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High-/-Quality  作者: hime
【第3章:決戦場】
73/80

第72話:Don't Let it End

_


男子棒高跳びは、バーの高さが4m90cmに上がった。


この高さに挑むのは、4m85cmをクリアした宙一、皇次、江國と、4m85cmをパスした若越、伍代。

そして、1回限りのチャンスを使って4m85cmを2回目でパスした田伏の6人であった。


田伏の苦渋の決断も相まって、東京都予選大会にも関わらず、その争いは既に全国大会のレベルに匹敵していた。



一方、トラックでは男女の100m予選がそれぞれ行われていた。

支部予選を通過した七槻、蘭奈、丑枝の3人が、羽瀬高からはこの種目に参加する。



まず行われたのは、女子の100m予選。

各支部を勝ち抜いてきた者たちという事もあり、皆強者の雰囲気を醸し出している。


その1組目から、水色のセパレートタイプのユニフォームを纏った丑枝が登場した。



(…泣いても笑っても…1本勝負…。)



心の中で静かにそう呟くと、丑枝は天を仰いだ…。



_



小さい頃から、何をやっても普通。

周りの人並みには外で体を動かすのも好きであり、勉強も得意ではないがそれなりに出来た。


それが、丑枝が過ごしてきた"普通の日常"であった。


丑枝が陸上競技に惹かれたのは、小学6年生の頃。

テレビで見た、屈強なジャマイカの男子選手の走り。

それは、これまでのどんな人の走りとも違っていた。

100mを9秒58という人類最速のタイムで駆け抜けていく彼の走りに、丑枝は初めて"憧れ"という感情を覚えた。


中学生になると、迷わず陸上部へと進んだ。



憧れの選手の走りを思い浮かべながら、日々の1本1本を走る時間は、丑枝にとって楽しい時間となっていた。


しかし、そんな時間はすぐに厳しい現実へと変わっていってしまった。


肉体の成長も相まってか、記録に伸び悩む時期も経験した。

どれだけ練習しても、トレーニングを積み重ねても、タイムは速くなるどころか次第に停滞し、やがて最盛期の記録から遠ざかっていく。


高校進学を控える頃には、陸上への楽しさを忘れてしまっており、何度も陸上を辞めようかと悩んだ事もあった。


それでも結局、丑枝を引き戻したのは、彼女の"憧れ"。


再び世界大会で活躍するその選手の姿が、丑枝のやる気を引き戻した。


高校に入学すると、待ち受けていたのは全国大会レベルの先輩や同級生の存在。

特に、同級生である伍代 拝璃の存在は、丑枝に大きな希望を与えると同時に、自らの非力さを露呈させる存在となった。



(…私はやっぱり、"普通"がお似合いなのかな。)



そう自らを責める日も過ごした。

しかし、そんな彼女をまたも大きく動かす出来事が訪れた。


それは、高津の入部。

高校生になって初めての、直属の後輩。


どこかサバサバした、自分とは違う性格の彼女の存在に、時に圧倒される事もあった。



今となれば、そんな事は些細な事であった。


今こうして、インターハイの東京都予選大会のレーンに立っている。

それは、彼女が予想もしていなかった姿であった。


(…憧れてたあの人に届くはずはない…。でも、今こうして、前よりも大きな舞台に進めてる…。

…終わらせない。終わらせたくないよ…ここで。

…終わらせないように、後悔しないように。)


_



丑枝の記録は、12秒67。

全7組のレースにより、各組3着までと3着以降の記録上位3名が、準決勝に出場できる。


丑枝は、惜しくも組で4着であった。

それでも、まだ後続6組の結果が残っている。

次へと繋ぐチャンスは、まだ残されていた…。




_



一方、フィールド

男子棒高跳び決勝は、4m90cmの1本目の跳躍が始まった。

助走路には、田伏の姿がある。



(…もう後がない。6位は内定してるから、南関には行けるとしても…ここで終わるわけにはいかねぇっ!)



決意を胸に、走り出した田伏。

しかし、力強く踏み切って空を舞う彼の体が、バーの上を越えることはなかった。



審判員が赤旗を上げ、補助員が再びバーを戻している中、ポールを拾い上げた田伏は、静かに控えテントに戻っていった。



(…まだだ…まだ届かない…。

…でも、終わりじゃない。南関()は必ず…。)




続く皇次、宙一も1本目を失敗。

対する若越、江國、伍代は揃って1本目を成功し、3人は因縁の対決を再び控える事となった。



2本目の試技の準備がされる中、残された皇次は苛立ちを隠せずにいた。


(…っクソッ…。こんな所でヘマしてる余裕はねぇんだよ…。)


眉間に皺を寄せながら、スパイクの靴紐を結び直す皇次に対し、同じく2本目を迎える宙一は比較的冷静であった。


そんな兄の様子が、皇次に更に油を注ぐ。


宙一は軽くストレッチをしながら、呑気に鼻歌を歌っていた。


「~♪」


それは、宙一が大事な試合の前などによく聴いている、声優アーティストのアップテンポで明るい曲であった。


遂に皇次の堪忍袋の尾が切れ、彼は乱暴に控えテント内の椅子を軽く蹴り飛ばした。


「…っるせぇよ、兄貴。ヘラヘラしてんじゃねぇよ。」


鋭い眼光で睨んでくる弟に、宙一は全く動揺する様子はなかった。


「…辞めろ、皇次。物に当たるな。

それに、俺がどう過ごしてようと、俺の勝手だろ?

いちいち周りに当たり散らかすな。皆に迷惑だ。」


宙一は冷静に、弟の無礼を注意した。

そして、審判員の方に視線を向けると、弟に顎で指図した。


「ほら、2本目の準備が出来てんぞ。早く行けよ。」


宙一の挑発的な言い方に、皇次は沸点に達したものの、これ以上は意味がないと自らを諭し、舌打ちをしながら立ち上がった。


「…調子乗んなよ?ぜってぇ負かしてやる。」



皇次はそう吐き捨てると、助走路に向かった。



皇次が助走路に立った時、ホームストレート側の観客席から大きな歓声が上がった。

どうやら、女子100m予選の最終7組のレースが終了したようだ。

準決勝出場への記録が正式に出たようで、会場全体がざわつき始めている。



(…どいつもこいつも…うるせぇんだよ。

邪魔だから、喋んじゃねぇ…。)


相変わらず、眉間に皺を寄せながらポールを強く握る皇次は、荒い息をしながら正面を向いた。

丁度、吹き流しが追い風を示したので、皇次は迷わずポールの先を持ち上げて、助走を始めた。


先程の兄との些細な喧嘩があったからか、皇次は珍しく、「行きます。」という掛け声をせずに走り出した。


それが裏目に出たのか、助走のスピードには乗れていたものの、踏み切ってから体をうまく乗せ切れず、踏み切った形のままポールにしがみつきながら、マットへと落下していった。



当然、審判員は赤旗を上げた。



「…ああっ!クソッ!」



マットの上で1人、皇次は雄叫びを上げるとムスッとしながら控えテントへと戻っていった。


入れ違えるように助走路に入った宙一は、そんな皇次の姿を全く気にする素振りを見せず、冷静にルーティーンに入った。

お気に入りの曲の歌詞を頭に浮かべながら、何かに納得したように、宙一は大きく頷いてポールを持ち上げた。



「…行きまぁぁっす!」



「「「はぁぁぁぁぁいっ!!!」」」


継聖学院メンバーの声が、観客席から聞こえた。


それを合図に、宙一は走り出した。

頭に浮かぶ曲のテンポに沿って、リズムよく助走路を駆け抜けていく。


力強く踏み切って舞い上がった体は、曲がるポールに合わせてバーの上へと向かっていく。

曲がったポールが元の形に戻る頃には、宙一の体は見事にバーの上を越えて、地面に向かって落下していった。



審判員の白旗が上がり、宙一の4m90cmの成功が記録されると、観客席の継聖学院メンバーから大きな歓声が湧き上がった。



(…まだまだ終わらねぇ。"今以上"を求めた先に、去年味わった()()()()が待ってんだから。)




_



トラックでは、男子100mの予選が始まっていた。

女子同様、全7組のレースの各組3着までと3着以降の記録上位3名が、準決勝に出場できる。


既に第3組のレースまでが終了しており、この時点での通過タイムは11秒少々といったところであった。


各組の記録を見る限り、蘭奈と七槻の自己ベストを考えると、準決勝進出どころか上位入賞すら視野にある。



レースは、続く第4組が始まろうとしていた。



『第3レーン、蘭奈くん。羽瀬。』



その名がアナウンスされると、スタートラインに立つ蘭奈は右腕を挙げて、拳を高く突き上げた。

視線も、拳に合わせて天高く空を見上げている。



『第4レーン、村上くん。都大附属。』



その名がアナウンスされると、観客や後続の選手、同組の選手でさえ彼のその姿に視線を向けた。

それは、蘭奈ですらも…。



(…まさか、こんな早くぶつかる事になるとはな…。)



蘭奈は、目線より少し高いところにある、アイドルのように綺麗に整った色白の村上の顔を、鋭い目で睨みつけた。

村上も、蘭奈の視線に気づいたのか、目線を合わせると僅かに口角を引き上げた。



「…やぁ、また会ったね。」



村上は、蘭奈にだけ聞こえる声でそう挨拶した。

その挑発とも取れる発言に、蘭奈は黙って視線を正面に戻して呟いた。



「…初めまして…じゃね?」



蘭奈はわざとらしく、村上にそう挑発し返した。

忘れるはずがなかった。

新人戦都大会、蘭奈が後一歩のところで関東大会への切符を逃した、最大の原因。

蘭奈は日頃から、明確な誰かに勝ちたいという目標は口にはしていなかったが、村上だけは違った。



(…ムカつくなぁコイツ。…まあ、今度は負かしてやるか。)



蘭奈は黙って、胸の内でそう呟いた。



(…コイツ…また絶対負かしてやる…っ!)



村上も挑発的な蘭奈の態度に、静かな怒りの炎を燃やしていた。


第4組出場の8名の選手が紹介されると、会場が一気に静かになった。



『…On Your Marks…。』



選手たちがそれぞれ、スターティングブロックに位置付ける。

第3レーンと第4レーンの間には、見えない火花がバチバチと放たれていた。


『…Set…。』



静寂に包まれる競技場。

当事者の選手たちはもちろん、後続の選手、見守る観客にも緊張感が走る。




パァァァァン!!!!!




乾いたピストルの音が鳴り響くと、8名の選手が一斉にスタートラインを飛び出した。


誰よりも低い姿勢から一気に状態を起こし、全体の一歩前へと踏み出したのは、蘭奈であった。



(…こんなところで終わらねぇ…終わるつもりなんて微塵もねぇんだよっ!)



その蘭奈に、ピッタリとくっ付いて離れていないのが、隣のレーンを行く村上であった。



(…バカが…そんなトップスピードぶっ放して、最後まで持つわけがねぇっ!)



最早、2人は他の6名の選手を置き去りに、並んだまま終盤へと突入していった。

常に全力疾走の蘭奈に感化され、予選とはいえ村上も意地を剥き出しにしながら、全力で蘭奈の隣を走った。



残り10m。



蘭奈の視界の右隅から、スッと物陰が現れた。

背と足の長さで勝る村上が、蘭奈より有利なストライドを活かして先頭へと手を伸ばしてきた。


その様子に、蘭奈は一気に足へと力を集中させ、力強く地面を蹴ろうとした。

不意に突発的な力を入れようとしたせいで、蘭奈の体は大きくバランスを崩すし、倒れ込むようにしてゴールラインを越えていった。


その僅か前を、先に越えていったのは村上であったが…。



_


フィールドの男子棒高跳び。

バーの高さは4m95cmへと上がった。


この高さにて、皇次、宙一が共に3本とも失敗となり脱落。

若越、伍代の羽瀬高チームは両者とも1本目にてクリア。

一方、江國は若干のミスが露見し、3本目にて漸くクリアを収めた。


よって、続く5mの試技に挑むのは、

江國、若越、伍代の3名となった。


再び、因縁の対決が訪れる…。




一方、男子100m予選。

第5組に登場した、継聖学院の猪尾と羽瀬高の七槻。

七槻、猪尾の順で予選を駆け抜け、共に準決勝へと駒を進めた。


他にも、同じく継聖学院の司波、そして村上のチームメイトである不動 蒼(ふどう あお)もそれぞれ準決勝へと駒を進めた。



勝負は終盤戦。

果たして、東京都大会を勝ち抜け、南関東大会へと駒を進めるのは…。




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