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High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
76/81

第75話:Small Resolution

_



都大会を終え、巴月は兄の勝馬と共に帰宅した。


「巴月、先風呂入るぞ?」


勝馬がそう問いかけた時には、既に巴月の姿はそこに無かった。


彼女は帰宅してそのまま、自分の部屋に真っ直ぐ向かった。

扉の外から兄の声がしたが、聞こえないふりをしながら荷物を床に置き捨てる。


そしてそのまま床に座り込むと、ポケットからスマートフォンを取り出して、素早くその画面を操作した。

しかし、その操作の手はすぐにピタッと止まった。



画面には、蘭奈のSNSプロフィールが表示されている。

アイコンの下に並ぶボタンのうち、"通話"と書いてある電話マークに触れようと動いていた指は、その真上でピタリと動かずにいた。



(…陸…ごめん…。私のせい…だよね…。)






インターハイ東京都大会

男子100m準決勝、第2組。


緑川学園の3年生が1着、そして都大附属の不動が2着という結果になった。


蘭奈は、4着。

タイムは、準決勝全体の中の9番目。



蘭奈の必死の猛追も虚しく、彼に残されたのは

"左足関節靭帯損傷ひだりそくかんせつじんたいそんしょう"

所謂、"捻挫"である。


巴月は、自責の念に駆られていた。

彼の怪我を引き起こしたのは、自らが自分勝手に期待し、彼に押し付けた"リベンジ"である。と。




すると、巴月のスマートフォンがピロン♪と音を立て、1秒ほどバイブレーションした。

彼女はハッとしてスマートフォンの画面を見るも、それは蘭奈からの連絡ではなかった。

複数のトークボックスで、1つだけ未確認状態になっていたのは、若越とのトークボックスであった。



『巴月、お疲れ様。

村上の事、気負いし過ぎるなよ。

陸の事も、心配しなくてもあいつなら大丈夫だ。』



まるで、巴月の思考動向を全て見透かしていたかのような若越の言葉に、彼女の目尻に一気に涙が溢れ出てきた。


あと一歩のところで、目標の舞台への道筋を断たれた蘭奈。

しかし、彼はそんな事で折れる人間ではない。

巴月はそう信じたいと願っていたものの、その本人から全く音沙汰もない事に、違和感を覚えていた。



(…陸…。)



巴月の脳裏には、蘭奈と若越、2人の姿だけがただぼんやりと映し出されていた…。




_



都大会から2週間。


放課後の羽瀬高グラウンドには、いつもの日常が訪れていた。



「…よし、じゃあ今日は200m×5本100mインターバルを5セットだ。」


短距離ブロックでは、七槻が本日の練習メニューを後輩たちにそう指示していた。


「満は個別調整メニューで構わない。俺はこいつらとこっちのメニューやるから。」


七槻にそう言われ、音木は黙って首を縦に振った。

都大会男子200mにて、音木は決勝で4位に入賞し、見事南関東大会への切符を手にしていた。


「…よっしゃぁ!!じゃあ早速行きましょう!

俺、1組目で行きたいっす!」


高校生にしては、羞恥心という言葉が脳内の辞書にないのか、二重橋は元気よくそう宣言して先陣を切った。

2、3年生の都大会での活躍と奮闘に、1年生たちは確実に刺激を受けている様子である。


「…相変わらず元気だなぁ…。どうする?蘭、先行くか?」


二重橋の姿に呆れたような表現の紀良は、蘭奈にそう問いかけた。


「…いや…光季、先行けよ。」


蘭奈は、やけに落ち着いた声でそう答えた。

思いがけない蘭奈の答えに、紀良は目を丸くしながら蘭奈の顔色を伺った。

特段体調不良には見えなかったが、都大会以降の蘭奈は別人のように大人しくなっていた。


1週間程、怪我の治療とリハビリに専念し、既に遜色なく動ける状態のはずであった。

しかし、彼の様子はどこか違和感がある。


「…そ、そうか。じゃあ、そうする。」


紀良故に、薄々彼の様子の変化に気がついてはいたものの、紀良自身今の蘭奈とどう接するのが正しいのか、全く見当もついていなかった。


だからこそ、ぎこちない返事しかできなかった。




一方、跳躍ブロックでは…。



「…ってぇ…。」


マットの角ギリギリの場所に落下した若越は、軽く支柱に腕をぶつけた。

左肘を摩りながら不満そうな表情の若越は、そのままマットに寝転がると、流れ行く雲を呆然と眺めた。


そこに、不安そうな表情を浮かべながら、桃木が近づいてきた。


「…若越くん、何も今無理しなくてもいいんじゃない…?」


桃木の声に、若越は慌てて再び体を起こした。

彼女の言う無理…若越は、都大会の2、3本目で使用したポールのもう1段階上のポールを、ここ2、3日の練習で使用していた。


都大会を終えてすぐ、若越は一時的に跳躍練習を離れ、短距離ブロックと共に練習を行っていた。


あと一歩のところで届く事ができなかった、5m。

都大会を経て感じた自らの力不足を、彼は何とか次の南関東大会までに補わせようとしている。


「…無理って程でもないですよ。使えない事はないはずなので。

…ただ、確実に"使える"ようにする為に。

僕はまだまだ、現状に満足する訳にはいきません。」


どこか寡黙で消極的な蘭奈と入れ替わったかのように、若越の闘志は確実に大きく燃焼していた。


「…次は決めてみせます。」


若越は、助走路で次の跳躍を待機する伍代に向けて、真っ直ぐ視線を送りながら桃木にそう呟いた。


(…そうだ…。まだまだ、こんな所で満足してちゃいけない…。次は…次こそは、絶対に伍代先輩に…勝つっ…!)



そんな闘志に燃える若越の様子の変化は、周囲も薄々と感じ取っていた。

マネージャーである弓ヶ屋は、その1人であった。


その弓ヶ屋は、睦小路の練習の補助の為に棒高跳びピットから少し離れた、走り幅跳びピットの側にいた。



「…はぁ…。」


パァァァン!!



弓ヶ屋のため息と同時に、睦小路は強く踏み切り板を蹴ると、軽々と宙を舞っていった。


パスッ!という音と共に、砂場を抉るように落下した睦小路は、どこか納得いかなかったのか、眉間に皺を寄せながら踏み切り板を見た。


「…千聖ぉー!足どうだったぁぁ?」


睦小路に大声で名前を呼ばれた弓ヶ屋は、慌ててキョロキョロしていた。

ハッとして踏み切り板に視線を送ると、恐る恐る睦小路を見た。


「…んー、3cmマイナス。茉子ちゃんの言葉で言うなら、『もっと攻められる。』って感じかな?」


何だかんだで、弓ヶ屋は睦小路の跳躍をしっかり目で追っていた。

弓ヶ屋からそう言われた睦小路は、弓ヶ屋のようにため息を吐いて項垂れてしまった。


「…はぁ~。やっぱり、まだまだって感じだよねぇ…。」


睦小路はそう呟きながら、ウェアやスパイクに付いた砂を手際よく払い落とした。

そして、弓ヶ屋に近づいて行き、彼女の顔をグッと覗き込んだ。


「…千聖…私も先輩たちみたいに、大きな舞台でかっこよく戦えるかな?」


自信のない弱気な声でそう言う睦小路の事を、弓ヶ屋は物珍しそうな目で見ていた。

そして、少し宙で考え事をしながら、笑顔を見せた。


「茉子ちゃんが誰よりも遠くに跳ぶ姿、私はいつも期待してるし、応援してるよ!」


弓ヶ屋の真っ直ぐな目で言われたその言葉に、睦小路の心は僅かに揺れ動いた。


「…決めたよ。私、来年のインターハイで絶対南関以上行ってみせるよ!

もちろん、新人戦でも都大会で勝つつもりで!」


弓ヶ屋の真っ直ぐな心に突き動かされた睦小路は、突然そう宣言した。

しかし、その宣言に迷いの表情はなく、彼女もまた純粋に湧き出てきた大きな目標に真っ直ぐであった。



_



それから2週間後。


次なる決戦の舞台は、北関東。

茨城県にある、笠松運動公園陸上競技場。



天気は雲が多く広がりつつある青空。

時折太陽が雲で隠れる瞬間、強い日差しが和らいで心地良い風が流れている。



果たして、勝利への追い風となるのか。

或いは、青天の霹靂を生むのか。




先陣を切ったのは、男子100mにて都大会を勝ち抜いた、羽瀬高陸上部部長、七槻 勝馬(ななつき しょうま)であった。



(…遂にここまで来た…。目標まで、あと少し…っ!)



男子100m予選第2組、第4レーン。

七槻は、眉間に皺を寄せながら、ゆっくり獲物の姿を狙うライオンのような目で、ゴールを睨みつけていた。



そんな緊迫感溢れるトラックを、羽瀬高一同もスタンドの観客席から見ていた。

1年生は、初めての大舞台の空気に圧倒されている…。



「…すげぇ…これが南関…。」



九藤は、その空気感を肌で感じながら、改まってそう呟いた。

相変わらず、九藤と二重橋はまだ見ぬ世界に心を躍らせ、十橈氣と西澤はどこか退屈そうな態度であった。

畠ヶ井、橋本の2人は、純粋に大会の空気感を身に染み込ませ、来る日に備えていた。


そんな1年生たちのどこか浮き足だった様子を、一段後ろの席から見ていた紀良と高津は眺めていた。



「…あっという間だよな、1年って。」


ふと、紀良は隣に座る高津にそう話しかけた。


「…どうした?急に感慨深くなっちゃって。」


「いや、だって去年は俺たち見れなかっただろ?この舞台。

若は伍代先輩の付き添いで行ってたけど。

…1年前の俺がこの舞台を目の当たりにしてたら、何を思ったんだろうなぁって。」


紀良は時折記憶を蘇らせるように、宙を見ながらそう話した。

その姿を、高津は黙ってじっと見つめている。


「…ま、そんな事考えたって意味ない。って事は分かってる。

今考えなきゃいけない事は、1年後に自分がこの舞台のトラックにいる景色だけ…だよな。」


紀良はそう言い終えると、ずっと自分を見ている高津の視線に気がついた。


「…なんだよ、黙ってじっと見て…。」


「…いや、光季もちゃんと変わっていってるんだなぁって。

もちろん、若ちゃんとあのアホがめちゃくちゃ成長してるのは、記録としても分かるけどね。

でも、私たちもそうなんだって。記録としてまだ形になってるわけじゃないけど、目に見えない部分で、私たちもあいつらと一緒に成長してるんだよね。」


高津はそう言うと、普段あまり見せないニコッとした笑顔を、紀良に向けた。

しかし、一瞬にして何かを思い出したような表情になり、言った。


「…そう言えば…あのアホ、今日見てないよね?」


「…蘭は今日、病院行くって。

あれ?昨日言ってなかったか?」


高津の言う通り、南関東大会にも関わらず蘭奈の姿は見当たらなかった。

紀良がそう弁明すると、高津は少し険しい表情を見せた。


「…病院って…捻挫はもう治ったんじゃないの?」


高津がそう言うと、紀良も不思議そうな表情を見せた。


「…確か…治ったみたいな事は言ってたけど…。




_




目の前に広がるのは、大歓声に包まれた競技場。

関東圏8都県から集結した、強豪の集い。



(…本当なら、あそこに立っているはず…だったよな…。)



やり場のない後悔の念を秘めながら、スタンド席の屋根の下の日陰の席から、日差しの照り返すタータンが張り巡らされたトラックを見下ろす。


「…やっぱり、嘘ついてたのね。」


聞き慣れた声が背後からすると、振り向こうとする衝動を抑えながら、聞こえないふりをした。

少し暑かったが、長袖と長ズボンの自前のジャージ姿に、深々とキャップを被っていたことで、一見で誰か判別できる姿ではなかった。


(…なんで…分かるんだよ…。)


足音が近づいてくると、声の主…彼女はサッと隣の席に座った。


「…ごめん…陸。私のせいだった。」


巴月は真っ直ぐトラック上の兄の姿を見ながら、そう言った。

漸く堪忍したように、キャップを外した蘭奈は、ため息を吐いた。


「…なんで?巴月のせい?何の事?」


蘭奈は柄にもなく、不機嫌な口調でそう言った。

その言い方に、巴月は驚いて思わず視線を蘭奈に向けた。


「…だって…私が陸に変な事言ったから…。

…勝手に、私のリベンジを押し付けたから…。」


そう言う巴月は、少し涙目になっていた。

巴月が課した蘭奈への思いが、結果として最悪の方向に転んだ事に対し、彼女はずっと自責していた。


「…私のリベンジ…?何だそれ。

俺は、巴月に謝られる事はされてないし、むしろ俺が巴月に謝らなきゃいけないし、感謝しなきゃいけない。

…すまん、ありがとう。

今回の怪我、巴月がいなかったらこんなに早く治ってなかった。」


蘭奈の言葉には、確かに彼の気持ちが込められていた。しかし、巴月はそれでも尚、自責を辞められなかった。


「…あと、怪我した事も、都大会で負けた事も、全部俺のせいだから。俺がまだまだ弱かったせいだから。…巴月のせいじゃ…ねぇから。」


そう言う蘭奈は、ただ真っ直ぐにトラックの七槻の姿に視線を送った。

何処か寂しげな表情のまま…。



_



『…第4レーン、七槻くん、羽瀬。』



サブトラックでウォーミングアップを行う若越にも、競技場のアナウンスが聞こえてきた。



(…はじまった…か。)



伍代とは別々にウォーミングアップを行っており、今は若越1人であった。

軽くジョギングと準備運動、基礎運動のルーティーンを済ますと、自分の調子を確認した。



(…体は充分以上に動く。…今日は決めてみせる…。)



若越がふと視線を上げると、真横をすれ違う人影が現れた。

その人物を、若越は知っており…。



(…霧島…零…っ!)



ほんの一瞬だけ、2人は目を合わせると

互いに目を細めて鋭い視線で睨み合った…。




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― 新着の感想 ―
いつもは熱い推しの弱い姿って良いですね…あ、ちょっと涎が…ಠ∀ಠ
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