の若越は、あの時の後悔を完全に打ち払って、高い未来の空を見ている。


若越は、吸い込まれそうな巴月の目線を少し外すと、首を横に振った。


「…辿り着いた。なんて言うにはまだ早いよ。

…まだ、誰にも勝ってないから。

でも、安心して。今度こそ、先輩に追いつくし、追い越してみせる。」


若越はそう言うと、自分のお茶を小脇に抱えて、巴月の手元からお茶のペットボトルを奪い取った。


「…えっ?」


巴月が驚いてる最中、若越はクイっと手を捻り、ペットボトルの蓋を開けて巴月に返した。


「大丈夫。俺、最近"有言実行"って感じな気がするから。

…だって、ほら。陸もすっかり元通りだろ?」


若越は、戸惑う巴月に無邪気な笑顔でそう言った。

若越の言う通り、南関東大会を終えてからの蘭奈は、すっかり今まで通り…いや、今まで以上の熱量で練習に挑んでいた。


若越の不意の笑顔に、巴月は驚いて少し頬を赤らめた。

そして、それを隠すかのように小さな声で「…ありがとう。」と言うと、半分程の量のお茶を一気に飲んだ。


「…あつっ…!」


そう呟きながら慌ててペットボトルの蓋を閉める巴月の口元に、若越はサッと自分の肩に掛けていたフェイスタオルの端を当てた。


「…何やってんだよ。」


お茶に咽せた時に少し濡れてしまった巴月の口元を拭いてあげながら、若越は呆れつつも笑っていた。

その様子に、巴月の心音は最高潮に達していた。


「…ごっ、ご、ごめん…ありがと。」


完全に巴月は恥ずかしさに襲われていた。

しかし、若越はそんな事も知らずに、ただただ無邪気に笑っている。


「こちらこそ、ありがとな。巴月。

…1人じゃ、ここまで来れなかった。1人じゃ、ここまで来られるくらいになれなかった。

伍代先輩、桃さん、有嶋コーチ、弓ヶ屋、陸、光季、高津、勝馬さん、満康さん…そして、巴月。

みんながいたから、俺は変われた。

みんながいたから、ここまで来れた。

…だから、こっから先俺がもっと強くなる事で、みんなに恩返ししたい。」


若越はそう言うと、何かを思い出したかのように上を向いて、深呼吸した。


「…それと、これは邪な気持ちかもしれないけど…。」


若越はそこまで言うと、周りを見渡して誰もいない事を確認した。

そして、巴月の耳元に囁くように、口元に手を当てて小さな声で言った。


「…もし、全国で伍代先輩に勝てたら…俺、桃さんに告ろうと思ってる。」


若越はそう言うと、自信満々に巴月の顔を見た。

巴月は、目を大きく丸く開いて驚いたが、スッと彼女の肩の力が抜けストンと落ちた。


「…まあでも、1番は『誰よりも、高い空を跳ぶ。』こと。

それができたら、の話だから。…内緒な?」


若越は口元に人差し指を当てながらそう言って、巴月に手を振りながら部屋へと戻って行った。



残された巴月は、去り行く若越の背中をじっと見ていたが、次第に視界がぼやけてしまうと、俯いて立ち尽くしてしまった…。


(…そうだよね…。跳哉くんは、桃さんの事が好きなんだもんね…。

…分かってる…分かってるけど…。)


胸が締め付けられそうになりながら、巴月は必死に堪えようと、持っていたペットボトルが潰れそうになるくらいに、思い切り両手を強く握りしめた。


(…私…私ね、跳哉くん。

君の事が…好きになっちゃったんだ…。)





_



翌日。

大会初日を迎え、全国各地から予選を勝ち抜いた精鋭たちが、山の上の大きなスタジアムに集結した。


棒高跳びの試合は2日目からであったが、若越はサブグラウンドに体を動かしに行っていた。



若越が角の方で音楽を聴きながらストレッチをしていると、イヤホンを通り越して聞こえる程の声で話をしている3人組が、若越に近づいて来た。


その3人組が目の前で立ち上がると、若越はめんどくさそうにイヤホンを片耳だけ外して見上げた。


「…俺、何かしました…?」


いかにも柄の悪そうな茶髪の天然パーマの男子選手が、眉間に皺を寄せながら若越を睨みつけていた。

その隣には、色白の金髪ヘアをセンター分けにしたアイドルさながらのビジュアルの男子選手もいる。

その少し後ろに2人に隠れるようにして、150cm程の背丈の黒髪ポニーテールの女子選手らしき人物も、恐る恐る若越のことを覗き込んでいた。


「お前が噂ん若越ってやつやな?」


天然パーマの男子選手…福岡国際高校陸上部、千賀 光軌(せんが こうき)は、しゃがみ込んで若越の顔をまじまじと見ながらそう言った。


「…いかにも…。」


その圧は、カツアゲそのものであった。

その様子に、色白金髪の男子選手…万ヶ峯 エジル(ばんがみね えじる)は大きな声で笑いながら笑顔を見せる。


「…ははっ…悪か悪か。

…初めまして。俺達は福岡国際高校陸上部2年、千賀 光軌と万ヶ峯 エジルや。そしてこちらが…。」


万ヶ峯はそう言うと、自身の背後に隠れている女子選手…十和味 百華(とわみ ももか)の首根っこを持って、若越の前に差し出した。


「ほら、(もも)。自己紹介しぃ?」


十和味は万ヶ峯にそう言われるも、もじもじと恥ずかしそうに視線を右往左往させていた。

まるで、臆病な小動物のようであった。


「…は…初めまして。うちゃ十和味 百華。彼らとおんなじ、福国2年ん棒高跳び選手…ばいっ…!」


3人の姿を、若越は目を丸くしながら見ていた。

もちろん、自分がある程度の知名度があることは、若越自身も薄々感じてはいた。

しかし、福岡…九州地方の選手までもが、自分のことを認知していることが衝撃であった。


「…は、初めまして。東京、羽瀬高の2年、若越 跳哉です。よろしく…。」


若越は、3人に圧倒されながらもそう自己紹介した。

その様子に、千賀と万ヶ峯は大声で笑っていた。


「…悪か悪か、流石に知っとーって!

去年ん新人戦から、君ん活躍はずっと見よったけんね。

明日は、実際ん跳躍が見るーとば、楽しみにしとーけんな!」


「まぁ、俺達も負くるつもりはなか。九州んワンツーは俺達やけんな。

覚悟しとけや?」


2人はそう言うと、若越の元を離れていった。

十和味も慌ててついていこうとしたが、去り際に若越の方を振り向いて言った。


「…若越くん、2人とも強かけんね。

うちも、君ん跳躍、楽しみにしとーよっ!」


十和味はそう言うと、笑顔を見せて小走りで2人の背を追っかけていった…。


「…福岡国際…かぁ…。」


若越は、すぐに手元のスマートフォンで九州地区の記録を調べ始めた。


"1.千賀 光軌 5m00cm(2) 福岡国際 福岡"

"2.万ヶ峯 エジル 4m95cm 福岡国際 福岡"


「…久しぶりだな、若越。」


若越は再び声をかけられ慌ててスマートフォンから目線を上げると、そこには青海がいた。


「…おぉ!青海!久しぶり。」


知り合いの顔に、思わず若越も笑顔になった。

青海も、優しい笑顔で若越に微笑んだ。


「やっぱ流石だよ。あの激戦南関東地区で3位…しかも5m跳んだんだら?

…異次元すぎるよ…。」


青海は腕を組みながら、ため息混じりにそう言った。


「…いやいや…青海こそ、出るんでしょ?明日。」


若越は恥ずかしそうに、照れ隠ししながらそう言った。


「…うん。とは言っても、俺は東海6位通過のギリギリ。それに、4m70だし。全然若越の足元にも及ばにゃーよ…。決勝はまだまだかなぁ…。」


残念そうにそう語る青海に、若越は真剣な眼差しになった。


「…何言ってんだよ。可能性はゼロじゃない。青海も一緒に決勝目指そうぜ!

…俺は、絶対伍代先輩に勝つ。だから、お前も森川さんに追いついて行こうぜ!」


若越は真面目にそう言った。思いがけない若越の鼓舞に、青海は笑いながら答えた。


「…そう言われちゃ、まだまだ諦めるわけにはいかにゃーね。…頑張るよ。

お互い悔いの残らにゃー試合にしようぜ。」



静岡県西部地区に位置する、袋井市。

その山の上にあるエコパスタジアムは、7月末にしては時折涼しい心地よい風が吹いていた。


この地に集いし、多くの精鋭たちの高校生ナンバーワンを決める戦いの火蓋が今、切って落とされた…。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ