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High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
77/81

第76話:The Light is Right there

_


インターハイ南関東大会、男子100m予選。


全4組の中から各組上位3着と、3着以下上位4名の全16名が準決勝へと駒を進める。



第2組に登場した七槻は、10.68の記録で組1着。

全体の中でも上位に食い込むタイムで、準決勝を決めた。



男子100mがスタートする中、男子棒高跳びも戦いの火蓋が切られていた。


バーの高さは4m75cmに差し掛かっている。

この高さに挑むのは、東京都から田伏、宙一、皇次。神奈川県からは大ヶ樹、石橋。他県代表の数名が4m75cmの試技に備えていた。


伍代、若越、江國の3名は、4m60cmの跳躍以降、パスを続けている。

そして、ここまで全てパスし続けているのは、霧島ただ1人であった。



「…やっぱり、何回観ててもこの緊張感だけは慣れないなぁ…。」


観客席から見守る弓ヶ屋は、不安そうな表情をしながら、両手を強く胸の前で握りしめ、祈るようにフィールド上の若越たちを見ていた。


「…今日の若越さんなら、なんか奇跡が起きそうな気がする…ってのは、私だけ?」


そんな弓ヶ屋とは違い、綺瀬は少し興味深そうにフィールドの棒高跳びの様子を見ていた。


「…奇跡…かぁ…。」


綺瀬の言葉を反復しながら、睦小路はぼんやりとフィールドを眺めていた。


「…違う。奇跡じゃないよ。」


ふと、そう声を上げたのは、先程まで不安そうにしていた弓ヶ屋であった。


「…奇跡なんかじゃない。…今日、跳哉先輩は確実に勝ちに行ってる…。」


そう言う弓ヶ屋は、つい数秒前の不安顔が嘘だったかのように、日頃見せた事のない程の険しい表情で、フィールドの若越を見ていた。



(…跳哉先輩…私…信じてますから。

先輩は今日、5mを"超える"って…。)



_



4m75cmの試技を終え、4m80cmに進んだのは、宙一、皇次、大ヶ樹、石橋と、パス組の伍代、若越、江國、霧島、そして、4m75cmの1本目を失敗し、残りの2回のチャンスに賭ける田伏の9名であった。


全国大会出場は、各種目上位6名。

即ち、ここから3名が脱落する事となる。

最後の大舞台に賭ける3年生の田伏、宙一、大ヶ樹、石橋、伍代と、その先輩をも食ってかかる2年生の皇次、若越、江國、霧島による、壮絶なデットヒートが繰り広げられていた。



4m80cm、1本目の試技。

宙一、皇次、大ヶ樹、江國、若越、伍代の順でそれぞれ成功を収めた。

一方、田伏、石橋、霧島は1本目を失敗し、2本目の試技を迎えた。



助走路に立つ田伏に、大きな重圧がかかる。


(…落ち着け…もう次はねぇ…。

焦る必要はない…。都大会で跳べた高さだ…。)


何度も握りの位置を確認する田伏は、ふと控えベンチを横目で見た。

そこには、既に跳躍を終えて次に備える、若越、江國、皇次と、後に2本目を迎える霧島の姿があった。


(…くそっ…1個下の連中、なんでこんな強いんだよ…。

4m80cmなんて、他所じゃ余裕で優勝レベルだし、全国だって決勝行ける高さじゃねぇかよ…。

…でも、この壁を越えられれば…その全国はすぐそこにある…。…光が…すぐそこにあるんだよな…。)


漸く意を決して、田伏はポールを持ち上げて走り出した。

踏み切りに差し掛かると、力強く地面を蹴り、宙を舞う身体を上下反転させてバーの上を狙う。


しかし、バーの上に身体が浮いた時、ポールを最後まで握っていた右腕に、無情にもバーが直撃した。



審判員の振り上げた赤旗が、まるで指揮棒かのように、観客席から落胆の声が聞こえてきた。


暫く、マットの上で両手で顔を覆い動けずにいた田伏も、漸くゆっくりと立ち上がると、観客席に向けて右手を高く挙げ、深々とお辞儀をした。


顔を上げた田伏の両頬を、大粒の涙が伝う。



(…あぁ…終わっちまったのか…。

…六織先輩、すみません…。

結局、俺も羽瀬と継学の奴らに勝てませんでした…。

…でも、六織先輩に憧れて棒高跳び始めた高1の頃に…ここまで来れた未来は…想像できませんでした…。

…先輩に出会えた事、もちろん俺にとってめちゃくちゃありがたい事です…。

…それと同時に…羽瀬と継聖学院の連中(こいつら)と同じ場所で戦えた事…きっと貴重な経験でした…。

…だから…悔いはありません…。)



控えベンチに戻ってきた田伏は、暫く顔をタオルで覆い、俯いていた。

近くにいた若越は、何も声を掛けず、ただ黙ってその姿を目に焼き付けていた。




続く石橋も2本目を失敗。

試技は、次の霧島の2本目を迎える。




助走路の霧島は、じっと控えベンチにいる若越の姿を睨みつけていた。


(…随分と首を長くして待ったもんだ…。

…ずっと待ってたんだぜ…若越 跳哉…。

今日こそ、証明するんだ…。

江國の、若越のその先を手にするのは…栄光を手に入れるのは…霧島 零(きりしま れい)だって事をなぁ…っ!)


吹き流しが追い風を示した。

霧島は勢いよくポールの先を高く振り上げると、助走路を駆け出した。


全てを切り裂く稲妻の如く、力強い足音で駆け抜ける霧島に、見る者全てが圧倒された。



(…勝利(ひかり)を掴むのは…俺だぁぁぁぁっ!!)



力強く踏み切り宙を舞う霧島の身体は、1本目の失敗跳躍が別人かのように、4m80cmのバーの10cm程上を通過していった。


霧島がマットに着地すると、観客席からは響めき混じりの歓声が響き渡った。


霧島はその歓声を否定するかのように、首を大きく横に振ると、控えテントにいる若越と江國を鋭く睨みつけた…。



_



トラックでは、男子100m予選が終了していた。

七槻をはじめ、継聖学院の猪尾、都大附属の村上と不動も準決勝へと駒を進めていた。


七槻が羽瀬高ベンチに戻ると、丁度ウォーミングアップに向かおうとしていた音木が荷物を纏めていた。


「…相変わらず絶好調だな。」


目線こそ合わせていないものの、長年の仲である2人による短くも思いの籠もったやり取りが交わされた。


「…いやぁ、まだまだ。勝負はこれから、だろ?」


七槻は音木の賞賛にそう答えると、音木に向けて拳を突き出した。


「…次はお前の番だ、満。ぶちかましてこい。」


七槻のエールに、音木は拳を突きつけて答える。


「…もちろん。拝璃ばっかにいい格好させられるかよ。」




男子100mの予選が終わり、トラックでは女子1500mの予選が行われていた。

観客席にいた蘭奈は、徐に立ち上がり、その場を去ろうとした。


「…どこ行くの?」


慌てて、巴月は蘭奈の足を止めた。


「…今日はやっぱ調子悪い。帰るわ。」


そう呟く蘭奈の表情は、確かに険しい。

しかし、巴月は違和感を覚えていた。


「…せめて、跳哉くんの結果だけは見ていかない?」


巴月の静止を無視して帰ろうとしていた蘭奈の足が止まった。

今の蘭奈を更生させられるのは若越である。という僅かな可能性に、巴月は賭けていた。

自分の説得ではこれ以上どうにもできない。


都大会後、若越から巴月に送られたメッセージには、続きがあった。



『…もし、陸が立ち直れないくらいに落ち込んでいるなら、俺があいつの目を覚まさせる。

南関、俺は優勝を狙うし、5mも越えてみせる。

その姿を、必ず陸に見せつけてやりたいんだ。』



若越が絶対に優勝する事も、絶対に5mを越える事も、保証なんてない。

ただ、本人の紛れもない強い意志と、これまでに見せてきたその可能性の数々だけでも、巴月が若越を信頼する充分な理由にはなった。



「…分かったよ。」


蘭奈は渋々、再び席に着いた。

そして、視線を棒高跳びピットに送ると、そこには自らが纏っていたのと同じ、水色の"羽瀬高"ユニフォームで激戦の渦中にいる若越の姿があった…。



_



4m80cmの3本目。

残された石橋には、大きなプレッシャーだけがのしかかっていた。



(…今日がラストチャンスなんだ…。(てる)に追いつく為の…。肩を並べる為の、最後のチャンスなんだ…っ!)



もう後のない石橋。

田伏が脱落した事で、残されたのはあと8名。

全国への切符を手にする6名に入るには、あと2つ順位を上げなければならない。


直前に霧島がクリアした事で、まだその壁は厚いままであった。



「…行きまぁぁぁぁぁぁぁっす!!!」


背後を付き纏う大きなプレッシャー…石橋の光を(すぼ)める大きな闇。

その暗闇を振り払うように、石橋は大きな声でスタートを切った。


助走は申し分ない。

越えられる可能性は充分にある。


力強く地面を踏み込み、宙に浮いた身体を素早く上下反転させて、石橋は強い"光"を狙った。



それでも、無情な現実はその強い光すらをも閉ざしてしまった。


バーの上を狙う足が、そのバーに勢いよく接触し、石橋の身体諸共マットの上に落下していった。


マットに着地した石橋は、直様マットの上に立ち上がると、厳しい現実と直面した。



(…ここまで…か。)



その時、石橋の右頬に一筋の雫が流れ落ちた。

大ヶ樹に届かなかった悔しさ、後一歩のところで届かなかった"夢"の景色。

しかし、石橋はぐっと身体に力を込めて、その流れる雫を抑えた。



「…ありがとうございましたぁぁぁぁぁぁぁっ!」



マットの上で深々とお辞儀をした石橋に、観客席から賞賛の拍手が送られた。

身体を起こした石橋の表情に、曇りはなかった。

とびきりの笑顔を見せると、観客席で応援してくれていた明伯高校のチームメイトへと、大きく手を振った。



_




トラックでは、男女の1500mの予選が終わり、続けて男女200mの予選が行われていた。


女子の予選が終わると、男子の1組目に音木が姿を現した。


『男子200m予選、第1組。

第1レーン、音木くん、羽瀬。』



「…音木せんぱぁぁぁぁぁぁぁいっ!!!!!

ファイトぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


会場のアナウンスが音木を紹介すると、観客席の二重橋が大声でエールを送った。

その姿に、周りの観客も驚いて視線を送るが、二重橋は真っ直ぐな目でトラックの音木を見ていた。


「…大丈夫。音木先輩なら、必ず…。」


隣に座る九藤も、祈るように音木の姿を見ていた。



8人の選手が紹介されると、いよいよレースが始まろうとしていた。



『…On Your Marks…。』



スターティングブロックの後ろに仁王立ちする音木は、静かに深呼吸をした。

トレードマークの眼鏡を外している音木の視界は、非常にボヤけていた。

唯一、自分が走るレーンの白いマークだけがはっきりと、その目に映っている。



(…これだけあれば、充分だろ。)



スターティングブロックに足をかけ、音木は静かに戦闘体制に入った。

横風が僅かに、その身体に刺さるように吹いている。


(…待ってろ拝璃、勝馬。俺も今、そこに行くよ。)



『…Set…。』



パァァァァン!!!!



8人の選手が、一斉に第3コーナーを駆け抜ける。

1番内側のレーンの音木には、他の7人の選手の残像がしっかり捉えられていた。


コーナーを抜け、ホームストレートに突入する頃、集団はまだ大まかに横一線であった。


その沈黙を、静かに切り裂いたのは、レーンの内側からの威圧的な風であった。



"サイレンサー"の愛称で、一部の選手たちにその名が知れ渡っている音木は、音もなく颯爽とその集団から一歩抜け出した。



ゴールラインを真っ先に駆け抜ける、水色の"羽瀬高"ユニフォーム。

ゴール横に備えられたタイマーが、"21.46"を示している。



「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」


観客席からの大歓声の中で、一際目立つ二重橋の声が響き渡った。

本人よりも喜ぶ二重橋の姿は、誰よりも目立っていた。



(…まあ見てろって。)


その声は、ゴールした音木の耳にも届いていた。

音木は、ニヤリと笑みを見せ、観客席に向かって拳を高く挙げた。



_



フィールドの男子棒高跳びは、バーの高さが4m85cmへと上がった。

残すは7名。


羽瀬高から伍代、若越。

継聖学院から宙一、皇次、江國。

明伯高から大ヶ樹。

日高高から霧島。



試技順により、1番初めに挑むのは皇次であった。


(…ぜってぇ負けねぇ。江國にも、若越にも、霧島にも…兄貴たちにも…っ!)



一段と気合の入る皇次は、首を左右に振りゴキゴキと音を鳴らしながら助走路へと入った。

その体格の大きさと厳つい表情に、周囲へ威圧感を見せつけている。


支部大会、都大会共に4m90cmの記録をマークしている皇次にとって、まだまだ気負う高さではなかった。

余裕すら感じられる。


良好な追い風は中々吹かない状況の中、皇次は気にせずポールを持ち上げた。


「…行きまぁぁぁぁぁぁぁっす!」


吐き捨てるような大声でそう宣言すると、皇次は獲物を狙って駆けずり回るチーターのように、荒々しくも力強く、助走路を駆け抜けた…。




一方、トラックで後に行われる男子100m準決勝の組み分けが、競技場の電光掲示板に表示された。



その、第2組…。



" 3 村上 ノア 誠耶 都大附属 東京

4 七槻 勝馬 羽瀬 東京 "



全2組の中、上位4名ずつが決勝へと駒を進める中、早くも注目の対決が行われようとしていた…。





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